複数の奥行手がかりの統合


1.運動要因と肌理要因の統
奥行や立体を知るための手がかり要因は、通常、複数個存在し、それらを統合して3次元視が成立する。このとき、複数の要因がどのようにして統合されるかについて、手がかりの弱い統合モデル(weak fusion model)と手がかりの強い統合モデル(strong fusion model)が考えられている(Clark & Yuille 1990)。手がかりの弱い統合モデルとは、その場面に存在するいくつかの手がかりがそれぞれ独立したモジュールで処理され、次いで、それぞれで算出された奥行が結合法則にもとづいて統合されると考えるものである。手がかりの強い統合モデルは、それぞれの手がかりからの情報が協調的に処理されてひとつの奥行を算出すると考える。奥行手がかりが複合している場合、それらの手がかりは非線形の相互作用をしていると手がかりの強い統合モデルは予測するが、手がかりの弱い統合モデルではこのような相互作用は排される。2つの奥行手がかりを抗争させた結果は、その統合が複雑なことを示した。そこで、手がかりの弱い統合の修正モデル(modified weak fusion model)が提唱された(Maloney & Landy 1989)。ここでは、それぞれの奥行手がかりは、単独で処理されてそれぞれに奥行を算出し、次いでそれらの奥行が重みづけされて加算されると仮定される。個々の手がかりにつけられた重みづけは、その手がかりの視かけの信頼性という意味をもつ。いま、仮に肌理(dt)と運動要因(dm)という2つの奥行手がかりがあるとすれば、奥行(d)は、  d=αtdt+αmdm で示される。ここでαt、αmは肌理と運動要因の重みづけを表わす。ここで、αtとαmは、  αt+αm=1 の関係をもつ。 dmを固定し、dtを変化させて奥行(d)を測定すると、  d1=αtdt1+αmdm  d2=αtdt2+αmdm が得られ、したがって、  αt=(d2ーd1)/(dt2ーdt1)=Δd/Δdt が求められる。  同様にして、αmも求めることができる。  Young, Landy & Maloney(36)は、図22に示したように、円筒の肌理勾配と円筒の傾き運動要因(x軸を中心にー15度〜+15度の間で運動する)の2要因の中、一方を固定し(奥行6.6cm)、他方を変化させて(奥行4.4-8.8cm)円筒の奥行を判断させた。円筒の奥行判断は、2要因がともに6.6cmの奥行を示すパターンを標準としてそれよりも「深い」かあるいは「浅い」かの強制選択によった。測定された奥行は、2つの奥行手がかりの重みづけられたものの加算的総和と一致した。また、肌理要因もしくは運動要因にノイズをかけて、同様に奥行を求めたところ、ノイズのある手がかりの重みづけは低下し、逆にノイズの無い要因の重みづけは増大した。これらの結果から、手がかりの弱い統合の修正モデルが支持された。

図22


2.網膜像視差と運動要因
複数の奥行手がかりがどのように統合されるかについては、次のようにまとめることもできる。一つは、ある強力な手がかりが他の弱い手がかりの上にたち、一方的に奥行あるいは立体形状を規定するというものである(否認型、Veto Type)。奥行手がかり間に抗争事態が起きているときには、ある手がかりが他の手がかりより優位になることによって奥行や立体形状がきめられる。二つめは、奥行や立体形状が複数の手がかりのそれぞれに重みづけがなされた上で、その総和で規定されるという考え方(加算型、Accumulation Type)である。ここでは、それぞれの手がかりは独立したモジュールで処理されることを前提とする。三つめは、奥行や立体形状が得られる以前に複数の手がかり間での協調を認めるものである(協調型、Cooperation Type)。ここでは、ある手がかりが不十分なときには他の手がかりがそれを補完あるいは助長することができる。Johnston, Cumming & Parker(18)は、図23に示されたように、網膜像視差とテクスチュアとを操作して奥行手がかり間の統合過程をしらべたところ、(1)テクスチュアが網膜像視差によって否認されてしまうということは起きないこと、(2)それよりは重みづけをもつ加算的総和で説明されうること、(3)このとき、テクスチュアに低い重みづけしか割り当てられないが、観察距離が200cm程度になるとテクスチャに対する重みづけが増大することなどを明らかにした。  一方、複数の奥行手がかりの統合での4番目の考え方として、奥行曖昧性解消型(Disambiguation Type)が提唱されている(Andersen & Braunstein 1983)。これによると、それぞれの奥行手がかりはそれらに固有な奥行曖昧性を解消しあう。例えば、運動からの形状知覚(Structure From Motion ,SFM)は知覚された対象間の奥行位置関係は曖昧にしか指示しないが、これに網膜像視差による情報が加わればこの曖昧性が解消される(Richards 1985)。Tittle & Braunstein(31)は、この複数の奥行手かがり間の統合過程を網膜像視差要因とSFMとに限定して検討した。刺激には、水平軸を中心として回転する透明な円筒(表と裏側の両面が表示される)をSFMと網膜像視差を用いて構成し、ドットでシミュレートしたものを用いた。運動要因については、SMF情報が存在するように設定した条件(ローテイション条件、円筒の表面形状が表示されるようにドットを操作した条件、円筒は水平軸を中心として回転して視える)とSFM情報が存在しないように正射影投影でドットを操作した条件(トランスレーション条件、ドットは円筒の表側と裏側で常に反対方向で横に等速度並進する。ここには円筒の表面の奥行や形状を指示するものは存在しない)とが設定された。円筒の半径に対する奥行の視かけの割合を求めたところ、ローテイションおよびトランスレーション条件とも、網膜像視差単独条件よりはヴェリディカルな立体が知覚された。SFM情報が存在しないトランスレーション条件でも立体視が増進したことから、SFM情報が単独で網膜像視差の奥行曖昧部分を解消していると考えるよりは、SFM情報は両眼立体視を促進するように働いていると考えられる。とくに、テクスチュアの密度を高めると、網膜像視差単独条件およびトランスレーション条件では、立体感が減少するのに対してローテイション条件では安定した立体視が得られた。これらの結果から、SFM情報は両眼立体視の対応を容易にするような作用をもち、両要因は協調的関係にあると結論される。  また、網膜像視差と運動視差との関係も、両要因が抗争的条件において検討された(Uomori & Nishida(32))。両要因の抗争は、水平軸中心に回転して視えるランダム・ドットの円筒を網膜像視差で、垂直軸中心回転は運動視差で作成(KDE)することによって設定した。観察者は両要因で作成された円筒を視て、円筒の中心はどの軸かが求められた。その結果、観察当初には運動視差で作成された円筒が、その後は網膜像視差で作成された円筒が優位に視えた。網膜像視差で作成された形状は、本来、運動視差のそれよりも優位であるが、しかし両眼対応を行うまでに時間がかかるので、はじめに運動視差で作成された形状が視えたのか、あるいは運動要因についての順応が網膜像視差のそれよりも早くまた強力なために、しだいに運動視差による立体効果が減衰し、この結果となったのであろうか。運動刺激に順応させた場合と網膜像視差に順応させた場合で、順応後に両要因で作成した検査刺激を提示し、どの中心軸の円筒が視えるかをしらべたところ、運動刺激に順応させた条件でのみ運動視差に対する強い抑制効果が出現した。さらに、様々な運動刺激(速度差のある運動条件、一様な速度で運動する条件、不規則な速度で運動する条件、運動方向が交替する条件、運動位置が交替する条件など)に事前に順応させ、その後に同様な検査刺激を提示したところ、速度差のある運動条件の運動視差に対する抑制効果が大きいことが示された。これらのことから、運動視差は、はじめに相対的な速度差の検出から処理過程がスタートすると考えられる。 

図23


3.両眼立体視過程と運動要因による立体視過程は同一のメカニズムによるか
網膜像視差にもとづく奥行(depth from disparity,DS)と運動要因にもとづく奥行(Kinetic depth ,KD)とが、神経生理学的に同一のユニットで担われている可能性を示すいくつかの証拠が報告されている。たとえば、ダイナミックな両眼立体視に順応させ、その後で運動要因にもとづく奥行を曖昧な事態(奥行に関して一義的に決められない条件)をテスト刺激として提示すると、その奥行判断は先行刺激に影響を受ける(Smith 1976, Rogers & Graham 1984,Nawrot & Blake 1989,1993)。Nawrot & Blake (1991)によれば、DSとKDを担う神経ユニットは方向と網膜像視差に選択的に反応する。換言すれば、この神経ユニットは網膜像視差あるいは運動視差のいずれでも活性化される可能性をもつ。Nawrot & Blake (23)は、DSをあらかじめ提示し、次にあいまいなKDを提示したときにKDの奥行関係の知覚がDSに規定されるか否か、あるいはKDをあらかじめ提示し、あいまいなDSを提示したときの奥行関係がどのようになるかをしらべるプライミング・パラダイムを通して、この仮説の検証を試みた。前者については、図24に示すように、あらかじめDS(交差と非交差の視差をもつドットの帯が相互に反対方向に運動するので、全体的には時計廻りあるいは反時計廻りしているように視える)を提示し、次いで曖昧なKD(ゼロ視差に提示され、あたかも中心軸を中心として回転する球のように視えるが、運動方向は互いに反対方向のものを混在させてあるので、回転方向は曖昧となっている)をテスト刺激として提示し、その奥行関係の知覚(ここでは、球が時計廻りあるいは反時計廻りかの判断)をしらべる。後者については、あらかじめKD(運動視差をもちいて時計廻りあるいは反時計廻りする球)を提示し、次いでDS(運動するドットを交差あるいは非交差で提示するが、ドットの多くはゼロ視差でしかも運動方向は相互に反対)を提示し、その奥行関係についてしらべる。その結果、DSはKDに対してプライミング効果をもつこと、あるいはその逆にKDはDSに対して同様な効果を与えることが示された。両眼立体視過程と運動要因による3次元視過程とは共通の神経ユニットで担われていると考えられる。

図24