人工現実空間(バーチャル・リアリティ)

1.人工現実空間での眼球調節作用
 人工現実空間は、両眼視差を利用してCRTディスプレイあるいはヘッドマウントディスプレイなどの2次元画像提示装置に人工的に3次元空間を提示するために、人間の視覚機能とくに眼球調節機能に多くの負荷をかける。CRTに提示した視対象を両眼視差を変えることによってその奥行位置を変化させ、それを液晶シャッター式ステレオスコープを通して観察、このときの眼球調節作用の変化をオプトメータで測定した研究(Miyao,et al.(28))によれば、(1)人工現実空間での眼球調節作用には個人差があり、ある者は自然空間で示されるより人工現実空間の方が、より大きな眼球調節の変化を示す、(2)バーチャルに提示された視対象に対する眼球調節は、常に、実際よりも観察者に近い位置に調節される傾向をもつ、(3)奥行方向に移動するバーチャルな視対象の遠近判断課題を持続的に与えると(30分間)、眼精疲労が増大し、その結果、眼球調節が適切に働かなくなる、ことなどが示されている。
 ステレオグラム立体視での両眼輻輳と眼球調節の不一致問題については、ステレオグラム面を一定時間注視(10分間)する課題の前後で、眼球調節の収縮あるいは拡大までの反応時間をみることによっても検討された(Cho,A. et al.(5))。それによれば、ステレオグラム面までの観察距離が短いときには(40cm)には、遠方に焦点調節するまでの反応時間がステレオグラム立体視後では多くなり、逆に観察距離が長いとき(300cm)には近方に焦点調節するまでの反応時間が有意に長くなり、この中間の観察距離(100cm)では、ステレオグラム立体視の前と後では反応時間に差が示されないことが示された。このことから、ステレオグラム立体視では、眼球調節は暗視条件におかれたときにとられる状態(dark focus)にセットされていると推定されている。
 両眼視差を用いてバーチャルな3次元対象を提示するとき、交差視差で提示すると視対象はディスプレイの手前(フォワードイメージ)に、非交差視差で提示するとそれの後方(バックワードイメージ)に提示される。このとき、交差視差、非交差視差とも、輻輳角は融合された視対象に位置されるが、それでは、眼球調節は融合された視対象に合わせられるのか、それともディスプレイ上になるのであろうか。この問題は、フォワードイメージ条件とバックワードイメージ条件での視えの大きさを求めることによる解決が試みられた(Iwasaki, et al.(19))。それによれば、フォワードイメージ条件でバーチャルな視対象の視えの大きさを測定すると過小視が、逆にバックワードイメージ条件では過大視が生じていた。このような結果から、輻輳は眼球調節とは不一致であると考えられる。輻輳は視対象の位置に常にあるので、眼球調節はステレオグラム上にあると推測される。もし、そうであるとすれば、フォワードイメージ条件では、眼球調節による奥行手がかりは輻輳要因による手がかりよりも視対象が遠くにあること指示し、バックワードイメージ条件では、それらの関係は逆を指示するので、結果として過小視と過大視がそれぞれ生起すると予測される。

2.ヘッド・マウント・ディスプレイ(HMD)使用前後の眼筋機能の比較
 HMDをディスプレイとして使用すると、観察者の眼筋機能への負荷が高いと思われる。そこで、HMDの使用前後の眼筋機能が測定された(Hasebe, et al.(14))。観察者には、HMDに提示されたバーチャルな細長いバーが奥行方向に移動するのを追従させる課題(25分間)を課して、眼筋機能への負荷を与える。この課題の前後に、眼筋機能の測定を行った。その結果、(1)AC/A比(Accommodative convergence/Accommodation)と立体視力(Titmus検査とTNO検査で測定)については、HMD使用前後で差はない、(2)屈析についてはHM・

 

3.バーチャルな視対象への手指によるポインティング
 観察者がバーチャルに提示された対象を手指でどの程度正確につかまえることができるかについてしらべられた(Inoue, et al.(18))。骨格立方体をバーチャルな対象として提示し、観察者には2本の指で立方体の2つの頂点をポインティング(このようにすると、立方体の各辺の視えの大きさも求められる)することを求めた。観察者からバーチャルな視対象までの距離(Sd)は次式で求めた。

 Sd= 1/[{1+(Interocular distance)/(Distance between images)}]×(viewing distance)

観察者に液晶シャッター式ステレオスコープを通して観察させ、ポインティングさせた結果、(1)バーチャルな視対象は、奥行について過小視されること、(2)バーチャルな視対象の形状も歪んで知覚されていること、(3)ポインティングと形状の知覚の両方で学習効果があり、それらの正確度が増大すること、などが示された。これらのことから、バーチャルな視対象の形状を正確に知覚し、またその奥行位置を誤りなくポインティングするには、相当の訓練が必要である。

4.健常眼者と斜視者のHMDディスプレイでのステレオ視
 健常眼者と斜視者のステレオ視が、HMD型ディスプレイで比較、検討された(Komachi et al.(21))。提示された立体刺激は、熟知された対象(人間の顔)、非熟知の対象(絡まったロープ)で、正常な両眼視差条件、それとは逆の両眼視差条件(凹凸が反対)および単眼視条件の下で試された。また、このほかに両眼視条件下で輪通しテストも試行された。その結果、健常者にあっては、逆視差条件でも熟知された対象は、凹凸が反対に、たとえば、顔の中の鼻が凹に知覚されることはないこと、一方非熟知対象については、逆視差条件では凹凸の混乱が生じること、さらに逆視差条件での輪通しも困難なことが示された。これに対して斜視者では、逆視差条件でも知覚に変化がなく、したがって両眼立体視機能が抑制され、基本的には単眼視機能しか働かず、健常者よりも陰影、大きさ、テクスチャなどの手がかりで立体視を補完していることが示された。

5.流動する両眼視差パターン、および拡張と伸縮パターン条件下での自己運動(vection)の知覚
 流動する刺激パターン事態では、自己の身体があたかも前後あるいは左右に移動あるいは運動するような錯覚が生じる。光学的な流動パターン、とくにモーション・パースペクティブや刺激の大きさの拡張と伸縮は、強くこのような自己運動を誘導する。Palmisano(33)は、ステレオ・モーション(両眼立体視させた事態で、奥行方向に刺激パターンを流動させる)がどの程度に自己運動を誘導するかをしらべた。刺激は、図18に示されたパターンで、パターン全体が視差を変化させることによって奥行方向に運動し、観察者は前あるいは後方への自己運動が知覚されたら報告する。それによると、統制条件である単眼視による流動パターン条件、あるいは両眼視でも視差の付加されない流動条件に比較して、ステレオ・モーション条件は自己運動をより強く誘導することが示された。