2.両眼立体視

2.1. 両眼立体視閾と空間周波数帯
 初期の視覚処理過程は空間周波数特性をもつニューロンから構成、両眼立体視処理過程にも存在する。しかし、両眼立体視処理過程での空間周波数チャンネルの役割については、いくつかの問題がある。位置視差を検出する受容野について初期に提案されたモデルでは、受容野の大きさは特別な役割を与えられていないが、視差が位置視差ではなくフェーズ視差によってコード化されるとするモデルでは、個々のニューロンの空間的特性が固有の役割を持ち、高空間周波数に選択的なニューロンは高密な視差に対応し、低空間周波数に選択的なそれは粗い視差に対応する(size-disparity correlation仮説)とされる。この仮説を実証するために、空間周波数を変化させ、それぞれの周波数での両眼立体視の下限閾(Dmin)と上限閾(Dmax)とが測定され、その結果、空間周波数が2.4 c/deg以下の場合には、Dminは空間周波数に依存して変化するのに対して、Dmaxは空間周波数が変化しても一定となることが見いだされた( Schor & Wood 1983)。
 この結果は、空間周波数チャンネルが空間周波数2.4 c/deg以下の場合に両眼立体視の処理過程と関係を持つことを意味する。そこで、Hess et al.(15)は、図1に示されたようなステレオグラムを作成し、Dmin とDmaxを測定した。ステレオグラムは、フィルターをかけないもの、低域濾過したもの、高域濾過したもの、帯域濾過したものの4種類が作成され、これらを両眼立体視すると中央付近に円盤が浮きでて視える。Dmin とDmaxは、円盤が手前にあるか、後方にあるかを判断させて測定された。

その結果、低域濾過条件の場合のDminは、濾過後にそのステレオグラムに含まれる最大の高空間周波数に依存して小さくなるが、高域濾過条件のそれは、低域空間周波数に依存しては変化しないことが示された。一方、Dmaxは低域濾過条件では変化しないが、高域濾過条件では空間周波数に依存して小さくなること、さらにDmaxは出現させるイメージの大きさに依存して変化した。これらの結果から、Dmin とDmaxはそれぞれ異なった処理過程に担われていると考えられる。

2.2. 対応問題
 Petrov(23)は、図2に示されたような対応問題を実験的に検討した。曖昧な対応をもつ1対の刺激がステレオグラムの中央に横並びで提示され、それを上下に挟むように刺激対が同一の奥行距離に提示される。このようなステレオグラムを両眼立体視すると、中央の点が上下の2つの点と垂直方向に同一の奥行距離をとって並んで視えるか、あるいは中央の点が奥行位置をはずれて視えるかする。すなわち、左右網膜像の2点の対応を考えるとき、左網膜像の右位置にある点と右網膜像の右位置にある点、左網膜像の左位置にある点と右網膜像の左位置にある点とがそれぞれ対応する場合(Long Disparity Match, LMG)と、左網膜像の右位置にある点と右網膜像の左位置にある点、左網膜像の左位置にある点と右網膜像の右位置にある点とがそれぞれ対応する場合(Short Disparity Match, SMG)とがあり、前者の対応を持つ場合に上下に3点が同一奥行距離に定位して視える。実験は、上下の点と中央のターゲット間の距離およびターゲットの大きさを変え、どのような対応が得られるかについて検討された。
 その結果、上下の点と中央のターゲットとの間の距離が小さいときにはLDG対応が生じ、その間の距離が拡大するにつれてSDGに移行した。これらの結果は、あいまいな視差対応点がある場合の視差対応は、視差を構成する刺激要素の形状性(形状の文脈効果)によって対応点が捕捉(Capture)され決定される場合があることを示唆する。

2.3. 両眼立体視におけるトランジェントとサステインド型
 両眼立体視にはトランジェント型とサステインド型とがある。サステインド型のステレオグラムは、通常の立体視でパヌムの融合範囲内で立体視が可能であり、また左右の網膜像の方向、空間周波数、明るさコントラストが等しくなければ立体視は生じない。
 一方
トランジェント型の立体視では、2重像となるステレオグラムでも、短時間提示すると、一時的に立体視が可能であり、左右の網膜像の方向、空間周波数、明るさコントラストが異なっても融合でき、立体視が生じる(Schor, et al. 1884, Schor & Heckman 1989, Schor et al. 1998, Edwards, et al. 1999, Pope et al. 1999)。そこで、Schor, et al. (28)は、左右ステレオグラムペアの刺激全体の大きさが著しく異なる場合にトランジェント型立体視が成立するかを検討した。ステレオグラムは、図3に示されたように、ガボール関数で記述された小片(ガボール・パッチ、Gabor patch)で、ガボール関数のエンベロープの大きさ(σ)が3オクターブの範囲内で変えられる(0.2°, 0.25°, 0.37°, 0.6°,0.75°, 1.25°, 2°, 2.5°)とともに、左右ステレオペアの一方のエンベロープの大きさが4種類の大きさのどれかに固定され、他のそれは4段階に変化させられた。左右ステレオペアの刺激は同方向条件、互いに直交方向の2条件、そして視差は小さな視差と大きな視差条件(0.5°, 5°)、さらに左右ステレオペア間のコントラスト比を操作した条件とが設定された。左右ステレオペア間のコントラスト比は、片方のコントラスト(パターンはσ=0.25°のガボールで表示)を100%に固定し、他方(パターンはσ=1.5°、2.0°あるいは2.5°で表示)のそれは20%から100%まで5段階に変化させられた。トランジェント型立体視では、刺激提示時間は140 msで、サステインド型立体視でのそれは7sである。実験では、観察者はステレオグラムを両眼立体視し、交差あるいは非交差で提示された刺激パターンが手前に視えるか、あるいは後方に視るかの判断が求められた。
 実験の結果、(1)小さな視差条件の場合には、トランジェント型とサステインド型立体視とも、左右ステレオペアの刺激のエンベロープの大きさの差が2オクターブの範囲内ならば立体視が成立すること、(2)左右ステレオペアの刺激の方向が互いに直交する場合、サステインド型立体視では刺激のエンベロープが大きくなるに伴い、立体視の成立は減じること、(3)大きな視差の視差条件の場合、トランジェント型立体視では、左右ステレオペアの刺激のエンベロープの大きさの差が3オクターブになっても立体視が成立すること、(4)左右ステレオペア間のコントラスト比を変えた場合、トランジェント型立体視では、パターンのガボール帯幅(σ)が大きくなるほどコントラストの差が5%から10%まで小さくしたときに立体視の成立が顕著に高まること、などが明らかにされた。これらの結果から、ガボールパターンにおけるエンベロープに対しての視覚システムの同調は、それ自体は広範囲な帯幅に同調するものの、ステレオペア間の空間周波数の違い、パターンの方向の違い、コントラストの違いほどは立体視成立のためには大きくはないこと、したがって、トランジェント型立体視ではガボールパターンのエンベロープの大きさが、ステレオペアの対応問題解決の初期過程では重要な役割を果たしていることが示唆される。ステレオグラムのガボールパターンのエンベロープの大きさとそのガボールパターンを構成する波形に関する情報は、粗い視差から細かな視差を検出する一連の過程で、ステレオペア間の対応を解決するために共に利用され、またエンベロープの大きさから抽出された2次的情報は、細かな視差対応を見つけ出すのに有効に働いていると考えられる。

2.4. 両眼視差と視差輻輳融合との関係
 両眼視差と視差輻輳融合とは、同一の神経過程で処理されるのか、あるいはそれら2つの入力情報は、視差情報として最初は第1視覚野(V1)で検出され、次いで別々に処理されるのか、さらにはそれら2つの処理過程は単独で独立しているのか、などについては十分には解明されていない。もし両眼視差と視差輻輳融合とが同一の神経過程で処理されているならば、両眼視差に対する奥行弁別能力が良いものは、その視差輻輳融合能力も高く、逆に、両眼視差弁別能力が劣るものは、その視差輻輳融合能力も劣るといえる。事実、粗い視差(30分以上)に対してステレオアノマリ(両眼立体視異常)を示すもので、交差視差に対する能力を欠くものは、交差視差に対する輻輳融合も欠いていること、しかし非交差視差に対する開散融合能力は保持していることが見いだされている(Richards 1971, Johns 1977)。ステレオアノマリを示すものすべてが輻輳融合異常(バージェンスアノマリ)を示さないが、しかし輻輳融合異常を示すものはステレオアノマリを示している。各眼での網膜像が融合できない二重像の場合の輻輳融合と、両眼融合できる網膜像の場合の輻輳融合とは、基本的に、その神経処理過程が異なる。視差が小さく両眼融合が十分に可能な場合(30分以内)、輻輳融合に異常を示すものが視差にもとづく立体視が不能か否かは、いまだ不明である。そこで、Fredenburg & Harwerth(14)は、ステレオアノマリであると診断された者を被験者として、両眼視差立体視能力と視差輻輳融合能力をしらべられた。視差輻輳融合能力の測定は、両眼立体視中のステレオグラムにノニウス線を上下に提示し、上線は基準線とし、下線を右あるいは左の位置(-20,-10,0,+10,+20)に提示し、その位置を報告させる方法(恒常法)で測定し、そのPSEが交差視差と非交差視差別に求められた。また、ステレオグラムにはガボールパッチで構成されたパターンが用いられた。
 実験の結果、(1)視差が小さい場合にも、ステレオアノマリとバージェンスアノマリが存在すること、(2)ステレオアノマリの型(交差視差不能あるいは非交差不能型)とバージェンスアノマリの型(交差視差輻輳融合不能と非交差視差輻輳融合不能)との間には関連が無く、交差視差不能が交差視差輻輳融合不能とはならないこと、(3)両眼立体視が正常な者にもバージェンスアノマリが存在すること、などが見いだされた。とくに、両眼立体視が正常な者にもバージェンスアノマリが存在することは、両眼視差過程と視差輻輳融合過程とは、第1視覚野で視差に選択的なニューロンによって視差が検出された後では、それぞれ別個に独立して処理されることを示唆する。

2.5. 両眼立体視における色相対比感受メカニズムと輝度対比感受メカニズムの相互作用
 輝度が等しく色相のみが異なるステレオグラムの立体視(色相立体視chromatic stereopsis)の可否については多くの研究がなされ、その結果、色相立体視は可能であるが、立体視可能な視差は限定され、立体視力も悪く、さらに輝度対比による立体視に比較して、ランダム・ドット・ステレオグラムのように立体視が出現して初めて形状が知覚できる条件での立体視能力が劣っていることなどが、これまでの研究で明らかにされている(Kingdom & Simmons 2000)。これらの結果から、色相立体視の対応問題の解決には、まず、ステレオグラムの色相のひとつひとつにラベル付けがなされ、次いで、そのラベルが同一のもの同士の間で対応づけがなされると考えられた。
 一方、色相対比にもとづく立体視過程と輝度対比にもとづく過程とはそれぞれ独立していて、それらの過程で個々別々に検出された立体情報が、これ以降の過程で統合されて、ひとつの立体視が出現するという考え方も提起されている(Simmons & Kingdom 1997)。
 そこで、これら2通りの仮説のいずれが妥当かを検証する試みが、Simmons & Kingdom(29)によってなされた。ステレオグラムは0.5cpdの垂直方向の空間周波数からなるガボールパッチで、そのエンベロープの標準偏差は1°である。等輝度条件のステレオグラムでは、輝度を等しくし、色相対比は赤―緑で表示し、また等色相条件のステレオグラムでは、色相を等しくするために一色(黄色)で、輝度対比は黒で表示された。さらに、色相と輝度の複合ステレオグラムが作成され、ここでは色相対比と輝度対比が導入された。各ステレオグラムでは、左右ステレオペアの刺激属性(色相と輝度)が対応をもつもの(correlation)と、その対応が反対を示すもの(anti-correlation)とが作成された。実験では、各条件のステレオグラムが提示され、その立体視閾値が求められた。
 その結果、(1)立体視閾は色相対比あるいは輝度対比が増大するに伴って、向上すること、(2)しかし、輝度対比条件でのステレオグラムに、反対極性をもつ色相対比を加えると、立体視は妨害されること、(3)同様に、色相対比をもつステレオグラムに反対極性を持つ輝度対比を加えると、立体視は妨害されることが見いだされた。これらの結果は、両眼視差が検出され、そして立体視が成立する前の段階で働く色相対比感受メカニズムと輝度対比感受メカニズム間に、立体視成立にとってポジティブなそしてネガティブな相互作用が存在することを支持する。

2.6. 両眼視差と運動視差の手がかりの統合
 両眼視差と運動視差が共にある空間周波数をもつサイン波状の凹凸パターンを表示するとき、両眼視差が表示する周波数と運動視差が表示する周波数とが異なる場合には、それらの異なる波形の合成された凹凸パターンが知覚される(Rogers & Collett 1989, Uomori & Nishida 1994)。出現する形状は、両要因の合成で決まるが、その奥行も加算的な合成で決まるかはいまだ不明である。そこで、サイン波状パターンの空間周波数を0.125, 0.25, 0.5, 1.0 cpdの5段階に設定し、これにもとづいて両眼視差と運動視差で提示する空間周波数パターンは、これら5種類の空間周波数をすべて組み合わせて(25通り)提示し、その際に観察される凹凸パターンと奥行量がしらべられた(Ichikawa & Saida(16))。凹凸パターンは描画させる方法で、奥行量は別に提示した直線の長さを調整させる方法で求められた。その結果、視えの形状は、両眼視差と運動視差が提供する形状の合成となるか、あるいは運動視差要因のみで決められた。また、視えの奥行量も、両要因が提供する奥行量が増大すると、それにともなって大きくなった。これらの結果は、両眼視差と運動視差が提供する形状と奥行量は、それら両要因の加算的総和で規定されることを支持する。

2.7. 運動するドットで生起させたエッジ(kinetic edge)間の両眼視差にもとづく立体視
 両眼視差にもとづく立体視は、輪郭線で構成された対象の間に水平方向の位置による視差をつけることによって生み出されるのが通常であるが、運動要因によって導入したエッジによる位置視差によっても可能になる。例えば、運動要因によって出現させた対象間に視差があれば、対象を構成するテクスチャのドットが左右のステレオペアで非対応でも立体視が出現するし(Lee 1970, Halpern 1991)、またテクスチャを構成するドットを左右ステレオペア間で対応をとってフリッカーさせることによって視かけの図形を誘導し、その誘導した図形間に視差があれば、テクスチャ間に左右で対応が無くても立体視は出現する(Prazdny 1984)ことが明らかにされている。
 Poom(24)は、新たに、対象の面のテクスチャを構成するドットの相対的運動で作り出された視かけのエッジ(kinetic edge)間に位置視差を導入し、両眼立体視が可能になることを次のような刺激条件で示した。図4にあるように、左右のステレオ画像はドットで構成され、両眼立体視するとダイヤモンド形が中央に浮かび上がる(図4(a))。これらの各ステレオペアの運動するドットは、ペア間で常に非対応であるが、それらのドットが一体となって回転運動する時、ドットが浮かび出るダイヤモンド形のエッジを通過する際に出現と消失を繰り返すように操作する(図4(b))。このように運動要因で出現させる各ステレオペアでは、浮き出させるダイヤモンド形のキネティック・エッジ間の両眼視差は水平方向へのシフトを導入することによってもたらすが、その内部で回転運動するドットの中心は左右同一とし、視差はゼロとする。またダイヤモンド形の内部と外部では、回転する運動方向は互いに逆方向とする(キネティック・エッジ視差、図4(c))。方向視差(direction disparity)は、ダイヤモンド形の内部で回転するドットの中心を水平方向に左右でシフトすることによってもたらす。この際、キネティック・エッジと外部で回転するドットの回転軸とは左右ペアで同一とし、したがって視差はゼロとする(方向視差、図4(d))。さらに、対応のあるフリッカー視差条件では、左右ペアで対応を持つフリッカーのエッジは浮き出るダイヤモンド形のエッジが水平方向に反復移動する際に、そのエッジの側の静止したドットを消失させることによって導入した。このようにすると、視かけ上、骨組みで構成されているが実際にはその輪郭が見えないダイヤモンドが通過すると、静止した点は消失し、それが通過してしまうと再出現するように知覚され、その際に明瞭なダイヤモンド形が見える。この条件の視差は、ダイヤモンドの水平方向の位置視差で導入する。
 実験は、立体出現するダイヤモンド形が基準として設けた斜め十字(視差はゼロ)の前か後ろかを判断させ、その正確さを求めることによって行なわれた。その結果、キネティック・エッジ視差と対応のあるフリッカー視差条件では、正確な両眼立体視が出現したが、方向視差条件では視差が0.7度と1度の場合にのみほぼ正確な立体視が得られるにとどまった。
 そこで、図4(e, f)に示したように、テクスチャの無い領域(ギャップ)をつくり、しかも左右のペアでテクスチャ領域と無テクスチャ領域を交互に配置したステレオグラムを作成した。また、テクスチャ領域と無テクスチャ領域の間の大きさ比が変えられ、テクスチャ領域が無テクスチャ領域を上回る場合(ネガティブ条件)には、左右のステレオペア間のテクスチャ領域に重なる部分が生じる。先の実験と同様に、キネティック・エッジ視差、方向視差、フリッカー視差の各条件を設定して両眼立体視させたところ、すべての視差条件で、かつ左右ペアで重なる部分が無いテクスチャ領域を持つ条件(ポジティブ条件)でも、立体視の出現方向の正確度は減じるものの、立体視が可能なことが示された。 これらの結果は、左右眼ではテクスチャ対応を持たないが、各眼では継時的対応を持つステレオキネマトグラムで両眼立体視が可能なこと、すなわち、まず、各眼で運動要因に基づくエッジの検出がなされ、次いでこの検出されたエッジにもとづき左右眼で両眼視差の対応がなされ、立体視が出現することを示した。このプロセスを図示すると図5(b)となる。因みに図5(a)に示したものは、キクロピアン運動(cyclopean motion,Patterson,1999)の視覚処理過程で、ここでは、左右眼でテクスチャ対応を持つが、継時的には対応を持たないステレオキネマトグラムがあらわされている。これは運動視から立体視を復元する過程と立体視から運動視を復元する過程とがそれぞれ独立して存在することを意味する。

2.8. 垂直視差と対象までの絶対奥行距離
 水平視差は対象間の相対奥行距離を規定するが、対象までの絶対奥行距離(egocentric distance)を規定しない。絶対奥行距離を見積もるには他の付随的な奥行手がかり、たとえば、網膜像外の要因である眼筋的手がかりなどを必要とする。しかし、眼筋的手がかりのみでは、正確な絶対奥行距離の知覚には不十分なことが知られている(Benner & van Damme 1998)。これまでの研究によれば、垂直視差は、水平軸を中心とした傾斜面(slant)の知覚(Backus, et al. 1999)、対象の大きさ知覚(Bradshaw et al. 1996)、対象間の奥行(Bradshaw et al. 1996)、対象面の湾曲性の知覚(Rogers &  Bradshaw 1995)、絶対奥行距離(Rogers &  Bradshaw 1993)が関係する。しかし、これらの結果は、必ずしも垂直視差が絶対奥行距離知覚を向上させることを意味しないし、また垂直視差が水平視差にもとづく距離知覚を向上させることも意味しない。そこで、垂直視差が絶対奥行距離知覚にどの程度の効力を持つかが、Brenner et al.(8)によって確かめられた。この研究では、水平視差の代わりに水平大きさ比(horizontal size ratio)を、また垂直視差の代わりに垂直大きさ比(vertical size ratio)を用いている。水平大きさ比とは両眼間の分離が、両眼間を結ぶ線分に平行な軸上に生じる比率を意味し、垂直大きさ比とは両眼間の分離が両眼間の線分に垂直な方向に生じる比率を指す(「片眼の網膜上に投影された対象の高度」対「他眼の網膜上に投影された対象の高度」)。とくに、垂直大きさ比は、対象までの絶対距離と対象の網膜上での偏心度で異なる(図6参照)。このグラフから垂直大きさ比は対象の網膜上での偏心度がわかれば、絶対距離を復元できることを示す(図6A)。また、垂直大きさ比は、対象までの観察距離が大きくなるに伴い増大する。垂直大きさ比の偏心度に伴う水平勾配は、ほぼ一定であり、したがって偏心度とは独立に対象の絶対奥行距離の知覚に、原理的には、これを利用できる。
 そこで、視覚システムが対象までの絶対奥行距離を知覚する上で、垂直大きさ比を利用できるのか、あるいは垂直大きさ比の偏心度に伴う水平勾配を利用しているかが試された。提示した刺激は、楕円球であり、これはテニスボールをシミュレートしたものである。観察者には液晶シャッターを装着して、これを両眼立体視させ、また対象の絶対奥行距離の測度として、楕円球を実際のテニスボールに視えるように、その直径の大きさと深さとを調整させた。楕円球は、正中線上に視線を配置した条件と視線を正中線から右方向30度に配置した条件とで提示され、また観察者からの距離は35,50,65cmにシミュレートされた。その結果、実験で得られた絶対奥行距離測度は、正中線上に視線を配置した条件と視線を正中線から右方向30度に配置した条件とで同等であった。このことから、垂直大きさ比の偏心度に伴う水平勾配が絶対奥行距離に随伴して変化する形状や大きさを調整していると考えられる。

2.9. 垂直視差と方向の定位知覚
 垂直視差要因単独で対象の視えの方向定位を規定するかが、Banks et al.(3)によって実験的に検討された。これまで、対象の視えの方向定位を規定するのは、輻輳要因と網膜上の偏心度であることが確認されている。図7に示されたように、対象の方向定位(a)は、幾何学的には、左右眼の網膜上に投影された対象のそれぞれの偏心度の平均値 (γ)および左右眼の対象に対する回転角度の平均値(δ)(対象と各眼を結ぶ線と視線との間になす角度の平均、図中の算出式を参照)をそれぞれ加算して2で除した値で規定され、次式のように表される。

      a =γ+δ

  一方、垂直視差要因単独での対象の視えの方向定位は、原理的には、垂直視差と絶対距離の手がかりである輻輳角(μ)とで規定される。この場合、垂直視差を、左右眼の網膜上の対象の投影位置の高度の比率(VSR = βL + βR)である垂直大きさ比で規定すると便利である。したがって、垂直視差要因単独での場合、対象の方向定位は次式で表される。

         a = tan-1 ( InVSR / μ)

 この場合、輻輳角が網膜イメージから推測できれば、垂直視差単独で方向定位がはかれることになる。
 刺激は、ハプロスコープを用いて提示された。ハプロスコープの左右の先端にはCRTが設置され、それらはハーフミラーとともに、垂直軸を中心に回転できる。刺激はランダム・ドットで構成された矩形面で、その傾斜(slant)は−30度から30度の範囲で不規則に変化させ、また19cmあるいは57cmの距離に提示された。刺激の方向定位は、眼球位置による方向定位(刺激を異なる方向に実際に位置させることで操作)と垂直視差にもとづく方向定位(片眼の垂直方向を拡大することによって垂直視差を変化)とを独立に、しかも抗争的条件で操作された。実験の結果、視えの方向定位は、眼球位置にもとづく眼筋的手がかりと網膜上の対象の偏心度によって十分に規定されていて、垂直視差は、何らの役割も果たしていないことが確認された。
 また、垂直視差が対象の方向の知覚に関わりがあるかについて、Berends, et al.(4)によってしらべられた。いま、対象が観察者の真正面に存在する時、左眼に垂直方向のみ拡大したステレオ画像を入力させれば、左右眼に垂直視差がつき、その結果、対象は左眼方向に変位して見えると予想される。ステレオグラムは赤あるいは緑のランダムドットで構成され、赤緑フィルターメガネを装着させて両眼立体視させた。左右ペアの拡大率は、3%と6%とし、視かけの方向変位は27度と64度になると計算された。実験の結果、9人の被験者の中で5名のものは、片側拡大ステレオグラムに5分間順応させた場合にのみ、拡大率に応じた視かけの方向変位が生起すること、しかし、順応過程がなく直接観察させた場合には視かけの変位が起きないことが確認された。これらの結果から、視覚システムは、垂直視差にもとづいて方向定位を変位したのではなく、順応中に左右のステレオペアの不一致を解消するために遠心性の眼球位置情報を変更したと考えられる。

2.10. 両眼立体視が成立しないステレオグラム

 ステレオグラムを構成する要素の中、視差対応部分の色相が異なるものの、等輝度に設定したステレオグラムでは、両眼立体視が成立しないとする報告(Gregory 1977, Lu & Fender 1972)から、立体視が残存するという報告(De Weert & Sadza 1983, Jimenz, et al. 1997)まであり、実験結果が一致しない。このような結果の不一致は、眼球の色収差の問題、あるいはモニター上に等輝度に刺激要素が提示されていないなどの人為的エラーが完全に除去しにくいためと考えられる。そこで、Kim & Mollon(17)は、コントラスト比が高いために輪郭が明瞭な赤と緑の小矩形からなるステレオグラムを作成し、その赤と緑の小矩形の輝度を等しくしたところ、立体視は成立しないことを確かめた。さらに、彼らは、等輝度の赤と緑の小矩形から構成されたランダム・ステレオグラムのなかで緑の小矩形の大きさ(4×4 pixels)を赤の小矩形(6×6 pixels)より小さくしたものを作成した。このステレオグラムでは、両眼立体視が可能であった。

そこで、同様に赤と緑の小矩形から構成されているが、緑の小矩形の全体の輝度を赤の小矩形の全体の輝度と一致するように高めたステレオグラムを作成して両眼立体視させたところ、立体視が成立しないことが示された。ここでは、視覚システムは、左右ステレオペア間の対応問題を解決するために、要素の属性の違いであるところの大きさ、明るさ、色相の3要因を利用できるにもかかわらず利用されず、対応に失敗する。同様な結果は、ランダム・ドット・キネマトグラムでも確認された。これらの結果は、大きさ、明るさ、色相の各モジュールは、両眼視差のモジュールとは直接連関せず、両眼立体視ではそれらのモジュールで検出された情報が利用できないことを示すと考えられる。

2.11. 両眼立体視における鋏状視差と圧縮視差
 図8に示されたように、ステレオペアが鋏状(shear)にあるパターン、あるいは一方の大きさが他方に比べて圧縮(compression)されたパターンを両眼立体視すると、水平方向(X軸)に傾斜(inclination)、あるいは垂直軸(Y軸)に傾斜した(slant)面が視える。このとき、立体視された面が出現するまでの潜時は長く、また傾斜面が確定するまでにも時間がかかる(Gillam, Chambers, & Russo 1988, Gillam, Flagg & Finlay 1984)。これは、両眼立体視の処理過程が、まず視差の対応問題を解決し、次いで奥行と形状を、不連続な視差、立体交差を持つ視差、相対的な視差量、視野を覆う視差などの視差特性から計算するためと考えられている。両眼立体視が成立するまでの潜時測度は、両眼立体視過程を分析するための格好の指標となる。
 そこで、Bradshaw, et al.(5)は、図9に示されたように、鋏状要因と圧縮要因を操作し、左右ステレオペアの鋏状要因を同一とするが圧縮要因は異なるもの(AB、CD)、および鋏状要因を違えるが圧縮要因は同一としたもの(AC、BD)のステレオグラムをそれぞれランダムドットで作成し、両眼立体視までの潜時を測定した。 その結果、鋏状要因が異なるステレオグラムの潜時は圧縮要因が異なるステレオグラムのそれよりも小さいことが示された。この結果から、鋏状要因にもとづく立体視が圧縮要因のそれよりも速く処理されることは、出現させる面の傾き(inclination, slant)の軸を常に固定(+45°,-45°)してあるので面の方向とは無関係に生じているといえる。また、潜時はドットで構成された枠組(視差ゼロ)をランダムドットの周囲に提示すると顕著に減じることも示された。これらのことから、鋏状視差と圧縮視差は両眼立体視のための基本要因であると考えられる。

2.12. ダ・ヴィンチの提案した視覚上の拘束問題
 ダ・ヴィンチは絵画制作上の観点から、人間の網膜に投影されているものを忠実にキャンバスに再現することはできない事態が2つあることを指摘した。その1は、2つの対象が画家の頭部に関して全く同一の方向にあり、したがって重なって存在する事態であり、その2は、対象の背後にある面の一部は一眼に見えているが、他眼からは隠蔽されている事態である(図10)。ダ・ヴィンチは、これらの問題を観察者の眼球と対象との間の光学的関係の視点から提起した。これらの問題は、両眼から光景を観察した場合、両眼で見えている光景を正確にはキャンバス上には再現できないこと、したがって正しく再現するためにはある静止点を設定し、その位置から見える光景を再現しなければならないことから、キャンバスに描かれた奥行と実際の光景での奥行とは一致しないことを意味した。Ono, et al.(20)は、ダ・ヴィンチの2つの問題事態を考察し、眼球と対象との間の幾何光学的分析の他に、両眼融合視されたキクロピアンの視点からの分析が必要であることを指摘し、この考察を支持する実験的例証を幾つか提示している(Perception Websiteで体験可能)。

2.13. フクロウのブルスト(全頭膨大部visual Wulst)ニューロンのランダム・ドット・ステレオグラムに対する応答特性
 無麻酔下のフクロウ(barn owl)の視覚領(visual Wulst)のニューロンの垂直視差に対する応答特性が、Nieder & Wagner(18)によってしらべられた。垂直視差は、図11に示されているように、各眼の結節点が片眼側の視野にある対象(点P)と、このPから垂線を凝視点を通る前額平行面の水平線上に下ろした点との間になす角度(α、β)をさす。ランダム・ドット・ステレオグラムを提示した時の微小電極を通してのニューロンの反応傾向を見ると、調査したニューロンの約半数は垂直視差に応答すること、また垂直視差に応答する一個のニューロンの視差変化に伴う応答頻度は水平視差と同様に周期的に変化し、ガボール関数で良く記述できることが示された。さらに、水平視差に垂直視差を付加した条件でニューロンの応答をしらべると、ほとんどすべてのニューロンが両方向の視差に応答することが示された。このように、垂直視差に対する応答は、水平視差に対する応答が中断されたためではなく、その方向特性が変化し、その結果としてこれまでその存在が確認されていた視差検出器が応答したためと考えられる。

2.14. 両眼立体視に対応する人間の脳部位
 両眼立体視を担うニューロンはV1領域で確認されているが、その詳細なしくみは不明である。そこで、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、両眼立体視中のV1とそれ以降の脳領域の機能的変化が、Backus et al.(2)によってしらべられた。MRIは脳の組織内に豊富にある水の水素核の磁気共鳴吸収を基にし、その吸収特性が水の置かれた環境によって変わることを利用して灰色質、白色質等の画像にコントラストをつけて表示する装置である。脳が機能活動を行うとき、その神経電気活動に付随して局所的な血流や代謝の変化が起きる。これらの二次的現象は水の磁気共鳴特性を僅かながら変えるが、このときのMRI信号の変化を取り出して、対応する脳の機能活動の起きた部位を決める画像処理が機能的磁気共鳴画像法(fMRI)である。ひとつの矩形が凝視点の前あるいは後に出現するランダム・ドット・ステレオグラムを両眼立体視中の脳活動をfMRIで測定した。
 その結果、V1領域の活動量は視差の増大に伴って高くなり、視差の上限に到達すると急激に低減すること,また、V3A領域でもV1と同様な反応が生じること、さらにMT+領域は観察者によっては顕著な反応が生起することなどが示された。fMRIによって示されるものが、該当する脳部位のニューロンの平均的な活動を示すと考えられているので、このデータからは複雑な両眼立体視過程のどの段階を明らかにしているかは分からない。動物を対象とした単一ニューロンの研究と対照させることが必要となる。

2.15. アカゲザルを対象とした両眼視差と運動視差の有効性
 日常生活では、両眼視差と運動視差は共に強力な奥行手がかりとして作用し、また相互に影響し合って対象の立体性と奥行性を出現させる。両眼視差と運動視差のいずれが主たる要因であるかについては、両眼視差量が8分以上の場合には、運動視差の役割はほとんど無くなること、また両眼視差量が小さい場合には、運動視差量が増大すると視えの奥行も増大すること、さらに両眼視差量がゼロの場合には、視えの奥行は運動視差の規定する奥行の半分程度になることが報告されている(Rogers & Collett 1989)。これらの結果は、両眼視差と運動視差の加算的総和で視えの奥行が規定されることを支持する。一方、両眼視差と運動視差とは非線形的関係をもつとする実験結果も報告されている(Rogers & Graham 1982, Bradshaw & Rogers 1992, Johston et al. 1994, Nawrot & Black 1998, Lankheet & Palmen 1998, Bradshaw & Rogers 1993 )。
 そこで、これら両要因の関係は、人間以外の動物ではどのようになっているかについてアカゲザルを対象として、Cao & Schiller(9)によって検討された。実験では、ダイナミック・ランダム・ドットで構成した刺激を単独で提示し、これに対する被験体の凝視点を観測するか、あるいは視野の4カ所のいずれか1カ所にターゲット刺激を他の3刺激とは奥行位置が異なるように提示し、その奥行弁別を求めるかして、検討された。ターゲット刺激は、両眼視差単独もしくは運動視差単独、あるいはこれら両方の要因で提示された。その結果、アカゲザルは両眼視差単独、運動視差単独、あるいはその両方の要因から作られたターゲット刺激を知覚あるいは弁別できることが示された。また、運動視差は両眼視差に比べて、奥行弁別が正確ではなく、また弁別成立までにより多くの時間がかかることも見いだされた。このことから、両眼視差と運動視差は、その初期段階で相互に関連しているものの、非線形的な関係にあると考えられる。

2.16. 両眼立体視に応答するマカクのV3領域の構造
 マカク(Macaca fascicularis)のV3領域(prestriate area)の単一ニューロンおよび少数のニューロングループからの両眼立体視に対する応答特性が、Adams & Zeki(1)によってしらべられた。刺激はディスプレー上に提示した矩形線分で、方向、大きさ、形状、色相がニューロンの受容野応答特性を最大にするように調整された。各眼の受容野が決定された後に、それぞれの受容野に対応する位置に矩形線分を別個に提示し、また両眼視差は2つの矩形間の分離距離を変えることによって操作された。
 実験の結果、V3領域のニューロンの大部分は、方向と視差の両方に選択的に応答し、しかも方向に関するコラムと視差に関するコラムとを形成していることが示された。このコラム構造は、図12に示されたように、方向はほぼ90度の範囲を連続的にカバーし、また5種類の仕方で視差に選択的に応答するニューロンで構成されている(図中の記号は次のようである。TO:視差ゼロに興奮応答する細胞、TI:視差ゼロに対する抑制応答、TF:凝視点より遠くにある視差に応答、TN:凝視点より近くにある視差に応答、U:視差に応答しないもの)。これらの構造から、V3領域は両眼立体視の処理を担うとともに、対象の立体量と3次元形状の分析にも関係していると推測される。