運動要因による3次元視


1.運動による立体視(Kinetic Depth,KD)における剛体性問題
2次元上を運動する要素から3次元形状を復元する問題を計算理論で考えるとき、その解は無数あることになり、何らかの拘束条件を設定しない限り解けない。剛体性(Rigitity)とは、物体は運動あるいは移動しても、その大きさや形状を変えないというものである。人間の知覚でも、2次元上での運動要素から3次元形状を復元する際には、同様な知覚傾向をもつと仮定される。さらに、このとき、どの要素同士が時間的変化にともなって対応するか(対応問題)も解決されていなければならない。ここに、ひとつの問題が生じる。すなわち、対応がとれやすいということと3次元形状の復元とは独立した過程なのか、あるいは相互に関連した過程なのであろうか。Ganis,Casco & Roncato(11)は、図1に示された螺旋状の3次元形状を4個のドットでシミュレートし、隣接するドットのサイン波軌道の差(φ)、および1フレームごとの回転角度(R)を操作して、剛体性を評定させた。φについては、図1-aに示されたように、この値を小さくするとドットのパターンは、棒状の螺旋(側面図)となり、またこの値を大きくとると、奥行が深い螺旋となる。棒状の螺旋をつくる場合には、ドットは円形に配されるので対応がとられやすいが、奥行の深い螺旋をつくる場合には、ドットは不規則に配されるので対応がとりにくい。フレーム数を3回に限定して実験したところ、剛体性のあるKDはφが72°以上でRが25ー30min/arc以下の条件で、剛体性のないKDはφが72°以下の条件(Rは無関係)でそれぞれ生じた。

図1


2.オプティック.フローと頭部方向の知覚
観察者が動き廻ると、網膜投影像はそれにつれて流動(optic flow)する。この種の流動パターンには、観察者が前進したときに生じるフローと観察者が頭部(眼球、身体)を回転したときに生じるフローとを区別することができ、前者はトランスレイトリー・フロー(Translatory flow)、後者はローテイショナル・フロー(rotational flow)と呼ばれる。トランスレイトリー・フローは、凝視点を中心といての放射状の流動であり、ローテイショナル・フローは、水平方向への流動である。いま、図2に示されたように、地点Hに頭部を向けて歩いているときに眼球を地点Fに動かしたとすると、トランスレイトリー・フローとローテイショナル・フローとが生じるので、観察者は自己の頭部の向きを求められれば、全体のオプティック.フローからトランスレイトリー・フローを検出しなければならない。このとき、2通りのモデルが考えられる。ひとつは、フローの網膜上での速度差を手がかりとするとする理論である。ローテイショナル・フローは網膜上での横方向へのシフトなので、対象の奥行距離が異なることによる速度差が生じないが、トランスレイトリー・フローでは、この意味での速度差が生じる。このモデルによれば、観察者は隣接した対象の速度差を手がかりとして自己の頭部方向を知覚することになる。一方、もうひとつのモデルによれば、水平線のような視野の枠組となる要素が自己の身体方向を知覚する重要な手がかりと主張される。なぜなら、この点は、トランスレイトリー・フローのなかではシフトしない部分として存在するからである。もし、このように観察者が自己の定位をしているならば、水平線、パースペクティブやテクスチュアなどの静止した奥行情報を流動するオプティック.フローと結合させて定位していることになる。もしこのようであれば、可視可能な水平線までの奥行距離が縮小されれば、観察者は自己の頭部の方向定位を正確には行えなくなると予測される。Van den Berg & Brenner(34)は水平線、面および観察者の運動がドットを用いてシミュレートし、観察者が自己の頭部方向を何を手がかりとして知覚するかをしらべた。その結果、可視できる地面の範囲が縮小されると、頭部方向の知覚は凝視点よりに歪めれること、また、オプティック.フローのみでは、ノイズに対して十分な対応ができなく視覚以外の眼筋的手がかりの関与がみとめられることが明らかにされた。

図2


3.観察者の頭部運動と3次元形状の識別
運動視差で提示された3次元形状を人間はどの程度正確に識別しているのかについて、Van Damme & Van De Grind(33)によって検討された。3次元形状はランダム・ドットでCRTに提示され、観察者が頭部を運動させながら観察すると、それに連動して各ドットは割り当てられた速度でシフトする。3次元形状は、図3に示されたように、凹面あるいは凸面をもつ双曲面と放物面を8段階的に変化させて提示し、それに対応する8種類のカテゴリーを用意して類同判断を求めた。その結果、人間は凹あるいは凸いずれの放物面をよく識別できるが、双曲面の識別は難しいこと、また、この3次元形状の識別には形状の曲率は関係しないことが見い出された。

図3


4.ダイナミック・ヴィジュアル・ノイズ(Dynamic visual noise DVN)による立体視
両眼立体視と運動による立体視(Kinetic Depth ,KD)とは、共通の神経生理学的基盤をもつことを示唆する研究が多くなっている。例えば、両眼立体視で順応させると、KDにバイアスがかかること(Smith 1976, Nawrot & Blake 1989)、両眼立体視とKDからの手がかりとが立体をつくるのに加算的に働いていること(Tittle & Braunstein,199 0)、さらにダイナミック・ステレオプシスとKDとは、ある条件下では区別ができないこと(Narot & Blake 1993)、などである。これらの結果を説明するために、運動方向と相対的奥行に選択的に反応するユニット群(ネットワーク)を考え、もし、異なる方向に運動する一群の刺激要素があれば、それらのユニット群はその異なる運動方向にもとづいて異なる奥行を指示するユニットに分離し、これがKDとして知覚されると仮定された(Na- wrot & Blake (24))。TVの空チャンネルのようにあらゆる方向に無秩序に運動するドット(DVN)があるときには、このネットワークは特定の活動パターンを示さず、したがってKDも生じない。しかし、ある方向に運動する刺激に順応させておけば、ユニットはその方向には反応しにくくなるので、このときには、順応されたいないユニットがDVNに対してある運動方向をもつようにセットされると考えられる。  この仮説は、ステレオスコッピック・アダプテイションを順応手続とし、DVNを左右眼に別々にしかも眼球間遅延(15もしくは30ms)を設けて提示するダイナミック・ステレオヴィジョンをテスト刺激として検証された。順応手続としたステレオスコッピック・アダプテイションは、左右方向に運動するドットから構成され、これを両眼立体視すると、厚さのある透明なシートの前面と後面上のドットがそれぞれ反対方向に運動して視える。テスト刺激として提示したダイナミック・ステレオヴィジョンでは、DVNを左右眼間に遅延を設けて提示すると、円筒が回転しているように視えるが、DVNを左右眼に同時に提示すると、不規則、無秩序に運動するドットしか視えない。もし、ステレオスコピック・アダプテイションに順応させ、次いで遅延を設定しないダイナミック・ステレオヴィジョンを提示したとき、視かけの奥行が報告されれば、ここにKDが生じたと考えることができる。実験の結果、順応刺激が時計廻り方向へ運動する場合には反時計廻りの運動をもつKDが、順応刺激が反時計廻りでは時計廻りのKDが出現した。ここでは、仮説が支持されるとともに、両眼立体視とKDとが共通の基盤をもつことを示唆する。


5.オキュラー・オクルージョン(ocular occlusion)
対象注視点と眼球運動の回転の中心は一致していない(図4。この間の距離は約11mm)ので、頭部を動かさないで眼球を回転させたときには、わずかに視差が生起する。これは、オキュラー・パララックス(ocular parallax)あるいはオキュキラー・オクルジョン(ocular occulusion)とよば、これは、簡単に確かめることができる。いま、頭部を動かさないようにして左眼を閉じ、顔面から2-3cmのところで左手にもった鉛筆を鼻先近く右眼でみえるところまで左から右方向に動かして止め、その位置を確認し、次いで右眼の視線をまっすぐに直すと、鉛筆は、消失する。この種の視差は、対象が眼球から数センチメートルの範囲におかれているときには効果的であることが指摘されている。奥行距離30cmにある対象と観察者の鼻との間に成立するオキュラー・パララックスは、鼻の形と大きさによって異なるが、おおよそ10度である(Mapp & Ono,1986)。オキュラー・パララックス(α)は、次式で求められる。 α=arctan[E+ysinβ/L2-ycosβ]-arctan[ysinβ/L2-ycosβ] ここで、Eは次式で規定される。 E=(L2-L1)ysinβ/L1-ycosβ  Bingham,G.P.(2)は、前面(200,300,400mm)と後面(240-1000mmの間で12段階)の奥行距離が変わるとき、この種の視差が予測通りに出現するかを調整法と強制選択法で測定した。測定は、後面を赤領域と白領域に縦に等分し、頭部を固定し、赤領域が前面に隠されるところをまず求め、次いで眼球を20度、30度、あるいは40度のいずれかに回転させ、このときに、後面の赤領域が出現して視えた場合には、その赤領域の範囲を後面を左右に移動させることによって(この場合には、赤領域が再度視えなくなる点)を測定した。その結果、強制選択法によって得られた値が理論値と一致することが示された。さらに、このオキュラー・オクルージョンが、奥行の手がかりとなるかについても検討された。この手がかり以外の奥行手がかりを除いた事態で、前面と後面の奥行識別を、頭部を固定し、眼球のみを中央から周辺に何回か回転させながら求めたところ、奥行順序については不正確なものの、前面と後面の奥行識別は可能であった。このことから、オキュラー・オクルージョンが奥行手がかりとして機能すると考えられる。

図4