7. おわりに


 運動要因による立体視の研究領域では、以下のような知見が明らかにされた。(1)両眼視差過程と運動視差過程は、それぞれが完全に独立しているのではなく、最終的な奥行値を計算する過程で、非線形的に相互作用している。(2)高「時間?周波数チャンネル」が「地」を、低「時間?周波数チャンネル」が「図」を成立させるとする仮説は支持されない。(3)観察者の自己運動知覚は、両眼視差および単眼視での奥行手がかり(オクルージョン、ダイナミック・オクルージョン、対象の大きさ変化、リニアーパースペクティブ)が加味されても、網膜像以外の要因のフィードバック(観察者の頭部運動とオプティク・フローとの連動)が与えられないと向上せず、観察者の眼球追従運動によって強く規定される。
 両眼立体視の研究領域では、以下のことが明らかにされた。(1)視差対応はエピポーラ線上に限定できるとする拘束条件は、人間の両眼立体視の視覚システムでは成り立たない。(2)水平視差は左右網膜像の水平方向の像差からのみ検出され、垂直視差は同様に垂直方向の像差からのみ検出されると考えられてきたが、水平視差と垂直視差はそれぞれ独立に検出されるのではなく、水平方向での対応と垂直方向での対応が合成されて対象の両眼視差が決定される。(3)両眼立体視におけるトランジエントなシステムは、低域通過型の空間周波数特性を持つ単一型チャンネルによって伝達されていて、両眼立体視のための次の過程に入る以前の段階で、出力信号強度にアンバランスがあった場合には、両眼立体視のための出力信号を弱める働きをすると考えられる。(4)垂直大きさ視差は、視野20度の範囲の視差の平均化処理で検出される。(5)両眼視差立体視の処理過程には、直感的課題に対応する過程と測量的な課題に対応する過程とが存在する。(6)視覚システムは、両眼立体視の処理過程で、整反射による投影変位をノイズとするのではなく、復元する面の位置情報として処理する。(7)一方の対象の輻輳角の情報が、他方の対象へと注視点を移動しても正確に保存されるしくみ(継時的ステレオプシス)が存在する。(8)両眼立体視過程では時間的(トランジエント)解像能力は低い。(9)両眼立体視下での視力は、8′から15′の間で視差に依存して変化し、視差が大きくなると視力は良くなるが、しかし単眼視力がおよそ0.5′から1′であるのに比較して、両眼立体視下でのそれは相当程度悪い。(10)視差検出のための単純型受容野の構造はガボール関数でもっとも近似できる構造をもち、左右ステレオ画像の水平視差は刺激の輝度変化にもとづく位相差から検出されるとする位相差モデルが、神経生理学的に検証され支持されている。(11)MT野においても、両眼視差に選択的に反応するニューロンが存在し、しかもそれらは立体視に連動する行動のシグナルとして機能する。(12)V1の視差検出ニューロンは、視差を検出できるが、両眼視差にもとづく立体形状をこの段階では示すことはできない。(12)V1における視差検出ニューロンは、両眼輻輳運動をコントロールしている。(13)サルのV1視覚領の単一ニューロンが水平視差と奥行絶対距離との連動によって活性化されることが見いだされ、視覚情報処理の初期段階で網膜からの視覚情報と網膜以外から情報との統合が行われている。
 絵画的要因による立体視領域では、(1)陰影から対象の奥行位置を特定するためには、観察者の視点の一般化(一般視点)、光源の静止、フロア面と陰影投影面の一致、という3つの拘束条件を前提としなければならない、(2)両眼視差とボケ要因とは相互補完的関係にあり、またボケ要因と明るさコントラスト要因とは、それぞれが独立した奥行手がかりであると考えられる、などが明らかにされた。
 この他には、(1)視えの大きさ判断過程と測量的大きさ判断過程とは、別個の独立した過程である、(2)V1、V2およびV4領域のニューロンのなかには、奥行絶対距離と対象の物理的大きさが変化してもこれとは無関係に、ある値の視角に選択的に応答するものが存在すること、しかもこのような応答特性は奥行絶対距離と関係し、奥行絶対距離が小さいときに感受性が高いもの(V1領域))、それが大きいときに感受性が高いもの(V4領域)、さらに奥行絶対距離とは無関係なもの(V4領域)の3種類が存在すること、などが新たな知見として見いだされている。