2.運動要因による3次元視


2.1.運動視差過程と両眼視差過程の相互作用
 片眼で観察された網膜像を両眼間の隔たりの分だけ他眼へとシフトして得られたものが運動視差と考えれば、運動視差過程と両眼視差過程とは類似したしくみをもつことが推定される。今回、奥行視が成立する処理過程で運動視差過程と両眼視差過程との相互作用が存在するかが残効法を用いてしらべられた(Bradshaw & Rogers(1))。はじめに、運動視差で構成したパターン(波形の凹凸水平パターン corrugation)を順応刺激として提示し、その後でテスト刺激として両眼視差で構成したパターンを提示する条件(運動視差順応?両眼視差テスト条件)、およびこの逆の両眼視差順応?運動視差テスト条件が設定され、テストパターンで奥行が出現するまでの最小の視差が求められた。その結果、対照条件として設定された両眼視差順応?両眼視差テスト、あるいは運動視差順応?運動視差テスト条件に比較して、実験条件での最小視差の上昇は大きくなることが示された。これは、両眼視差過程、運動視差過程が、独立した過程であることを示す。そこで、両眼視差と運動視差の両要因を組み合わして構成したパターンの奥行閾値が、両眼視差、運動視差それぞれ単独で構成されたパターンのそれと比較された。その結果、両要因組合せ条件での奥行閾値は、単独条件のそれより有意に小さいことが示された。この結果は、それぞれの過程が完全に独立しているのではなく、最終的な奥行値を計算する過程で、非線形的に相互作用していることを示唆する。


2.2.オプティク・フローと両眼立体視との相互作用
 視野の中心から放射状に拡散するオプティク・フローと前額平行で横方向に流れるオプティク・フローとを重ねて提示すると(図1)、放射状に拡散するオプティク・フローの視えの中心は実際の中心より横方向に変位する(Duffy & Wurtz 1993,1995)。この変位は2つのオプティク・フローのベクトル計算から予測するものとは反対方向になる。このような変位が起きるのは、前額平行で横方向のオプティク・フローを眼球の水平方向の回転にもとづく求心性信号として視覚システムが処理するためと説明されてきた。この仮説をさらに発展させて、この変位は、眼球運動に連動して観察者の頭部の向きを規定するように働くのではないか、とGrigo & Lappe(11)らによって考えられた。これを検証するために、放射状に拡散するオプティク・フローに両眼視差をつけて、横方向のオプティク・フローの手前あるいは後ろに見えるようにパターンを流動させる事態を考案した。もし、観察者に対するオプティク・フローによる誘導運動が生じるのであれば、放射状のオプティク・フローが横方向のオプティク・フローより後ろの場合の方が手前にある場合に比較して、2つのフロー間に生起する奥行程度が大きくなるために、誘導効果は小さいと予測される。実験の結果、放射状のオプティク・フローが後ろにある方が手前にある場合と比較して、変位量は25%程度減少示され、予測を裏づけた。


2.3.フリッカーにもとづく奥行出現
ハ ランダム・ドットで構成されたパターンの一部をフリッカーさせると、フリッカー領域は地(グラウンド)として背後に交代し、非フリッカー領域は図(フィギュア)として前面に浮き出て見える(Wong & Weisstein 1987)。このようなフリッカーに誘導された「地」の効果は、6-8 Hzで最大となり、1.4 Hz以下あるいは12.5 Hz以上になると消失する。この種の効果は、時間?周波数チャンネル(temporal-frequency channel)の存在を仮定して説明される。高「時間?周波数チャンネル」は、フリッカー刺激を伝達して「地」を、低「時間?周波数チャンネル」は非フリッカー刺激を伝達し「図」を成立させる。それでは、互いにフリッカー周期が逆転した2つのフリッカー領域(フリッカーレートは同一)が存在する場合には、どのように図と地が分離するのかが、Iwabuchi & Shimizu(12)によって確かめられた。その結果、フリッカーレートが同一でもフリッカーフェーズが逆周期ならば、奥行効果が生起するが、しかしどちらの領域が「地」にあるいは「図」になるかは特定できず、個人によって相違し、また個人内でも奥行反転が起きることが示された。この結果は、高「時間?周波数チャンネル」が「地」を、低「時間?周波数チャンネル」が「図」を成立させるとする仮説では説明できない。


2.4.オプティク・フローと観察者の自己運動の知覚
 観察者は、自己が左あるいは右方向に回転運動したときのオプティク・フローを提示されても、そこに奥行に関する情報が存在せず、しかも網膜像以外の手がかりが与えられない場合には、自己がどの方向に進んでいるかについて(自己運動知覚)正確に知覚できない(Royden C.S. et al. 1994)。一般的には、奥行情報が提示されれば、自己運動知覚の精度は向上することが期待される。そこで、奥行情報の程度を変え、これが自己運動知覚にどのような効果をもたらすかが、Ehrlich et al.(5)によって検討された。実験は、図2に示されたように、観察者の進行方向と独立に眼球が回転する条件でのオプティク・フローのシミュレーション事態(Path-Independent Rotation)と、観察者の進行方向に依存しながら眼球が回転する条件でのオプティク・フローのシミュレーション事態(Path-Dependent Rotaion)とを設定し、網膜像以外の情報は、画面にターゲットを提示し、それをそのような事態での眼球運動にシミュレートして動かす方法で与えた。観察者は、オプティク・フローを観察した後、画面に提示されたマーカーを操作して、自己の進行方向を指示する。その結果、両眼視差および単眼視での奥行手がかり(オクルージョン、ダイナミック・オクルージョン、対象の大きさ変化、リニアーパースペクティブ)が加味されても、網膜像以外の要因のフィードバック(観察者の頭部運動とオプティク・フローとの連動)が与えられないと、観察者の自己運動知覚は向上しないことが示された。自己運動知覚は、観察場面での観察者の眼球追従運動によって強く規定されている。