運動要因による3次元視


1.1.運動視差における「観察者-運動」と「対象-運動」
運動要因から形状復元を求めるための網膜上のオップティクフローは、(1)観察者自身の水平方向への運動(self-motion)、(2)対象の前額平行方向での運動(object-translation),(3)対象の奥行方向への回転運動(object-rotation)、のいずれの事態でも形成できる(図1)。この中で、対象の回転は、対象が前額水平方向に移動したとき生じる対象と観察者の眼との間の角度と同じ程度、対象を垂直軸を中心として奥行方向に回転させた事態である。ここでは、運動視差はトランスレーション事態と同等で、ただ対象の中心点は動かず静止したままであるところがトランスレーション事態と相違する。Cornilleau-Pere & Droulez(2)は、この3種類の条件下で、平面対象と球面対象との識別の正確さを求めることによって、観察者の主体的効果(前庭器官、自己受容器、遠心性神経の働き)の有無を探った。その結果、対象の回転運動条件がもっとも成績が良く、対象のトランスレーション条件が悪いとの結果が得られた。これは、網膜上で対象がどの程度静止しているかその程度と比例して、成績が良くなることを示す。運動からの形状の復元においての観察者の主体的効果の主要な役割は、網膜像を網膜面に静止することにあると思われる。

図1


1.2.運動による立体視での剛体性問題
2次元上を運動する要素から3次元形状を復元する問題を計算理論で考えるとき、その解は無数となるので、1種の不変項である剛体性という拘束条件を設けてこれを解こうとする。剛体性とは、対象が運動してもその形状や大きさを恒常に保つことをいい、2次元上を運動する要素から3次元形状の復元が可能なときには、常にそれは剛体であると仮定される。視覚システムは、眼前の刺激が変化している場合、それから複雑な対象を復元しようとするのではなく、もっとも簡潔にその変化を説明しようとする最小対象変化の原理を働かせて、その知覚的解決を図っていると考えるのである。 3個のループ図形を重ねたものを前額に平行に回転させ、ステレオキネティク効果を出現させると、それぞれのループは回転に伴って手前に視えたり、後ろに退いたりし、全体としてはそれらはねじれたり曲がったりして視える(図2)。これは、剛体性の拘束条件とは相容れない現象と考えられた(Braunstein & Andersen 1984)。しかし、このループ図形は、いわゆる図地反転図形であるので、それが静止事態で多義的であれば、ステレオキネティクな運動状態のときに一義的な知覚的解決を得るとは考えにくい。そこで、この多義的図形に陰影を施して一義的図形にかえ、ステレオキネティクに運動させると、剛体性をもつ立体対象が出現すると予測される。曖昧性を取り除いた2種類の図形(ループ図形とペンローズ図形)をステレオキネティク運動させて観察したところ、1種類の立体図形の出現頻度が高まることが確認された(Broerse & Ashton (1))。このことから、図形パターンが多義的な図形構造をもてば、それぞれがステレオキネティク事態で出現する立体構造にも対応するので、変形を繰り返す非剛体的な対象が出現することになると考えられる。これは、絵画的奥行要因が曖昧なために非剛体的になるのではなく、絵画的奥行要因と運動との間に不一致あるいは曖昧性が生じているためである。

図2


1.3.運動からの形状復元(structure from motion)における面の外挿
ダイナミック・ランダム・ドットを用いての運動からの形状復元では、ドットの運動特性から抽出された奥行値にもとづいて形状面が形成されるが、このときこれらの奥行値による知覚的な外挿が生じていると考えられる。もし、この種の知覚的外挿が存在するのであれば、復元される形状面に穴が開いていても、これを知覚するのが困難になると予想される。Treue,et al.(23)ダイナミック・ランダム・ドットで回転する透過的円筒(シリンダー)の側面のいずれかに人工的な穴を開け(ドットを除去する)、どの程度の大きさにまでその穴を拡大したら、知覚されるかを測定したところ(図3)、片面の半分近くまで拡大しないとそれに気がつかないことが示されたという。

図3


1.4.運動からの形状復元のコンピュータ・モデル
Hildreth,et al.(4)は、運動からの形状復元問題を解決するコンピュータ・モデル(アルゴリズム)を開発した。それは、図4に示されたような構成をとり、画像上の2次元的な速度検出、運動からの構造の記述、3次元的な形状面の復元、および時間的な要素の統合の諸過程からできている。はじめに、画像上に表示された特徴点の各々から、その2次元的な速度が検出される。ここで検出された速度値にもとづき、奥行値(面までの奥行距離値)が反復して計算される。奥行値の計算には、運動するすべての特徴点に対して行われるが、このとき、運動方向、運動の絶対的速度、運動方向が局所的に反対方向になることなどは無視される(時間的要素の統合過程)。このようにして算出された奥行値から、3次元的な形状面の復元が行われるが、このとき、形状面の奥行分離は、各々の特徴点についての速度検出段階での2次元的な運動方向にもとづいて行われる。3次元形状面の計算過程では、形状面の外挿による推定、2次元的な運動速度にもとづく特徴点のグルーピング、3次元データの散布度にもとづく形状面のスムーシング、そして縁あるいは境界の確定が行われ、最終的には、網膜視差、テクスチュア、陰影などの奥行手がかりからの情報と照合され、形状が決定される。このモデルでは、運動からの復元事態で観察されるいくつかの知覚現象、たとえば、複数の奥行位置の異なる形状面の出現、あるいは境界面(縁)の出現などが再現できる。

図4


1.5.運動残効による奥行視
相互に反対方向に等速運動する4層の縞状パターンにしばらく順応させた後、観察者が頭部を左右に運動させながら、その運動残効を観察すると運動印象が減じ、その代わりに奥行印象が生起する(Ono,Shioiri & Sato 1991)。このとき、縞状パターンの奥行出現の方向は、縞状パターンと頭部運動方向が一致する場合には凝視点より遠方に、それらが相互に反対方向であれば凝視点の手前になる。運動残効による奥行印象の出現は、運動視と立体視とが共通のメカニズムに担われている可能性を示唆する。この仮説を検証するために、運動残効にもとづいて出現する視かけの奥行量と頭部運動速度の関係、およびその奥行消失時間(残効による奥行が視えなくなるまでの時間)と頭部運動速度との関係が、Ono & Ujike(16)によって測定された。観察者は頭部を静止した状態でひとつおきに反対方向に等速運動する4層の縞状パターンに1分間観察、順応後、指定された速度で左右に頭部を移動させながら静止した縞状パターンを観察し、視かけの奥行量および奥行消失の有無を報告した。その結果、視かけの奥行量は頭部運動速度が速くなるに伴い減少すること、また奥行消失時間は頭部運動速度が速くなると短いことが明らかにされた。これらの結果は、立体視と運動視が共通のメカニズムに基づくことを支持する。そこで、これまでとは逆の過程が、すなわち立体視での順応から運動視が成立するかが試みられた。観察者は頭部運動しながら運動する縞状パターンを5分間にわたって観察、順応後、静止したパターンを頭部を静止したままで観察した。その結果、運動残効から立体視出現過程と同等の条件にも関わらず、立体視からは運動残効が出現しないことが確認された。これらの結果から、観察者の頭部運動と連動しない運動シグナルは運動視と運動残効を生じさせるが、頭部運動と連動した運動シグナルは運動視もあるいは運動残効をも生じさせないと考えられる。


1.6.主観的輪郭図形の奥行回転による立体形状の出現
図5に示されたようなKanizsaパターンを垂直軸(y軸)を中心として奥行方向に回転させると、3個の誘導図形の間に図形が出現することが、Kojo,Liinasuo & Rovamo(9)らによって発見された。とくに、誘導図形に陰影などを用いて厚みをもたせ、円筒図形のようにみせると(図5-(d)-(i))、立体的な主観的輪郭図形が出現するという。また、コンピュータを用いてのアニメーション提示ではなく、これらの誘導図形を実際に制作し、回転させても同様な結果が得られると言う。これらの事実は、主観的輪郭図形が静止事態ばかりでなく、運動事態でも出現することを示して興味深い。このようなことが可能になるのは、認知的補完が起きるためか、あるいは運動事態でも主観的輪郭が知覚的に維持されているためか、今後の検討が待たれる。

図5


1.7.運動視差と網膜視差の手がかりの統合
運動視差と網膜視差は、どちらも立体視の強力な手がかりであるが、日常の知覚事態では、両者は統合して働いている。このとき、この両者は各々単独のモジュールを形成し、リニアーに結合してヴェリディカルな知覚を出力するのか、あるいはノンリニアーな相互作用をするのかについては、いまだ不明である。Jonston,Cumming & Landy(6)は、運動視差と網膜視差を独立に、あるいは組み合わせて提示し、その結果、知覚がどのように変容するかをしらべた。刺激は、ランダム・ドットで構成された円筒(シリンダー)でその長軸を水平方向にして提示された。観察者には、その円筒の側面の高さと直径(奥行)の比を判断させ、円筒形がどの程度正確に知覚されているかの指標とした。運動視差は、円筒を垂直軸を中心として反転させることによって生じさせてある。また、円筒の形状の高さと直径の比率は、運動視差および網膜視差を操作して、正確にあるいは歪めて提示された。観察の結果、(1)運動視差と網膜視差が共に働いている条件では、一方の要因が例え歪んだ奥行情報を担っていても、修正され、円筒形状は正確に知覚されること、(2)両要因を操作し、両要因が指示する「高さ/直径 比」に差を導入した場合には、網膜視差が指示する「高さ/直径 比」を増大させると、円筒形状の側面を円形に知覚させるためには運動視差が示す「高さ/直径 比」を小さくしなければならないこと、(3)運動視差要因を減弱すると(運動を2フレームに限定)、網膜視差要因の手がかりとしての重みづけが大きくなること、などが示された。これらの結果から、第一に運動視差要因が加わると、網膜視差-観察距離の算定問題(stero distance scaling problem、網膜視差を一定に保持した条件で、その観察距離2倍にすると、対象の横幅と高さは2倍に留まるのに対して、その奥行は4倍になること)が解消されること、第二に、網膜視差と運動視差の統合については、修正線形加重型モデルが支持されることが明らかにされた。とくに、手がかり間の統合については、これまでのところ、(1)分散モジュール・線形加重型と(2)非分散モジュール・非線形加重型、および(3)分散モジュール・線形加重モデルを修正した、修正分散モジュール・線形加重モデルが提唱されている。分散・線形加重型モデルでは、各々の奥行手がかりがモジュールとして独立し、最終的な奥行値は、それらの個々の奥行値の線形加重で決められる。非分散モジュール・非線形加重型モデルでは、最終的な奥行値は、各々の奥行手がかりを担うモジュール間の相互作用を経てから、非線形の加重で結合されて決まる。修正分散モジュール・線形加重モデルでは、各々のモジュールの間で相互にやりとりを認め、その後に、各モジュールは重みづけをした奥行値(depth)を算定する。網膜視差と運動視差とが指示する奥行を相互に独立に変化した実験結果は、修正分散モジュール・線形加重モデルに比較的良く一致する。すなわち、両要因の相互作用にもとづいて観察距離についての算定が最初になされ、次いで、対象の視かけの奥行が両要因の線型・加重モデルで算定されると考えると、実験値にもっとも良く近似するという。