絵画的要因による立体視


1.陰影要因による立体視
 陰影要因は強力な立体効果をもつが,そのメカニズムは未だ不明である.Kle-ffner & Ramachandran(16)は,図25のような陰影パターンをCRTに提示し,その凹凸を判断させる方法で,陰影立体効果を可能にさせる条件分析を行った.その結果,(1)陰影立体効果には,照明方向の要因が重要であり,しかもそれは唯一の方向,すなわち上方向が常に仮定される.これはある方向からの陰影パターンとこれとは反対方向の陰影パターンとを同時に提示すると,どちらかの内一方が凹に他方が凸に知覚され,凹凸の知覚と陰影方向とが必ず対応することから実証された.(2)照明方向での上方向は,重力中心で規定されるのではなく,網膜中心で規定されている.これは,上方向からの陰影と横方向からの陰影とを垂直に座して観察する場合と横に伏して観察する場合とで比較され,上方向からの陰影の場合には垂直に座して観察した条件で,横方向からの陰影では伏して観察した条件で立体効果が高いことから結論された.(3)陰影トークンのみで,図−地分離,あるいは知覚的体制化が可能となる.(4)陰影トークンのみで(位置に関係なく),仮現運動が可能となる.(5)ある方向からの陰影パターンを一つだけ,複数の他の陰影方向パターン(ノイズ項目)の中に提示し,その検索反応時間をしらべると,凹陰影パターンは,凸陰影,左右方向からの陰影,段階的な陰影パターンに較べて,ノイズ項目を増やしても反応時間が大きくならず,ポップアウト効果をもつ.(6)しかし,陰影知覚に経験が多くなると,凹陰影パターンのポッピアウト効果は解消する.これらのことから,陰影による立体視は,図−地分離,図−地体制化,運動視よりも早い段階で情報処理される初期知覚過程と考えられる.

図25


2.主観的輪郭図形
 主観的輪郭は,Kanizsa(1955)によれば,不完全図形が形態的に完結しようとする力の働きによって生じるという.図形の不完全性は不完全図形間に主観的図形を解発し,その結果,もとの図形を心理的に覆い,主観的輪郭図形が前面に浮きでて視える.この説明仮説によれば,主観的輪郭面は,常に,奥行的に一番前に出現することになる.これに対して,図26の中で,周辺領域,主観的矩形領域,中心の矩形領域間の奥行的関係を測ってみると(Purghe & Coren(23)),a図形では,観察者からみて主観的輪郭,中心の矩形領域,周辺領域の順で奥行的に遠くに定位されて視えるが,b図形では,中心の矩形領域がもっとも手前に定位されて視えてしまうという.b図形で中心の矩形が最前面に出現して視えることは,各領域に配したドットの視えの大きさあるいは中心の矩形領域の視えの大きさなどの測定でも間接的ながら支持された.これらの結果は,Kanizsa説を否定する.

図26


3.写真の撮影位置の推定
 写真をみたとき,それがどの位置から撮影されたものかを推定し,それにもとづいて写真に写された内容を修正したりして知覚する.写真からその撮影位置をどのくらい正確に推定できるかがしらべられた(Hagen & Giorgi(13)).それによると,撮影角度は,20゜以下の誤差で推定される,距離は約半分程度に過小視される.また,地上からのカメラの高さも過小視されるが5ft位のところに集約される傾向があるという.


4.オクル−ジョン(蔽−被蔽要因)にもとづく対象の復元
 オクルージョンから奥行を復元し,それにもとづいて対象の形状の復元を試みるアルゴリズムが,Finkel & Sajda(8)によって提唱された.それは,次のような順序をたどって処理されていく. (1)エッジを検出する (2)断片輪郭を結合する (3)輪郭と面とを結合し,対象の原型を識別する (4)オクルージョンの境界部位を検出する (5)遮蔽対象を奥行に関して配置する (6)対象の原型から対象を形成する (7)後期過程の結果を初期過程に反映させる 図27-(a)はこれらの処理段階のフローチャートである.このアルゴリズムの特徴は,断片輪郭を結合して対象の輪郭を得る部分である.その基本となる手続は,輪郭の内と外とを識別することである(b).輪郭の内側がわかれば,輪郭で閉じられた面が識別できる.輪郭の部位ごとに,内と外とを決めるために,輪郭線を挟んで互いに方向が反対で同時に輪郭線に対して垂直な方向を検出する.次いでその残された2つの方向のうち,今度は入力のより強いほうを残す.この輪郭の内と外とを検出するユニットは,ちょうど神経細胞の樹状突起のように,その周囲から入力を受ける構造をもつ.輪郭線の内側からの入力は外側からの入力に較べて強くなる.最終的には,残された2つの方向のうち,輪郭線の内側の方向が常に残される.オクルージョンから奥行を復元するには,輪郭部位で”T”を構成するところを検出する(c).”T”部位は輪郭線の不連続の部分を示している.すべての対象は,トポグラフィクマップに定位される.このマップでは,対象は前面と後面のどこかに,すなわち,もっとも近いものは前面に,遠いものは後面に,そしてその他のものはその中間に位置づられる.輪郭部位”T”が検出されると,輪郭が断線していない部位が上側(前面)に定位される.こうして,すべての輪郭面がトポグラフィクマップに定位される.図28は,このアルゴリズムを実際に試し,どのように処理されてゆくかを例示したものである.図中Aでは,輪郭検出過程の分布(左側)とそれを5回反復した後の最終的分布を示す.Bでは,輪郭の内側を示す方向ユニットの分布を示す(ウマの鼻とフェンスの部分).Cでは,トポグラフィカルマップが示され,フェンス,ウマ,の順番で定位され,またイエと太陽は同じところに定位されている.このアルゴリズムを用いると,主観的輪郭も識別できる.その過程は図29に示されている.図中,Bでは,はじめパックマン形のL部分はパックマンに属するものとして識別されるが,3回反復させた後では主観的輪郭の一部をなすものとして再識別される.この変化を起こすものはオクルージョンで,L部分がオクルージョンの縁として識別されるからである.このモデルは,複数の蔽−被蔽関係にある対象を識別し奥行的に定位できる上に,主観的輪郭をも検出できる点で優れている.また,このモデルは人間の主観的輪郭の知覚過程のシミュレーションとみなすこともできよう.

図27  図28  図29