おわりに

  心理学の領域における3次元視研究の本年度の特徴は,両眼立体視関連の研究数が大幅に減少したことである.本報告でとりあげた研究も,ここ10年間は,年平均12から15件程度,報告されてきた.前年度から研究報告数が減少する傾向を示していたが,それが今年度は顕緒になったといえよう.RDS技法の開発以来,30年以上経過し,両眼立体視研究は,当面考えられる問題が尽きたものであろう.確かに,この領域では多くの知見が蓄積されたが,しかし研究の進展につれて問題も深まっている.対応問題にしても,どこに問題があるかは計算機科学の立場からの理論的指摘によって明瞭にされたが,解決してはいない.心理学,神経生理学,計算機科学からの共同研究が必要となろう.  
  両眼立体視研究の領域での研究数が減少した代わりに,運動要因による立体視研究が増加してきた.本報告でも5ー6編の研究が紹介されるのが通例であったが,今年度は9編を紹介した.とくに,運動視差,ステレオキネティク効果(SKE),運動性奥行効果(SKD),オプティカル・フローなど,運動要因による立体視に関連する問題が広くとりあげられている.とくに,SKEを3次元表示に応用しようとした研究が報告されていることである.運動要因による立体視は,単眼で機能するしくみなので,その効果が特定されれば,ハードウェアとソフトウェアの両面において比較的容易にしかも簡便に応用できると思われる.
  同様に,絵画的要因による立体視も,立体の復元という観点から研究がみなおされている.人間の視覚システムは,平面画像のなかに表現された陰影,大きさ,肌理勾配,オクルージョンなどから立体を視ることができる.これまでの研究では,それらの効果の測定が十分に正確に行われてきたとは言えない.もし,これらの手がかり要因を産業などの現場で実際に応用することになれば,3次元表示の曖昧さによる錯誤は人災を招いてしまう.どのように表示すれば,どの程度の奥行がどちらの方向に出現するかを明確に特定すること必要となる.  
  心理学における3次元視研究は,3次元視の成立過程の探求のみにとどまらず,応用面での精巧な研究も,これからはますます求められよう.