3.運動要因による3次元視

3.1. 運動視差による奥行視閾におよぼす対象の相対的運動速度と頭部運動速度との関係
 運動視差にもとづく奥行視閾(2つの対象間に奥行があるか否か)を決めている要因としては、(1)2つの対象間の速度差、(2)この対象間の速度差と観察者頭部運動速度との比がある。これら2つの要因間の関係が、Ujike & Ono(30)によって実験的に検討された。実験では、ディスプレー上に縦縞から構成された2本の帯状刺激を2組提示し、その2本の帯刺激間に速度差を設定すると共に、観察者の頭部運動速度を統制するマーカーを提示した。頭部運動は、直線的もしくはサイン波形的に振幅させるとともに、振幅頻度(0.083 Hzから1.30 Hzの間で9段階に変化)と振幅幅(5 cmから30 cmまで4段階に変化)も変えられた。観察者は、マーカーの速度に合わせて頭部を左右に運動させると、その運動に連動してディスプレー上の帯状刺激が運動するのが観察できる。対象の運動速度と観察者頭部運動速度との比は、観察者の手前に設置したノブを調整することで操作できる。奥行視閾は、明らかに帯状間に奥行が視える状態から、その奥行が消失するところを、このノブを調整させて求めた。
 実験の結果、頭部運動が直線的あるいはサイン波形的のいずれの条件においても、(1)運動視差にもとづく奥行視は、対象間の速度差と頭部運動速度の両要因によって規定されていること、(2)これら2つの要因の中で、そちらの要因が主要因となるかは、頭部運動速度によって変わり、その速度が13 cm/s以下の場合には対象間の速度差(0.26 arc min/s、これは運動視閾と同一)によって規定され、頭部運動速度が13 cm/s以上の場合には、対象間の速度差と頭部運動速度との比(0.021 arc min/s)によって規定される。これらの結果から、図13に示されたように、運動視差にもとづく奥行視過程と対象の運動視過程は同一の過程であり、しかも運動視差による奥行視は、対象間の速度差が運動視閾より大きく、かつ対象間の速度差と頭部運動速度との比がある値以上の場合(図中の灰色領域)に生起すること、また運動視差による奥行は、対象間の速度差が運動視閾以上でも対象間の速度差と頭部運動速度との比が一定値以下の場合(領域A)、あるいは、対象間の速度差と頭部運動速度との比が一定値以上でも対象間の速度差が運動視閾以下の場合(領域B)にはいずれも生起しないことが明らかにされている。

3.2. 3次元シミュレーション・シーンにおける3次元対象の立体量の知覚
 3次元にシミュレートされたシーン(場面)内に置かれた3次元対象の立体量が、Sauer, et al.(27)によってしらべられた。3次元シミュレーション・シーンは、運動視差で作成され、そこにはドットで構成された天井面、床面、そして中央に円筒(シリンダー)が配置された。3次元シーンは、灰黒色の背景に提示した白いドットを水平方向に運動させることによって作成した。太さが異なり、そしていろいろな奥行位置に提示される円筒形の視かけの直径は、別に提示した直線の長さを観察者に調整させて求められた。刺激条件は、異なる奥行位置に提示した同一の大きさの円筒条件と同一の奥行位置に提示した太さの異なる円筒条件で、実験の結果、両条件とも円筒の視かけの直径は、円筒までの観察距離が増大すると減少すること、とくに後者の刺激条件ではシミュレートした円筒の直径を減少させると視かけの直径はより大きく減じることなどが示された。観察者から見て対象が回転して見えるように操作する条件(運動要因からの形状復元)を追加すると、円筒の視かけの直径は、追加条件が無い場合と比較し、増大した。これらの結果から、3次元にシミュレートされた対象の立体量は、それが置かれた奥行距離の増大によって生じる対象の網膜像の大きさ変化によって、縮小されて知覚されることが明らかにされた。
 また、運動視差による3次元シミュレーション条件での対象の立体量が、ローテーションとトランスレーションをそれぞれ変化させることによってしらべられた(Braunstein et al.(7))。刺激パターンは、上述のSauer et al.と同一のもので、シミュレートされた回転するシリンダーである。回転する速度の最大と最小の差、最大速度と最小速度の比、そして、その結果として変化するトランスレーション速度が変えられ、視かけのシリンダーの直径は、別に提示した線分の長さの調整で求められた。
 その結果、シミュレートした対象のおおきさが一定の場合には、視かけの立体量は最大と最小の速度差およびその速度比が大きくなるに伴い増大することが示された。また、シミュレートするシリンダーの直径を大きくすると、それに伴い視かけの立体量も拡大した。このことは、シリンダーサイズが大きくなったという直感的な情報が、回転速度の情報よりも対象の立体の知覚により大きな影響を与えている。これらの結果から、シミュレートした対象の立体量は、その対象の立体量が画像情報から相対的に復元されるのではなく、速度差、速度比、そして対象の直感的な大きさ情報からヒューリスティックに復元されると考えられる。

3.3. 局所的な奥行手がかり情報の大局的レベルでの奥行知覚への伝搬
 外界の奥行関係を知覚する手がかりは、大きく2つに大別され、その1は大局的な奥行関係に関わるもので運動視差が代表的なものであり、その2は局所的な奥行関係に関わるもので、それには局所的な部分の線遠近法的情報、局所的なテクスチャの変化などがある。視覚システムはこれら大局的手がかりと局所的手がかりとを統合して、全体のシーン構造を成立させる。Sauer et al.(26)は、局所的手がかりが大局的な奥行関係にまで手がかり効果を伝搬するかについて実験した。実験に使用したシーンは、ドットで構成され、運動視差で3次元的にシミュレートされる。シーン内には、局所的手がかりとして台形が提示され、その台形のパースペクティブが台形から矩形まで変形(上辺対下辺の比を変化)される。台形内とその外側に奥行位置の異なる2つのポールが配置され、そのポール間の視えの奥行距離が別に提示した線分の長さを調整させることによって求められた。
 その結果、台形から矩形に変形するにつれてポール間の視えの奥行距離は縮小すること、またその縮小傾向はポールが台形の外側の領域に配置されても同一の傾向を示した。この傾向は実際のシーンを背景においた場合にも確認された。これらの結果から、局所的手がかりが大局的な奥行関係にまで手がかり効果を伝搬することが確認された。

3.4. 運動視差で提示した対象の絶対奥行距離知覚に影響する相対的奥行手がかりの効果
 対象の絶対奥行距離知覚は絶対的奥行手がかりによって基本的には得られるが、相対的奥行手がかりによっても修正されることが知られている。例えば、複数の対象間の順序関係や奥行距離比率に関わる手がかりは、絶対奥行距離知覚を修正する(Foley & Held 1972, Gogel 1972)。図14は、運動視差で奥行をシミュレートした事態での対象までの絶対奥行距離と相対奥行距離との関係を示したもので、2つの対象の運動視差量が等しくても対象までの絶対奥行距離が大きければ、その相対奥行距離は大きくなることを示す。Ohtsuka et al.(19)は、運動視差要因のみで対象とその奥行をシミュレートした(図15)。そこでは上下に提示した2つのテスト対象(運動視差量は等価)とそれらの背面(運動視差量は異なるため、2つの背面の奥行は異なる)が提示され、観察者には上下2つのテスト対象のうち、対象と背面の間の相対的奥行量はどちらが大きく、また遠くに位置して視えるかの判断を求めた。相対的奥行手がかりとしては、オクルージョンとテスト対象の大きさが操作された。
 その結果、相対的な奥行手がかりが指示する奥行関係と判断された対象の絶対的、相対的奥行距離とは一致することが示された。これらの結果から、相対的奥行手がかりは絶対奥行距離の知覚的算定を修正すると考えられる。

3.5. 課題依存性と運動視差と両眼視差
 運動視差と両眼視差が、対象間の奥行、対象の大きさ、および対象までの絶対奥行距離について、どの程度正しく知覚するのに効果を持つかが、これまで数多く研究されてきたが、それらの結果が示すところは、奥行恒常性はあまり成立していず、対象の形状は歪んで知覚され、そして対象までの絶対奥行距離の見積もりは正確ではないということにある。   
 このような結果に対して、(1)コンピュータ・ディスプレーに提示することの問題、(2)利用可能な奥行手がかり数の問題、(3)観察者に求める視覚的課題の性質、(4)刺激の大きさ、(5)一般的な実験変数、などの観点からBradshaw, et al. (1998)らによって検討されてきた。そこで、Bradshaw, et al. (6)は、観察者に求める3種類の視覚的課題を同一の実験事態で遂行させ、その際に利用できる奥行手がかりを操作して、運動視差と両眼視差の手がかり効果を吟味した。3種類の視覚課題は、両眼視力を測定する際に使用する3点法課題(Howard-Dolmann型両眼視力測定法)、標準刺激として提示した3角形の高さにあたる部分の再生課題、および観察者から見て前額平行にある2点間距離を視線方向で調整する課題である。各課題は、頭部運動随伴両眼観察(運動視差と両眼視差)、頭部運動随伴単眼観察(運動視差)、頭部静止両眼観察(両眼視差)、頭部静止単眼観察の各条件で試行された。
 その結果、(1)視覚課題の正確度は、観察条件によっては影響されないこと、(2)3点法両眼視力課題と3角形高さ調整課題は正確に遂行されるが、前額平行2点間距離再生課題は正確さに欠くことが見いだされた。3種類の視覚課題に共通する視覚的誤謬が出現しないことから、視覚システムは視覚課題に対応して利用する奥行手がかりを替えていると考えられる。