両眼立体視研究

1.両眼視差および運動からの形状復元における体系的歪み
 両眼視差(水平視差)は、対象間の相対的奥行を規定するが、しかしこの奥行は絶対的距離で変化するので、その奥行量は決定されない。これを補償する手がかりとして、絶対的奥行距離要因や垂直視差があげられたが、視覚システムはこれらの要因を用いてはいないことが示されている(Johnston 1991, Rogers & Bradshaw 1992)。そこで、他の要因、とくに運動要因が両眼立体視における奥行量を規定していると考えられた。しかし、多くの実験的結果はこの説を否定した(Liter et al.1993, Norman & Todd 1993, Todd & Bressan 1990)。さらに、両眼視差や運動要因からの形状復元実験で、視覚システムは形状の奥行を正確に知覚できるとする結果(Norman & Lappin 1992)から、逆に複数の手がかりから形状復元を求めても、不正確にしか知覚できない(Baird & Biersdorf 1967, Wagner 1985, Loomis, et al. 1992, )とするものまで一定しない。そこで、知覚的空間(Ψ)と物理的空間(Φ)とは、Ψ=Φ の関係にあるのではなく、Ψ=f(Φ) の関係にあるのではないかと考えられた(Tittle, et al.1995(38)。すなわち、知覚的空間は、体系的に、ある幾何学的特性が歪められた形で存在する。その歪み(図6)は、(1)相似性:絶対的大きさを除いてすべての幾何学的特性は保存される、(2)コンフォーマル性(conformal):局所的角度が保存される、(3)アフィン性:水平と垂直方向の距離が伸張される、(4)トポロジー性:パターンの局所的な隣接と連結が保存される、の4通り考えられている。視覚システムがこのような体系的な歪みをもって、物理的空間を変換しているか否かが実験的に検討された。相似性、コンフォーマル性、アフィン性、トポロジー性の検討のために、シリンダー、くさび型面図形(図7)、2つの相互に離れた面図形、および2つの相互に接している面図形が、両眼視差、運動視差およびこの両要因の組み合わせでそれぞれ作成された。そして、観察者には、対象までの奥行距離および面の角度を変えながら、相似性検討条件ではシリンダーの切断面が真円になるように、コンフォーマル性条件ではくさびの角度を直角になるように、アフィン性条件では、2つの面が平行になるように、そしてトポロジー性条件では2つの面間に不連続がないように、それぞれ調整させた。対象までの奥行距離および面の角度を変えた場合、その形状がどのように変換されるかあるいは保存されるかをみたところ、運動視差による形状復元事態では、方向が変化すると形状は不変を保存できないことが、また両眼視差による形状復元事態と両眼視差と運動視差の複合による形状復元事態では、対象までの奥行距離が変化すると形状は不変を保存できないことが示された。このことから、運動視差による形状復元での物理的空間から知覚的空間への変換と両眼視差にもとづくそれとは、変換系が異なること、さらに両眼視差による形状復元での変換は、従来指摘されているよなアフィン性変換では説明できない点が存在することなどが示唆されている。 

2.両眼立体視からの形状復元と運動からの形状の復元の統合過程
 これまで、両眼視差、運動視差、運動、陰影、テクスチュアなどからの形状復元についてしらべられてきた。ここでは、このような形状復元が2つの要因からの統合として行われる場合、たとえば両眼視差とテクスチュア(Buckley & Frisby 1993、Johnston,et al. 1993)、両眼視差と陰影(Bulthoff & Mallot 1988)、両眼視差と運動(Braunstein,et al 1986, Dosher,et al. 1986, Johnston,et al 1994, Nawrot & Blake 1993, Rogers & Collett 1989, Tittle & Braunstein 1993)などからの形状復元を考えてみる。理論的には、それぞれの要因からの形状復元は、それぞれの要因を処理するプロセスで独立して処理され、その結果の組み合わせで最終的な形状復元が決定される。実験結果もこのモジュラー理論を支持する(Bruno & Cutting 1988, Dosher et al.1986)。これに対して、両眼視差と運動要因の組み合わせによる形状復元では、モジュラー理論が当てはまらない結果が出ている(Bradshaw & Rogers 1993, Johnston et al. 1994, Nawrot & Blake 1993, Tittle & Braunstein 1993)。もし、2つの要因からの形状復元が、それぞれ単独での形状復元より正確に行われ、両要因の処理過程で何らかの相互作用があるとすれば、それはひとつの要因での形状復元が他の要因からの形状復元を促進するように働くと考えられる。Tittle, Perotti & Norman(39)は、このことを検証するために、両眼視差からの形状復元と運動からの形状復元を単独あるいは組み合わせて提示し、復元された形状の弁別閾を求めた。刺激パターンはCRT上に提示されたドットパターンで、復元された形状が観察者からみて三角波形状に凹凸、あるいはサイン波形状に凹凸して視えるかのいずれかであった。観察者には、この2種類の凹凸波形の弁別が求められた。その結果、両眼視差単独による形状復元条件、運動要因単独による形状復元条件、そしてこれら2要因の組み合わせによる形状復元条件のいずれにおいても、形状弁別に差は生じなかった。このように差が生じなかったのは、この種の弁別課題が三角波形とサイン波形の弁別という精度の高い奥行尺度を必要とするものだったために、単独要因による形状復元と2要因の組み合わせによる形状復元の間に、結果的に差が生じていないことが考えられた。そこで、精度の粗い奥行尺度でも弁別が可能な空間周波数弁別課題に変更して試みたところ、単独要因による形状復元よりは2要因の組み合わせによる形状復元条件の方が形状知覚が正確であることが示された。このことから、3次元視処理過程は、多次元的処理過程から成立していて、たとえば、両眼視差処理過程、運動要因からの形状復元過程そして「両眼視差−運動」からの形状復元過程から成立しているとも考えられる。
 一方、両眼視差による形状知覚と運動視差による形状知覚とが抗争的事態にある場合、どちらか一方の手がかりが優位となり、3次元の形状(凹凸、奥行方向など)が決定されるのか、あるいは両要因の平均化など何らかの組み合わせが起きるのかについても検討された(Norman & Todd(30))。抗争的奥行手がかり事態は、両眼視差が水平の凹凸サイン波形を、運動視差が垂直の凹凸サイン波形を指示することによって導入した。観察者には、一方の要因から構成されたランダム・パターンを標準刺激として提示し、他方の要因から構成された波形の増幅度を、視えの奥行が両要因間で同等になるように調整させた。その結果、運動視差が水平方向の凹凸波形を示すときには、運動視差が両眼視差を抑制し、逆に両眼視差が垂直方向の凹凸波形を示すときには、運動視差を抑制することが示された。ただ、運動視差の両眼視差に対する抑制の方が強いことも示された。このことから、それぞれの奥行手がかりが示す奥行方向には異方性があり、両眼視差は垂直方向で、運動視差は水平方向で効果的に奥行を示すと考えられる。また、これらの結果は、複数の奥行手がかりからの3次元形状知覚の統合がリニアーに加算されるのではなく、複数の奥行手がかりがそれぞれ重み付けを受けて統合されるとする理論(weak fusion model, Landy, et al.1995))を支持する。

3.ステレオマッチングにおける空間周波数チャンネルの選択特性
 ステレオマッチングにおいて、空間周波数チャンネルの選択特性が一定の役割を果たしている。たとえば、ランダム・ドット・ステレオグラム(RDS)が重複する空間周波数で構成されていても、立体視が出現するし(Julesz 1971, Mayhew & Frisby 1976)、2オクターブ以上離れた空間周波数のノイズをRDSに混入しても立体視は妨害されない(Julesz & Miller 1975, Yang & Blake 1991)。また、高空間周波数から構成されたステレオグラムに対する単一像融合が可能な視差範囲は、2オクターブ以下の低空間周波数で構成されたステレオグラムを提示すると縮小される(Wilson et al.1991, Rohaly & Wilson 1993)。さらに、立体視が出現する視差範囲は低空間周波数では相当広いけれども、空間周波数を高めていくとそれは減少する。これらのことから、両眼立体視の処理過程には2種類の空間周波数チャンネルが関係していて、低空間周波数チャンネルは大きい視差を、高空間周波数チャンネルは小さい視差を検出すると考えられている(size disparity correlation, Shor & Wood 1983)。Smallmann(37)は、ステレオマッチングにおける低空間周波数チャンネルと高空間周波数チャンネルの相互作用について検討した。ステレオグラムはサイン輝度波形で構成したものとランダム・ドットで構成したものとを、重複して作成してある。サイン輝度波形で構成した部分は、左眼と右眼のステレオグラムで波形の位相を逆転させてあるので、交差と非交差視差の対応が両方とも可能で(図8)、したがって多義的となる。一方、ランダム・ドット(フィルター処理をしてある)で構成された部分のステレオマッチングは一意的な対応をとるように設定した。このように、ステレオグラムはサイン輝度波形とフィルター処理したランダム・ドットの2種類の刺激が重複されているが、さらにサイン輝度波形で構成したもの、およびランダム・ドットで構成したものとも、低空間周波数(2 c/deg)から成るもの と高空間周波数(8 c/deg)から作成るものとを作成した。さらにサイン輝度波形で作成した部分の視差は、低空間周波数条件では視差を15分に、高空間周波数条件では3.75分に固定された。ランダム・ドットで構成したものの視差は、0、4、8、12、16分に変化させた。この2種類の刺激を組み合わせたステレオグラム、すなわち「サイン輝度波形-ランダム・ドット」の組み合わせは、低-低、低-高、高-高、高-低の4種類となる。このようなステレオグラムを両眼立体視したとき、もし、高空間周波数チャンネルと低空間周波数チャンネル間で相互に影響があるとすれば、サイン輝度波形で構成されたステレオグラムの対応の多義性が対応の一意的なランダム・ドットのステレオグラムで打ち消されて、サイン輝度波形のステレオグラムで出現する奥行方向が一意的に定まると予測される。観察の結果、「サイン輝度波形-ランダム・ドット」の組み合わせで、一意的な奥行出現比率が高いのは、相互の視差が一致した場合(低-低条件と高-高条件)であるが、低-高条件と高-低条件では、すべての視差範囲で一意的な奥行方向の出現が高いこと、とくに低-高条件でそれが顕著なことが示された。これらのことから、高空間周波数チャンネルと低空間周波数チャンネル間に相互作用があり、とくに高空間周波数チャンネルが低空間周波数チャンネルに影響する力がより強いと考えられる。

4.対応問題
 両眼立体視における対応問題での計算論的な多義性を解決するために、3つの拘束条件が前提とされる。そのひとつはユニークネス条件で、左画像のひとつの要素は右画像の他の要素とのみ対応し、同時に別の要素とは対応をもたないというものである。二つめは順序条件で、いま左画像に2本の垂直線分a,bがあり、右画像にも2本の垂直線分c,dがあれば、対応の組み合わせは4組あるが、しかし対象は一般には不透明であることからは、2組が除去でき、最終的にはaとc、bとdの対応が残るというものである。三つめは、連続性の拘束条件で、一般に面が連続的であるので、視差も連続性が保存されるというものである。これらの拘束条件は、すべて、面の連続性と対象の非透過性を大前提としているので、この大前提が成立しないところでは、これらの拘束条件も成立しない。その実験的事例として、1眼に1本の垂直線を他眼に2本の垂直線を提示するパヌムのリミッティング事態(Panum's limiting case)があり、ここでは1本の垂直線が2本の垂直線と同時に対応をもつので、ユニークネス条件が成立しない。Kumar(22)は、このようなマルチプルな対応について、図9のようなパヌムのリミティング事態をモデルに、それの変形を作成し検討した。図(a)の場合にはパヌムと同様な対応(図(c))が出現するが、図(b)では、図(d)のように、図(a)のパターンでは出現しない対応が成立する。このように、両眼視における対応は、対応可能な要素を取り巻く刺激布置条件(パターン、明るさ、密度)によってダイナミックに変化することが示された。このことから、ユニークネス、順序、連続性の3つの拘束条件は、限定された大前提のもとでのみ成立するのではないかと考えられる。
 また、ダイナミック・ランダム・ドット・ステレオグラム(DRDS)を用いて、両眼立体視における対応問題も検討された(Lankheet & Lennie(24))。DRDSを用いると、空間周波数、時間周波数および両眼視差量を独立に操作でき、また左右像の対応の程度をノイズを加減することによって操作して視差検出感度を測定することができる。実験では、水平方向にサイン波形状に凹凸変化するパターンがドットで作成され、空間周波数(0.45-6 c/deg)、時間周波数(0.1-8 c/sec)と視差量がそれぞれ独立に操作され、被験者には凹凸の波形が知覚できたら(対応検出閾)応答するように教示された。その結果、(1)空間周波数の変化に伴う対応検出感度は、1.5-2 c/deg近辺が最大となるband-pass型の特性を示すこと、(2)時間周波数の変化に伴う対応検感度は、静止条件(0 c/sec)および比較的速度の遅い1 c/sec近辺が高く、以降は直線的に低減し、4-8 c/secで限界に到達するlow-pass型の特性を示すこと、(3)空間周波数は、視差量(disparity modulation amplitude)と強く関係し、4-6c/deg近辺で最大の検出感度を示し、以後は急激に下降し、したがって視差が小さいところ(low amplitude)ではband-pass型の特性を、視差が大きいところ(high amplitude)ではlow-pass型の特性を示すこと、などが明らかにされている。
 一方、対応問題から離れて、このパヌムのリミティング事態(図10-(a))を説明する仮説として、これまで、2重融合説(double fusion)が有力であったが、これに対して、輻輳誤謬説(convergence error)、ダヴィンチステレオ説(da Vinci stereopsis)が提唱されている。2重融合説は1本の線分が他の2本線分のそれぞれと対応すると考えるが、輻輳誤謬説では、片眼の1本の線分は他眼の1本の線分のみと対応し、このとき過剰輻輳あるいは過小輻輳が生起し、対応しない線分との間に奥行が生じると仮定する(Kaufman 1976, Howard & Ohmi 1992, Howard & Rogers 1995)。ダヴィンチステレオ説では、片眼の1本の線分が他眼の2本の線分のそれぞれと対応を持つことができるが、パヌム効果が出現するのは観察者が1本の線分と2本線分のこめかみ側を注視(輻輳)したときで、このときには鼻側と対応した対象は、近方に定位される注視対象より遠方に定位されるので隠されてしまい(図(b))、また、1本の線分が2本の線分の中の鼻側と対応をもつように観察者が注視(輻輳)すれば、こめかみ側の線分は対応線分がなくなり、その奥行定位は曖昧となる(図(c))と説明する(Ono,et al 1992)。Gillam,Blackburn & Cook(12)は、これらの仮説の真偽を検証するために、片眼の2本線分の一方のみを常に他眼の1本線分と対応するようにノニウスラインを付けて指定し(観察者は常にこの対応する線分を注視するように求められる)、2本線分のうち対応をもたない線分と1本線分との間の両眼視差を変えて、その視かけの奥行距離を測定した。その結果、視かけの奥行距離は、両眼視差と比例して変化することが示された。また、パヌムのリミティング事態を図(d)のように変形し、その効果をしらべたところ、奥行方向に傾斜した円形が出現し、その円形の深さは、垂直線分と2本線分の上下の交点の間に形成される視差に規定されることが示された。これらの結果は、いずれも片眼の1本線分が他眼の2本線分のいずれとも対応していることをあらわすことから、2重融合仮説を支持する。

5.交差視差処理過程と非交差視差処理過程
 ステレオ盲の研究によれば(Richards 1970,1971)、交差視差のみステレオ盲あるいは、その逆のケースもみられる。これは、交差視差処理と非交差視差処理とが別々の過程で処理されることを示唆する。このことをさらに検証するために、交差視差処理過程と非交差視差処理過程に要する時間が測定された。ダイナミック・ランダム・ドット・ステレオグラムを提示し、立体視が成立するまでの時間が、交差視差と非交差視差それぞれにおいて測定された(Patterson & Day (34))。その結果、交差視差が検出され立体視が出現するまでの時間は100msec以下に対して非交差視差のそれはより長いことが示された。交差視差処理と非交差視差処理は、それぞれ独立した処理過程と考えられる。
 同様な結果は、フィギュラル・ステレオグラムを用い交差視差と非交差視差の反応時間と奥行方向についての知覚の正確性をしらべたLanders & Cormack(23)の研究からも確認された。それによれば、交差視差の方が反応時間は短く、また奥行方向の知覚の正確度も高いことが示された。さらに、ここでは視差が指示する奥行方向とは反対方向の奥行出現もしばしば観察された。これらのことから、交差視差と非交差視差が単独で独立して処理されるのではなく、まず奥行量が処理され、次いで交差と非交差視差にもとづき奥行方向が処理される一連の連続した処理過程の存在が示唆される。

6.両眼視差と相対的奥行距離の問題
 両眼視差は相対的奥行距離量を規定するが、しかしそれは観察距離の二乗に反比例して変化するので、対象までの奥行絶対距離の手がかりが付加されないと一意的には決定されない。この問題で用いられる絶対的奥行距離の手がかりとしては、両眼輻輳や眼球調節などの眼筋的要因、垂直視差、熟知的大きさなどの認知的要因が挙げられてきた。Bradshaw, Glennerster & Rogers(3)は、垂直視差と輻輳要因を別々に操作し、両眼立体視における相対的距離を一意的にこれらの要因が単独で規定するかをしらべた。垂直視差と輻輳(0,97.5,195,390,585,780 min arc)は、図11に示すような考え方に従って導入された。垂直視差は、観察距離が短くなると左右眼の前額に平行な面の傾斜角度が大きくなるし、逆に観察距離が無限大になるとそれは平行になる。そこで、実験ではステレオグラムで提示される対象の左眼像と右眼像を視線に対して、それぞれが逆の傾斜角をもつように操作して垂直視差が導入された(観察距離57cmで±3.25 degの傾斜角をとる)。また、垂直視差は視野角とも大きく関係し、視野角が小さいと垂直視差の効果は減少するので、ディスプレイの大きさを変えることによって視野角(10,20,39,70 deg)をも操作した。その結果、垂直視差が、相対的奥行距離を規定するのに効果をもつのは、視野角の大きさが20 deg以上の条件の場合であり、一方、輻輳はこれと反対に20 deg以下の場合であることが示された。これらの結果から、両眼立体視において垂直視差と輻輳はそれぞれ単独で相対的奥行距離を規定するのに必要な絶対的奥行距離の手がかりになるとともに、垂直視差と輻輳を組み合わせた場合には、その効果は垂直視差と輻輳を別々に操作した条件での効果の加算的総和となることも示されている。

7.2つの奥行面にまたがる輪郭の統合過程
 複数の刺激要素は、ゲシタルトのグループ化原理によって統合され、輪郭が生成される。最近の研究によれば、刺激要素を結合すると、ある滑らかな曲線的な輪郭(path)を知覚できる一群の刺激が、方向を異にする一群の刺激要素の中に埋め込まれ、しかも曲線を構成する刺激要素間の線分角度が60 deg相違していても、その輪郭を検出できるという(Field, et al .1993)。このように、視覚システムは一群の刺激要素が距離、シンメトリー、フェーズ、方向そして色で相違しても、それをのりこえて輪郭として結合する力をもつと考えられている。Hess & Field(15)は、輪郭を構成する刺激要素が奥行の異なる面上にあっても、それをのりこえて輪郭が生成できることを実験的に示した。刺激パターンはガボール関数で構成された短線分で、その相互の隣接線分の角度を±10 deg以内にとどめてあるので、連続した1本の輪郭線が知覚できる。この輪郭線は6本の短線分で構成されるが、1本おきにその半数はある奥行面に、他は別の奥行面に両眼視差で操作され提示される。輪郭を構成する短線分は、その方向角がランダムに変化する同種の刺激要素群の中に埋め込まれる(図12)。観察の結果、輪郭を構成する刺激要素が異なる奥行面に散在しているにもかかわらず、輪郭が知覚できることが示された。

8.両眼立体視における錯視的輪郭(illusory contour)の生成
 互いに重なる部分をもつ2つの対象が網膜に投影されると、覆う部分と覆われる部分の接合部は、輪郭上でT字型となり、対象のコーナー部分はL字型となる(図13、Guzman 1969)。Anderson & Julesz(1)は、これを踏まえて、輪郭上でT字型とL字型を含むステレオグラム(図14)を作成し、両眼立体視すると、L字型の輪郭構造をもつステレオグラムでは錯視的輪郭は生起しないが、T字型の輪郭構造をもつステレグラムでは、T字の接合部で錯視的輪郭が生じることを見いだした。すなわち、中央のコラムと右側のコラムでの両眼立体視では、黒色と灰色との接合部分では黒色の矩形は灰色の矩形を覆い、一方左側のコラムとの両眼立体視ではその接合部分で黒色のの矩形を横切るように灰色の錯視的輪郭は生じる。また、垂直線分のエッジに非対応の部分を設定しても錯視的輪郭が生じる。図15のように、垂直線のエッジの左右で対応する部分に非対応な明るさの差を導入し、両眼立体視(左と中央のコラムのステレオグラム)すると、そのエッジを囲むような錯視的円輪郭が線分の手前に浮き出る。このような錯覚的輪郭を生じさせるパターンの詳細な分析から、ステレオグラムにおいては、両眼で対応する部分は相対的奥行を規定する視差を指示し、一方、L字、T字やI字接合部にみられるように、パターンの特徴的な輪郭領域は対象の幣ー被弊部分に関わる輪郭を規定すると考えられている。

9.ランダム・ドット・ステレオグラム(RDS)における学習効果
 ランダム・ドット・ステレオグラム(RDS)を初めて両眼立体視すると、しばしば、立体が出現するまでに十数秒の時間がかかるが、反復試行すると、それが顕著に減少する。これは、観察者がRDSを反復して観察する過程で、左右の視野の異なる部分を融合領域に有効にコンバージェンスすることを学習するためと説明されてきた(Frisby & Clatworthy 1975, Ramachandran 1976,)。Bradshaw,Rogers & Bruyn(4)は、この輻輳運動仮説の再検討を試みた。実験は、RDSを初めて観察するものを被験者として、螺旋図形が出現するRDSを反復提示し、刺激提示から螺旋が知覚されてその向き(左巻あるいは右巻)を報告するまでの反応時間が測定された。その結果、最初の6試行と最後の6試行(19試行目から24試行目)の反応時間を比較しても、両試行群間には有意差がないことが示された。さらに、両眼視差が変えられた条件(20,40,60,80 min arc)で、RDSの提示から立体出現までの最小時間を指標として輻輳運動の影響がしらべられ、両眼視差と立体出現までの潜時が比例しないことも示された。これらの結果から、少なくとも、RDSで立体出現までの潜時が長くなるのは、両眼融合に必要な輻輳運動とは関係していないことが明らかにされている。

10. 第1次視覚野(V1)領域での両眼視差と輻輳の相互作用
 両眼視差は、相対的奥行距離のための手がかりなので、絶対的奥行距離の手がかりと協調しなければ、対象までの距離を特定できない(ただし、垂直視差には絶対的奥行距離情報が内包されているが、視覚心理学的に十分には立証されていない)。このとき、絶対的奥行距離要因となるのは輻輳である。Trotter(40)は、相対的奥行距離要因と絶対的奥行距離要因とが神経生理的に相互作用する仕方には、(1)両眼視差ニューロンは、絶対距離とは無関係に反応する、(2)両眼視差ニューロンは、絶対的奥行距離に対応して反応量を変える、(3)両眼視差ニューロンは、絶対的奥行距離に選択的に反応し、いわばモジュレートされている、の3通りが想定できると考えた。そして、サルに固視訓練を施した上で、3種類(20、40、80cm)の観察距離にRDS(ドットの視角および両眼視差量はそれぞれの観察距離で等価に設定)を提示し、V1領域での単一ニューロンのスパイク反応を測定した。その結果、ある型のニューロンは観察距離20cmの場合にのみ強く反応し、その他の距離では反応しないことがわかった。実際、80%以上のニューロンが観察距離に対してモジュレートされていることが確認された。さらに、絶対的奥行距離の手がかりは何かを確かめるために、プリズムで輻輳要因を変えて測定したところ、輻輳が指示する絶対的奥行距離に対応して、単一ニューロンの反応が変化した。両眼視差ニューロンと連動し絶対的奥行距離の情報をもたらしている主たる手がかり要因は、輻輳であることが示唆されている。

11.両眼視融合限界と視野角
 両眼視融合限界を確定することは、ステレオ視で対象を奥行に関してどこまで定位できるかと関連して重要である。Nagata(29)は、視野角と両眼視融合限界との関係を実験的に検討した。視野角は、2層の偏光シートをもつOHPを利用して、ステレオグラムを任意に拡大/縮小(視野角は、6.3゜、22゜、38゜に変化)する事によって視野角を変化させた(観察距離は一定)。その結果、交差視差では、10 minの割合で、また、非交差視差では5 minの割合で、視野角の拡大に伴い両眼視融合限界も拡大することが明らかにされた。
 また、両眼融合限界には、ステレオグラムのターゲットの大きさおよびその背景となる周囲のパターン条件(背景パターンが一様に照らされている条件、一様に暗い条件、背景パターンがシャープな条件、ボケた条件)が関係していることも明らかにされた。それによれば両眼視融合限界は、ターゲットが大きいほど、また背景パターンがボケた条件で拡大するという。この結果から、バーチャルリアリティの技法を用いて人工現実空間を提示するときには、視野角を可能な限り広げ、同時に立体提示させる物体を大きくとり、両眼視融合を起こしやすくすることが重要である。

12.両眼視差の検出と前注意過程
 両眼視差の検出は、前注意過程でなされるか、あるいは注意過程でなされるかが、視覚探索課題で検討された(O'Toole & Walker(32)。前注意過程では、刺激個数を増大しても視覚探索時間は一定であることが知られている。そこで、ターゲットとデストラクター(妨害刺激)をランダム・ドット・ステレオグラムで提示し、デストラクターの個数を変化させたときの視覚探索のための反応時間を測定した。その結果、(1)ターゲットとデストラクターがともに交差視差をとる場合には、デストラクター数の増大に伴う視覚探索時間はゆるやかなスロープをもって増大すること、(2)ターゲットとデストラクターがともに非交差をとる場合でターゲットがデストラクターより手前にある条件では(1)と同一な傾向を、ターゲットがデストラクターより後ろに提示された条件ではデストラクター数が増大しても視覚探索時間は長くならないこと、(3)ターゲットとデストラクターが凝視面をはさんで提示された場合でターゲットがデストラクターの手前にある条件ではデストラクター数が増大しても視覚探索時間は長くならないことが、ターゲットがデストラクターより後ろに提示された条件ではデストラクター数の増大に伴う視覚探索時間は大きなスロープをもって増大すること、などが示された。これらの結果は、視差検出が前注意過程で処理されている可能性を支持するが、それは部分的にとどまることを示唆する。

13.ダイナミック・ランダム・ドット・ステレオグラム(DRDS)によるマカクの両眼立体視
 2個体の若いマカク(M.mulatta)の両眼立体視能力がDRDSで検討された(Crawfold et al.(6))。実験は、はじめに簡単な幾何学的固形図形、例えば四角形と十字形、プラス図形とマイナス図形、長方形と三角形を提示し、その弁別を先行訓練として試行し、次いで、DRDSを用いて固形図形の代わりに遠い面と近い面を提示し、その奥行面の弁別テストに移行して行われた。その結果、弁別成績は両眼視差が小さくなると、それに比例して低下することが示され、マカクはDRDSによる両眼立体視能力をもつことが明らかにされている。

14.乳児の両眼視融合、両眼立体視と両眼視力の測定
 2−8月齢の乳児を対象として両眼視融合、両眼立体視と両眼視力が、視線の偏好反応と視覚誘発反応の両方でしらべられた(Birch & Petrig(2))。測定は、ランダム・ドット・ステレオグラムを使用し、また統制刺激には、両眼視差が付加されないが、左右眼で対応のあるドット、あるいは左右眼で対応のないドットから作成されたものなどを用いた。その結果、両眼視融合と両眼立体視は、2−3月齢の乳児ではそれらのいずれも示されないが、5月齢を過ぎると大部分の乳児はそれらの能力を獲得していることが、両方の測度で示された。また、両眼立体視力は、6−7月齢になると成人の立体視力(60 sec)に近似してくる。さらに、両眼視差の増大に伴う視覚誘発反応の大きさは、非単調的変化を示し、視差10 minを境にして不連続となる。これは、粗い視差と密な視差を処理する2過程の存在を示唆する。

15.両眼視ニューロンの損傷
 霊長類の新生児は、視覚経験を経る前に健常な両眼視ニューロンをもって生まれてくる。そして、出生後1週齢から1月齢にかけての正常な両眼視刺激を受けることによってはじめて、これらの両眼視ニューロンは機能するようになる。もし、この時期に両眼視経験が阻害されると、視覚領の両眼視ニューロンは、深刻なダメージを受ける(Crawford,et al.1984,1991)。 Crawfold,et al.(7)の研究によれば、両眼にプリズムを装着させ、1方の眼のプリズムを15-20度回転させることによって両眼視融合を妨害すると、成長後も永久に両眼立体視が阻害される。マカク類の幼体を対象にして、そのようなプリズムを7日間、15日間、あるいは30日間装着し、1年から3年後に、DRDSでテストすると、出生直後に15日間あるいは32日間のプリズム装着を受けた被験体はすべて両眼立体視能力を永久に阻害されていることが明らかにされた。また、30日齢から装着をはじめた被験体の半数も同様であった。さらにそのような両眼融合の妨害で、両眼立体視能力が阻害されたアカゲザルの乳児の視覚領の両眼視ニューロンの神経生理学的な反応も測定された( Crawfold, Pesch & Noorden(8))。ニューロンの微小電極法による測定は1歳から5歳の間に行われたが、単眼刺激に対しては、視覚領(V1)のニューロンは正常に反応したが、DRDSを提示しての刺激に対しては、反応する両眼視ニューロンは劇的に減少した。このことから、出生直後の両眼視融合の妨害はステレオブラインドを永久にもたらすと考えられる。

16.サル(rhesus monkey)の両眼立体視下での両眼輻輳
 サルと人間の両眼立体視下での両眼輻輳が測定された(Harwerth, Smith III & Siderov(13))。測定は、局所的立体視条件の下、輻輳はプリズムを装着することによって変化させた。その結果、サルと人間の両眼視融合は、同一の輻輳範囲内でなされていること、また同時に測定した両眼立体視力もサルと人間の間で同一であることが確認された。