視空間構造

1.絶対的奥行距離と視かけの運動方向との関係
運動方向が異なる対象の一方を眼球あるいは頭部を移動させながら追従させて観察すると,追従していない対象の運動方向が実際の方向から逸脱して視える( Swanston & Wade 1988).一方,対象までの絶対的奥行距離は,運動対象の視かけの方向を変える.例えば,観察者が頭部を左右に運動させながら対象を注視するとき,対象までの絶対的奥行距離を過大視すると対象の視かけの運動方向は頭部運動方向とは反対方向に,それを過小視すると対象は頭部運動と同方向に動いて視える(Gogel 1990).頭部あるいは眼球を運動させながら対象を注視するとき,対象の運動方向とその対象までの絶対的奥行距離とは相互に影響を与える.この関係は,Swanston et al.(34)らによって,図21に表されている.運動する対象を両眼で頭部をシフトさせながら観察するとき,対象の運動軌跡は,まず単眼網膜中心座標でとらえられ,次いでキクロピアン網膜中心座標でとらえられる.これに眼球運動の情報が加えられ,観察者の頭部運動との関連で,対象の運動軌跡はとらえられる(自己中心的座標,egocentric).さらに,観察者自体の動きについての情報と対象までの絶対的奥行距離情報が加えられて,観察者の運動からは独立した状態での対象の運動軌跡が確定される(地球中心座標,geocentric).このモデルが,図20に示された実験条件を設定して検証された.条件1では,左端のドットは常に垂直方向に運動するが中央のドットは静止している.これは統制条件にあたる.条件2では,左端のドットはCRT面より遠方に定位される(2つのドットを網膜視差をつけて提示し,左右眼前でのポラロイドフィルターを通して融合させる).中央のドットは静止したままである.条件3では,中央やや下に提示されたドットを頭部を静止したまま注視する.条件4と5では,頭部を静止したままで,水平方向に運動する対象を眼球で追従する.条件6と7では,同様に水平方向に運動する対象を頭部をシフトさせることで追従する.これらの実験条件下で,垂直運動するドットの視かけの運動軌跡が測定された.その結果,対象までの絶対的距離と頭部運動が共に関与した条件で,視かけの運動軌跡は反時計方向に傾斜することが示され,モデルが実証されている.

図19 図20


2.観察者と対象が奥行方向に動く事態での対象の奥行距離知覚
観察者が奥行方向に移動すると,視かけ上は,対象が近づく.観察者が静止し,対象が近づいても同様な知覚が生じる(図21).観察者が動くときには,運動感覚と自己受容感覚が,対象の動き,観察者の動き,その両方による動きを識別するために働く.Gogel & Tiez(10)は,対象が奥行方向に運動する事態を静止した観察者が知覚する事態と,対象が静止したままで観察者が運動する事態の両方で対象の視かけの運動量の測定を試みた.もし,観察者の自己受容感覚が働けば,両事態での視かけの運動量が異なると予想される.対象の視かけの運動量は奥行方向に提示された2本の棒を調整させる方法で測定され,また対象の絶対的奥行距離も同時に求められた.対象は光点で提示され,また観察は両眼視で行われた.その結果,対象の視かけの運動量は,両事態で差がないこと,また対象までの絶対的奥行距離も対象を特定の奥行距離に定位させる傾向(specific distance tendency)の影響を受けて歪められることが示された.静止対象を観察者が動きながら観察するとき,観察者の自己受容感覚はほとんど働いていない.

図21


3.大きさの恒常性
対象の視かけの大きさではなく,それが網膜に投影されたままの大きさ(視角的大きさ)を測定しても,そこには誤差あるいはばらつきが生じる.これがどうして生じるかについて,2通りの仮説がある(図22).一つは,視角的大きさ情報は単独に処理されるので,誤差はその系統内のノイズによると考えるものである(図−A),他は,視角的大きさは,対象の視角情報に対象までの奥行距離情報とが一緒にされて視かけの大きさが算定された後で,視角的大きさが知覚されると考えるもので,誤差は視角情報処理系と奥行距離情報処理系の両方のノイズの影響を受けると考えるものである.  McKee & Welch(19)は,これらの仮説のいずれが正しいかを検証するために,種々な奥行距離にあるときの対象の視かけの大きさの測定(視かけの大きさ判断),視角が常に一定となる条件で奥行距離を変えたときの対象の視かけの大きさの測定(視角的大きさ判断),奥行距離が一定で対象の視角を種々変えたときの対象の視かけの大きさの測定をそれぞれ試みた.奥行距離は網膜視差を変えることを通して操作し,また視かけの大きさ測定は,大きさ尺度を別に提示して対象の大きさにマッチングさせるのではなく,標準刺激に対していくつかの変化刺激を用意し,その大きさについての変化点(閾値)を求める方法によった.その結果,(1)対象として提示した視角の大きさが10 arc min.以下の条件では,視かけの大きさ判断で求められた閾値は視角的大きさ判断でのそれより相当に大きく,この大きさ条件内では大きさの恒常性が十分に機能していないこと,(2)対象の視角が20 arc min.以上の時には,視かけの大きさ条件と視角的大きさ条件でのウェーバー比は等価となること.(3)奥行距離を増大させたときに対象の大きさもそれにあわせて増大させる過恒常条件では,恒常条件に比較して視かけの大きさ判断の閾値は大きいが,しかしこの事態での試行を被験者の判断にもとづいて正誤のフィードバックを流して反復練習を課すと,わずかな練習でこの課題を達成できることから,恒常性は学習されるものであること,(5)奥行距離一定条件で視角を変化させたときの閾値は,奥行距離を種々変えた条件でのそれに比較して小さく,したがって両眼立体視は網膜上に投影される大きさを,直接には情報処理していないこと,などが明らかにされた.これらの結果から,先に示された回路が修正され,図23に示されたような大きさ判断についての新たな情報処理回路が提示された.それによると,網膜で入力された大きさ信号は,はじめ,中枢での両眼視ユニットでのノイズに影響されるのをはじめとして,段階的に処理されていくが,最終的には,3系統の回路で平行処理される.修正された部分は,対象の大きさが小さい条件での回路が追加された点で,ここでは大きさや奥行距離変化は明るさコントラスト変化で処理される.視角的大きさ情報は単独回路で処理されるのが特徴である.

図22 図23


4.視空間の構造と視覚に指示された行動との関係
 Loomis et al.(18)は,精神物理学的測定法で測定された視空間と視覚に指示された行動を指標として示された視空間とを比較した.視空間の精神物理学的測定は,水平方向(x軸)にとられた2点間の距離と等しくなるように奥行方向(z軸)に設定された2本のロッドの調整によった.このとき,水平方向距離を示す2本ロッドの提示距離(観察距離)は4mから12mの範囲で変えられた.また,視覚に指示された行動による測定は,ある奥行距離にあるターゲットあるいは水平方向にある距離をおいて置かれた2本のロッドを両眼で観察させ,その後,閉眼させ,観察した奥行距離を実際に歩いて再現,あるいは2本のロッド間の距離を歩いて再現させる方法によった.その結果,精神物理学的測定では,奥行方向距離は水平方向距離より過大視され,しかもこの傾向はターゲットとなるロッドの提示距離が長くなると増大する傾向があった.これに対して,実際に被験者に移動させる方法によると,奥行距離の再現は極めて正確に再現されたが,水平距離は過大視されるた.これらの結果から,視覚システムには,対象までの絶対的奥行距離を正確に知覚できるしくみがあること,絶対的奥行距離を観察者の歩測運動で再現させる場合には,絶対的奥行距離の見積を修正するしくみがあること,そして運動を伴わない視覚システムと視覚をともなう運動システムは,相互に独立したシステムと考えられることなどが示唆される.


5.観察者の移動による絶対的奥行距離の変化と運動対象の速度変化
 視線と直交するように移動する対象を観察者がその絶対的奥行距離を変えながら観察するとき,観察者は何を手がかりとして対象の運動変化を知るのであろうか.図24に示されたような刺激条件を設定すると,対象までの絶対的奥行距離が変わると必然的に運動対象の速度も変化する.観察者の自己運動知覚に関わる要因の抽出が,対象の視かけの速度変化に影響する要因を探ることを通して試みられた(Brenner(3)).その結果,対象の視かけの速度は,対象の大きさ,周囲の肌理パターンの光学的流動(拡大と縮小),対象の運動によって生じる左右網膜上での対象の投影位置の違い(これは輻輳運動を生じさせる)によって影響されることが示された.

図24


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