3.絵画的要因による3次元視


3.1.奥行手がかりの統合過程
 奥行手がかりには、網膜視差、運動視差、テクスチュア、パースペクティブ、陰影などがあるが、これらの手がかりが統合されて3次元の視覚世界が成立する。奥行手がかりの統合についての理論モデルには、図14にまとめられたように、大別すると、(1)分散モジュール・線形加重型と(2)非分散モジュール・非線形加重型が考えられる。分散・線形加重型理論では、各々の奥行手がかりがモジュールとして独立し、最終的な奥行値は、それらの個々の奥行値の線形加重で決められる。この理論の問題点としては、各々の奥行値の単位をそろえなければならないこと(たとえば、運動視差の示す奥行値と陰影の示す奥行値とでは値そのものが大きく相違する)、およびどの手がかりがその事態では主となっているか、その重みづけをしなければならない点である。非分散モジュール・非線形加重型モデルでは、最終的な奥行値は、各々の奥行手がかりを担うモジュール間の相互作用を経てから、非線形の加重で結合されて決まる。このモデルでは、モジュール間の相互作用および各モジュールの出力を結合する規則を決めることが困難である。Landy et al.(13)は、そこで、分散モジュール・線形加重モデルを修正した、修正分散モジュール・線形加重モデルを提唱する。ここでは、各々のモジュールの間で相互にやりとりを認め、その後に、各モジュールは重みづけをした奥行値(depth)を算定する。同時にその奥行値の信頼性について、補足的手がかりにもとづいて信頼値(robust)を出力する。補足的手がかりとは、奥行を直接的に表すものではないが、しかし個々のモジュールからの奥行値の重みづけを決める。たとえば、観察しているシーンがかわれば、奥行値のための個々のモジュールの重みも変えなければならないので、シーンの変化は補足的手がかりとなるし、注視距離の変化も同一の役割を果たす。そして、最終的な奥行値は線形加重で出力される。 このモデルでの、各々のモジュールから出力される奥行値の重み、perturbation analysisで確定できる。いま、2種類の奥行手がかり(cue1,cue2)を用意し、各々が次のような奥行をもつと規定する。
cue1=d1, cue2=d1+Δcue cue1とcue2が同一の視えの奥行(d')を示せば、 
d'= d'1 = d'2 となる。
このとき、cue2をcue1と抗争的において、cue1とcue2とが同一の奥行を示す条件との間で視えの奥行の遠近を求めることができる。求められた視えの奥行(d')は    
d'=α1d1+α2d2 =α1d1+α2(d1+Δcue)となる。
ここでは2種類の手がかりしか操作していなので、    
α1+α2 =1 となり、
したがって    
α2 = (d'-d1)/Δcue また、d'-d1 =Δdepthと書きなおせるのでα2 = Δdepth/Δcue となる。
Δdepthは、刺激の奥行面までの視かけの距離変化を指し、Δcueは操作した(cue1と抗争的にした)奥行量なので、いずれも既知の値となり、したがってα2は計算できる。この方法によれば、各々の手がかりモジュールの重みづけが精神物理的に特定できる。このモデルは、今後、奥行手がかりの統合の理論的中心となり、さまざまに検証されていくことになろう。

図14


3.2.陰影要因とテクスチュア要因の統合
 分散モジュール・線形加重モデルについては、Curran & Johnston(3)によっても疑問が出されている。かれらは、陰影要因とテクスチュア要因を用いて湾曲面をランダム・ドットで提示し、両要因が湾曲の度合いで一致した条件および不一致の条件を設定し、視かけの湾曲の程度を一対比較で判定させた。その結果、得られた実験値を線形加重モデルにあてはめ、陰影要因とテクスチュア要因の重みづけを計算したところ、陰影要因に割り当てられた重みは、それが指示する湾曲度の増大に伴って大きくならないが、テクスチュア要因の重みは、テクスチュア要因の指示する湾曲度が増大すると大きくなり、また陰影要因が指示する湾曲度が高まると小さくなることが確認された。ここでは、線形加重モデルより非線形加重モデルが支持されている。


3.3.熟知的大きさ要因(familiar size)
 熟知的大きさ要因とは、対象そのものがもつ固有の大きさが対象までの絶対的および相対的奥行距離を規定するというものである。例えば、同等の大きさのゴルフボールとテニスボールが観察者から同じ物理的距離のところに提示され、他に奥行がかりが存在しなければ、ゴルフボールの方がはるかに手前に位置するように視えるが、これは熟知的大きさ要因が働き、実際の大きさではテニスボールより小さいゴルフボールが、テニスボールと同等の大きさに視えるのは、テニスボールより手前にあるためと視覚システムが判断あるいは知覚するからである。それでは、熟知的大きさ要因によって視えの奥行距離が決まるのは、視覚システムがある種の推定をする認知的プロセと考えた方が良いのか、あるいは直接的にその種の視えが生じる知覚的プロセスなのであろうか。このことが、Gogelが開発した頭部運動技法(head motion technique)を用い、Predebon & Wooley(18)によって検証された。頭部運動技法とは、暗室中に提示された対象を単眼で注視し続けながら、頭部を左右にふると、もし対象までの物理的奥行距離と視かけの奥行距離との間が一致していれば対象は静止して視えるが、もし不一致であれば対象は動くように視えることを利用した方法である。このとき、対象が物理的奥行距離より手前にあると知覚されていれば頭部運動と同方向に、より遠くにあると知覚されていれば反対方向にそれぞれ動いて視える(図15)。テニスボールとゴルフボールの大きさ(視角)にそれぞれ大小をつけ、同等の観察距離の位置に上下になるように対提示し、頭部を左右に振りながら観察させたところ、いずれの対象も、視かけ上、動いては視えなかった。しかし、対象までの視かけの距離を言語報告させると熟知的大きさ要因から予測される通りの結果が得られた。このことから、熟知的大きさが視かけの距離を規定できるのは、認知的推定によると考えられる。ただ、頭部運動技法には、単眼運動視差が働くので、この視差要因が視かけの運動を妨げた可能性が残る。

図15


3.4.絵画的に表された奥行傾きの知覚に与える背景の効果
 実際に奥行方向に傾いている対象(客観的傾き)、あるいは実際は前額に平行におかれているが奥行方向に傾いているようにパースペクティブをつけた対象(絵画的傾き)を提示し、視かけの奥行判断を求めるとき、運動視差あるいは背景の有無が傾き判断に影響するかがしらべられた(Reinhardt-Rutland(20))。運動視差は頭部を左右に振りながら観察させることによって、また背景はグリッドをもつ面を対象の背後に提示することによって導入された。その結果、グリッドをもつ背景を導入しても対象の客観的形状と傾きは正確にならず、かえってその客観的あるいは絵画的傾きが強調されて知覚されること、また運動視差を導入すると、とくに背景が存在しない場合に傾き判断の客観性が増大するが、しかし背景がある場合には傾き判断が逆に助長された。これらの結果から、運動視差は他の奥行手がかりが存在しない場合には対象の奥行的傾き判断の正確さを増大するように働くが、しかし絵画的要因が付加されて場面が複雑になるとその影響力が減じるようである。


3.5.シノプター(synopter)による立体効果
 ある種のビユァーを用いると、網膜視差が存在しないのに明瞭な立体視が可能になることが古くから知られている。それは、Carl Zeiss(1907)よって発明され、特許がとられたものである。この原理をもっとも忠実に再現したものがシノプターで、現在美術館などで市販されている。図16に示されたように、シノプターはハーフガラスを組み合わせて、左右の各眼に完全に同一の画像が投影されるように工夫されている。このシノプターを通して写真、絵画などを観察すると、立体感が強調されるが、これまでのところ、確たる実験的証拠がないままに来ている。Koenderink,Doorn & Kappers(8)は、通常の単眼視、シノプターを通しての観察、および通常の両眼立体視の各条件下で、立体出現の程度を比較した。立体の視えは、小さなゲージ図形を対象の表面の各部に提示し、その視かけの凹凸を測定した。ゲージ図形は中心に突起物を持つ円盤で、対象表面の凹凸に合わせて突起物が表面と直角に突き立つように円盤の傾きが調整できるように作られている。実験では、実際の立体物を写真にとり、それをCRT上に提示し、それに重ねて提示されたゲージ図形の円盤の傾きがマウスを用いて調整された。ゲージ図形の調整値をもとに、対象の立体形状を再現したところ、シノプター視条件は両眼立体視条件と同等以上の復元能力をもつことが示された。この結果から、人間の視覚システムは単眼的手がかりから、かなり正確な立体形状を復元する能力をもつことと考えられる。そして、これが認知的な推測にもとづくのか、あるいは単眼手がかりからの直接的な知覚なのかは興味のあるところであろう。

図16


3.6.絵画的要因としての明るさコントラストの有効性
 遠くにある対象は近くにある対象に比較して、大気の影響を受け、その明るさコントラストが減じる。これは大気遠近要因として奥行手がかりとなる。これまでの研究によれば、 明るさコントラストが減じると、その対象は遠くに定位されること、また非交差視差に低い明るさコントラストを追加すると、両眼立体視においてもより遠くに対象を定位させること、などが明らかにされている。O'Shea,Blackburn & Ono(17)は、この種のコントラストが相対的奥行距離知覚にも有効な手がかりとして働くかを確かめた。明るさコントラストは、明るさの相違する2個の対象を、その背景の明るさを変えることによって操作され、また明るさコントラストの手がかり効果は対象までの視かけの奥行を報告させることによって求められた。その結果、対象と背景の明るさコントラストが小さくなると、対象は遠くに定位されること、またこの効果は、明るさコントラスト要因と大きさ要因とが競合する条件、あるいは両眼立体視条件でも有効なことが確認された。


3.7. 陰影あるいはテクスチュアから形成された形状面上の距離と位置知覚
 陰影あるいはテクスチュアからの形状知覚をしらべるとき、主には、2次元画像として表現されたパターンからその形状を直接に報告あるいは測定する方法がとられている。しかし、日常生活では、3次元空間内の対象の位置や特徴部分の配置を知覚することも重要である。Johnstone & Passmore(7)は、レイキャスティング技法でレンダリングされた球面(図17)上での距離あるいは位置知覚の正確度をしらべた。球面上の距離知覚は、こぶ状の小点を3個、球面上に提示し、中央のこぶを移動させて距離の中間点をもとめる方法で、また球面上の位置知覚は、同様なこぶ点のうち1個を球面上に他の2個を面上から離して提示し、それらを動かして面上に位置させる方法によった。3次元要因には、陰影、テクスチュアとパースペクティブが用いられた。陰影はレイキャスティング技法の1種であるPhongモデルによって、テクスチュアはテクスチュアマッピング技法によってそれぞれ表現された。実験の結果、パースペクティブ単独条件、陰影単独条件および陰影+テクスチュア条件の間では、距離と位置判断には差が生じなかった。このことから、陰影あるいはテクスチュア要因はそれによって表現された面の距離や位置知覚に固有の役割をもたないと思われる。

図17


3.8.テクスチュアによる傾斜面の知覚
 テクスチュアや線遠近要因のみで表現された奥行傾斜面(水平方向軸に関して傾斜)は、傾斜角度が過小視され、前額平行に近づけて知覚される傾向が知られている(前額平行面への知覚的退行現象、recession to the frontal plane,Gibson 1950)。これは、観察者が視線を前額に平行面に直角な方向から視かけの傾斜面に対して近似的に直角になるように変更するためと説明されてきた(Perrone,1982)。一方、視かけの傾斜面を正確に測定するためには、Gibsonらのように標準刺激面と自由に回転する比較刺激面との視かけの傾斜についてマッチングを求めるのではなく、傾斜面内に埋め込めれた指標図形(たとえば円形)の水平−垂直比を測定し、その値から視かけの傾斜角度を推定したところ、前額平行面への知覚的退行現象は生起しなかった。Zimmerman,Legge,Cavanagh(27)は、テクスチュアと線遠近要因で表現された視かけの傾斜角度を、その中に埋め込まれたT図形の水平線分に等しくなるように垂直線分の長さを調整させ(図18)、得られた値に基づいて、幾何学的に傾斜角度を算出した。算出方法は次の通りである。 δ=tan-1[(La cos(θa))/(da+La sin(θa))] θp=90-δ-sin-1[dp sin(δ)/Lp (ここで、θaは傾斜面角度、daは観察距離、Laは傾斜面の線分の物理的長さ、Lpは測定された線分の長さ、dpは視かけの観察距離を表す。図19参照) 実験の結果、このような垂直線分と水平線分の配置では水平垂直錯視が生起するので、それを補正したところ、前額平行綿への知覚的退行現象は生起しないという結果が得られた。テクスチュアや線遠近要因などの絵画的要因のみにもとづいても正確な傾斜面が提示できると思われる。

図18 図19