2.運動要因による3次元視

2.1. 運動からの構造復元
  運動からの構造復元は、2段階の過程、すなわち、はじめに2次元での方向と速度の検出過程(2次元の速度検出過程)があり、次いでその速度検出にもとづいて3次元構造の復元の過程が続くと考えられている。このボトム?アップのモデルに対して、この両過程の相互作用の存在も仮定される。Mukai & Watanabe( 21)は、図1に示されたような運動刺激パターンを用いて、2次元の速度検出過程と3次元の構造復元過程との相互作用の存在を検討した。図1-(a)では、両端の刺激要素(小さな矩形)が他の要素より細くし、奥行手がかり要因を導入してあるのに対して、図1-(b)その種の奥行手がかり要因は存在しない。この刺激パターンの運動速度を変化させ、奥行のある構造の出現率、奥行のない構造の出現率、一方向への運動出現率、両方向への反復運動の出現率を測定した。その結果、奥行手がかりを付加した条件では、奥行のある構造の出現率以上に一方向への運動出現率が増大することが示された。逆に両方向への反復運動と奥行のない構造出現の出現比率は著しく低下した。また、運動速度を増大させると、この関係は顕著に出現した。これらのことから、高次過程である3次元の構造復元過程が低次過程である2次元の運動検出過程に影響する可能性が示唆されているが、ただ奥行手がかり要因が直接に運動検出過程に影響した可能性もあり、この点の検討が残されている。

2.2. 運動視差による対象の奥行定位
  運動視差による対象の奥行定位は、観察者の頭部運動方向、対象の網膜上でのシフト方向で規定される。図2に示されたように、観察者が、右方向に頭部を運動させ、そのとき網膜上で2つの対象のうち、左側の対象が頭部運動と同方向に、右側の対象がそれとは逆方向にシフトするならば、左側の対象は注視点より遠方に、右側の対象は注視点より近方に定位している(上図)。そこで、今度は観察者が頭部を左方向に反転運動したとき、2つの対象の網膜上でのシフト方向が変わらないと仮定すると、対象の奥行定位について2通りの視え方が生じる。その1は、左右の対象の奥行定位はそのままで、その2つの対象が相対的に移動している場合(下図の左側)であり、その2は、左右の対象の奥行位置が逆転した場合(下図の右側)である。Kitazaki & Shimojo(17)らは、この種の見え方を規定する条件を検討した結果、ダイナミック・オクルージョン(2つの対象の境界線上で、不規則に配置されたドットが消失と出現を反復する)、あるいは2つの透明な面が存在する場合のように、2つの対象間のシフト速度が不連続な場合には前者の視え方が、また、シフト速度がサイン状あるいは3角形状に連続しているひとつの面の場合には、後者の視え方が出現した。このことから、運動視差における奥行定位の曖昧性を解決する一つの要因として、運動速度の連続性/非連続性があると思われる。

2.3. 運動の検出と両眼視差との関係
 V1、V5/MT、MST野には、運動と両眼視差の両方に応答するニューロンが存在することが報告されている(Poggio & Talbot 1981, Maunsell & van Essen 1983, Bradley et al 1995, Roy et al 1992)。精神物理学的にも同様な事実が見いだされるかが、ランダム・ドット・キネマトグラムで試された(Hibbard & Bradshaw(12))。ランダム・ドット・キネマトグラムとは、図3に示されたように、不規則なドットで構成されているが、その内の1群のドットは左方向に、他の群は右方向に、それ以外は不規則方向にそれぞれシフトする。このランダム・ドット・キネマトグラムを観察すると、一方向のみにドットがシフトする条件では、単一面が、両方向にシフトする条件では透明な2面が知覚できる。実験では、左右方向にシフトする条件に交差視差を導入(左方向のドット群には交差視差、他方には非交差視差)し、透明な2面が出現するまでの閾値を、シフトするドット数と不規則に運動するドット数の比率を変化させて測定した。その結果、両眼視差を導入しない場合には、透明な2面が出現するためには、全体のドット数のなかでのシフトするドット数の比率を単一面のそれより1.84倍に高めなければならなかったが、両眼視差を導入した場合には、この差は解消されることが示された。このことから、運動方向と両眼視差の検出は密接に関連していることが精神物理学的にも実証されている。
 上記と同様な結果が、Snowdon & Rossiter(27)によっても報告されている。そこでは、Titmusの立体視力検査にもとづき、正常な両眼立体視力をもつ者とその能力をもたない者とで同様な実験を試みた。その結果、正常な立体視力をもつ者では、両眼視差が導入されれば運動方向の識別能力が高まるのに対して、立体視力をもたない者では両眼視差が導入されても運動方向の識別は高まらないことが示されている。

2.4. 運動からの構造復元と新しい奥行運動錯視
 人間の視覚システムは、奥行手がかりが全く存在しない場合にも、対象が運動していれば、その構造を知覚的に復元できる。しかし、このとき検出した運動成分が曖昧な要素を含んでいると、復元された構造も曖昧となる。Ito & Kawabata(14)は、図4に示されたような刺激パターンの外側領域(aperture)の形状をサイン波形状に変形させると、2通りの視え方が生じることを見いだした。その1は、観察者が外側領域を図(figure)とし、内側領域(background)を地(ground)と知覚した場合には、内側の水平線分はその長さを伸縮させるように視える。その2は、観察者が外側領域を地、内側領域を図と知覚した場合には、内側の線分は奥行方向に回転して視える。後者の視え方が出現する割合は、線分間の輝度差が大きいほど、また外側に比較して内側領域の輝度が高いほど増大した。この新しい運動奥行錯視は、運動からの構造復元には図と地の分擬が関係することを示している。

2.5. 頭部運動に連動した対象の拡大/縮小運動の奥行効果
 運動視差は、観察者が頭部を横方向に運動させることによって生じる対象の網膜上での横方向の角速度差をいうが、頭部運動に連動した対象の拡大/縮小運動の奥行効果は、観察者が頭部を前後に運動させたときに生じる対象の網膜上での拡大と縮小にもとづくものをいう。Yajima et al (31)は、図5に示されたような実験装置を用いて、この拡大/縮小の運動効果を検討した。対象の拡大/縮小運動は、観察者の頭部の前後運動と連動した小型CCDカメラを移動させて撮影した映像をヘッド・マウント型のディスプレーに提示する方法によった。拡大縮小する対象は、不規則なドットから形成された矩形である。観察者は、頭部を前後に移動させながら、眼前のディスプレーに提示された対象の拡大/縮小運動を手がかりに、矩形の奥行相対距離を別に用意したスケールに再生させる。その結果、視えの相対的奥行距離は、過小視されるが、特に頭部が静止した条件、あるいは頭部運動速度が小さい場合(10cm/s以下)にそれが顕著であることが示された。頭部運動に連動した対象の拡大/縮小運動要因による奥行効果が確認されている。

2.6. 奥行相対距離と大きさ知覚に及ぼす運動視差、両眼視差の手がかり効果
 運動視差と両眼視差が、それぞれ単独で提示された場合、あるいは両要因が同時に提示された場合のそれぞれで、奥行絶対距離と大きさ知覚をどのように規定するかについての検討が行われた(Bradshaw, et al(4))。実験は、暗室で3個の発光ダイオードで3角形の頂点を形成するように提示し、視えの大きさは3角形の底辺の長さ(15cmと30cmの2種類)を、奥行相対距離はその底辺と頂点との間の奥行距離(15cmと30cmの2種類)のマッチングによって求められた。マッチングは、同様に3個の発光ダイオードで提示された3角形の底辺の長さを調整、あるいは頂点を奥行方向に調整させる方法によった。観察距離は、150cmから300cmの間で5段階に変えられた。実験条件は、単眼視で頭部静止条件、単眼視で頭部運動による運動視差条件、両眼視で頭部静止条件は、両眼視で頭部運動条件の4条件であった。実験の結果、大きさと奥行相対距離知覚は、両眼視差と運動視差がともに働く両眼視頭部運動条件でのみ、観察距離の変化にも関わらず、ほぼ完全な恒常性を示した。このことから、運動視差と両眼視差の合算効果の存在が示唆される。

2.7. 運動視差による立体視能力と両眼立体視能力との関係
 運動視差による立体視と両眼立体視とは、空間周波数に対する感度、視覚的残効に対する相互効果など類似性が高い。とくに、運動視差による立体視閾と両眼立体視閾とは関係があることが報告されている(Rogers 1984)。そこで、両眼立体視能力に障害のある弱視者の運動視差による立体視能力がしらべられた(Thompson & Nawrot(30))。はじめに、RDSのよる両眼立体視能力がしらべられ、次いで運動視差による立体視能力が検査された。運動視差による立体視能力は、観察者の頭部運動に連動してシフトする多数の速度差のつけられたドットを提示して行われた。運動視差による立体視能力があれば、頭部運動を起こすと、凹凸のある横波状の面が観察できる。検査の結果、両眼立体視能力に障害のある弱視者は、運動視差による立体視能力も障害があることが確認された。このことから、運動視差による立体視と両眼立体視との間には、神経生理学的レベルでの関連があると考えられる。