両眼視差による3次元視

2.1.対応する要素が存在しない領域の両眼対応問題と立体出現

 ステレオグラムの左右の対応する領域を構成する刺激要素の輝度が反対である場合には、両眼立体視における対応が原理的には存在しないのに、立体印象が生じることが報告されている(Nakayama & Shimojo 1990, Anderson 1994, Liu, et al 1994)。この問題は、実際の世界では、対象は遮蔽されて隠されることが多いので、この部分が両眼間で対応しない領域となり、しかもこの部分は対象間の奥行関係を規定する手がかりなると考えられている。これに対して、Tsai & Victor(24)は、図6に示されたように、観察者と対象との間に遮蔽物があり、その遮蔽物を通して対象を観察する場合、遮蔽物が両眼のこめかみ側の視野を隠すので、左右眼には全く異なった網膜像が投影されることが幾何光学的には生起する。この場合、遮蔽物に注視点があれば、遠くの対象の左右の網膜への投影点は左右で対応する(aとa'、bとb')。a、b(a'、b')のなす角度は遮蔽物の水平方向の間隔距離に等しくなるので、この全く対応を持たない領域と遮蔽物との間の相対的奥行距離は遮蔽物の水平方向の間隔距離に拘束されることになる。この仮説を検証するために、図7に示されたステレオグラムが考案された。このステレオグラムの周辺領域は額縁のような遮蔽物を構成し、それを通して小さなタイルを張り付けた面が設定されているが、この個々のタイルの輝度は左右のステレオグラムで背反(anti-correlated)している。これを両眼立体視すると、対応を持たない領域が遮蔽物より手前に浮き出て視える。この種の立体視は、水平両眼視差でも、また生態光学的な遮蔽効果でも説明ができない新しい現象の発見と考えられる。
2.2.ガボールパターンステレオグラムの対応問題

 1次元のガボールパターンから構成されたステレオグラムの対応問題が、Prince & Eagle(18)によって詳しくしらべられた。使用されたステレオグラムは、図8にあるような1次元のガボールプロフィールから構成され、そのコントラスト・エンベロープの大きさ(σ)が変えられた。実験では、同量の両眼視差をもつが、その奥行出現方向はそれぞれ反対を示す(交差視差または非交差視差)2種類のステレオグラムを提示し、その正答率を求めた。実験の結果、(1)コントラスト・エンベロープの大きさが大きいときには(σ=2.0deg)、奥行方向の正答率は両眼視差量(phase disparity)が45°,90°,135°と405°,450°,495°で高く、225°,270°,315°と585°,630°,675°で低く、このように正答率と両眼視差量とは循環的に変化すること、(2)コントラスト・エンベロープの大きさが小さいときには(σ=0.49deg)、奥行方向の正答率は両眼視差量に関係なく高いこと、(3)コントラスト・エンベロープの大きさが中程度のときには(σ=0,98deg)、奥行方向の正答率は両眼視差量(315°以下)が小さいときには循環的に変化し、これより視差量が大きいときには正答率は常に高いこと、(4)奥行方向の正答率は、両眼視差量が0-180°、360-540°、720-900°の範囲では常に正しく、これ以外の視差範囲で、しかもコントラスト・エンベロープが大きいときには、悪くなること、などが示された。奥行方向の正答率が高いと言うことは、左右ステレオグラムの対応が正しく行われることを意味するので、対応問題には両眼視差量とコントラスト・エンベロープの大きさとが相互に影響していることを示す。
2.3.パーヌムの半端なステレオグラム問題(limiting case)

 パーヌムの半端なステレオグラム問題(limiting case)とは、図9のように片眼のステレオグラムには2本の線分、他眼のそれには1本の線分から構成されたもので、両眼立体視すると2本の線分が奥行位置を異にして視える。この現象を説明する仮説として、二重融合仮説とカモフラージュ仮説(Howard & Ohmi 1992)がある。二重融合仮説(図a)とカモフラージュ仮説(図b)とは、片眼の1本の線分が他眼の2本の線分の両方と融合する点では一致しているが、二重融合仮説では対応点をもたなくても擬似的に融合する線分は鼻側と仮定するのに対して、カモフラージュ仮説ではそれをこめかみ側と仮定する。したがって、図9にも明示されているように、二重融合仮説では擬似的融合線分は、対応点をもつ融合線分の背後に定位されると仮定するが、カモフラージュ仮説ではそれを手前に定位されると仮定する。また、どちらの仮説も片眼の2本線分のステレオグラムの線分間の間隔距離に比例して融合線分と擬似的融合線分との視えの奥行距離が増大することを予測する。Shimono, Tam & Nakamizo(20)は、2つの仮説のいずれが正しいかを、疑似的融合線分と融合線分との奥行関係、2本線分のステレオグラムの線分間距離と奥行距離量との関係を検討した結果、二重仮説条件では融合線分は擬似的融合線分の手前に、カモフラージュ仮説では融合線分と擬似的融合線分とは同一の奥行距離に定位されて知覚されること、また2本線分のステレオグラムの線分間距離が増大しても融合線分と擬似的融合線分との奥行量は変化しないことが示された。この結果は、二重融合仮説では融合線分と擬似的融合線分の奥行定位関係は支持するが、2本線分のステレオグラムの線分間隔距離と奥行量との関係は支持せず、またカモフラージュ仮説では融合線分と擬似的融合線分の奥行定位関係、並びに2本線分のステレオグラムの線分間隔距離と奥行量との関係の両方を支持していない。そこで、Shimono達は、新たな仮説を提示し検証した。それによれば、片眼の2本の線分のいずれかは他眼の1本の線分と融合して定位されるが、他方の線分は対応線分をもたず擬似的融合しない。そして融合線分は刺激面に定位されて知覚されるが、非融合線分は輻輳面に定位されると仮定する(図10参照)。この「誤った輻輳による奥行定位説」を実験的に検証するために、両眼視差は融合線分(視差はゼロ)と実際の輻輳面との間にくるように操作し、融合線分と他の非融合線分との奥行位置関係、および輻輳誘導に伴う両眼視差と融合線分−非融合線分との間の奥行定位量を二重融合仮説条件とカモフラージュ仮説条件布置のステレオグラムでそれぞれ測定した。その結果、二重融合仮説条件とカモフラージュ仮説条件のステレオグラムとも、融合線分と非融合線分の視えの奥行位置関係、および片眼の2本線分のステレオグラムの線分間距離と奥行量との関係は、予測された通りの結果を示した。このことから、パーヌムの半端なステレオグラム問題には、ステレオグラムの刺激布置、片眼の2本線分のステレオグラムの線分間距離に加えて、輻輳に誘導された両眼視差要因がともに関係していることが明らかにされ、この新たな仮説が支持されている。
2.4.左右網膜上での対応する位置に投影された対象の視え方

 Wheatstone(1838)の古典的論文には、左右の網膜上での非対応な位置に投影された対象は両眼融合され、あるひとつの奥行位置に定位して視えること、また左右の網膜上での対応する位置に投影された対象は相異なる奥行位置に定位されて視えることを定式化した。Ono et al(15)は、とくに左右網膜で対応する部分が相異なる位置に定位して知覚されることを検証するために、図11の上図ようなRDSを作成した。このステレオグラムでは、垂直な破線で表示した対象が、左右の網膜上で対応する。図の下図は、このステレオグラムの2つの可能な視え方を示す。下図の左は網膜上で対応する部分が2つの相異なる位置(方向)に視えるWheatstoneの定式にそった知覚的解決を示し、右はどちらかの網膜上の対象の方向が全体の視えの方向を優位に規定するという考え方にそった知覚的解決を示す。観察の結果、Wheatstoneの定式にそった視えが生じることが確認された。
2.5.対極コントラストで作成されたステレオグラムの立体視

 片眼用のステレオグラムが黒色、他眼のそれが白色で作成されたステレオグラム(対極コントラストのステレオグラム)を両眼立体視すると、それがフィギュラルステレオグラムの場合には立体視が成立するが、RDSでは立体視は成立しないことが確認されているJulesz 1971, Stuart et al 1992)。フィギュラルな対極コントラストステレオグラムで立体視が可能なのは、対極コントラストの輪郭についての対応が可能なからではなく、対極コントラストに近似した輪郭が、実際には検出されるからと考えられた。RDSタイプの対極コントラストステレオグラムで立体視が不能なのは、輪郭の検出がフィギュラルタイプに比較して複雑すぎるからと説明される。そこで、Pope et al(17)は、コサイン波形と矩形波形の輝度変化をもつ対極コントラストステレオグラムで、左右ステレオグラムのコントラスト比を40%,60%,80%、100%の4段階、刺激提示時間を0.2、0.5、1、2、4秒の5段階に設定し、正しい立体視の生起頻度を求めた。その結果、(1)低コントラスト条件では、刺激提示時間が短い場合にのみ、立体視が可能となること、(2)しかし、高コントラスト条件でも、コサイン波形のステレオグラムの刺激提示時間を長くすると立体視が可能であること、(3)低コントラスト条件で、矩形波形のステレオグラムの刺激提示時間を長くすると立体視が可能となること、などが見いだされた。これらの結果から、両眼立体視には、トランジエントとサステインドの2つのメカニズムが存在し、前者は対極コントラストステレオグラムで輪郭を検出できるが、後者は検出できないと考えられる。
2.6.生態光学的に無効な単眼領域とRDS立体視

 刺激対象を立体視するとき、その大きさが眼球間距離より大きい場合には、各眼で固有の相互に対応のない遮蔽領域ができる。ステレオグラムで対象を水平方向にシフトして水平視差を作り出した場合、ステレオグラムのそれぞれの対象のこめかみ側には両眼間で対応の無いこの種の遮蔽領域が必ずできる。これまで、この種の領域は両眼間で対応を持たないため、両眼立体視の成立を困難にすると考えられてきたが、RDSの左右の対象のこめかみ側に単眼遮蔽領域を設定すると、その立体出現の潜時が短くなることが示された(Gillam & Borsting 1988)、生態光学的に生起する単眼遮蔽領域は両眼立体視の成立を促進すると考えられてきた。これに対して、Grove & Ono(7)は、Gillamらの研究と同様に、左右のステレオグラムの一方の単眼遮蔽領域を空白にした条件、それを立体出現する対象や背景にあるドットパターンと同一にした条件、それを立体出現する対象や背景にあるドットパターンと相違した条件の3種類のRDSを作成し、その立体出現までの潜時を測定したところ、Gillamらの結果とは相違し、単眼遮蔽領域にパターンが存在することによる立体視促進効果は得られなかったという。ただ、単眼遮蔽領域が立体出現する対象や背景にあるドットパターンと同一のRDSと、それが相違する条件では、後者の方が立体出現の潜時は有意に長くなった。そこで、単眼遮蔽領域に付加するパターンに生態光学的に適切な条件と不適切条件(立体出現する対象の遠/近に対して単眼遮蔽領域に付加したパターンの密度を変化し生態光学的適切性を操作)を設定したRDSを作成し(図12)、その潜時を測定したところ、生態光学的に適切条件のRDSは不適切条件より有意に短いことが示された。このことから、単眼遮蔽領域が両眼立体視に影響する要因であるかを論じる場合には、その領域が生態光学的に適切なパターンが設定されているかどうかの観点から検討する必要性が示唆されている。
2.7.背反する輝度対応(anti-correlated)条件の立体視と運動視における対応問題

 左右のステレオグラムから立体を復元するには、左右パターンのどれとどれが対応するかを解決しなければならない。この対応問題は、2つのフレームにまたがるドット・パターンから特定のパターンを復元するときにも同様に生じる。立体視のシステムと運動からのパターン復元のシステムとの間には、明るさ対比感受性、立体視や運動からのパターン復元に関わる閾値であるDmaxとDmin、ランダム・ドットの密度とドットの大きさについての視覚特性が類似することが明らかにされている(Glennerster 1998)。さらに、この2つのシステムの間には、空間周波数チャンネル特性が神経生理学的、あるいは精神物理学的に類似する(Eagle 1997,Prince et al 1998,Yang & Blake 1991)。しかし、背反する輝度対応条件については、両システムはその特性が異なる。背反輝度ステレオグラムの場合、ドット密度が粗い場合には、立体視が正しく生起するが(Cogan et al 1995)、ドット密度が濃い場合には、立体視は成立しない(Julesz 1971, Cumming et al 1998)。運動視の場合には、映画のように1フレームごとに背反する輝度からなるドット・パターンを提示しても、奥行方向の反転が起きるものの、明瞭な運動が知覚できる(Anstis 1970, Sato 1989)。Read & Eagle(19)は、背反輝度ステレオグラム(anti-correlated stereogram)と背反輝度キネマトグラム(anti-corelated kinematogram)とを作成し、立体出現時の奥行方向(交差/非交差)もしくは運動出現時の運動方向(右方向/左方向)の判断を被験者に求めた。刺激は、フーリエ空間で、1次元(垂直方向)と2次元の画像パターンが作成された(図13)。実験の結果、1次元パターン条件では、背反輝度ステレオグラムと背反輝度キネマトグラムとも、奥行方向と運動方向の弱い反転を伴うものの、立体視と運動視が生起したが、2次元パターン条件では、背反輝度キネマトグラム条件では反転を伴う運動視が明瞭に知覚されたが、背反輝度キネマトグラム条件では、立体視は生じなかった。このような相違は、視覚システムが対応問題の解決を試みるとき、方向が異なる空間周波数情報の統合の問題に関係して生起すると論じられている。
2.8.両眼立体視処理過程における持続系(sustained pathway)と過渡系(transient pathway)

 外側膝状体には、大細胞層(magnocellular pathway)と小細胞層(parvocellular pathway)があり、前者は比較的大きな受容野をもち、過渡的な刺激に対して感受性が高いが、一方、後者は高解像度特性があり、しかも持続的な刺激に感受性をもつ。これまで、サルを対象とした研究から、両眼立体視処理は大細胞層で行われていると考えられてきた(Hubel & Livingston 1987, Livingston & Hubel 1987)。しかし、大細胞層は外側膝状体ニューロンの10%程度しかないことを考慮すると、両眼立体視という大容量の情報処理を担っているとは考えにくい。神経生理学的には、大細胞層は、両眼立体視処理の中の解像度の低いしかしダイナミックなレベルの処理に適し、小細胞層は解像度の高いしかも静止刺激の処理に適している。Kontsevich & Tyler(11)は、ダイナミック・ランダム・ドットから構成されたステレオグラムを作成し、そのドットに持続系、過渡系のそれぞれに適した変調をかけて提示した。実験では、図14に示されたように、テスト刺激として設定した矩形の太さと視差を操作して、それがダイナミック・ランダム・ドットで構成された背景の手前に見えるか、背後に見えるかがしらべられた。矩形の太さと視差とのトレードオフは、大細胞層の場合と小細胞層の場合とで、図15のように異なると予想される。実験の結果は、この予想を支持し、両眼立体視は、持続系で処理されていると結論されている。
2.9.対応問題とトランジェント系

 ステレオグラムにおいて左右眼のどの部分が対応をもつかは、両眼立体視の処理過程を考えるとき基本的問題である。いま、図16のようなサイン波形の空間周波数から作成されたステレオグラムの対応問題を考えるとき、左眼のステレオグラムのA点ともっとも対応する可能性が高いのは、右眼のステレオグラムのB点(90°の分離)とで、次がC点との対応(360°−90°で270°)である。このステレオグラムを使用し、ステレオグラムの大きさを15°と30°の2段階、空間周波数を0.3,0.6,1.8cpdの3段階、刺激提示時間を0.4秒と9秒の2段階をそれぞれ設定して、実際にはどのような対応が選択されるかがしらべられた(Edwards & Schor(5))。その結果、(1)刺激時間が短時間な場合には最適対応(A-B対応)と次善対応(A-C)対応が生じるが、それが長い場合には最適対応しか生じないこと、(2)両眼視差を小さくすると次善対応が生じにくくなること、(3)最適対応に関係する両眼視差は空間周波数における位相要因が重要であること、などが明らかにされた。これらの結果から、両眼視差に同期する検出器のモデルが提案された(図17)。ここでは、2つの検出器が仮定され、一つは狭帯域に同期するもの(実線で表示)、他は広帯域に同期するもの(破線で表示)で、前者は小さい視差に対応し、後者は大きい視差に対応する。実験で使用されたステレオグラム(stimulus1)では、最適対応は90°、次善対応は270°に設定されていたので、狭帯域検出器は最適対応を検出するが、次善対応は狭帯域外なので検出しない。しかし、検出感度は広帯域検出器によるものの方が大きい。対応が22.5°と337.5°のステレオグラムのケース(stimulus2)も同様に説明できる。
2.10.両眼立体視下で面の形状知覚を不能にする最大両眼視差量の大局的規定要因

 大局的両眼立体視で出現させた面の形状が識別できなくなる最大両眼視差量の規定要因として、空間周波数視差(disparity spatial frequency)と視差勾配(disparity gradient)とが挙げられている。視差勾配とは、水平方向視差量とキクロピアン距離の比をいい、キクロピアン距離とは立体視出現時の2つの対象間の距離をさす。これまでに、視差勾配の値が1を越えると両眼融合が不能となること、立体視が可能なサイン波形の最大振幅は空間周波数と反比例の関係にある理由を視差勾配で説明できること(Burt & Julesz 1980)などが明らかにされている。Ziegler et al (28)は、この視差勾配で両眼立体視された面の形状の識別が不能になる最大視差量を説明できるかを検討した。ステレオグラムは台形波形、三角波形、サイン波形、矩形波形で構成し、その振幅を操作して、立体視が不能となる最大視差振幅(dmax)を測定した。その結果、大局的両眼立体視下での面の形状知覚を不能にする最大両眼視差は、視差勾配によって規定されていることが確認されている
2.11.観察者中心記述と対象中心記述

 対象の認知の研究では、対象が心的に2次元で記述されているか(観察者中心記述)、それが3次元であるか(対象中心記述)が問題となる。Phinney & Siegel (16)は、最初に提示した対象から形成される内的表象を、次に提示する対象から形成された内的表象と照合できるかを検討するために、まず運動からの対象復元手法で作成した対象を観察させ、引き続き2次元的手がかり単独、3次元的手がかり単独、2次元的手がかりと3次元的手がかりの両方で成立させた対象を提示し、最初の対象を正しく識別できるかを検討した。この手続きでは、対象についての2次元的手がかりを全く欠く運動刺激から形成した対象の内的表象を、2次元的手がかり(ドットで構成される輪郭やシルエット)、3次元的手がかり(両眼視差)、あるいは両方の手がかりで示された対象と照合させることができるかが試された。実験で使用した手続きと対象図形は図18に示されている。実験の結果、2次元的手がかり単独条件、3次元的手がかり単独条件、2次元的手がかりと3次元的手がかり加算条件のいずれにおいても正しいマッチィングが行われることが示された。人間の視覚システムは、対象の内的記述とのマッチィングでは、3次元的手がかり単独でも正しい結果を出すことができることを示したことから、観察者中心記述モデル、あるいは対象中心記述モデルのいずれにおいても、3次元的な手がかりにもとづく内的記述が利用可能なモデルでなければならない。
2.12両眼視差情報と単眼的奥行情報の統合

 両眼でものを見るとき、両眼視差情報と単眼的奥行情報とが統合され、ひとつの矛盾しないシーンが知覚される。ここでの問題は両眼視差情報がどのようにして単眼情報をも統合するのかそのしくみを明らかにすることである。このような統合についての研究が、Ninio(13)によって図19のようなステレオグラムで行われた。このステレオグラムでは、凹あるいは凸に視える半球を背景に、2本の円弧が配置され、そのうち1本は湾曲して視えるように両眼視差を付けてあり、他は前額に平行に視えるように視差をつけてあるかもしくは単眼的要因となっている。これらのステレオグラムを、交差条件、非交差条件で観察させた結果、(1)両眼視差のある円弧の奥行方向について15%の誤りが生じ、その誤りの60−80%が視差の指示する奥行方向が半球に対して凸で円弧に対して凸の条件で、円弧が凹という誤りが生じること、(2)視差の指示する円弧が前額平行条件でも、それを凹とする誤りが幾分優勢に生じること、(3)単眼的要因の円弧でも,60%以上で視えの湾曲反応が生じ、さらにこの湾曲反応は、半球が凸の背景でしかも円弧が鼻側に配置した条件で生起すること、(4)円弧が鼻側に位置ししかもその向きが内側にある場合には凸に知覚され、逆に円弧の向きが外側にある場合には凹に知覚されるのは、ステレオグラムの視差を非交差条件と仮定すると幾何学的推論と一致すること、などが明らかにされた。とくに、片眼に捉えられた鼻側の刺激は、他眼の鼻側と対応を持ちやすいという偏向が示され、このことから視差の対応過程は鼻側の刺激要素から開始されることが示唆される
2.13.奥行関係を規定する基準面と両眼立体視の中の奥行関係

 Gibson(1950)は、その生態光学的奥行理論のなかで、対象の奥行関係を規定する基準面は人間が行動する地上面などの「表面」であることを強調した。たとえば、中程度の奥行距離の知覚では、対象までの視えの絶対的奥行距離は、基準となる「表面」が利用できる事態でもっとも精確となる。He & Ooi(9)は、近距離の奥行手がかりである両眼視差に規定されたステレオグラムにおける2つの対象の奥行定位において、この種の「表面」が基準枠となるかについて、図20のようなステレオグラムで検討した。ここでは、テストディスプレー(a)、比較ディスプレー(b)、統制刺激ディスプレー(c)の3種類のステレオグラムが用意されていて、両眼立体視時の視え方は、図の右の欄に示されている。2つのテスト線分の奥行の差は、比較ディスプレーと統制ディスプレーに比較してテストディスプレーで小さい。これらのステレオグラムを観察した結果、(a)ではテスト線分の視えの相対的な奥行差は(b)、(c)に比較して小さくなり、また新たにパースペクティブ条件を加えると、それは大きくなる。これらの結果は、テスト線分の奥行位置を規定する「表面」がどのように知覚されるかに依存していて、(a)では「表面」の視えの奥行傾斜が過小視され、パースペクティブを追加すると、それが過大視されるためと考えられる。このことから、ステレオグラムの両眼立体視事態でも「表面」が対象の奥行関係を規定する基準面となることを示す。
2.14.ステレオグラム立体視条件下での形状補完(completion)

 図21の(a)では、遮蔽物が顔形状の前にあるために、形状が補完されるが、(b)では遮蔽物が顔形状の後ろにあるために補完されず顔を知覚できない。一方、楕円状に穴の空いたものを、図22のように、その穴を通して円盤の一部が視えるように回転させながら観察させると、楕円状の遮蔽輪郭が視える時には円盤がリジッドに知覚されるが、楕円状の遮蔽輪郭を視えないようにすると、もはや円盤は視えなくなる。これは、形状知覚システムが遮蔽物に属する輪郭と被遮蔽物(円盤)に属する輪郭とを識別し、被遮蔽物の輪郭を補完するためと考えられる。遮蔽物の輪郭が視えない場合には、遮蔽物が被遮蔽物より手前に知覚されたのと同一となり、被遮蔽物の形状補完が失われると考えられる。このように考えると、両眼視差による奥行が存在するか否かは、形状補完とは直接には関係しない。Takeuchi(22)は、被遮蔽物に人間の顔を、遮蔽物は穴形状を持つ楕円を回転させながら、顔に両眼視差をつけて楕円よりは手前にあるいは背後に視えるように設定して、顔のマッチングを求めた。その結果、被遮蔽物である顔が遮蔽物である楕円の手前あるいは背後に視えることと、顔のマッチィグとは無関係なことが示された。このことから、両眼視差による立体視が形状補完に決定的な役割を持っていないことが示されている。
2.15.バーチャルに提示した3次元形状湾曲面の触運動的方法による測定

 3次元形状ぼ楕円面や双曲面(馬の背形状)は、次式(Euler)の定式、de Vries (1994)で記述できる。

  KN=Kmax cos2α + Kminsin2α

(Kmax とKminは基本曲率の最大と最小を示し、αはKmax と当該の曲線との間になす角度をいう)

 上記の数式で記述された3次元形状楕円面や双曲面をRDS(図23)で作成し、これを両眼立体視させたものの視えの3次元形状がWatanabe et al(25)によって測定された。奥行手がかりは、両眼視差のほかに、テクスチャ、陰影(full cue)とし、この条件からテクスチャを除いた条件を設定した。視えの3次元形状の測定は、先端に赤外線ダイオードのペンでバーチャルに知覚されている湾曲面をなぞらせる触運動的方法で行われた。その結果、(1)人間の視覚システムは、Eulerの定式で記述した3次元形状湾曲面を、この種の触運動的方法で正しく再現できること、(2)3次元湾曲面が十分に大きいときには、最大の湾曲面と最小の湾曲面がどの方向に位置するか、その方向を正しく知覚できるが、ゼロ湾曲面は正しく知覚できないこと、(3)テクスチャ要因は3次元湾曲形状の知覚に影響していること、(4)触運動的方法による3次元形状の知覚と視覚的判断(凹あるいは凸を判断させる)によるそれとは、結果が相違すること、(5)単独で提示された3次元曲線と湾曲面に埋め込まれた3次元曲線では、知覚的形状が異なること、などが明らかにされている。
2.16.両眼立体視におけるシーンの水平と垂直方向の大きさの歪み

 図24のステレオグラムの(A)を両眼立体視し、中央の黒色円盤(オクルーダ)の左右の水平の縁間の大きさと左右の垂直の縁間の大きさを、背景に配置した方眼紙の升目でカウントすると、水平方向の距離には8個の升目があり、垂直方向のそれは9個の升目がある。これは水平方向より垂直方向の方が広く知覚されることを示すが、実際には中央の黒色円盤は楕円ではなく円盤に視える。一方(B)のステレオグラムで同様に、黒色矩形で遮蔽された背景領域の左右の水平方向の縁間距離と垂直方向の上下間の縁間の距離を升目でカウントすると、水平方向の距離は遮蔽物の左右ともそれぞれ升目で6個あり、遮蔽物の横幅が3個なので総計15個となるが、垂直方向のそれは14個なので、ここでは垂直方向より水平方向の方が広く知覚されることを示すが、実際には背景の矩形は正方形に視える。このように、遮蔽物の水平方向と垂直方向の両端間の大きさ比の変化、あるいは遮蔽物の背景領域の同様な大きさの比の変化がなぜ起きるかについて、Erkelens et al(1996)は次のような仮説を提示した。すなわち、図25に示されたように、両眼でFを注視するとき、遮蔽物A'B'の背後にある視野の左端(A)と右端(B)は、遮蔽物によって隠され、A点は左眼のみで、B点は右眼のみで知覚されので、AとA'、BとB'は、あたかも同一直線上にあるように視える。ここで、

  A'B'=α+β=γ+δ

    γ=α+β-γ

となる。前景の遮蔽物の水平方向の距離をSとすれば、背景の前景に対する比は

  background/foreground=(S-δ)/ S

で表される。もし、遮蔽物と背景間の両眼視差(δ)が0.5°とし、前景の水平方向の大大きさが5.2°とすれば、背景の前景に対する比は

   4.7/5.2=0.9

となるので、背景領域の水平方向の大きさが垂直方向より縮小されて視えることになる。一方、両眼立体視条件ではなく単眼視条件でも遮蔽物の背景領域の水平、垂直方向の大きさの比が変化する錯視が存在する。図26(A)の上図では、Kanizaの矩形圧縮錯視で、遮蔽物の背後の矩形の水平方向の大きさは圧縮されて過小視され、下図では垂直方向が圧縮され過小視されて知覚される。図26(B)はポゲンドルフ錯視で、ここでは遮蔽物の背後にある直線が遮蔽の前後で逸脱して視える。Erkelens et al(1966)の仮説によれば、遮蔽形状の水平、垂直方向の大きさの比は、遮蔽物と遮蔽された背景間の距離、凝視点までの奥行距離に比例して変化すると予測されるが、Ee & Erkelens(6)の実験では予測は支持されなかった。さらに、Kanizaの矩形圧縮錯視とポゲンドルフ錯視をステレオグラムで提示し両眼立体視すると、錯視が消失することが明らかにされた。これらの結果から、Erkelens et al(1966)の仮説は否定され、3次元空間の水平、垂直方向の大きさの比を規定するメカニズムと、遮蔽物の左右両端が左眼あるいは右眼の網膜上での方向から形状の歪みを規定するメカニズムとは、それぞれ別個のしくみであることが示唆される。
2.17.眼球間の位相差とモーション−ステレオ視

 プルフリッチ(Pulfrich)現象は、左右の眼球間の刺激入力に時差を生じさせ、これが水平視差を誘導して立体効果が生じると説明されてきた。しかし、両眼にストロボ的に刺激を与え、両眼間の時差がほとんど存在しない条件でも立体視が生じることが報告されている(Lee 1970, Morgan & Thompson 1975)。Morgan & Fahle(12)は、個々の要素の輝度がサイン波形状に、しかもある一定の速度で点滅(フリッカ)して変化するダイナミック・ランダム・ドット・パターンを液晶シャッタ眼鏡を通して各眼に別々に提示した。この時、両眼に入力される刺激パターンの対応する要素に位相差を導入すると、垂直軸を中心として回転する透明なテクスチャ面をもつ円筒が立体的に知覚されることが示された。この種のモーション−ステレオ視をもたらす最小の位相差は5−10°の範囲であること、またこの最小の位相差は、眼球間の遅延に置き換えることが可能であり、しかもこの眼球間の遅延はフリッカ頻度を増大させると縮小できることも示された。この結果から、モーション−ステレオ視においては、眼球間遅延要因よりは位相差要因が重要であると考えられる。モーション−ステレオ視を可能にする最適な位相差は60−90°の範囲である。
2.18.奥行手がかり間のコンフリクトに及ぼす時間要因

 両眼視差とパースペクティブ要因とがそれぞれ背反する奥行方向を指示した場合(コンフリクト条件)に、どちらの要因が優位になるかが、ステレオグラムが提示されてから安定的な奥行が成立するまでの時間的経過のなかでしらべられた(Allison & Howard(2))。提示された奥行面は、垂直軸を中心とした傾き(スラント、slant)と水平軸を中心とした傾き(インクリネーション、inclination)で、スラントは水平大きさ視差で、インクリネーションは水平剪断視差で、それぞれの傾きが操作された。パースペクティブ要因は、格子状パターンと不規則なテクスチャパターンで操作され、前者ではパースペクティブ要因が強く、後者は弱く作用するように企図された。時間的要因は、ステレオグラムを静止して提示する条件と、ステレオグラムが指示する奥行面が前額平行から最大奥行傾斜角までの間をサイン波形に振幅(オシレート)して提示する条件とを設定した。両眼視差とパースペクティブ要因との奥行手がかり間条件は、両眼視差単独有効条件、パースペクティブ単独有効条件、両眼視差とパースペクティブ要因とが同方向の奥行を指示する一致条件、そして両眼視差とパースペクティブ要因とが背反する奥行方向を指示するコンフリクト条件である。視えの奥行傾斜面の測定は、両眼立体視された奥行傾斜面を、これとは別に提示した実傾斜面の角度を回転操作して行うマッチィングによった。実験の結果、(1)コンフリクト条件では、パースペクティブ要因の方が両眼視差要因より、優位に奥行方向を規定すること、(2)この傾向は、静止条件よりオシレート条件で強く現れること、(3)両眼立体視の観察時間経過での奥行手がかりの優位については、パースペクティブ要因の優位は観察初期(0.1秒から1秒前後)に強いこと、などが明らかにされた。このことから、複数の奥行手がかりがコンフリクト条件に存在する場合の知覚的解決には、その解決過程の初期にパースペクティブ要因が奥行方向を規定していると考えられる。