2.両眼立体視


2.1.複数の視差の平均化(disparity averaging)
視差の平均化とは、同一奥行方向の複数の視差からなるステレオグラムを両眼立体視すると、2つの視差間の中間に奥行面が定位されるて視える傾向をいう。この視差の平均化を説明する理論的モデルとして、単一チャンネルモデルと多元チャンネルモデルが考えられる(図6)。単一チャンネルモデルでは、各眼の2種類の空間周波数成分が同一の空間周波数検出機構でそれぞれ検出され、その後にそれらが照合され視差の評価がなされ、最後に奥行値が出力される。一方、多元チャンネルモデルでは、各眼の2種類の空間周波数は、それぞれ別々の空間周波数検出機構で検出され、次いでそこで検出された2種類の空間周波数別に視差の評価がなされ、最後にそれら2種類の視差の値に重みづけが与えられ、奥行値が決定される。Rohaly & Wilson(21)は、2種類の空間周波数(余弦波空間周波数)から構成されたステレオグラムで視差の平均化を測定した(図7)。テストパターンのステレオグラムは、2種類の空間周波数間に視差がつけられている。ステレオグラムを両眼立体視したときに出現する奥行面の位置の測定は、比較パターンのステレオグラムの視差を変化し、テストステレオグラムの奥行面とのマッチングを求めることから測定された。その結果、2種類の余弦波空間周波数が3.5オクターブの範囲内にあり、かつ空間周波数間の方向差が30deg以内であれば、視差の平均化は個人差があるものの生起し、それを越えると2種類の奥行面が透過的に出現すること、また2種類の空間周波数間のコントラストを変えると、出現する奥行面はコントラストが高い方にリニアーに移行することが見いだされた。とくに、後者の結果は、2種類の空間周波数が別々の検出機構で検出されていることを示し、多元チャンネルモデルを支持する。

図6 図7


2.2.空間周波数チャンネルと網膜視差の大きさとの関係
両眼立体視の処理過程の初期には、視覚刺激は空間周波数と方向に特異的な一組のチャンネルによって処理される。これを支持する事実として、第一に、両眼間に入力された刺激は、その空間周波数成分が重複していなければならないこと(Mayhew & Frisby ,1976)、第二に、高空間周波数帯域での視差融合範囲は、2オクターブ以内のより粗い低空間周波数帯域によってのみ影響されること(Wilson,Blake & Halpern ,1991)、などである。もし、もし左右眼の刺激が低空間周波数チャンネルから高空間周波数チャンネルによって次々と濾過され、その結果、左右ステレオグラムの潜在対応数が減少すれば、対応問題の解決はより容易になると考えられる(Marr & Poggio,1979)。この考え方の基礎には、低空間周波数が検出できる視差範囲は広く、高空間周波数のそれは狭いという前提(size-disparity correlation)がある(Felton,et al.,1972)。Smallmann & MaCleod(22)は、このsize-disparity問題を図8のような実験パラダイムで検討した。ここでは、左右眼の各々に帯域通過したRDSが提示される。このステレオグラムでは左右視野に現れる矩形の視差が常に逆転するように(交差-非交差)設けてあるので、両眼立体視すると、左右視野の矩形が凝視点をはさんで一方が前に他方が後ろに出現する。観察者には、どちらの矩形が凝視点の前あるいは後ろにあるかを報告させ、75%正答率をステレオコントラスト閾値とする。空間周波数は1−15cpdの範囲で、視差は1−20minの範囲で変えられた。その結果、低空間周波数では大きい視差に、高空間周波数では小さい視差に対して、それぞれ感受性がもっとも高く出現した。このことから、空間周波数と視差の大きさとは強い関係を持つ。

図8


2.3.網膜視差間の外挿
隣接した領域のに網膜視差がまばらで明瞭でない、あるいは曖昧であるなどの場合には、その視差の空白領域が一定に広さの範囲にあれば、視差の平均化、誘引と反発そして外挿が生じる。視差の平均化とは、2つあるいはそれ以上の領域が明瞭な視差をもち、しかもそれらの領域が非常に近接(視角0.5min.以内)していれば、それらの視差のちょうど中間のところに奥行面が定位されて視えることをいう(Parker & Yang 1989)。もし視差間の差が0.5 minの範囲を越えれば、出現する奥行面が厚く視える(pyknostereopsis Tyler 1983)。さらに、これを越えると、2つの奥行面が透過的に出現する(stereo transparensy Weinshall 1989)。視差の誘引と反発とは、2つの刺激が線分あるいは対象だった場合に、一方の対象に他方のそれが引き付けられたり、あるいは反発して遠去かったりして視えることをいう。両対象間の距離が3min.以内では誘引が、それを越えると反発が生じる(Westheimer 1986)。視差の外挿とは、視差間の補間をいい、対象の面の凹凸を示すドットあるいは線分などの画素密度が粗く、したがって網膜視差も粗いにもかかわらず、滑らかな面が出現する現象のしくみを説明するために用いられる。この種の視差の外挿がどの程度まで視差密度を粗くても生じるかがしらべられた(Yang & Blake(26))。刺激は、図9に示されたように、奥行方向での凹凸をもつ曲線的な溝(この曲線形状はガボール関数で表示されるもの)を2本並べてRDSで提示し、その一方の視差を間引いて粗くして提示された。並べて提示した2本の溝のうち、片方の溝のピークの高さを関数変化で操作し、他方の固定したそれと高さのマッチングを行うことによって、視差の外挿による面の復元可能範囲が求められた。その結果、視差の不連続間隔が0.3度を越えると、視差の外挿による面の復元が困難になること、この範囲は、面の方向(垂直、あるいは水平)によって変わることなどが明らかにされた。このことから、視差の平均化、誘引と反発は、隣接した視差の差が問題となるため、視差の差が比較的小さい範囲でのみ生起するのに対して、視差の外挿は面の復元のため視差の全範囲が関係し、視差密度が相当程度粗くても生起していることがわかる。

図9


2.4.シア・ディスパリティ(shear disparity)
水平軸を中心として奥行方向に面を傾斜させると、左右の網膜像に視差勾配が凝視点を中心として形成される。この種の視差勾配は水平方向と垂直方向に形成され、水平方向のそれはホリゾンタル・シア・ディスパリティ(horizontal shear disparity)、垂直方向のそれはバーティカル・シア・ディスパリティ(vertical shear disparity)と呼ばれる。面の奥行方向を規定する視差は、ホリゾンタル・シア・ディスパリティのみであるとする一方、それはホリゾンタル・シア・ディスパリティとバーティカル・シア・ディスパリティの差分によるとする考え方(Cagenello & Rogers 1990)があり確定していない。Howard & Kaneko(5)は、ホリゾンタル・シア・ディスパリティとバーティカル・シア・ディスパリティとを各々独立に操作あるいはそれらを組み合わせ、そのときの面の奥行方向への視かけの傾斜がどのようになるかをしらべた。シア・ディスパリティについては、図10に示したように、ホリゾンタル・シアのみのディスパリティ(図10-a)、バーティカル・シアのみのディスパリティ(図10-b)、同等のホリゾンタル・シア・とバーティカル・シアとを同方向に回転して合算したローテイション・ディスパリティ(図10-c)、およびホリゾンタル・シアとバーティカル・シアとを各々反対方向に回転させたディフォメーション・ディスパリティ(図10-d)の4種類が作成された。面の奥行方向を規定する視差は、ホリゾンタル・シア・ディスパリティのみであるとの考えに立てば、視かけの傾斜面が出現するのは、ホリゾンタル・シア条件、ローテイション条件およびディフォメーション条件(ホリゾンタル・シア相当の視差のみの傾斜が出現する)となるが、一方、ホリゾンタル・シア・ディスパリティとバーティカル・シア・ディスパリティの差分によるとする考え方では、ホリゾンタル・シア条件、バーティカル・シア条件、およびディフォメーション条件(ホリゾンタル・シア+バーティカル・シア相当の視差の傾斜面が出現する)となる(ローテイション条件では、ホリゾンタル・シア・ディスパリティとバーティカル・シア・ディスパリティが互いに相殺されるので傾斜面は出現しないと予測される)。観察の結果、(1)ホリゾンタル・シア条件とバーティカル・シア条件では、同等の傾斜面が出現すること、(2)視かけの傾斜面はディフォメーション条件では出現するが、ローテイション条件では出現しないことが確認された。このことから、視かけの傾斜面は、ホリゾンタル・シア・ディスパリティとバーティカル・シア・ディスパリティの差分に規定されると考えられる。

図10


2.5.ステレオ・キャプチュアとオクルージョン
ステレオ・キャプチュアとは、主観的輪郭図形を誘導するセクター部分に網膜視差をつけて立体視すると、図形の背景をなす地の部分にある規則的に配されたドットあるいは線分が、この部分には視差がないのに、浮でたあるいは背後に退いた主観的輪郭図形に付着して奥行的に視える現象を言う。Vallortigara & Bressan(25)は、この現象がオクルージョン要因と関係していることを例示した。背景に規則的なドットあるいは線分パターンをもつ主観的輪郭図形では、そのセクター部分で「隠すー隠される関係」が曖昧である。図11-(a)に見られるように、主観的輪郭を誘導する円部分は線分を隠すが、逆にそのセクター部分は線分によって隠されている。ステレオ・キャプチュアが生じるのは、常にこのようなオクルージョン関係に曖昧な部分がある場合である。図11-(b)では、セクター部分にある背景パターンを除去し、その代わりに薄くコントラストをつけたパターンであるが、これを立体視すると主観的図形部分が透明になって浮き上がり、ステレオ・キャプチュアは生起しない。図11-(c)では、背景パターンが誘導図形をすべて覆い、オクルージョンに関して曖昧性をなくしているが、これを立体視すると、主観的輪郭部分の浮き出しに伴って、その部分の前景の線分が前方に曲げられて視える。 さらに、図11-(d)では、中央の垂直矩形は主観的輪郭部分を覆うが、これを立体視すると、主観的輪郭部分と垂直矩形部分とは視覚的抗争状態となり、視覚システムはこれを解決するために矩形部分を主観的輪郭の浮き出しに伴って前方に曲げる。これらの現象から、ステレオ・キャプチュアは、網膜視差とオクルージョンとの間の視覚的抗争を解決するために生じた現象と考えることができる、とVallortigaraらは考えている。

図11


2.6.両眼立体視を可能にさせる最短提示時間
両眼立体視を可能にさせる最短提示時間は、これまでの研究によれば,50msec前後で可能(両眼立体視がメタコントラストマスキングに及ぼす効果をみることによって測定、Lehmkuhle & Fox 1980)とするものから、200msec以上の時間が必要(Richards 1977)とするものまで報告され、確定していない。このような大きな差が生じるのは、融合時の輻輳作用を十分統制していないためと、Uttal,Davis & Welke(24)は考えた。そこで、RDSステレオグラム(円筒、円錐、半球、立体など8種類の立体図形)提示の直前の輻輳を固定するための刺激を提示することによって輻輳を統制したところ(図12)、1msec以下で明瞭な両眼立体視が成立することが確認された。もし、このことが事実とすれば、両眼立体視の成立には輻輳作用が必須とする理論は再考を求められよう。

図12


2.7.明るさの差にもとづく両眼立体視
ステレオグラムを構成する左右のパターンの一部の明るさに左右で差を導入すると、網膜視差がなくても、奥行方向に傾斜して知覚されることを、Kumar(11)は見いだした。 図13-(a)のステレオグラムでは、白い矩形を囲む線分のなかで1対の垂直線分に左右で明るさコントラストが変えてある、これを両眼立体視すると、左右間には視差がないのに、白い矩形部分が上の6個のパターンではコントラストを付した垂直線分より手前に、下の6個のパターンではそれの背後に視える。図13-(b)のステレオグラムでは、左右の各々の矩形線分の中央にある垂直線分の明るさが左右で異なっている。これを両眼立体視すると、視差がないのに垂直線分の両端の奥行が異なって視え、しかも垂直線分の横幅が大きくなるにつれて奥行差も増大する。さらに、図13-(c)のようなステレオグラムでは、白い矩形を囲む枠の一部の明るさがが左右パターンで相違するが、これを立体視すると、白い矩形とそれを囲む透明な枠が奥行的に分離して視える。

図13ーa
図13ーb

図13ーc


2.8.両眼立体視力とテスト刺激の明るさ
テスト刺激の明るさを増大させ比較刺激の間に明るさの差を導入すると、両眼立体視力が顕著に増大することが見い出された(Kumar & Glaser(12))。両眼立体視力は、真ん中に1本の垂直線を、その両脇に各1本の垂直線分を提示する3本ロッド法で測定されたが、これらはステレオグラムで提示された。その結果、両眼立体視力はテスト刺激と比較刺激の間隔距離とそれらの間の明るさで変化し、間隔距離が視角5分以下の場合には両刺激間に明るさの差があると顕著に小さくなった。とくに、両刺激間隔距離が約2分しか離れていないと、それらの間の相対的奥行を識別できないとされてきたが、今回の実験では、両刺激間の明るさの差が2倍以上あると、奥行が識別可能なことが示された。また、両眼立体視力を維持できる空間解像度は、おおよそ視角1.3分で非両眼立体視でのそれと一致していることも確認された。


2.9.リスザルの両眼立体視能力と眼優位性分化
リスザルには、眼優位性分化のコラムが解剖学的に存在せず、さらにV1領域の眼優位性細胞の分布は、他のマカク類とは相当程度相違し、眼優位性細胞が極めて少ないので、両眼立体視機能は欠けていると従来考えられていた。このことを確認するために、リスザルにランダム・ドットで網膜視差をもつステレオグラム、視差はないけれども左右パターンが対応するもの、そして左右パターンで対応のないものを提示し、そのときの視覚誘発電位が、Livingstone,et al.(14)によって測定された。その結果、RDS、および対応のあるパターンから対応のないパターンへの変化にたいして、顕著な誘発電位が生起した。このことは、リスザルが両眼立体視能力をもつことを示し、また眼優位性コラムが存在しなくても両眼立体視機能は存在することを示唆する。