6.2. オプティク・フローによる奥行知覚
ミツバチは、花の密までの位置を知るのにオプティク・フローを利用する(Srinivasan
et al. 1997,2000)。人間の奥行距離知覚においても、オプティク・フローは対象までの奥行距離、方向、位置を特定するのに重要な働きをしている。では人間もミツバチと同様に、オプティク・フローのみで対象まで到達することが可能であろうか。Redlick,
et al.(15)は、バーチャル・リアリティの技法を利用して、人工的な廊下空間を作成し、そこに設定されたドアまでオプティク・フローを操作することで到達できるかを実験した。バーチャル・リアリティ空間はヘッド・マウント・ディスプレーに提示され、ベクション(観察者自身の視かけの運動)はオプティク・フローを提示することで生起させた。このようにすると、あたかも観察者は廊下を移動するような感覚を生じさせることができる。実験では、廊下に設置された対象を一度提示し、次に対象を消して、ベクションを起こし、対象までのオプティク・フローの提示時間を求めることで知覚的奥行距離をしらべた。その結果、一定速度のオプティク・フローの場合で、その速度が遅い場合には(1.6
m/s 以下)、視えの奥行距離の過大視が起き、対象をはるかに行き過ぎてしまうこと、またオプティク・フローを加速させた場合には、0.1m/s2の条件でもっとも正確な位置特定ができること、などが明らかにされている。
6.3 地面と対象間の構造から規定された奥行距離知覚
自然空間内にある様々な対象は、それが置かれた地面との間で知覚的に構造化さているとともに、それらは相互に関連し合って存在している。とくにGibson,J.(1950)は、奥行距離知覚においては、観察者と対象の間に存在する連続した面が重要な規定要因であることを明らかにした。そこで、コンピュータでシミュレートした自然空間においても、対象とそれが置かれた面との構造が奥行距離知覚を規定するかが試された(Meng
& Sedgwick (11))。シミュレートされた空間は、地上面に台形のプラットフォームが置かれ、その上に立方体が載せられたものである。プラットフォームは16mの長さがあり(横幅1.5m)、観察者から見て縦長に置かれた。その上に一辺が40cmの立方体が載せられ、その立方体までの奥行距離知覚がマッチング法で測られた。単眼観察が採用されたので、奥行手がかりは、絵画的要因と連続する面から発するテクスチャ要因のみである。知覚対象と地上面との構造は、対象と観察者の間の俯角を一定に保ちながら、プラットフォームの厚みを減じることで、地上面とプラットフォームとの間に間隙を挿入する方法で変えられた。測定の結果、地上面とプラットフォーム間の間隙が増大するほど奥行知覚距離は知覚対象である立方体が直接地面に置かれた状況と等しくなり、対象までの距離が増大し不正確になることが明らかにされた。このことから、奥行距離知覚においては、知覚対象(立方体)とそれが置かれた物体(プラットフォーム)、そしてそれらが存在する地面との間の知覚的構造関係が重要であることが明らかにされている。