運動による3次元視  

1.運動視差と両眼視差の統合
 運動視差と両眼視差は共通のメカニズムをもつ可能性がいくつか指摘されている。たとえば、(1)両眼視差への順応は運動による奥行視(kinetic depth perception)に影響すること(Nawrot & Blake,1991)、(2)運動視差にもとづいて奥行を出現させ、そのときの閾値を測定すると、両眼視差が同時に存在する条件では、閾値の低下がみられること(Cornilleau-Peres & Droulez,1993)、(3)運動要因による奥行手がかりが存在すると、テクスチュア要因が両眼視差を妨害しても、立体視が安定すること(Tittle & Braunstein,1993)などが報告されている。これらは、運動視差と両眼視差とが共通に処理され統合されていることを示す。運動視差と両眼視差を、奥行出現の方向(凹あるいは凸)について知覚的に抗争させた場合には、両眼視差が奥行出現方向を優位に決定する(Rogers & Collett,1989)が、しかしオクルージョンと抗争させると必ずしも優位ではない(Braunstein et al 1986)。一方、運動視差は、オクルージョンと抗争する条件では優位に奥行出現方向を決定する(Ono et al,1988)。
 運動視差と両眼視差の統合について、両要因を知覚的に抗争する条件で再度検討が試みられた(Ichikawa & Saida(17))。刺激は垂直方向に正弦波上に凹凸が出現するパターンとし、両眼視差と運動視差要因で奥行が誘導される。観察者には、奥行出現の方向の報告と奥行量の調整が求められた。その結果、(1)奥行出現方向は、排他的に両眼視差あるいは運動視差のいずれかによって決められる。多くの場合、それは両眼視差のみによって決められるが、しかし両眼視差が小さい条件(0.5')では、運動視差が決定要因となることが増大する。(2)奥行量は奥行出現方向を決めている手がかり要因によって変化し、もし視覚システムが両眼視差を選択していれば、両眼視差と運動視差の重み付けをもつ加算で決められ、両眼視差が規定する奥行量の方が運動視差のそれより大きくなる。また、もし視覚システムが運動視差を奥行出現の手がかりとして選択していれば、奥行量は運動視差によってのみ一義的に規定される。これらの結果は、両眼視差と運動視差の2要因が働く事態では、どちらかひとつの奥行手がかりが優位な手がかりとして選択されること、さらに運動視差は両眼視差に対して排他的であることを示し興味深い。

2.運動視差からの形状復元、ステレオキネシスによる形状復元と両眼視差からの形状復元との比較
 運動視差からの形状復元、ステレオキネシス(y軸を中心としての対象の回転)による形状復元と両眼視差からの形状復元は、幾何学的に分析すると類似しているという(Durgin et al.(9))。いま、観察者が、図1に示されたように、円錐の一点を注視するとき、左右眼P1とP2から生じる両眼視差(A)を、その円錐の3頂点で表示すると(D)のようになる。運動視差(B)は、いずれかの一方の眼が頭部運動によってT1からT2まで移動したと考えればよいので、同様にその3頂点は(D)のようになる。ステレオキネシス(C)は、y軸を中心としての回転で与えられるので、もし、回転角度を両眼視差と運動視差に合わせれば、T1時点とT2時点の3頂点は、(D)のようになる。幾何学的に分析すると、運動視差からの形状復元、ステレオキネシスによる形状復元と両眼視差からの形状復元は、同一の情報を観察者に提供する。検証実験では、5本の円環から構成された円錐を、両眼視差、運動視差、ステレオキネシス条件(回転による輪郭の遠近的縮小は操作されない)で提示し、両眼視差量、運動視差および回転角度をそれぞれ操作して形状知覚の正確度(ここでは円錐の頂点から底面までの奥行)を求めた。その結果、運動視差とステレオキネシス条件に比較して、両眼視差条件は形状知覚がより正確であることが示された。これは先の幾何学的な解析結果とは一致しない。その理由として、両眼視差を利用する両眼立体視には、ヒューリスティックな処理過程が関係し、ステレオスコッピックな奥行恒常性にみられるように、形状の奥行の正確性を保証そるしくみがあるためと考えられる。

3.運動視差からの傾斜角度の復元
 Meese, Harris & Freeman(26)の研究によれば、x軸を中心として90度傾いた面があり、観察者が横方向にのみ移動すれば(図2-(A))、面状の各点は図2-(B)の左欄のような1次元の運動(ホリゾンタル・シア)となる。y軸を中心として傾いた面(x軸は0度)でもそれは凝視面から左右への運動(ホリゾンタル・コンプレッション)となる(図2-(B)の右欄)。もし、観察者が横方向に移動したときの同様な傾斜面を2次元的に解析すれば、面の形状の歪み(デフォメーション)と面の回転(カール)の加算的変化(図Cの左)あるいは面の形状の歪みと面の拡大(エクスパンション)の加算的変化(図Cの右)が起きることになる。ホリゾンタル・シアは、デフォメーション+カールで合成(図3-(A))できるし、同様にバーティカル・シアはデフォメーション-(マイナス)カールで合成(図3-(B))できる。デフォメーションは、ホリゾンタル・シア+バーティカル・シアで合成(図3-(C))できることになるし、ローテイションはホリゾンタル・シア-(マイナス)バーティカル・シア(図3-(D))で合成できる。もし、1次元の流動パターンが面の傾斜を決定しているのであれば、ホリゾンタル・シア、バーティカル・シア、デフォメーションおよびローテイションに共通な要因はホリゾンタル・シアかバーティカル・シアである。ホリゾンタル・シア要因はホリゾンタル・シア、デフォメーションおよびローテイションに存在し、バーティカル・シア要因はバーティカル・シア、デフォメーションおよびローテイションに存在する。2次元の流動パターンが決定要因であると考えると、デフォメーション要因はホリゾンタル・シア、バーティカル・シアおよびデフォメーションに、カール要因はホリゾンタル・シア、バーティカル・シアおよびローテイションに存在する。これらの4種類の流動パターンを作成し、観察させたところ、バーティカル・シア条件でのみ面の傾斜知覚が不能であった。このことから、2次元の流動要因であるデフォメーションが、面の傾斜知覚の決定要因であると考えられる。

4.ステレオキネティック効果
 ステレオキネティック効果とは、前額に平行に回転する2次元パターンから生起する3次元印象を指す。これらの効果の成立には、(1)どのような3次元形状が成立するか、(2)成立した3次元形状の奥行出現の方向の安定性(奥行反転の有無)、(3)形状の剛体性問題(rigidity problem)の3種類の問題が関与する。剛体性問題については、ステレオキネティック効果で出現する3次元形状には、その形状を変形する楕円や線分が観察することから、ここでは剛体性の要請は成立していないことが指摘されている(Zanforlin & Vallortigara 1988, Beghi,et al.1991)。 
 ステレオキネティック効果の仮説としては、近年、以下のようなものが提出されている。(1)前額平行に横切るパターンでも3次元形状が成立するので、ステレオキネティック効果はキネティック・デプス効果のひとつの構成成分である(Proffitt,et al 1992)。(2)ステレオキネティック効果は、キネティック・デプス効果にひとつの形状を保持しようとする知覚特性(identity imposition)が作用して成立する(Wallach & Centrella 1990)。(3)ステレオキネティック効果は、前額平行面を運動するパターンの構成要素の速度間の差を最小にしようとして、その速度差を奥行方向の速度差に変換する知覚特性が作用し、結果として視えの奥行を出現させる(Beghi,et al 1991)。これらの仮説はいずれも、いまのところ十分な説明力をもたない。
 Masani et al(25)は、速度差最小仮説を否定するとともに、新たにベクトルモデルを提唱した。使用したステレオキネティック効果のためのパターンは、2つの面状の円が瓢箪あるいは8の字状に描かれたものである(図4)。これを前額に平行に、パターンの引力の平衡点をその中心とし回転させて観察すると、頭を切った円錐が斜めに傾いている3次元形状が出現し、パターン(a)ではその底面と頭部面とが奥行反転すして視えるという。これに対して、ファジーな輪郭をもつパターン(b)は、このファジーな輪郭がステレオキネティック効果を促進し、ファジー輪郭をもつ円盤が常に底面となって、3次元形状を安定させ、さらに深い奥行を出現させる。速度差最小仮説によれば、出現した立体形状の底面と上面の奥行の深さは、2つの円盤の直径、パターンの回転の中心となる平衡点および2つの円盤の中心との間の距離によって規定されると予想される。しかしながら、観察された立体形状の深さは、ファジー輪郭をもつ条件でより大きいこと、また立体が観察者に対して垂直方向に提示されている方が水平方向より大きいことなどから、速度差最小仮説は支持されなかった。ここで観察された現象を説明するためのベクトルモデルによれば、出現する輪郭に強く関与する運動点PとP'の運動速度は、

 v(P) = v(C)+v(CP) v(P') = -{v(C)+v(CP)}

でそれぞれ表される(図5、・/FONT>アこでOはパターンの回転の中心でXY座標軸の原点、CとC'は円盤の中心をそれぞれ示す)。このモデルでは、2つの円盤上の点はそれぞれ反対方向に運動することを予測し、2つの円盤に分離して知覚されることを示すが、ステレオキネティック・パターンがもつ良い連続性や閉合の要因の知覚作用によってひとつの3次元形状を出現させると仮定する。

5.大脳半球切除による機能障害をもつ者の運動による奥行視
 脳半球切除による機能障害をもつ患者を対象にして、運動による奥行視が可能か否かが試された(King, et al.(20))。4人の患者は、出生後あるいは10歳までに脳炎、あるいは嚢腫を発病し、13歳から25歳までの間に外科的切除手術を受けている。運動による奥行視を生じさせる刺激パターンは、観察者に近づいたり、あるいは遠去かるように視えるパターンで、パターンの構成要素であるドットあるいは同心円を輻輳あるいは開散するように回転させて奥行印象を生起させる。被験者にはパターンの視え方を言語報告させるともに、GSR反応を測定した。GSR反応の測定では、刺激パターンの回転を反転させることで対象の運動方向を変えても、変化は生じなかった。また、半盲領域に刺激を提示したときには、刺激の運動方向を正しく答えられなかった。これらのことから、皮質下の視覚処理過程は、運動による奥行視情報を処理できないと考えられる。

6.運動からの形状復元における異性体構造
 異性体(metamerism)とは、分子式が同じで構造が異なるものをいい、物理的あるいは化学的性質の異なる存在をさす。van Veen & Werkhoven(41)は、運動からの形状復元においても、この種の異性体的な性質を示す現象が対象の回転角度と対象の傾斜角度で存在することを示した。刺激パターンはドットで構成された1枚の矩形状の平らな面で、垂直軸に回転するとともに、垂直面に対して傾斜角をもつ。観察者には別に提示された同一の刺激パターンの回転角度(28-98deg)と傾斜角度(15-60deg)とが同一になるように、検査刺激のそれらを調整させる。その結果、傾斜角度が大きく回転角度が小さい場合には、調整された傾斜角度と回転角度は正しいが、しかし傾斜角度が小さく回転角度が大きい場合には、これらの調整値はバラツキが大きくなることが示された。このことから、傾斜角度が大きく回転角度が小さい場合には、対象の回転と傾斜との間には異性体的性質があるが、傾斜角度が小さく回転角度が大きい場合、両要因は独立に処理されていると考えられる。