3.両眼立体視


3.1.対応問題
 ステレオグラムの左右画像間の視差対応を計算機論上で問題にするときには、(1)片方の画像の1点は他方の1点とのみ対応する(ユニークニス条件)、(2)片方の黒点は他方の黒点と対応し、白点とは対応しない(コントラスト条件)、(3)視差変化は連続する(連続性条件)という前提をおいてその解決を試みる。しかし、パヌムの極限事態は、片方の1本の線分は他方の2本の線分と対応をもつことが可能であり、また、対象の一部が壁など他のものによって隠蔽され、対応する領域がなくても立体視が生じるダヴンチ・ステレオ視など、この拘束条件に適合しない知覚現象が存在する。そこで、Mcloughlin & Grossberg(20)は、対応問題の新たなモデル(図3)を提案した。このモデルでは、左眼と右眼からの両眼視差情報は相互に比較され、誤対応が抑制される。視差の対応するところについては、左右画像から得られたガウス関数の位相を計算し、その一致したところを視差値とする。一方、左と右眼からの単眼情報も相互に比較され、輝度コントラストが異なる場合には抑制がかけられる。このモデルを計算機に実装して実験したところ、パヌムの限界事態などの解決など人間の知覚と同等の結果が得られている。
 視差対応問題における多義性を解決するもうひとつの前提にエピポーラ線の拘束条件がある。この拘束条件によれば、右眼のステレオ画像のすべての点について左眼との対応点を計算するとき、その対応点は右眼の視線が左眼の網膜に投影された線上の点に限定される。Stevenson & Schor(30)は、この拘束条件が人間の視差対応で利用されているかを検討するために、図4のような実験パラダイムを考えた。ここでは、ランダムドットで構成されたステレオグラムは中央縦線で左領域と右領域に分断されて提示され、一方の領域は左右画像で対応をなくし、他方の領域にのみ水平視差(交差、非交差とも0-60arcmin)と垂直視差(交差、非交差とも0-60arcmin)をつけて対応を設けた。被験者には、この対応をもつ領域が検出できるのか、さらには、その領域の凹凸の判断を求めた。その結果、設定された垂直視差のかなりの範囲において、左右画像で対応をもつ領域の視差検出が可能でることが示された。このことから、視差対応はエピポーラ線上に限定できるとする拘束条件は、人間の両眼立体視の視覚システムでは成り立たないことが明らかにされている。
 これまで、水平視差は左右網膜像の水平方向の像差からのみ検出され、垂直視差は同様に垂直方向の像差からのみ検出されると考えられてきた。しかし、水平視差と垂直視差はそれぞれ独立に検出されるのではなく、水平方向での対応と垂直方向での対応が合成されて対象の両眼視差が決定されると考えられてもいる。Farell(6)の研究によると、図5(a)に示されたステレオグラムを両眼立体視すると、放射状の後方に斜線が浮きでるが、ここでは、視差は図(b)に示されたように、水平方向の視差に限定されていない。同様に、図5(c)に示したステレオグラムでは、一方の斜め方向の帯の視差はゼロ、他方の斜め反対方向の帯には視差が付けられているが、これを両眼立体視すると、斜め格子縞が一体となって立体的に浮き出る。一方の帯(15度)の視差をゼロにして、他方の帯(45度)を(+π/4)から(?π/4)の範囲で視差を変えたステレオグラムを作成して両眼立体視すると、45度の帯の視差がマイナスの視差をもつときには格子縞は手前に、プラスの時には後方に視える。しかし、45度の帯の視差をゼロとし、15度の帯の視差を変える条件では、15度の帯がマイナスの時には後方に、プラスの時には手前に視え、前後関係が逆転する。これは、要因となる視差のみでは出現する奥行の方向が決定できないことを示す。この実験結果を説明するモデルとして、1段階モデル(図6)と2段階モデル(図6B)が考えられた。1段階モデルでは、2つの直交する受容野が想定され、対象の水平視差と垂直視差は、受容野の位相の和と差から復元される。2段階モデルでは、その第1段階で1次元の視差要素のみが受容野で検出され、第2段階では互いに交差する賦活した受容野から水平視差と垂直視差が、1段階モデルと同様に計算されて復元される。1段階モデルと2段階モデルの相違は、1段階モデルでは視差の対応処理以前に2次元的な形状の検出がなされるのに対して、2段階モデルでは形状検出以前に視差の対応処理がなされることである。これは順応パラダイムを用いて検討され、その結果、2段階モデルが支持されている。


3.2.両眼立体視と運動視におけるdmax値の相関
 dmax とは、運動視において、ある数値(%)以上の判断エラーが出現するときの刺激値をいう(Braddick 1974)。具体的には、水平方向に一定の距離だけドットをシフトさせた2つ刺激パターンを連続提示し、観察者に右方向あるいは左方向に動くのかの判断をさせ、たとえば20%以上の誤判断が生じるシフト距離がdmaxとされる。dmaxは、運動視が成立するための上限の刺激値を意味する。同様に、両眼立体視が成立するためのdmaxも求められる。左右のステレオグラムの水平方向視差を大きくしていき、20%以上の誤判断(ターゲット刺激が手前もしくは後ろの判断)が生じる刺激値を求めればよい。Glennerster(8)は、ランダム・ドット・パターンを用いて、運動視と両眼立体視のdmaxを、ドットの刺激密度を変化させて測定したところ、ドット密度の増大にともなうdmaxの変化は、運動視と両眼立体視で同一の結果(ベキ関数変化を示し、ベキ指数は-0.2となる)となることを見いだした。この結果は、刺激要素の空間散布度が、対応問題の処理過程以前の問題として重要であることを示唆する。実験結果では、dmax はドット密度が増大するに伴って徐々に小さくなるので、対応問題を処理するときの要素は、パターンの刺激要素そのものではなく、ある範囲の空間周波数フィルターを通して得られたものにもとづくと考えられる。


3.3.トランジエントな両眼立体視システムにおける空間周波数と輝度コントラストの同調 
 両眼立体視システムは、サステインドなシステムとトランジエントなシステムから構成されている。サステインドなシステムは、ステレオグラムが1秒以上提示されるほど、また視差範囲が1度もしくはパヌムの融合限界以内にあるときに作用し、トランジエントなシステムは、ステレオグラムが短時間提示され、またパヌムの融合限界を越える視差条件で作用する(Harwerth & Rawling 1977, Schor et al. 1984, Felton, et al. 1972)。さらに、空間周波数に対する同調をサステインドなシステムとトランジエントなシステムで比較すると、トランジエントなシステムは低空間周波数に同調する(Tyler 1990)。そこで、トランジエントなシステムにおける空間周波数の同調帯域がしらべられた(Schor et al. (29))。刺激はσが1度の狭帯域のガボール・パターンで、空間周波数は0-5cpdの範囲内で変えられた。提示時間は140msで、視差は6度に設定された。実験に当っては、図7に示されたように、観察者に注視点とノニウス線を注視させた後、視野の上下に提示された2組のガボールパターンから構成されたステレオグラムを両眼立体視させ、どちらが注視点より手前あるいは背後にあるかを判断させる。2組のガボール・パターンの交差あるいは非交差視差は、提示ごとに変えられる。また、ガボール・パターンの左右のステレオペアの輝度コントラストは100%に固定されたが、その空間周波数については両方とも同じ空間周波数(0,1,2,3,4,5cpd)で構成されたもの(対応空間周波数条件)と、片方を0.5cpdに固定し、他方を1,2,3,4,5cpd に変えたもの(非対応空間周波数条件)とが設けられた。さらに、輝度コントラストに対する同調もしらべられ、この場合には、左右のステレオグラムのガボール・パターンの空間周波数は0.5cpdに固定されるが、その輝度コントラスト(20,40,60,80,100%)は左右で同じコントラストをもつもの(対応輝度コントラスト条件)と、片方を100%に固定し、他方を20,40,60,80,100%に変えたもの(非対応輝度コントラスト条件)とが設けられた。実験の結果、(1)対応空間周波数条件では、遠近の判断の正確度は設定した範囲の空間周波数内では変わらないか、もしくは1cpd以下で向上すること、(2)非対応空間周波数条件では、遠近の判断の正確度は対応空間周波数条件より低下すること、(3)非対応輝度コントラスト条件で片方の輝度コントラストが低くなるほど、遠近の判断の正確度は低下すること、(4)しかし、非対応輝度コントラスト条件に非対応空間周波数条件(0.5と1.0cpd、0.5と5.0cpd、1.5と3.5cpd)をもちこみ、その空間周波数の組合せの中で、高い方の空間周波数の輝度コントラストを100%に固定し、低い方の空間周波数を低くすると、遠近の判断の正確度は向上すること、(5)1.5と3.5cpdの非対応空間周波数条件の組合せで、1.5cpdの輝度コントラストを100%に固定し、3.5cpdのそれを低くしても、遠近の判断の正確度は向上しないこと、などが明らかにされた。これらの結果から、両眼立体視におけるトランジエントなシステムは、低域通過型の空間周波数特性を持つ単一型チャンネルによって伝達されていて、両眼立体視のための次の過程に入る以前の段階で、出力信号強度にアンバランスがあった場合には、両眼立体視のための出力信号を弱める働きをすると考えられる。


3.4.両眼視差が指示する奥行方向に対する認知的修正
 人間の顔は、それ全体が凸面なので、例え両眼視差を操作して鼻が凹むように設定しても凹んで見えることはない。これは、両眼視差が指示する(データ駆動型)奥行方向を、経験や期待に基づくプロセス(認知駆動型)が抑制するからである。それでは、図8に示されるように、瞳孔の奥行(凹凸)はどのように知覚されるのであろうか。瞳孔の場合には、図8を両眼立体視すると知覚されるが、認知駆動型プロセスは発動せず、瞳孔が眼球から浮き出たり、あるいは凹んだりして視える(Papathomasa & Morikawa(25))。


3.5.垂直大きさ視差(vertical size disparity)処理のために必要な空間範囲
 水平視差の場合には、ステレオグラムに複数の視差があれば重なる2つの面を視ることができるし、視差0で周囲を囲まれた小片の傾きさえ知覚できる。しかし、垂直大きさ視差の場合には、局所的に視差処理がなされないので、この種の重なる2つの面や小片の傾きは生起しない(Stenton et al. 1984, Kaneko & Howard 1996)。垂直大きさ視差は、ある範囲内の視差を平均化処理することによって検出されていると考えられる。そこで、垂直大きさ視差を検出できる最小の範囲が、Kaneko & Howard(13)によって求められた。垂直大きさ視差は、ランダム・ドットで構成された面の片眼のステレオ画像に空間周波数(0.01 cpd, 0.02 cpd, 0.04 cpd, 0.07 cpd, 0.15 cpd の5段階)を導入して設定された(図9)。垂直大きさ視差によって出現した視えの凹凸面は、水平視差を操作して提示された同様な凹凸面とのマチィングで測定された。その結果、垂直大きさ視差が0.04cpdより高い空間周波数で構成された場合には、凹凸面が出現しないことが示され、結局、垂直大きさ視差は視野20度の範囲の視差の平均化処理で検出されると考えられる。


3.6.大きさ視差(size disparity)とシア視差(shear disparity)
ハ 視野の水平方向を拡大するレンズを右眼に装着して前額平行面を両眼立体視すると、前額平行面が垂直軸に関して傾斜して視え、この場合には右視野が後退し左視野が前方に進出する(幾何学的効果 geometric effect)。また、視野の垂直方向を拡大するレンズを右眼に装着して前額平行面を両眼立体視すると、同様に、前額平行面が垂直軸に関して傾斜して視えるが、この場合には左視野が後退し右視野が前方に進出する(誘導効果 induced effect)。さらに、片眼の視野の前額平行面を水平軸あるいは垂直軸に回転して提示して両眼立体視すると、前額平行面が水平軸に関して傾斜して視える。これらの関係を体系化して図示すると(図10)、まず、大きさ視差変化とシア視差変化に分類でき、さらにこれらの視差変化を、前者では拡散操作(divergence)、水平方向大きさ変化、および垂直方向大きさ変化によって生じるもの、後者は回転操作(rotation)、垂直軸を中心とした回転(垂直方向シア)、および水平軸を中心とした回転(水平方向シア)によるものにそれぞれ分類する。この操作からは前者では水平方向大きさ視差と垂直方向大きさ視差が、後者では水平方向シア視差と垂直方向シア視差が生成され、これらの視差から成立したステレオグラムを両眼立体視すると、前者では垂直軸に関して前額平行面が傾斜して、後者では同様に水平軸に関して傾斜して視える。この大きさ視差およびシア視差にもとづく前額平行面の視えの傾斜度については、垂直軸を中心とした視えの傾斜度は水平方向大きさ視差と垂直方向大きさ視差の差で規定され、同様に水平軸を中心とした視えの傾斜度は水平方向シア視差と垂直方向シア視差の差で規定されると考えられた(Kaneko & Howard(1996),Howard & Kaneko(1997))。この仮説は、Van Ee & Erkelens(33)によってさらに精緻化、数式化されて提案された(図11)。3種類のいずれもリニアな処理過程が示されているが、加重過程と傾斜検出過程をどこに挿入するかで異なる(視え傾斜度の計算式も異なる)。 Van Eeらは、多数の小円(直径が視角1.5°)で構成されたステレオグラムの片方の画像に、水平方向大きさ変化、垂直方向大きさ変化、拡散、水平方向シア変化、垂直方向シア変化、回転の6種類の操作を加え、その結果生じる視えの傾斜角変化を、スケールとして提示した2つの線分の角度で調整してマッチィングさせた。実験結果からは、提案された3種類の処理仮説のいずれが妥当かまでは明らかにできていないが、基本的には、Howardらのリニアな処理過程仮説が支持されている。


3.7.両眼立体視における単眼的要因とキクロピアン要因の相互作用
 両眼立体視における単眼的要因とは、ステレオグラムにおいて単眼でも識別できる形状要素をもつものをいい、キクロピアン要因とはRDSにみられるように、ドットですべて構成されているため、単眼で識別できる形状をもたないものをいう。Papathomas, Feher & Julesz(26)は、エビングハウス錯視図形のステレオグラムを単眼的要因(図12-a)とキクロピアン要因(図12-b)とで構成し、錯視量がどのように変化するかをしらべた。錯視図形を構成する要素は、周囲の誘導円と中央のテスト円の2要素なので、誘導円、テスト円とも単眼的要因で構成したステレオグラム、誘導円とテスト円ともキクロピアン要因で構成したステレオグラム、誘導円は単眼的要因で、テスト円はキクロピアン要因で構成したステレオグラム、誘導円はキクロピアン要因で、テスト円は単眼的要因で構成したステレオグラムの4種類を作成した。錯視量は誘導円の両眼視差量を変化させた条件で定量的に測定された。その結果、(1)テスト円と誘導円との間の奥行量は、テスト円がキクロピアン要因で構成されているときには強い影響をもち、テスト円と誘導円が同一奥行面にあるときに最大となり、奥行量が大きくなると減少する。しかしテスト円が単眼的要因で構成された条件では2つの円の間の奥行量は錯視量に影響しないこと、(2)テスト円がキクロピアン要因で構成されているときの錯視量は、誘導円がキクロピアン要因あるいは単眼的要因のどちらでも等しいが、テスト円が単眼的要因要因で構成されているときの錯視量は、誘導円がキクロピアン要因で構成された条件より単眼的要因で構成された条件の方が大きくなること、などが見いだされた。このことから、キクロピアン要因で構成されたテスト円は、キクロピアン要因で構成された誘導円とのみ相互作用すると考えられる。


3.8.両眼立体視における奥行恒常性(stereoscopic depth constancy)
 両眼視差で出現する相対的奥行量は、観察距離の二乗に反比例する。しかし、視えの奥行量は、そのような減少を示さず、恒常を維持する(奥行恒常性)。視覚システムは、何らかの方法で、観察距離と視差量との関係を計算し補正した上で、相対的奥行量を決めていると考えられる。奥行恒常性についてのこれまでの研究では、さまざまな観察条件で、その恒常度を測定してきたが、観察距離が大きい条件では恒常度が100%を示す結果もあり、一定しない(Foley1980)。     Glennerster et al.(9)は、2つの観察課題を設定し、観察距離、奥行手がかりなどを同等にした条件で、奥行恒常性を測定した。観察課題のひとつは、観察距離の異なる位置(38,57,76,114,228cm)に提示された水平方向の波形の凹凸パターンの頂と底の奥行を標準距離と定められた位置(57cm)の同型のパターンの頂と底を変化させてマッチィングさせるものであり、もうひとつは同様に観察距離の異なる位置に椀状の形状をもつものあるいはくさび型の形状をもつものを観察者からその底が凹むように提示し、椀形状では底までの深さと椀の口径が等しくなるように、くさび型形状ではくさびが90度になるように調整させるものである。前者の課題は、奥行を直感的に判断でき、後者では測量的な態度が必要となる。実験の結果、前者の課題では奥行恒常性が100%を示し、後者の課題ではそれは75%に留まった。このことから、両眼視差立体視のしくみには、直感的課題に対応する過程と測量的な課題に対応する過程とが存在すると考えられる。


3.9.両眼立体視におけるテクスチュア、照明と表面反射との関係
 照明方向と表面反射との関係は、図13(a)に示されたように、整反射と乱反射(ランバート反射)とがある。両眼立体視において、この整反射と乱反射が立体の復元にどのように影響するかが、Todd, et al.(31)によって実験的に検討された。とくに、整反射条件では図13(b)に明らかなように、光が照射された点の網膜への投影点が左右眼で異なるので、その融合像の位置は、実際の位置よりシフトして視える。ステレオグラムは、図13(c)のように、テクスチュアを用いたものとテクスチチュアのないものとで構成され、テクスチュアのあるもの(c-1)の光反射は、整反射30%、乱反射70%、テクスチュアのないもの光反射は2種類作成され、その1(c-2)は整反射30%、乱反射40%、包囲反射30%、その2(c-3)は乱反射70%、包囲反射30%で整反射はゼロである。このステレオグラムを立体視したときの立体復元の正確度が、小さな小片をプローブとして提示し、これを出現した凹凸面上に接触させるように位置させる方法で凹凸の程度を測定して求められた。その結果、立体復元の正確度は、整反射をもつテクスチュア条件でもっとも高く、次いで整反射をもつ非テクスチュア条件の順であった。整反射条件で立体復元の正確度が高いと言うことは、視覚システムは両眼立体視の処理過程で、整反射による投影変位をノイズとして処理するのではなく、復元する面の位置情報として生かしていると考えられる。


3.10.継時的ステレオプシス(sequential stereopsis)
 前額平行に置かれた2つの対象間の奥行差を、両対象の一方のみを注視して判断するより、両対象を交互に注視して判断する方が正確になされる(Enright 1995,1996)。これは、一方の対象の輻輳角の情報が他方の対象へと注視点を移動しても正確に保存されるしくみ(継時的ステレオプシス)のためである。この種のステレオプシスのしくみの存在を検証するために、図14に示されたように装置が、Enrightによって考案された。ここで工夫しなければならない条件は、注視点を交互に移動させたとき、2つの対象が同時には見えないようにすることである。そのために、対象の面のテクスチュアに非常に細かな粒状パターン(サンドペーパー)を用い、中心視では視えるが、周辺視ではその解像度の範囲外になるように設定された。このようにすると、一方の対象を注視するとき、他方は周辺視になるので、2つの対象を同時にみることは不可能となる。Frisby, et al.(7)は、高空間周波数フィルター(16cpd)を利用してサンドペーパーの低空間周波数部分を除去して追試したところ、継時的ステレオプシスの存在を支持する結果が得られた。


3.11.両眼立体視における動的対象の検知
 生態学的には、両眼立体視の特性のひとつは混沌とした背景の中から対象を浮き上がらすことができる点にある。これは静止した背景の中で動的対象が存在すれば、容易に検知されることと同一である。それでは、両眼立体視した対象の中での動的対象の検知はどのようであろうか。Mckee, et al.(19)は、ランダム・ドットで構成したシリンダー形状のなかに斜方向に移動するひとつの動的なドットの検知を、その他のノイズとして提示したドットがランダムに運動する条件下で試みたところ、その検知能力が低いことが示された。これは2つの面を奥行位置を隔てて提示し、その間に同様な動的なドットを提示した場合にも同様な結果であった。両眼立体視過程では時間的(トランジエント)解像能力が低いことが知られているが、ここでも多くのランダムに運動するドット(ノイズ)の処理に逐われ、ターゲットである動的なドットの検知能力が低下したと考えられる。


3.12.両眼立体視と観察者の移動速度との関係
 両眼立体視と観察者の運動速度との関係は、図15のようになる(Ziegler & Roy(35))。これによると、観察者が中央を注視している場合、観察者の移動に伴う両眼視差の移動は、注視点からはずれるほど大きくなる。そこで、実験では比較的大きな視差(1°ー6°)を用いることにし、ドットから構成された帯状の対象を交差あるいは非交差視差で提示し、それを20,40,60 deg/secで移動させた。観察者は静止したまま、瞬間提示される運動対象を観察し、その帯状の対象が注視点の手前あるいは後ろを判断する。実験の結果は、運動速度が速くなるほど、奥行判断の正確度は上昇することが示された。これは、融合限界を超えた視差でしかも静止したステレオグラム条件では左右の視差対応は困難であるが、対象が運動する条件では、片眼へ入力された視差を他眼に時間的に遅れて入力された視差と対応させるとき、他眼に入力された視差の一部が遅れて入力されたために減殺され、結果として左右の視差が融合範囲に入るためと考えられる。


3.13.両眼立体視下での視力
 両眼立体視下での視力とは、一定の両眼視差を保ちながら融合された対象の大きさを小さくしていき、どの程度まで見ることが可能かをさす。Schlesinger & Yeshurun(28)は、ランダム・ドット・ステレオグラムの視差を一定(3′から9′の間の視差を用いる)に維持し、浮かび出る対象(矩形)の大きさ(6′から24′の間で3′のステップで変化)を変化し、どの程度まで縮小したら見分けられなくなるかを検査した。その結果、75%の正答が得られた対象の大きさは、測定した視差範囲では、8′から15′の間にあった。これは視差に依存して変化し、視差が大きくなると、視力は良くなることを示す。単眼視力がおよそ0.5′から1′であるのに比較して、両眼立体視下でのそれは、相当程度悪いことを示す。さらに、融合対象の網膜位置を中心窩から周辺視へと移すと、周辺視になるほど、両眼立体視下での視力は低下した。この結果から、両眼立体視は、点領域の情報が処理されるのではなく、ある範囲の領域の情報が処理されて成立するために、両眼立体視下での解像度が低下すると考えられる。


3.14.両眼視差検出のためのコンピュータモデル
 人間の両眼視差検出過程を考慮した視差検出のコンピュータモデルがGray et al.(10)によって提案された。そのモデルの処理の流れは、図16に示されている。はじめに、左右のステレオ画像は周波数と位相の異なる空間周波数フィルター(ガウスフィルター)で結合されて出力される。、次いで、その出力値は、局所的視差器(local disparity pathway)と選択器(selection pathway)にかけられる。局所的視差器および選択器のX軸は画像の位置を、Y軸は視差を表し、局所的視差器および選択器では、最適な画像の位置と視差が抽出され、空間出力器(space output)に出力される。このモデルを実装して、視差を2画素とったステレオ画像で実行した結果が、図17に示されている。ステレオ画像の右画像は、入力刺激の上方に左画像は下方に表示され、高、中、低の空間周波数フィルターを通して検出された最適な視差値が最上行の右端に示されている。


3.15.両眼立体視の神経生理的基礎
ハ 両眼視差検出のための単純型受容野特性は、これまで、位置モデル(positional model)で説明されてきた(Hubel & Wiesel 1962, Schiller et al. 1976, Movshon, et al. 1978, Mullikin et al. 1984, Jones & Palmer,1987)。位置モデル(図18E)では、左右のステレオ画像の水平視差は、ニューロンの神経興奮のピークの位置がシフトされることで検出されると考えられた。ここでは、左右画像の視差を検出する受容野は、左右眼で同一の構造であることが仮定されているが、これはまだ確認されてはいない。この位置モデルに対して、位相モデル(phase model、図-F)がOhzawa et al.(23)よって提唱された。このモデルによると、視差検出のための単純型受容野の構造はガボール関数でもっとも近似できる構造をもち、したがって左右ステレオ画像の水平視差は刺激の輝度変化にもとづく位相差から検出される。この位相モデルによる単純型受容野の検証が、ネコの単純型受容野の単一ニューロンで試みられた。実験は、左右の眼に別々に水平視差をもち、しかも輝度の逆転した小さな矩形刺激を、視差、輝度ともランダムな順序で次々と瞬間提示(30-50 ms)し、このときの全スパイク反応を水平と垂直方向のマップ上に記録する方法(reverse correlation method)で行われた。その結果の一例が図19に示されている。左右眼の単純型受容野の構造が2次元のマップに、その位相曲線が下方にそれぞれ示され、その構造は位相モデルで予測されたものとなっている。
 両眼視差に選択的に反応するニューロンがサルのV1,V2,V3,MT、MSTに広く存在することは、すでに確認されている(Hubel & Wiesel 1970, Poggio & Fisher 1977, Maunsell & Van Essen,1983 Fellman & Van Essen 1987,Poggio et al. 1988 )。この種のニューロンがすべて立体視出現に関与するかはいまだ不明である。事実、それらのニューロンの中で、輻輳の制御に関係すると考えられるものも存在する(Cumming & Parker 1997, Masson et al. 1997)。そこで、MT野の両眼視差に選択的なニューロンの働きについてDeAngelis, et al.(3)によって詳しく検討された。MT野には運動視に関係するニューロンが多数存在するが、その他にも両眼視差に反応するものも存在する。彼らのMT野の運動視のニューロンについての研究によれば、一群のニューロンに微小電極を通して電気的に刺激を送ると、そのニューロンが介在する運動方向知覚にバイアスをかけることが可能である(Salzman, et al. 1992, Salzman & Newsome 1994)。同様な手法が両眼視差ニューロンの働きの分析にも使用され、一群のニューロンに電気的なバイアスをかけ、目的の方向に遠近知覚がシフトされるか否かがサルでしらべられた。方法は、図20に示されたように、はじめに注視点が提示され、次いでRDSの提示と分析対象とするニューロンへの電気的刺激、そして最後に注視点の上方と下方にターゲット刺激を提示して眼球運動を測定する。被験体には、あらかじめ、注視点より遠くの対象が提示されたら眼球を上方に、注視点より近くに提示されたら下方に眼球をサッケードさせるように学習しておく。RDSが立体視されると、その半数のドットが注視点近辺に、残りの半数がそれより遠くあるいは近くに出現して視える。実験の結果、注視点より遠くあるいは近くを指示する両眼視差ニューロンに対して電気的刺激を加えた条件では、この種の電気的刺激を加えなかった条件に比較して、眼球のサッケード反応が電気的操作を加えた方向に頻度多く生じることが示された。このことから、MT野においても、両眼視差に選択的に反応するニューロンが存在し、しかもそれらは立体視に連動する行動のシグナルとして機能すると考えられる。
 また、図21に示されたような、両眼視差は存在するが、それに対応するドットが存在しないステレオグラム(anticorralated random dot stereogram、A-RDS)では、左右のステレオ画像を構成するドットの輝度が逆転しているために、両眼立体視が成立しない。Cumming & Parker(2)は、A-RDSを72 Hzで新しいパターンに書き換える事態(ダイナミック提示条件)で連続的に提示し、覚醒状態で両眼立体視中のサル(Macaca mulatta)の第1次視覚領(V1)の単一ニューロンの反応を測定した。その結果、V1で視差に選択的な応答特性を持つニューロンは、視差を検出できることが示されたが、しかしA-RDSの視差に対するニューロンのチューニング特性は、C-RDS(corralated random dot stereogram)の視差に対するそれと正反対の特性をもつことが示された。このことから、V1の視差検出ニューロンは、視差を検出できるが、両眼視差にもとづく立体を、この段階では示すことはできないと考えられる。
 それでは、両眼立体視の成立過程を考えるとき、この種のニューロンの役割は何であろうか。A-RDSとC-RDSを提示した後に生じる両眼輻輳が、Masson,et al.(17)によって、人間とサルで測定された。その結果、C-RDSでは輻輳が、A-RDSでは逆に開散が、RDSの提示から極めて短時間(60-80 ms)に生じることが確認された。先の結果と併せて考えると、V1における視差検出ニューロンが、両眼輻輳運動をコントロールしていると示唆される。
 対象の立体性や対象間の相対的な奥行は水平視差によって、対象までの絶対的な奥行は輻輳、調節、および垂直視差によって、それぞれ担われている。対象までの絶対的奥行距離が変わると、幾何光学的には、網膜像の大きさは奥行距離に反比例し、水平視差は奥行距離の2乗に反比例するので、対象の3次元形状は平板になるはずであるが、実際には対象の形状の3次元性は維持されて視える(奥行恒常性、depth constancy)。奥行恒常性が生起するのは、多分、輻輳、調節など奥行絶対距離を伝達する手がかりが補償的に機能するからと考えられる。これを検証するために、サルのV1視覚領の単一ニューロンが水平視差と奥行絶対距離との連動によって活性化されるか否かが、Trotter,et al.(32)によって測定された。RDSを奥行絶対距離を3段階(20,40,80cm)に変えて提示し(RDSの視角は常に一定に操作する)、このときの単一ニューロンの反応を測定する。水平視差に選択的に反応する78個のニューロンのうち77%のものが、奥行絶対距離の変化でその反応強度を大きく変えることが示された。とくに36%のニューロンは、近い距離範囲の変化で、その反応を出現もしくは消失など劇的に変化した。奥行絶対距離を変える代わりにプリズムを用いて輻輳を変化した場合にも、輻輳角度が変わると、ニューロンの反応が絶対距離変化と同様な変化を起こすことが確認された。このことから、視覚情報処理の初期段階で網膜からの視覚情報と網膜以外から情報との統合が行われていると考えられる。


3.16.両眼立体視の発達
 人間の両眼立体視能力は3ー4月齢まではあらわれてこないが、これ以降、5?6週で急速に発達し、成人のレベルに近づく(Held et al.. 1980, Birch, et al..1982, Birch 1993)。サルの乳児の両眼立体視能力の発達は、これまでデータがないので、O'Dell & Boothe(22)によってしらべられた。両眼立体視能力は、11個体のアカゲザルの乳児に視差のあるRDSと視差のないRDSを並べて提示し、どちらに対して注視反応が出現するかで測定された。その結果、サルの乳児は8週齢になると、1760秒程度の粗い視差に反応するようになり、13週齢になると88秒程度の細かい視差にも反応できるようになることが示された。