両眼立体視


1.ステレオグラムにおける位置要素と方向要素の効果
ステレオグラムの画素にドットではなく短線分を用いると、その配置(規則的/不規則的(i))、方向(水平(H)、垂直(V)、あるいは不規則(R))、傾斜(対応部分で傾斜に関して同角度(-)あるいは異角度(+))を操作することができる。図5に示されたように、たとえば、方向が不規則な短線分でその対応部分の傾斜が異角度の画素からできたステレオグラムを作成し、両眼立体視すると出現した立体表面に画素線分が滑らかに張り付いて視える。また、同様な画素でその対応部分の傾斜が同角度にすると、画素は前額に平行となり出現した立体面に突き刺さるように視える。Herbomel & Ninio(14)は、これらの3要因に十文字形(c)を加えて組み合わせ、16種類のステレオグラム(R+,R-,CR+,CR,V+, ,V-,Vi+,Vi-,H+,H-,Hi+,Hi-,C+,C-,Ci+,Ci-)を作成し、立体出現の容易なものはどの条件のものかをしらべた。その結果、対応部分の線分角度が同角度でしかも線分が規則的に配置されている条件を除くと、垂直線分画素のほうが水平のそれより立体視が容易であること、また、配置の不規則性は誤った対応を抑制すること、さらに対応部分の線分角度が相互に異角度な場合には立体視が安定的であることが示された。これらのことは、安定的な立体視のためのステレオグラムを作成する要素が何かを示唆する。

図5


2.方向視差の役割
方向視差とは、対応する画素での角度差をいう。図6-aは、左右で方向を反対方向に傾けてあるので、両眼立体視すると水平軸を中心として傾斜して視える。図6-bは、左右で縮小あるいは拡大してあるので、両眼立体視すると垂直軸を中心として傾斜して視える。これは左右で方向視差をつけてあるためである。図7に示されたように、いま、一方の格子を歪めたとすると、垂直方向と対角線方向とに方向視差が生まれる。垂直方向から対角線方向を経て水平方向までの間で、方向視差がどのように生じるかは、図8に示されている。ここでは、水平あるいは垂直軸を中心としてある面が1度傾いているとき、線分の方向に対して方向視差がどのように変化するかが図示され、水平軸での傾き条件では方向視差はS字上の変化をするのに対して、垂直軸での傾き条件ではそれは山型の変化をする。この図から、水平軸中心の傾きでの方向視差は、垂直軸中心のそれより、(1)最大方向視差については2倍であること、(2)0度から90度までの方向視差の平均については57 %大きいこと、(3)方向が45度のときは両方の方向視差は同一であることが予測される。Cagenello & Rogers(3)は、位置視差を固定し、方向視差を操作したステレオグラムを作成し、傾きが変わって視えるところの閾値を測定したところ、予測通りの結果が得られることを見い出した。視覚システムは方向視差を利用している。

図6 図7 図8


3. 2重像下での両眼立体視
図9ーaのドットで埋められた矩形を右眼に、白色の矩形を左眼に提示し、上段(標準刺激)と下段(検査刺激)のステレオペア間の奥行を報告させると、両眼視融合が起きないにもかかわらず、上段に較べて下段のステレオペアは、交差視差となっているためより手前に、一方、図9ーbでは、下段のペアが非交差視差であるため、上段のペアより遠くに視える。このような条件で、標準刺激の視差を凝視点をゼロとして変化させると(pe-destal disparity)、奥行弁別閾値は、このpedestal disparityの増大とともに指数関数的に大きくなることが示されていた(Ogle 1953,Blakemore 1970,Krekling 19 74)。近年、DOG関数(ガウス関数の差)刺激で刺激提示し、この関係を測定したところ、pedestal disparityが2minまでは単調増加し、それ以降は平準化することを示めし、凝視点近辺での視差処理過程と凝視点から離れた位置でのそれとは異なることが示唆された(Badcock & Schor 1985,McKee,Levi & Bowne 1990)。Siderov &Har- werth(29)は、2種類の視差処理過程が働いているような結果が生じたのは、標準と検査刺激を構成する刺激対の間の間隔距離の違いが手がかりとして働いているためと考えた。そこで、この種の手がかりを消すために、各眼に別々の刺激を継時提示できるビデオハプロスコープとオプティカル・シャッターシステムとを組み合わせた装置を用いて、検査刺激の各刺激を継時的に提示したところ、pedestal disparityと奥行弁別閾値とは単調増加の指数関数となることが示された。両眼立体視過程での奥行弁別は、ホロプターから離れるにしたがい悪くなっている。

図9


4.両眼立体視過程での方向特性についての応答選択性
両眼立体視過程では、空間周波数特性についての応答選択性が存在することは、順応法やマスキング法などで確認されているが、方向特性については、いまだに、その存在が不確定である。ランダム・ライン.ステレオグラムを用い、その一方の線分を回転させ、両眼間におよそ40度を超える方向差が生じると、立体視は損なわれた(Frisby & Roth 1971,Frisby & Julesz 1975)。また、各眼に1本の短線分を両眼間で直交するように提示し、その線分の長さを大きくすると、ある長さ(視角約5分)を超えると両眼立体視力が落ちた(Mitchell & O'Hagen 1972)。これらは、いずれも方向についての選択的応答特性を示唆するが、両眼間で刺激の方向を変えたり、長さを変えると、そのこと自体が奥行の出現程度を低下させるので、方向の選択的応答特性を一義的に説明できない。とくに、ランダム・ライン.ステレオグラムを用いると、線分の断端で大きな明るさコントラストが生じるので、たとえ、効果が出現しても、それが線分検出メカニズムに帰属するものか、あるいは等方向性のドット検出メカニズムによるかは決められない。Mayhew & Frisby(1978)は、RDSを2方向性(0度と90度)のフィルターで帯域通過し、そのステレオグラムの片方に刺激方向性を操作したマスキングノイズをかけたところ、マスク刺激の方向性がステレオグラムのそれと同等あるいは異なっても、立体視は成立するものの、不良となり、方向の選択的応答特性が存在しないことを示唆した。  Mansfield & Parker(20)は、ターゲットである矩形が立体出現するRDSを0度の方向性フィルター(垂直のテクスチュアが得られる)あるいは90度の方向性フィルター(水平のテクスチュアが得られる)で帯域通過し、さらに左右のステレオペアのそれぞれに0度から180度のマスクノイズを左右が対応しないようにして付加し、ターゲットとなる刺激の明るさコントラストを変化させ、マスキングにもかかわらずターゲットとなる立体が明瞭に識別できるところを求めることによって方向の選択的応答特性の再検討を試みた。その結果、ターゲットとマスクとの方向性が等しい(0度)近辺で、コントラストを強めないと立体の奥行識別ができず、マスク効果が大きいことが示された。これは、両眼立体視過程でも方向についての選択的応答特性があることを示している。


5.両眼立体視運動残効(stereoscopic motion aftereffect)
両眼立体視運動残効とは、両眼立体視提示した刺激パターンを網膜像視差を固定したまま左右に連続的に変化させることによって生じた運動対象への順応効果をいう。この種の運動残効が本当に出現するかについては不確定であった。Patterson,et al.(25)はRDSを用いて単眼視手がかりを除去した条件で、両眼立体視すると運動する縦縞が出現する順応刺激を用いて検討した。その結果、(1)順応時間が20秒程度で2ー3秒の運動残効が、120秒の順応では9秒程度の残効が出現すること、(2)運動速度が2deg/secで約2秒の、31.4deg/secで約8秒の残効が生じること、(3)残効は、順応刺激の運動方向で差が生じるが(左右方向より上下の運動方向で大きい)、しかし、空間周波数あるいは網膜像視差には影響を受けないこと、(4)この種の残効には、転移効果、すなわち、両眼立体視運動に順応させ、次いで明るさ残効の検査刺激で検査すると、明るさ残効が生じること、またこの逆の場合にも同様な残効が生じることが明らかにされた。とくに、両眼立体視と明るさ過程間の2つの異なる領域間に知覚的残効が生じることは、この両過程が同一の神経組織によって媒介されている可能性を示唆する。


6.両眼立体視対応と異眼間マスキング
異眼間マスキングとは、図10-aに示されたように、検査刺激とマスク刺激とを別々の眼に提示するものであり、単眼マスキングや両眼マスキング条件より、ターゲット刺激の閾値は上昇することが知られている。Legge(1984 a,b)は、単眼あるいは両眼マスキングより異眼間マスキングのコントラスト閾値が上昇することを、2乗和モデルで説明しようと試みた。2乗和モデルは、各眼の刺激入力は、両眼間の結合がなされる以前に、2乗のエネルギーをもち、最終的な出力は2乗和に近似するというものである。McKee et al.(21)は、図aに示された異眼間マスキングパラダイムで、検査刺激のコントラスト閾値を測定したところ、マスク刺激のコントラストの増大にともなって比例的に上昇することが確認された。そこで、図11-bに示されたように、マスク刺激を網膜像視差をつけて付加し、同様なコントラスト閾値を測定したところ、マスク刺激と付加刺激との間の視差が20min以内にあれば、閾値の上昇は消失することが示された。これは、次のように考えられる。このステレオグラムでの左右の対応は、図11に示されたように、左眼のマスク刺激は右眼の検査刺激と付加刺激の両方と対応する可能性をもつ。このとき、左右のステレオペアの要素は互いに一つの対応しかとれないというユニークネス条件を受け入れ、さらに視線方向の対応は抑制されるとすれば、左眼のマスク刺激は右眼の付加刺激とのみ対応をもつので、マスク刺激の効力は失われることになる。そこで、付加刺激のコントラストを変えてマスク効果を測定したところ、付加刺激のコントラストがマスク刺激のそれの1/5になると、検査刺激の閾値が上昇することが示された。この結果は、両眼立体視の対応には、対応する刺激対の間のコントラスト閾値が重要で、5倍以上コントラストが相違すれば、対応は成立しないことを示唆する。

図10 図11


7.両眼立体視過程と単眼視過程
JuleszのRDSは、両眼視過程と単眼視過程を分離し、単眼での形態知覚と両眼立体視とが別々の過程であることを示した。これはRDSで作成された幾何学的錯視図形でも同様で、両眼融合させてはじめて錯視が生起する(Papert 1961)。 このことから、錯視は両眼立体視の成立後に生じると考えられた(Julesz 1971)。これに対して、Glennerster & Rogers(12)は、図12に示されたように、付加線分が外向のミューラーリエル図形を片眼に、他眼には内向の付加線分をもつ図形を提示し、両眼立体視させたところ、その付加線分が短い場合にはミューラーリエル図形は前額平行には視えず、奥行方向に傾いて視える(y軸を中心として傾いて視える)ことを示した。これは、両眼立体視での幾何学的誘導効果(線分の長さが若干異なるものを左右眼に別々に提示し両眼融合させると、奥行方向に傾いて視える)を応用したもので、ミューラーリエル図形でこの種の誘導効果が生じるということは、主線分の長さは客観的には等しいので、線分の視かけの長さによって奥行方向の傾きが生じることになる。ここでは、両眼立体視が成立する以前に長さ錯視が生じている。Glennerster らは、両眼立体視過程と単眼錯視過程とを別個に想定し、どちらが先行するかを考えるのではなく、各眼に入力された線分の長さあるいは図形特性をΔ2Gフィルターの粗いスケールで処理する過程を導入した。両眼立体視はこのようにして処理された各眼の図形特性の差異にもとづくと考えた。RDSで作成されたミューラーリエル図形をΔ2Gフィルターの粗いスケールで処理すると、内向図形より外向図形の方が主線分の長さが長くなる。このように、粗いスケールでのΔ2Gフィルター処理過程を導入すると、2次元刺激、3次元刺激(フィギュラル・ステレオグラム)そしてキクロピアン刺激(RDS)の結果がすべて説明できるという。

図12


8.左右逆転視野と両眼立体視
左右逆転眼鏡を10ー11日間装着させ、その間の両眼立体視の出現方向がしらべられた(Ichikawa & Egusa(16))。左右視野を逆転させると、交差視差では凸に、非交差視差では凹になるが、しかし、運動視差、オクルージョンや線遠近法的関係は従来の関係を維持する。両眼立体視は、RDS、フィギュラル・ステレオグラムの両方でテストされた。その結果、RDSを含めて装着5日頃までは、視差と奥行方向の関係の逆転が、装着の終期では視差と奥行方向の関係の再逆転(ノーマルな関係への復帰)が示された。この再逆転時に、2つの対象を奥行位置を違えて提示し、その遠近をテストすると、正しい奥行判断がなされていた。このことから、装着当初は、網膜像視差とその他の奥行手がかりが抗争状態となり、網膜像視差の指示する奥行関係が優勢となるが、順応が進むとともに運動視差など他の手がかりが優勢となるような複数の手がかり間の統合が行われると考えられる。この実験では、RDSでも視差と奥行方向との関係の逆転が起きている点が注目される(Shimojo & Nakajima(1981)によれば、RDSではこの種の逆転は生じないと報告されている。


9.ステレオブラインドとプルフリッチ現象
Thompson & Wood(20)は、ステレオブラインドの者を対象として、プルフリッチ現象の有無をしらべたところ、これらの者はRDS立体視と異眼間運動残効が生じないにもかかわらず、プルフリッチ現象は生じていることを明らかにした。ステレオブラインド者はある程度の両眼立体視力を残存している。これは、高精度の立体視力をもつ小細胞処理系の両眼立体視機能は失われているが、粗い精度の大細胞系のそれは機能していることを示唆する。


10.視野闘争と両眼立体視
両眼立体視の直前に視野闘争を挿入すると、立体視の成立は阻害されるであろうか。図13に示された実験パラダイムで、Harrad et al.(13)によってこの問題が検討された。このパラダイムでは、まず、左眼にターゲット刺激、右眼に6本の斜線分を提示して視野闘争を起こして左眼を抑制し、その後で右眼にもターゲット刺激(左眼のそれとは網膜像視差をつくる)を重ねて提示し、両眼立体視が成立しターゲット刺激の奥行方向の判断ができるまでの潜時が測定される。実験では、図14に示された手続とパターンが用いられ、また統制条件として、ターゲット刺激が単独で提示される条件とマスキング条件が導入された。視野闘争条件では、統制条件と比較して、両眼立体視が成立するまでの潜時は、約150-200ms程度長くなることが示された。これは、マスク効果ではなく、視野闘争の結果としての抑制によるものである。同様な実験パラダイムで副尺視力をターゲット刺激とした実験でも、副尺視力判断までの潜時は一層長くなった。さらにターゲット刺激にRDSを用いた場合には、視野闘争抑制条件ではマスキング条件と比較して、RDS立体視での奥行判断の成立までの潜時が有意に長くなった。これらの結果から、両眼立体視は視野闘争の抑制効果を終わらせるので、より優位な機能として位置づけられるが、しかし視野闘争による抑制は両眼立体視の成立を200-300msの範囲で阻害することがわかる。

図13 図14


11.ステレオ・キャプチュア
ステレオ・キャプチュアとは、交差視差のステレオグラムを両眼立体視したとき、ステレオグラムの「地」を構成する規則的なパターンが、それ自体には視差がないのに立体面にとらわれて視えることをいう。この現象は、はじめ、主観的輪郭図形のステレオグラムでみつけられ(Ramachandran & Cavanagh 1985,Ramachandran 1986)、次いで実輪郭図形でも確認された(Mather 1989)。このステレオ・キャプチュアでは、交差と非交差視差で現象の現われ方が異なり、非交差視差ではパターン要素が立体面に密着せず、背景もしくは立体図形を含むひとつの面にすべて載って視える。Ishigushi & Wolfe(17)は、この違いを説明するために、交差視差では、その効果が1方向に拡がるのに対して、非交差視差では、それがあらゆる方向へと拡散するからではないかと考えた。交差視差は対象の立体性や凸性を、非交差視差は陥没や凹性のへの視差拡散は、妥当なものといえる。図14のようなステレオグラムをいくつか作成し観察させたところ、交差視差にのみステレオキャプチュアが生じることの多いことが確認された。

図15


12.両眼立体視での奥行残効と視差勾配(Disparity Gradient)
両眼立体視で提示された奥行傾斜面に順応させ、次いで前額に平行な面を提示すると、反対方向に奥行傾斜する残効が単眼視条件下と同様に生じる。Ryan & Gillam(28)は、奥行傾斜面の残効量が網膜像視差によって規定されるのではなく、視差勾配によって規定されていると考えた。視差勾配とは、2つの対象のキクロピアン距離と網膜像視差量の比をいい、この値が1を超えると両眼視融合が困難となるもので、両眼融合域の指標として用いられる。Ryan らは、2つの対象間の網膜像視差を固定したまま、水平距離を変えたとき、奥行残効がどのようになるか検討した。奥行残効が視差にのみ規定されているならば、残効量は順応刺激の対象間の水平距離とは無関係となるが、視差勾配に規定されるならば、それは順応刺激の水平間距離に反比例すると予測される。2つの対象間で固定した視差をもち、同時にその水平距離が変えられるステレオグラムを順応刺激としてに90秒間順応させた後に、視差ゼロのテスト刺激を提示し、視かけ上、それが前額に平行になる位置を求めたところ、残効量は、水平間距離に反比例することが示された。この結果は、奥行傾斜面の残効が網膜像視差ではなく、視差勾配に規定されることを裏づける。


13.両眼立体視での時空的補間(Spatio-Temporal Interpolation)
仮現運動提示でも、そこに滑らかな運動が知覚されるのは、視覚システムがその時空間隙を補間するからである。Pulfrich現象は、片眼に装着したデンスティ・フィルターのため両眼間に入力時差が生じ、結果として網膜像視差が生まれるためであるが、ここでも時空的補間が働く。Pulfrich現象では、両眼に入力される刺激は共に同方向に運動しているが、共に反対方向でも同様な補間が生じ立体視が可能になるであろうか。もし可能なとき、この補間は単眼過程と両眼過程のいずれで起きているのであろうか。Fahle & De Luca(10)は、図16のように、各眼に上線分と下線分を間隙をあけて提示し、それを両眼で反対方向となるように継時的にシフトさせる。同時に各眼の上線分と下線分に時差を設けて提示する。このような空間的間隙と時差とが単眼処理過程で補間されれば、上線分と下線分からなるパターンは、全体として奥行方向に運動して視えると同時に上線分と下線分のどちらかが手前に視えるはずである。実験では、上線分と下線分の長さ、線分間の間隙、線分間の時差、線分のシフト距離、線分の運動速度が変えられ、各条件下での上線分と下線分の奥行識別の閾値が求められた。その結果、奥行閾値は、(1)線分の長さが長いと小さくなること、(2)線分間の間隙が5-20min arcで最小となること、(3)線分のシフト距離が1.5-3min arcで最小となること、(4)線分の運動速度が0.5-0.8deg/secで最小となることが見い出された。これらのことから、時空的補間は両眼過程よりは単眼過程で行われ、しかもこの補間は刺激が両眼で反対方向にシフトしても可能であり、さらに各眼で処理されたものが両眼過程で対応され、立体視されると考えられる。

図16


14. ステレオモーション(stereomotion)のメカニズム
ステレオモーションとは、単眼的奥行手がかりが無い条件での奥行方向の運動視をいう。この事態では、(1)連続的な網膜像視差の変化と(2)両眼間での網膜像の速度差がステレオモーションの手がかりとなる。この2つの手がかりが、どのように処理されるかについては2通りを考えることができる。ひとつは、両眼間の網膜像速度差と網膜像視差とがそれぞれ独立に処理されると仮定するもので、ステレオモーションは各眼で検出された速度の差分にもとづく。他は、両眼での速度差分が網膜像視差処理過程で検出されると考えるものである。この関係は図17に示されている。ステレオモーションについての精神物理学的および神経生理学的研究が行われてきているが、明確な結論は得られていない。それは、両眼間の網膜像速度差と網膜像視差とが分離して提示されていないためである。Cumming & Parker(9)は、ダイナミック・ランダム・ドット・ステレオグラム(DRDS)を用いて、この2つのメカニズムのいずれが正しいかをしらべた。DRDSでは、視差が増大あるいは縮小されるが、ドットはフレームごとに新しくされるので前のフレームとの対応がなく、したがって単眼的な運動視の手がかりは存在しない。DRDSとRDS(ここでは、同一のランダム・ドットがフレームごとに視差は変わるものの、そのパターンを変えないで提示される)でのステレオモーションの閾値をしらべてみると、DRDSの方が若干低いことが示された。  これまでの研究では、ステレオモーションがどちらのメカニズムによって検出されているかが明らかにできていない。それは、刺激の設定に際して網膜像視差と両眼での網膜像速度差とが明瞭に分離されていないためである。そこで、Cumming らは、ダイナミック・ランダム・ドット・ステレオグラム(DRDS、RDSで提示されるがフレームごとにドットパターンが書き換えられるので時間的対応関係は存在しない。ただし、網膜像視差は増大あるいは縮小される)とRDS(ここでは視差は増大あるいは縮小されるが、ドットパターンはフレームごとに書き換えられないので時間的対応は関係づけられる)とを用い、ステレオモーションの閾値を測定したところ、DRDSの方が小さくなることをみつけた。また、運動視の単眼的手がかりは存在するが、両眼立体視のための時間的分解能力を超えた条件(時間的周期を操作し、両眼立体視の成立を妨げる)を設定したところ、ステレオモーションは不成立であった。両眼立体視のための空間的分解能力を妨げる条件(空間周波数を操作する)でも、同様であった。これらのことから、ステレオモーションは、網膜像視差の時間的変化をはじめに検出することによって成立することが示されている。  Cornilleau-Peres & Droulez()も、両眼間の網膜像速度差の要因をモーション・ディスパリティ(Motion disparity)となづけて、奥行や立体の手がかりとなるかを検討した。観察者に前額に平行になるように球面をシミュレートし、各眼に別々に提示するが、このとき各眼に入力したドットは左右で対応しないように設定された。この刺激事態で、「運動視差+モーション・ディスパリティ」条件と「運動視差」条件を設けて、球面/平面の選択を課したところ、知覚判断の正確度については両条件では違いが生じなかった。これは、モーション・ディスパリティが手がかりとして有効に利用されていないことを示す。

図17


15.両眼立体視での単眼的要因の抑制
健常な両眼立体視能力をもつものは、ステレオグラムのなかの単眼的要因を抑制する傾向をもつ。これはフュージョナル・サプレッション(fusional suppression)とよばれる。たとえば、図18に示されたような両眼立体視および単眼視の両条件で、副尺視力的位置変化を起すのには線分の一方をどの程度動かしたらよいかを測定してみると、両眼立体視条件ではそれがかなり大きい値をとる。単眼視条件では、これは副尺視力測定に相当するので、両眼立体視条件では、単眼的位置情報が抑制されていると考えられる。この現象を利用して、両眼立体視能力を欠く者の視覚特性がしらべられた(McKee & Harrad (22))。図18に示したように、左眼に副尺視力を測定するテスト線分を、右眼にはそれと両眼立体視的対応をもつ刺激パターンが提示された。ステレオグラムの左右対が左右対称であれば、上線分と下線分は奥行が異なるだけで上下は重なるように視える。このとき、上線分の一方をどの位シフトすれば、ズレて視えるか、その副尺視力的閾値が測定された。上線分の視差は0から60minの範囲で変えられ、また下線分は常に両眼の中心窩に位置対応するように提示された。副尺的閾値は、健常な両眼立体視能力をもつものでは、視差が20minまでは上昇し、融合限界(40ー60min)を超えるに従い下降を示した。副尺視力的閾値を測定するテスト刺激を左あるいは右眼のいずれに提示しても、健常な両眼立体視能力をもつものでは、このフュージョナル・サプレッション傾向は、左右眼で対称的変化をした。一方、両眼立体視能力に異常のあるステレオアノマリーなものは、このフュージョナル・サプレッションが左右眼で非対称であった。すなわち、テスト刺激を片眼に提示し、そのときのフュージョナル・サプレッションをみると、健常者と同一の結果を示すが、テスト刺激を他眼に提示して測定すると、フュージョナル・サプレッションは生起しなかった。これらの結果から、両眼立体視を担うユニットは、単眼の刺激位置情報を担うユニットより強い反応をもち、この単眼的ユニットを抑制していると考えられる。ステレオアノマリーの場合、単眼的手がかりに特異的に反応するユニットは、常に片眼からの情報が優位になるように限定されているので、この種のテスト刺激が優位眼に提示された場合には、他眼の視差情報からは影響を受けないが、劣位眼にテスト刺激が提示されたときには、他眼に提示された視差情報に抑制され、結果として劣位眼の副尺視力が弱くなると説明される。

図18


16.ステレオグラムの対応部分の明るさコントラストの逆転条件での両眼立体視
図19のステレオグラムをみると、対応部分の明るさが逆転している。これを両眼立体視すると、(a)のヘルムホルツのステレオグラムと(c)のRDSステレオグラムでは、立体視 が不可能であるが、(b)のランダム・ドットの密度を減じたステレオグラムでは可能である。Cogan, Lomakin & Rossi(4)は、図20に示したような実験パラダイムでこの問題を検討した。それは、明るさ対応をもつRDSステレオグラムと明るさ対応をもたないRDSステレオグラムを左右眼に提示するときに時間的遅延を設定して提示することであった(刺激は常にフラッシュ提示される)。このようにすると、明るさ対応のあるRDSステレオグラム(ドット密度50%)では、左右眼への入力遅延が45msec以上になると立体視は失われるのにたいして、明るさ対応のないRDSステレオグラムでは、60msecの入力遅延で逆に明瞭な立体視が生起した。一方、ドット密度が1-2%の明るさ対応のないステレオグラムでは、左右入力に遅延を設けなくても立体視が可能であった。このとき、ドット密度を高めると立体視は消失した。明るさ対応のあるRDSステレオグラムでは、入力遅延が長くなるとフラッシュ提示されているので陰性残像が生じ、したがって対応部分の明るさが逆転するが、明るさ対応のないRDSステレオグラムでは逆に陰性残像が生じることによって明るさ対応ができるようになる。これらの結果から、局所的立体視過程では明るさ対応のないステレオグラムを処理できるのに対して、大局的立体視過程ではそれが不可能であること、またドット密度が小さいときは局所的過程で、そして密度が高くなると大局的過程で処理されることが示唆される。

図19 図20


17.両眼立体視能力を欠いた者の出現頻度
両眼立体視能力を欠いた者の出現頻度がしらべれた(Coutant & Westheimer(7))。検査は、Keystone plate stereo test とHexagon dot stereotestが用いられた。前者は6行5列の位置に様々な形状のパターンが提示され、各行のなかで最も浮き出ているものを答えさせるテストであり、後者は星状に配置されたドットに対して中央のドットの奥行を判断させるテストである。188名の無作為に抽出した学生を対象として検査したところ、97.3%のものは2.3min以下の視差を検出できること、また少なくとも80%の者は30secの視差を弁別できたという。


18.両眼立体視を担う神経生理学的過程
両眼立体視は、交差視差、非交差視差および注視面のそれぞれを検出する神経ユニットに担われている考えられてきた。これは、交差あるいは非交差に特異的に反応しないステレオアノマリーの発見(Richards1970,1971)、およびサルのV1とV2の単一神経細胞での電気生理学的データが同様な3種類の視差に特異的に応答するユニットの発見(Poggio & Fisher 1977)にもとづいていた。しかし、最近、このような3種類の視差ユニット仮説を否定する研究があらわれた(LeVay。& Voight 1989)。すなわち、ネコの視覚領の神経ユニットをしらべたところ、3種類の明確に区別されるユニットがあるのではなく、ひとつの連続した視差ユニットが存在しているという。   そこで、Cormack,Stevenson & Schor(5)は、精神物理学的に視差ユニットをしらべた。視覚の神経生理的過程を精神物理学的にしらべるには、順応法、マスキング法があるが、ここでは、刺激いき下加重法(subthreshold summation)が用いられた。この方法は、図21-aに示されたように、ひとつの刺激がひとつのチャンネルに対応している場合には、刺激強度が一定の値を超えれば反応が出現する。このとき、第2刺激が追加されれば刺激の加重効果が生じるので、そのチャンネルは半分の刺激強度で反応する(図21-b)。さらに、この追加された第2刺激が別のチャンネルを活性化すれば、そのときの刺激強度は、単一刺激条件(図21-a)の場合と刺激加重条件の間の刺激強度でそのチャンネルが反応すると予測できる。刺激にはダイナミック・ランダム・エレメント・ステレオグラムが用いられ、刺激強度としては左と右のステレオグラムの対応度が変えられた(対応度50%から100%の間で変化)。単一面が表出する条件と2つの奥行面が表出する条件とで立体視出現するのに必要な刺激強度(左右ステレオグラムの対応度)が測定された。その結果、刺激加重は提示された2つの視差間の程度によって変化することが示された。刺激加重は、2つの視差間の差がゼロあるいはほとんど類似しているときに最大となり、その差が増大するに連れて減少し、さらに増大すると逆に抑制が生じた。網膜像視差に同期するチャンネルは、相互抑制あるいは中心ー周辺型特性をもつと考えられる。 サルを対象とした電気生理学的研究によれば、V1とV2が局所的立体視に強く関係し、また大局的立体視にも若干関係していることが報告されている。また、V1とV2を除去すると両眼立体視力は悪くなるが、大局的立体視は健常なまま残されるのに対して、inferotemporal cortexを両側とも除去すると大局的立体視が失われる。これは、両側のposterior cortexに損傷を受けた患者が両眼立体視力を失うことからも裏付けられている。一方、側頭葉を失った患者、とくに右半球のそれを失った患者は局所的立体視は健常なままで残るが大局的立体視は損なわれる。そこで,PET(Positoron Emission Tom- ography)を利用して両眼立体視を担う大脳部位がしらべられた(Ptito,et al.(26))。実験では、被験者にRDSを観察させ、奥行判断をしている最中の血流変化が、両眼立体視を伴わない2次元形状知覚条件あるいは無刺激条件と比較された。その結果、血流の増加は、右半球の17、18野で観察され、逆に血流の減少は、右のinferotemporal cortexでみられた。このことから、両眼立体視は右半球の視覚領の後部,striate cortexおよびprestriate cortexで処理が開始されること、また網膜像視差の処理は右半球にかたよっていることが示唆されている。  また、ネコの両側のlateral suprasylvian cortexのいろいろな部位を除去し、単眼と両眼奥行視への影響がしらべられた(Kruger,Kiefer,& Groh(19))。奥行視は跳躍法でテストされ、その結果、lateral suprasylvian visual area(LSA)と領域7が両眼奥行視に関係していることが明らかにされた。とくに、LSAを除去すると両眼的手がかりによる奥行視は残存できるが、単眼的手がかりによる奥行視は大きく損なわれ、領域7を取り除くと両眼奥行視は回復されないことが明らかにされている。

図21


19.3次元表示のための有効な方法
人間がディスプレイ上に表現された立体形状や奥行配置を容易に識別するためには、コンピュータによる3次元表示技法を工夫する必要がある。3次元表示のためには、人間が3次元属性を知るための主たる奥行手がかりである網膜像視差や運動視差をディスプレイ上に提示しなければならない。網膜像視差を提示する技法には、左右眼に視差をもつ刺激を提示する方法(ディスプレイに左右像を交互に提示し、それと同期するシヤッターをもつ眼鏡を装着する技法、あるいはディスプレイに左右像を交互に提示し、ディスプレイの前面にシヤッターを設置し、偏光グラスをかけて視る方法などがある)、ディスプレイに網膜像視差(水平視差あるいは垂直視差のいずれか)をもつ左右像を交互に提示し、それを両眼同時観察させる技法(autostereoscopic technique or alternating parallax technique)、およびPurfrich効果を利用する技法(片眼にデンスティ・フィルタを装着させる)がある。運動視差は、形状を構成する要素を観察者からの奥行程度に応じて速度差を設定して提示される。Adelson et al.(1)は、これらの3次元表示技法のなかで、いずれが形状や奥行配置を識別するために効果的かをしらべた。その結果、奥行位置の正確度とその反応時間を指標として手がかりの有効性をみると、網膜像視差、運動視差が効果的であること、alternating parallax技法は前面と後面の識別に有効ではあるが奥行を直感させる手がかりとはならないことなどがが示された。このことから、奥行識別のためには網膜像視差が、形状認知のためには網膜像視差と運動視差が有効であることがわかる。