8.おわりに

  本年度は、3次元視に関する研究は、例年に比較して少なく、とくに、運動要因に関する3次元視研究に、それが顕著に現れている。これは、運動視差に関する研究、運動要因からの立体の復元に関する研究、ステレオキネティクの研究など、ひとわたり分析され、次への展開が頓挫しているためであろう。
  両眼立体視に関する研究は、例年と同様に、多くの研究が行われた。それらの知見をまとめると、(1)垂直視差の奥行効果は、Shear条件でもっとも安定して出現したが、Scale条件とQuadratic Mix条件では個人差が大きいこと、また垂直視差ステレオグラムの立体視には垂直視差と眼筋信号との間に抗争が生じ、この抗争の度合いが個人差の大きな原因となっていること、(2)両眼立体視のトランジェントな過程では、1次と2次刺激から成立した刺激の両方が処理され、しかも立体視が成立する前にこれらの刺激はプールされること、(3)V1領域ではステレオグラムから知覚的に出現する全体的な奥行構造とそのステレオグラムの局所的両眼視差構造とが独立して反応しているため、一義的な両眼立体視を出現させるためには、これらを統合する上位の視覚中枢の関与が必要なこと、(4)V1領域の受容野では両眼視差に対して広く反応が出現、V2領域の受容野は両眼立体視したときに生じる形状に選択的に応答、同時にこれらのV2領域の受容野は、コントラスト縁の位置や方向に応答、さらに、これらの受容野はステレオグラムの面と対象間に生じる相対的視差量(奥行量)に対しても選択的に応答すること、これらの結果から両眼立体視で生じる縁(エッジ)はV2領域で検出されていること、(5)奥行関連事象電位は、形状関連事象とは関係なく出現し、奥行と形状要因は独立した過程でそれぞれ処理された後、ひとつの対象に知覚的に統合されると考えられること、などである。
  奥行距離の知覚研究の領域では、(1)現実空間とバーチャル・リアリティ空間とでは、奥行距離判断に相違が生じないこと、ただ、バーチャル・リアリティ空間では、眼球調節が固定されているので、知覚対象が固定された眼球調節距離より遠くにある場合には、対象までのリーチィング(対象までの腕伸ばしによる測定)に誤差が出現し、修正する必要が生じること、さらに現実空間とバーチャル・リアリティ空間の両方で対象をリーチィング法で測定する場合、フィードフォワードが重要な要因であること、(2)バーチャル・リアリティ空間でオプティク・フローによってベクション(観察者自身の視かけの運動)を誘導した場合、その速度が遅い場合には(1.6 m/s 以下)、視えの奥行距離の過大視が起き、対象をはるかに行き過ぎてしまうこと、またオプティク・フローを加速させた場合には、0.1m/s2の条件でもっとも正確な位置特定ができること、などが明らかにされた。