4.絵画的要因による立体


4.1.幾何学的錯視
 水平ー垂直錯視は、これまで、フレーム説(Kunnapas 1955,1957)もしくはパースペクティブ説(Gregory 1963, Girgus & Coren 1975)にもとづいて説明されてきた。フレーム説では、線分の長さ判断に与える知覚的枠組の形状の影響を重視し、水平方向より垂直方向の長さが大きい枠組の場合には、水平方向に置かれた線分の方が垂直方向の線分より長く知覚され、逆に、水平方向より垂直方向の長さが小さい枠組の場合には、水平方向に置かれた線分の方が垂直方向の線分より短く知覚されるという。視野は垂直方向より水平方向に長い楕円を形作るので、垂直線分の方が長く視えることになり、水平?垂直錯視が生起する。一方、パースペクティブ説では、視野は、遠方へと伸びる奥行をもつので、垂直方向に置かれた線分は水平方向のそれより遠くに位置すると知覚され、その結果、大きさ恒常性を生起させるスケールが適用されて垂直線分の方が長く視える錯視が生じると説明する。両仮説の検証実験が再度、図22のような刺激条件で試みられた(Williams & Enns(34))。ここではフレーム条件(水平方向が垂直方向より長い条件とその逆の条件)と奥行条件(垂直方向に奥行がとられている条件と水平方向に奥行面が傾いている条件)とがそれぞれ組み合わされた事態で、水平方向に対する垂直方向の線分の長さ判断が恒常法で求められた。その結果、フレームが水平方向で長く、奥行が垂直方向にとられた条件でもっとも錯視量が大きく、フレームが垂直方向に長く、奥行が水平方向に傾く条件でもっとも錯視量が小さくなることが示された。このことから、水平?垂直錯視は、フレーム効果と奥行効果のの両要因がともに加算的に影響する現象と考えられる。


4.2.陰影による立体視
 人間の視覚システムは、(1)照明は上方から照射されること、(2)照明のための光源はひとつであることを拘束条件として陰影から立体を復元する。Morris(21)の観察によれば、陰影を上方もしくは下方から側方へとシフトすると、奥行方向の反転や奥行出現の消失が起きるが、これらはいずれも光源が一つであるとする拘束条件から生じることを明らかにしている。
 対象の陰影を動かすことによって対象をあたかも奥行方向にシフトしたように見させることが可能なことを、Kersten,Mamassian & Knill(15)が示した。図23に示されたように、白い面対象の陰影の付け方を変えることによって、背景と白い面対象との間の奥行が異なって知覚さる。これを、連続的にアニメーションで提示すると、白い面対象は背景から浮き上がるように視える。一般的には、対象が作り出す陰影の位置と形状は、観察者の位置および照明方向で規定される。観察者の位置が既知であるとした場合、照明方向と陰影の位置と形状は複数通り可能である。対象の陰影をアニメーションで動かすと、光源の位置がシフトしたと知覚するのではなく、対象が奥行方向に移動したと知覚することから、人間は光源を静止していることを前提(拘束条件)とした陰影情報処理を行うと考えられる。観察者の位置と照明方向が既知でも、対象の作り出す陰影が投影された面の位置は特定できない。図23に示されたように、陰影が投影された面の位置は、陰影の投影されるはずのフロア(floor)を透過、あるいは浮上した位置に成立した場合には、一意的には規定されなく多義的となるからである。この場合には、人間の視覚システムは、対象が置かれたフロア面と陰影が投影された面とは同一の面であるとの前提(拘束条件)を置いて、陰影のある面の位置を特定すると考えられる。陰影から対象の奥行位置を特定するためには、観察者の視点の一般化(一般視点)、光源の静止、フロア面と陰影投影面の一致、という3つの拘束条件を前提としなければならない。


4.3.ボケ(blur)要因の立体効果
 図24に示されたように、対象の輪郭あるいは対象の背景のボケ(blur)は立体効果をもつ。対象の輪郭のボケ範囲の半径(s)は、次の式で規定される(Pentland 1987)。
      d = Frv / {rv-F(r+s)}
ここで、d:眼球から対象までの距離、F:焦点距離、r:瞳孔半径、v:レンズから網膜までの距離、をそれぞれ示す。いま、人間の眼球を想定して、r=1.5mm、v=16mm、F=63.5D(1mの焦点距離)もしくはF=62.75D(4mの焦点距離)とすると、対象までの距離とボケ半径との関係は、図25a、図25bのようになる。図中、左縦軸には対象までの距離と両眼視差量との関係が参考のために示されているが、ボケ要因は、両眼視差要因より幾分遠いところに関して有効性をもつことがわかる。
 上記の公式は、対象が1点の場合にあてはまるが、複数個の対象のボケについては、ガウス関数を当てはめて次のように考えることができる。
   G (x,y) = exp{-(x2 +y 2) / (2σ2)}
この式を適用して矩形波的明るさ変化をもつエッジに対する距離とボケ強度との関係は図25cのようになり、またそのエッジ部分の空間周波数に対するフーリエ振幅のスペクトラムは図25dのように変化する。さらに、矩形波的明るさ変化をもつ単一のエッジのボケ効果とフラクタル・テクスチュアのボケ効果とは、同一のフーリエ振幅スペクトルを描くので、立体効果が同じになると予測される。両刺激パターンから得られたボケ刺激の弁別閾値(より大きくボケている刺激を選択させる)を求めると、両刺激は類似した結果を示し、どちらも注視点近辺で閾値が上昇した。このことから、両眼視差とボケ要因とは相互補完的関係にあると推定される(Mather(18))。
 また、ボケと明るさコントラストの立体効果については、O'Shea,Govan & Sekuler(24)によって検討された。刺激の輪郭をぼかすと、必然的に明るさコントラストも減少する。ボケ要因と明るさコントラスト要因とは、どちらも絵画的奥行手がかりとなる。ここでは、ボケ要因と明るさコントラスト要因とが、それぞれ独立した手がかりであるかが検討された。実験では、標準刺激のボケ要因を一定とし、比較刺激のボケ要因と明るさコントラスト要因とをそれぞれ独立に変化させ、標準刺激に対して比較刺激がより近いかあるいはより遠いかが求められた。その結果、明るさコントラストが0.6以上の場合には、標準刺激より比較刺激がすべて手前に知覚され、しかもボケの程度が小さい場合にはこの傾向がさらに強くなること、明るさコントラストが0.4以下の場合には、標準刺激より比較刺激がすべて後ろに知覚され、しかもボケの程度が大きいほどこの傾向がさらに強まることが、それぞれ示された。これらの結果から、ボケ要因と明るさコントラスト要因とは、それぞれが独立した奥行手がかりであると考えられる。


4.4.絵画的要因の発達
 人間の乳児の見る世界は2次元であるか、それとも3次元であるかは長らく論争されてきたが、最近の研究では、数ヶ月齢乳児は2次元刺激より3次元刺激をより多く注視することから、2次元刺激と3次元刺激を識別すると考えられている。しかし、乳児が奥行関係の2次元表示を識別できるかは、いまのところ不明である。Lecuyer & Durand(16)は、3月齢乳児に、オクルージョン要因による弊ー疲弊関係が識別できるかを実験した。実験場面は、対象刺激が水平方向に移動しながら壁の背後に隠れ、再度、姿をあらわすもので、これをハビチュエーション条件として観察させる。この後テスト条件に移行し、ここでは、壁を取り除いた場面で、対象刺激があたかも壁があるときと同様に出現、消失、再出現する場面での注視時間を測定した結果、対象刺激が移動するだけの条件に比較して注視時間が有意に長いことが示された。これは、弊ー疲弊関係をもつハビチュエーション条件での慣化を通して、乳児は弊ー疲弊の存在しないテスト条件での刺激対象の出現、消失を奇妙であると知覚した結果であると解釈された。しかし、乳児は、一般に、出現、消失刺激に感受性が高いので、この結果のみでは、オクルージョン要因から3次元の配置を知覚しているとはいえない。