3.両眼立体視

3.1. 両眼立体視モデルにおける線形(一次)機構と非線形(二次)機構
 Marr & Poggio(1979)をはじめとする従来の両眼立体視モデルでは、両眼視差の計算は左右ステレオグラムの輝度の相関にもとづいて処理され(線形機構、フーリエ機構または一次機構)、また対応問題における誤対応は空間周波数選択性を仮定することで解決されていた。しかし、人間の視覚システムでは、両眼視差が輝度の相関に基づかない視差、すなわちテクスチュア境界(texture boundaries, Frisby & Mayhew 1978)、運動境界(motion boundaries, Halpern 1991)、振幅包絡(contrast envelop, Liu et al 1992, Sato & Nishida 1994)にもとづく視差からも両眼立体視が可能である。両眼立体視過程は、線形機構に加えて非線形機構(二次機構または非フーリエ機構)をもつと考えられる。
 Ziegler & Hess(32)は、この種の非線形機構が3次元形状の知覚を可能にするか否かについて、図6のようなステレオグラムを考案して検討した。図6-(A)は、すべて輝度相関をもつもので、線形機構で処理されるステレオグラムである。図6-(B)は、輝度相関を無くし、代わりに、ガウスの振幅包絡を導入し、これに視差をもたせたステレオグラムである。図6-(A)のステレオグラムではすべて3次元形状が出現するが、図6-(B)では、奥行は出現するものの形状は知覚できない。そこで、非線形要素をもつステレオグラムを構成する要素数を変えたところ、2個以上の非線形要素になると、3次元形状知覚が悪化することが示された。これらのことから、両眼立体視過程では、奥行と形状とはそれぞれ別個に処理されていると考えられる。
 また、Langley et al (18)は、この非線形機構が前中枢段階で生じるか、あるいは中枢段階で生じるかについて検討した。実験は、あらかじめサイン波形の格子パターンに順応させ、その後、振幅包絡にもとづいた両眼視差を弁別するためのコントラスト閾が測定された。その結果、振幅包絡にもとづく両眼視差立体視は、順応格子の方向と周波数がステレオグラムの振幅包絡を担うキャリアのそれと同等の場合に、もっとも影響を受けることが示された。このことは、両眼立体視過程における非線形機構は、方向と周波数に選択的な線形機構の処理の後に生起する中枢的処理であることを示唆する。
 
3.2. ランダム・ドット・ステレオグラム(RDS)における単眼非対応領域の役割
 両眼で複数の対象を観察するとき、対象が他の対象を隠蔽するが、その隠蔽領域は左右眼で異なる。この隠蔽領域は、左右で対応をもたない単眼非対応領域と呼んでも良い部分であるが、この部分が両眼立体視に果たす役割についてはいまだ明らかにされていない。RDSではこの単眼非対応領域は両眼立体視成立までの潜時を減少させ、結果的に立体視を促進するように働くとの結果(Gillam & Borsting(1988))が報告された。これに対して、Grove & Ono(11)は、単眼非対応領域が両眼立体視の潜時を長くすると指摘した。それによれば、RDSの片方にのみ単眼非対応領域を設定し、その領域を、(1)空白にした条件、(2)背景領域と同等の密度のドットで埋めた条件、(3)背景より高密度のドットで埋めた条件の3種類のステレオグラムを作成し、立体視成立までの潜時を測定した結果、3条件のステレオグラムでは有意な差が生じなかった。そこで、RDSを立体視したとき出現する2つの矩形領域に密度差を導入し、単眼非対応領域の密度を、(1)遠くに視える背景領域と同等にした条件、(2)近くに視える矩形領域と同等の密度にした条件を設定し、その潜時を測定した。単眼非対応領域の密度を、遠くに視える背景領域と同等にした条件は、単眼非対応領域と矩形領域とが自然な関係を保つが、しかし、近くに視える矩形領域と同等にした条件では、単眼非対応領域と矩形領域とがめったに成立しない偶然的関係となる。両眼立体視成立までの潜時を測定したところ、単眼非対応領域の密度を遠くに視える背景領域と同等にした条件で有意に小さいことが示された。このことから、単眼非対応領域のテクスチュアが生態的に不自然な場合には、それは両眼立体視を妨害すると考えられる。

3.3. パヌムの半端ステレオグラム(Panum limiting case)
 パヌムの半端ステレオグラムとは、一方のステレオグラムに2本線分を、他方に1本の線分をもつステレオグラムをいい、これを両眼立体視すると両眼視差をもたないのに、奥行の異なる2本の線分が出現して視える。この現象の説明仮説には、2重融合仮説、オクルージョン仮説(Nakayama & Shimojo 1990)、カモフラージュ仮説(Howard & Ohmi 1992)、輻輳誘導視差仮説(Howard & Ohmi 1992, Howard & Rogers 1995)がある。2重融合仮説とは、片方の単一の線分が、他方の両方の線分と対応をもち融合すると考えるものである。この仮説は、対象の奥行定位とその奥行距離を説明できない点に弱点をもつ。オクルージョン仮説では、図7-(A)に示されたように、片眼の1本線分は他眼の2本線分の中、こめかみ側の線分とのみ融合して近方に定位され、したがって融合しない線分は融合した線分の背後に重なって定位されると仮定する。一方、カモフラージュ仮説(図7-(B))では、片眼の1本線分は他眼の2本線分の中、鼻側の線分とのみ融合して遠方に定位され、したがって融合した線分は融合しない線分を偽装的に前方に定位する仮定する。輻輳誘導視差仮説では、図7-(C)に示されたように、片眼の1本線分は他眼の2本線分中のいずれかと融合し、その融合対象は仮定された輻輳角(凝視点)との関係で誘導される両眼視差量に規定された奥行位置に定位され、一方、融合しない線分は凝視点に定位されると仮定する。Shimono et al (25)は、オクルージョン仮説、カモフラージュ仮説のいずれが妥当かを検討するために、2本線分の線分の幅をオクルージョン条件ではこめかみ側を広く、カモフラージュ条件では鼻側を広くして1本線分との対応関係を誘導した上で、2本線分の間隔距離変化させ、この間隔距離と両眼立体視で出現した対象間の視えの奥行相対距離との関係をしらべた。その結果、オクルージョン条件では融合対象は非融合対象の前に定位され、カモフラージュ条件では融合対象は非融合対象と同等の奥行位置に定位されて視えた。また、2本線分の間隔距離を変えても、出現した2本の線分間の奥行相対距離は変化しなかった。さらに、輻輳誘導視差仮説の検証のために、凝視点を設定することによって両眼視差を導入した。実際には、オクルージョン条件、カモフラージュ条件の両方に、ノニウス線を導入して凝視点を設置することによって、融合対象との間に両眼視差を導入し、その凝視面を操作することで両眼視差量を変化させた。実験結果は、オクルージョン条件、カモフラージュ条件のいずれにおいても、融合対象と非融合対象間の奥行相対距離は両眼視差量に対応して変化すること、また2本線分の間隔距離の変化に対応して、2本の線分間の奥行相対距離も変化することが示された。これらの結果から、オクルージョン仮説は、出現する2つの対象の奥行位置を予測できるが、その奥行相対距離を示せないこと、カモフラージュ仮説は奥行位置と奥行相対距離の両方を予測できないこと、輻輳誘導視差仮説はその両方を予測できることが示されている。

3.4. 両眼視差にもとづかないステレオグラムの立体視
 Gillam et al(9)によれば、図8-(b)のようなステレオグラムを両眼立体視すると、2つの対象が奥行位置を異にして視える(図8-(a))。この変則的ステレオグラムにも、両眼視差が存在するが、もしそれにもとづいて立体視が生起するのであれば、図8-(c)のように、左ステレオグラムには中央に細い間隙があるので、黒の領域が抑制されるものの、垂直軸を中心とした一様な傾斜線分が視えると予想される。これは、前述したパヌムの半端ステレオグラムとも異なる。なぜならば、もし2個の矩形が他方の1個の矩形と対応をもつならば、その視差はもっと大きくなり、出現する2個の対象間の奥行間隔もそれと対応して大きくなるはずと考えられるからである。この種のステレオグラムでは、出現する2個の対象の奥行間隔は、片方のステレオグラムにある2個の矩形間の細い間隙の大きさによって変化し、間隙が大きいほど奥行相対距離も深くなる。これは、図9に示されたようなしくみで左右のステレオグラム間で融合が起きるためと考えられる。ここでは、片方のステレオグラムの中の1個の矩形は、他方の2個のステレオグラムの中央に位置することが仮定されていて、2個の対象は左眼と右眼のそれぞれで対応が一致した投影位置に定位して知覚される。さらに、この種のステレオグラムで両眼視差を完全に無くした場合には、図9に示されたようなしくみで、左右眼に投影された対象は対応関係を持つので、2個の傾斜面が奥行を異にして定位されて視えると予想される。観察の結果は、この仮説を支持している。これらのステレオグラムでも立体視が可能なことは、両眼立体視のしくみでの主たる課題が対応問題にあるのではなく、形状の復元問題ととらえるべきであるとGillamらは主張している。

3.5. 反対極性の輝度対比をもつステレオグラムの立体視
 ステレオグラムの片方の背景を黒、形状輪郭を白とし、他方の背景を白、形状輪郭を黒としたステレオグラムからも両眼立体視が可能である。しかし、この反対極性の輝度対比をもつステレオグラムをRDSで構成した場合には、両眼立体視は不可能である(Julesz 1971, Stuart, et al 1992)。両眼立体視過程は、2段階の処理、すなわちトランジエント処理過程(transient process)とサステインド処理過程(sustained process)からなる。トランジエント処理過程では、短時間提示された刺激のみが処理され、出現した奥行はすみやかに消失してしまい、また主として大きな視差(視差10°以内)に対応している。サステインド処理過程では、持続的に提示された刺激に対応し、出現した奥行を持続的に維持し、融合可能な視差をすべて処理する(Ogle 1952)。Pope et al (23)は、トランジエント処理過程では、左右ステレオグラムに大きな反対の輝度対比があっても、そのような反対極性輝度対比に対して選択性が小さいのではないかと考えた。そこで、ガウス関数で記述したステレオグラムの左右に反対極性の輝度対比をつけた上で、また左右ステレオグラムの輝度対比を40,60,80,100%の4段階に、ステレオグラムの提示時間を0.2,0.5,1,2,4 secに、また時間軸に対する輝度の変化をコサイン波形(高時間周波数と低時間周波数の2段階を設定)と矩形波形に変化し、両眼立体視が成立するかを試した。その結果、両眼立体視は、次の条件のときに成立することが示された。(1) コサイン波形の刺激パターンで、刺激提示時間が短く、輝度コントラストが低い場合、(2) コサイン波形の刺激パターンで刺激提示時間が長い場合でも、輝度コントラストが高い場合、(3) 矩形波形の刺激パターンでも、刺激提示時間が長く、輝度コントラストが低い場合。コサイン波形の刺激パターンで輝度コントラストが高い場合また、矩形波形の刺激パターンでは、輝度コントラストに関係なく、どちらも刺激時間が長くなると高空間周波数成分での刺激エネルギーが増大するので、これらの結果は反極性の輝度対比をもつステレオグラムがトランジエント処理過程で処理されることを支持する。

3.6. トランジエントな両眼立体視過程での方向選択性
 Edwards et al (7)は、トランジエントな両眼立体視過程には、刺激の方向性に対して選択性が有るか否かを検討した。ステレオグラムは、標準偏差1°をもつ狭帯域のガボールパターンで構成し、左右のステレオグラムのガボールパターンの方向を90°に交叉させて提示した。提示時間は140 ms、両眼視差は4°から8°の間に設定した。被験者には、視野の上下に出現する2つの面の遠近を答えさせた。実験の結果、方向が直交したステレオグラムからの奥行検出は、(1)チャンスレベル以上にはあるが、極めて悪いこと、(2)左右ステレオグラム間の輝度コントラストをアンバランスに変えるとさらに奥行検出は悪くなること、(3)左右ステレオグラム間の空間周波数をアンバランスにするとさらに奥行検出は悪くなること、(4)左右ステレオグラム間の輝度コントラストをアンバランスにし、同時に左右ステレオグラム間の空間周波数をアンバランスにすると、今度は奥行検出は改善されることがそれぞれ示された。これらの結果から、左右のステレオグラムが、その刺激の方向性に関して直交する方向性をもつ場合には、それが水平?水平あるいは垂直?垂直に一致する方向性をもつ場合とは異なる過程で処理されていると考えられる。

3.7. 交差視差と非交差視差における時間的処理の相違
 両眼立体視の成立するためには、ステレオグラムは、ある一定の時間提示されている必要がある。もし、80ms程度の提示であれば、交差あるいは非交差視差のいずれかの立体視が成立しない(Patterson & Fox 1984)。これは、交差視差と非交差視差の時間的処理に対して差があることを示唆する。Becker, et al(3)は、
このことを確認するために、RDSの提示時間を67,167,417,5000msに操作し、正しい立体視(2個の矩形を提示し、どちらが手前に見えるかをテストする)が得られる反応比率をしらべたところ、交差視差に対して非交差視差は、すべての提示範囲で有意に成績が悪いことが示された。さらに、図10に示されたように、観察者の凝視点をディスプレー上に置くか、その前後に置くかを操作して、同様な実験を試みた。凝視点をディスプレー上に置く場合には、交差視差がついた対象はディスプレーの手前に、非交差視差のついた対象は、その背後に出現、凝視点をディスプレーの前に置いた場合には、交差視差、非行差視差の対象はすべてディスプレーより手前に出現、凝視点をディスプレーの後ろに置いた場合には、交差視差、非行差視差の対象はすべてディスプレーより後ろに出現してそれぞれ視えることになる。実験の結果は、観察者の凝視点をディスプレー上に置いた場合は非交差視差の正答率が悪くなること、凝視点をディスプレーの後ろに置いた場合には、交差、非交差視差の正答率はともに悪くなること、しかし凝視点をディスプレーの手前に置いた場合には交差、非交差視差の正答率はともに良好なことが示された。正答率が悪くなる条件は、両眼立体視の結果として出現する対象が凝視点を置いた面の背後にある場合である。このことから、オクルージョンの要因が、交差、非交差視差条件間での立体視成立における時間的処理の差をもたらしていると考えられる。
 

3.8. 両眼立体視融合と両眼輻輳
 ステレオグラムを融合させるためには、両眼を輻輳させる必要がある。両眼輻輳は融合させる刺激の大きさと関係し、刺激が大きくなるにつれて輻輳が正確になる(Popple, et al.1998)。そこで、融合刺激の大きさと両眼立体視閾との関係が検討された(Popple & Findlay(24))。ステレオグラムは、同心円上に配置された大小2つの円盤が出現するパターンで、両眼立体視融合のための刺激としては大きい方の円盤を利用し、その大きさ(両眼視差24 min固定)は、2.6から8.0degの範囲で変えられた。小さい方の円盤は両眼立体視閾を測定する刺激として利用された。測定の結果、両眼視融合のための刺激の大きさが増大するに伴って両眼立体視閾は小さくなることが示された。さらに、両眼立体視融合のための刺激の視差を2.4 minに縮めたところ、両眼視融合のための刺激の大きさの増大に伴う両眼立体視閾効果は消失した。この種の両眼立体視閾効果は、おもに両眼輻輳に起因すると考えられるが、しかし、この種の効果は、両眼輻輳を起こすのに必要とされる所要時間(100smin以下)でも存続することから、両眼立体視の統合のための高次過程の関与も示唆される。

3.9. 両眼立体視における傾斜面の視えの角度を規定する要因
 両眼立体視における垂直軸を中心とした傾斜面の視えの角度を規定する要因について、Backus et al(2)によって分析された。この種の傾斜面の視えの角度を規定する要因は、図11に示されているように、輻輳角(γ)、輻輳角と正中線との間にできる角度(μ)、水平視差(各眼と対象の横幅との間にできる角度の比(HSR)、αL/αR)、垂直視差(各眼と対象の縦幅との間にできる角度の比(VSR)、βL/βR)、そしてVSRの勾配(δVSR/δγ)であり、この他に、対象のもつ形状に関わるパースペクティブ要因がある。これらの要因は、網膜像内要因と網膜像外要因に分けて別々に処理され、また網膜像内要因は水平視差要因(HSR)と垂直視差要因(VSR)とが網膜像外要因の中のμと関連しながら処理される。これらの要因はそれぞれ重み付けされてから加算されて、最終的な出力である傾斜面の視えの角度が規定されると仮定された(図12)。これによれば、傾斜面の視えの角度は、HSRとμにもとづく傾斜面角度の算出、HSRとVSRにもとづく傾斜面の角度算出、そしてパースペクティブなど非視差的要因による傾斜面角度の算出という3種類の算出過程の加算で決まる。実験では、これらの要因が独立に操作され、傾斜面の視えの角度が測定され、その結果、この仮説が支持されている。

3.10. 大きな眼球運動と両眼立体視における傾斜面の視えの角度
 両眼立体視で出現させた水平軸あるいは垂直軸に関する傾斜面の視えの角度が、両眼立体視の観察時間(10秒)を長くすると、短時間提示(100 ミリ秒)に比較して20―55%程度も増大することが見いだされた(Gillam, Flagg & Finlay 1984, Gillam, Chamber & Russo 1988, van Ee & Erkelens 1996)。両眼立体視においては、安定した傾斜面の知覚が成立するためには、ある一定時間、刺激面を眼球が走査(scanning)する必要があるために、このような現象が生じるのではないかと考えられた。そこで、van Ee & Erklens(6)は、視野の中心に凝視点がある条件、視野の周辺に凝視点を与えた条件、そして自由な眼球走査条件を設定し、比較的大きなステレオグラム(視角40度)を両眼立体視させ、傾斜面の視えの角度を測定した。その結果、自由な眼球走査条件でも、視えの角度は、凝視点がある条件と変わらないことが示され、この種の現象に対する眼球運動の関与が否定された。

3.11. 両眼立体視での運動残効と空間周波数選択特性
 両眼立体視下で両眼視差をもつ対象が、その視差を維持したまま横方向に運動させ、それを持続的観察後、静止パターンをテスト刺激として提示すると、運動残効が生起する。Shorter et al (26)は、両眼立体視下で一定の空間周波数(0.1,0.2,0.4,0.8,1.6 c/deg)をもつ運動縦縞パターンが出現するRDSを順応刺激として3分間提示し、次にテスト刺激として、0.2,0.4,0.8 c/degの静止縦縞パターンが出現するRDSを提示したところ、運動残効は順応刺激とテスト刺激とが一致した条件でのみ生起することを見いだした。また、運動する縦縞の角度を変えた条件(0度を垂直とし、時計回り30度、60度、90度、反時計回り30度,60度)での運動残効も、順応刺激とテスト刺激(0度と90度)の角度が一致した条件でのみ生起した。このことから、両眼立体視下での運動残効は、空間周波数と方向に特異的であり、低次の空間周波数チャンネルに媒介されて生じると考えられる。

3.12. 両眼立体視下での仮現運動(stereoscopic apparent motion)
 運動視の処理過程には2種類の過程が想定されていて、その1は輝度差あるいは色の差によるエッジや形状の検出にもとづくものと、その2は両眼視差による奥行の検出にもとづくものである(Cavanagh et al 1989)。さらに運動視の処理過程には2つの側面があり、その1は能動的過程(active aspect)とよばれるものであり、その2は受身的過程(passive aspect)とよばれるものである(Cavanagh 1991)。能動的過程とは、焦点的注意にもとづく形状の追跡過程をさし、一方、受身的過程とは形状知覚を伴わない非認知的な運動視の過程をいい、たとえばランダム・ドットによるパターンの輝度が時間的に反転する場合に視えの運動が生じるような場合をさす。Ito(13)は、両眼立体視下での仮現運動においても、この能動的、受身的過程が存在するかについて検討した。実験は、図13に示されたように、ドットで構成されたパターンの中に256個の小立方体に両眼視差で遠近を付けて提示した。実験条件として、観察者からみて手前に視える小立方体(交差視差をもつ)の数(1/16と1/2)、小立方体の大きさ、運動時の奥行反転の有無が設定された。小立方体は、2フレームで提示され、その間に小立方体は左右いずれかにシフトされる。観察者は、両眼立体視しながら、パターンが左右方向のいずれに運動して視えるかを報告した。実験の結果、手前に視える小立方体の数が少ないときは、運動時に小立方体の奥行反転があっても正しい運動方向が知覚されること、しかし、手前に視える小立方体の数と後ろに視える小立方体の数が等量の場合には、運動時に奥行反転させると、運動方向も反転して視えることが見いだされた。これらの結果は、両眼立体視下での仮現運動には2つの過程、すなわち奥行出現方向とは独立して2次元形状を検出しマッチングをする能動的過程と、2次元形状とは独立に奥行出現方向を検出してマッチングする受身的過程とが存在することを示唆する。

3.13. 両眼立体視における奥行恒常性
 両眼立体視における奥行恒常性と奥行手がかりの多寡との関係が検討された(Glennerster et al(10))。両眼立体視における奥行恒常性とは、両眼立体視での奥行は観察距離の二乗に比例して変化するが、実際には知覚恒常性が生起するので、ある立体量が保持されることを言う。奥行手がかり条件には、すべての手がかりが存在する条件(full cue)と手がかりを制限した条件が設定された。対象はディスプレー上に提示されたRDSで構成されたシリンダー形状のもので、その深さがディスプレーまでの観察距離を変化して測定された。制限された手がかり条件では、観察窓を設置してディスプレーまでの視野が制限された。実験の結果、奥行手がかりが制限された条件とすべての手がかりが利用できる条件では、奥行恒常の程度に関して差が生じなかった。このことから、大きさや形の恒常性は奥行手がかりの多寡に依存して変化するが、両眼立体視における奥行恒常性は奥行手がかりの多寡とは関係なく、別の要因が作用していると考えられる。