その他の研究

1.運動視,方向視,3次元視の情報処理過程における論理的類似性
 運動視,方向視,3次元視の情報処理過程間には論理的類似性が存在する.たとえば,不規則に散在するドットをある方向に規則的にシフトし,このシフトしたパターンと元のパターンとを重ねあわせると(Glassパターン),そこにはある方向性をもつフローパターンが出現するし,また,同一パターンを位置をかえて継時的に提示すれば,運動が出現する(仮現運動).さらに同一パターンの水平位置をシフトし,これらを両眼視すれば,立体が視える.Allik(1)は,このように,位置関係をかえるという同一の刺激操作を通して,運動視,方向視,3次元視の情報処理過程を比較したところ,3種類の過程とも,不規則に散在するドット刺激をまとめあげ,そこから知覚体制化を得るために,一種のクロス相関に類似したしくみを働かせることを示した.これは,散在する刺激要素の属性(方向,大きさ,明るさ,位置など)の中から,位置の情報(場所トークン)のみを最初に検出し,こうすることによって,刺激抽出過程での単純化を果たしている.位置の情報は,刺激要素間の距離と明るさ強度で規定される.運動,方向,3次元情報の検出過程には,このような類似性があるが,異質な過程も存在する.とくに2種類以上の刺激属性が操作されたパターン間では,情報検出の相違が明らかとなる.たとえば,図32はダブルネイル錯視に類似させて作成したRDSであるが,ここでは,不規則に散在させた点と白丸画素をペアとし,しかも左右のステレオフレーム間で,ペアとなる画素の水平位置を一様にシフトし,同時に左右のステレオペア間で点と白丸を入れ換えてある(明度条件を逆転).このパターンを左右フレーム間で継時的に提示すると,明度条件差を大きするにつれて運動視はできなくなるが,しかし両眼立体視は可能で透明な2面が出現する.複数の知覚体制化が可能な場合,運動視過程は,競合する知覚の一方を強く抑制する傾向があるのに対して,3次元視過程は複数の対応を許容し,複数の3次元面を出現させる.結局,運動視,方向視,3次元視の情報処理過程は,類似したしくみがあるものの,多義的な刺激パターンの解決では基本的に異なる方略を選択していると考えられる.

図32


2.モアレパターンにおける運動視と3次元視
 空間周波数のような周期的なパターンを少しの距離をはさんで重ねると,光学的干渉作用を起こすが,これがモアレパターンである.この光学的干渉作用の結果として,大きさ,運動,回転,奥行の促進効果が視覚的に生じる.これは,音楽の領域で,2つの類似した周波数の音から,別種の拍子音が生まれることに類似する.2つの空間周波数パターンが重ねて提示されたとき,前面と後面からの両刺激の合作として,網膜に投影される.もし,ある位置で前面に黒いストライプ,後面に白いストライプがあれば,黒いストライプが白いそれをオクルードするために,黒いストライプだけが視える.前面の黒のストライプと後面のそれとが重なれば,広いストライプとして視える.結局,黒いストライプが幅広くなるので,モアレパターンの空間周波数は,前面と後面の空間周波数より低くなる.同様な光学的干渉作用は,視かけのシフト方向を異ならせる.重ね合わせた2つの空間周波数パターンの一方をシフトさせると,モアレパターンもシフトするが,それは,図33に示されたように,前面と後面の黒のストライプの重なりが,どちらか一方のシフトによってどの方向にシフトするかで決まる.後面を固定し,前面をシフトさせるとき,前面の空間周波数が後面のそれより高いときには,モアレパターンのシフト方向は,前面のシフト方向と同一となり,前面の空間周波数が後面のそれより低いときには,モアレパターンの方向は前面のシフト方向と反対となる.回転させた場合のモアレパターンの回転方向とモアレパターンを構成する空間周波数パターンとの関係は,シフトさせた場合と全く同一である.モアレパターンでは,運動も拡大して出現する,一方のパターンを運動させると,モアレパターンの運動速度と運動範囲が,それを構成するパターンよりも大きくなる.とくに,2つのパターンの空間周波数が高く,しかもそれらの空間周波数間の差が小さいときに,効果が大きい.また,モアレパターンでは,両眼立体視も可能となる.そのしくみは,図34に示されている.後面の1点を注視するとき,前面の点(A)は左右網膜の注視点の近傍に投影される.このとき,前面の空間周波数が高いと,A点の投影点は注視点の投影点から離れて投影され,これが交叉視差となる.前面の空間周波数が低いときには,A点の投影点は注視点の近くに投影されるので非交叉視差となる.モアレパターンでは,運動視差の効果も,強力に出現する.後面のパターンを立体的に折曲げ,それを別のフラットな空間周波数パターンを通し,観察者が頭部を動かしながら観察すれば,そこに運動視差が出現する.このように,モアレパターンは,イリュージョンではなく,光学的干渉の結果として,大きさ,運動,方向,3次元を可変させる刺激ツールでなる.実際,ものを拡大する道具として光学の領域で,あるいは網膜組織の変性をしらべる道具として眼科学の領域(網膜のリセプターをひとつの空間周波数パターンとみなし,50ー60cpd以上の高空間周波数パターンを網膜に投影すると,特有なモアレパターンが表れるが,このモアレパターンの特性から診断する)で使われている.この光学的干渉作用は,知覚的効果を簡便に増強できるので,知覚実験にも適している(Spillmann(32)).

図33 図34


3.奥行対比効果に関わる時間的要因
 奥行対比効果とは,y軸に関して傾いた枠組みの中におかれたテスト対象が,奥行に関して等距離に定位されているにもかかわらず,異なる奥行距離に定位されて視える.この奥行対比効果には,時間的要因が重要で,刺激提示当初に効果が大きく,観察時間が長くなると減少する.そこで,Kumar & Gla-ser(17)は,図35に示されたような刺激条件で奥行対比における時間的要因をしらべた.y軸に関しての奥行傾斜面は,Ogleの大きさ誘導効果(幾何学的効果)を利用して作成された.図中,点線あるいは白丸で描かれたものは左眼に,実線あるいは黒丸のものは右眼に,そして,実線で描かれたいてしかもペアの相手となる点線で描かれたパターンが存在しないものは,左右眼に同一パターンが提示されたことを示す.実線と点線で描かれ,左右に別々に提示されるパターンは,同形ではあるが,その横幅の大きさは左右で拡大もしくは縮小されている(図中,左コラムでは左眼に提示するものが拡大を,右コラムでは縮小を各々示す).観察の結果,(1)奥行対比効果は,観察持続時間の経過とともに減少し,もし奥行誘導図形(台形)の網膜視差がオシレイトしなければ(左右眼への誘導図形を左右に各々同方向にシフトする),数分以内に消失する.(2)奥行対比効果の消失は,たとえ誘導図形がオシレートされても,それによって網膜視差が変わらないときには生起する.(3)奥行対比効果は,誘導図形がテスト刺激提示の前と後で0.5sec以内に提示されれば生起する.(4)テスト刺激を矩形で囲むと,矩形の外側に誘導図形を提示しても奥行対比効果は生起しない.(5)テスト刺激を囲む矩形に大きさ誘導効果を通して傾きをつけると,その傾きの方向が誘導図形と同方向の場合には,奥行対比効果は生起しない.しかし,両図形の傾きの方向が反対の時には,観察持続時間の経過とともに奥行対比効果は復活する.これらの結果から,人間の3次元視システムでは,奥行関係を表示する局所的な関係系が視覚情報処理の初期に形成され,この関係系のなかで,奥行対比をはじめ種々な現象が生起すると考えられるが,詳細な理論はいまだ提示されていない.

図35


4.単眼視と両眼視条件でのものをつかむ動作の運動学的分析
 ものをつかむ動作を単眼視と両眼視で行わせたときの運動学的分析によれば,単眼視条件では両眼視条件に比較して,(1)ものをつかむまでの時間が長い,(2)ものをつかみにいく最大速度が低い,(3)ものをつかむときの減速時間が長い,(4)ものをつかむための親指と人差指間の間隔が小さい,という.Servos, Gooda-le & Jakobson(28)によれば,これは動作以前での対象の知覚に際して,単眼視条件では対象の大きさと距離を過小視するためと論じている.


5.触手感覚による距離知覚
 昆虫類,例えば,サソリやクモは獲物の発する振動から獲物までの距離を感覚し,それをとらえることができる.人間にも,同様な感覚が備わるかについて,図36のような装置でしらべられた(Kinsella-shaw & Turvey(15)).2本の支柱の間(264.5cm)にロープが張られ,そのロープに対象(14.6kg)がくくられている.被験者は,ロープを親指と人差指でつまみ,適当にゆすりながら,触手感覚のみにもとづいて,指で摘んだ位置から対象までの距離を,被験者の傍らに設定された別のロープをたぐり,それにくくられた指標でマッチングする.その結果,(1)物理的距離変化(20cm-160cm)にともなう触手知覚距離はリニアーに変化することから,触手への振動にもとづく距離知覚は正確なこと,(2)この能力は経験の有無とは無関係であること,(3)ロープの張力を強めると,距離は過小に知覚されること,(4)ロープを水平に張る条件と垂直に張る条件とでは,距離知覚に相違があること,(5)振動は,被験者自身によらなくてもかまわない,などが示されている.

図36