2.両眼立体視

2.1 両眼立体視と3次元形状知覚のための神経生理的モデル

 Grossberg & Howe(9)は、両眼立体視と3次元形状知覚の両方を説明できる神経生理的階層モデルを提唱した(図1)。このモデルでは、左右眼からの情報は、外側膝状体、V1、V2、V4の各視覚領で段階的に処理される。このモデルは、次に挙げる5つの知覚心理的な要請を満たす。(1)両眼融合するためには、各眼からのパターンの明るさコントラストは対応していなければならない一方で、パターンとその背景(図と地)との比率が不変であれば(contrast-invariant)、両眼融合が可能となる(same sign hypothesis)。このモデルでは、この2つの要請を説明するために、V1の4層、3B層と2/3層との相互作用を仮定する。(2)このモデルでは、両眼立体視における対応問題でのsame sign 仮説にもとづく明るさコントラスト拘束条件を解決するために、V13B層の興奮細胞と抑制細胞の相互作用を仮定する。(3)両眼立体視の対応問題では、左右眼のどの要素が対応するかを解決しなければならないが、そのためにはユニークネス拘束条件(片眼のひとつの要素は他眼のひとつの要素とのみ対応する)を満たすことが必要となる。しかし、パヌムの限定条件(limiting case)に示されるように、視覚システムは片眼のひとつの要素が他眼の複数の要素と対応できる。このモデルでは、V2の3B層で両眼視差フィルター(disparity filter)を仮定し、ここでは、各眼の視線方向の背後にある要素、あるいはキクロピアン事態で奥行方向にある要素を抑制するはたらきをもつ。(4)視覚システムは、片眼からは見えている対象のエッジが他眼には遮蔽されて見えなくても、その対象の全体を復元できる(ダ・ヴィンチ ステレオプシス)。これは両眼立体視情報が一部欠如していても、その他の領域からの情報を得て、片眼でのみ観察された領域に明瞭な奥行をもたせることができることを示す。単眼立体視情報は明確な立体視量を指し示さないので、視覚システムはどのようにして単眼立体視情報と両眼立体視情報を結びつけるのかという問題(monocular-binocular interface problem)が生じる。このモデルでは、これを解決するために、ひとつの単眼立体視情報を担う細胞からの出力は、その視線上にあるすべての立体面に送られ、さらに両眼視差フィルターの働きと連動し、対応問題で無関係にされた部分は、自動的に除去される。これらは、V2の4層にあるPale stripeで行われると仮定される。(5)このような段階を経て処理された対象の輪郭線は、V4で結合され対象の面を成立させる。このとき、明るさと色の充鎮(filling-in)のプロセスが必要となる。

 このモデルは、4つの処理段階から構成されている。両眼立体視のための輪郭線の検出(V1)、単眼立体視のための輪郭線の検出(V1)、対応問題の解決と輪郭線の統合(V2)、そして対象の面の構成(V4)である。

 さらに、このモデルは、両眼立体視の成立に関わる次のような問題、すなわち、dichoptic masking(McKee et al. 1994)、両眼立体視対応問題における対応しない明るさコントラストの効果(Smallman & McKee 1995)、両眼立体視力における眼球間の明るさコントラストの差の効果(Smallman & McKee 1995)、パヌムの限界条件、Venetian blind 効果(Howard & Rogers 1995)、反対極性をもつ明るさコントラストから構成されたステレオグラムの立体視問題、ダ・ヴィンチ ステレオグラム問題(Nakamura & Shimojo 1990)、クレーク−オブライエン−コーンスイート錯視(Craik-O’Brian-Cornsweet ligntness illusion) に対して説明することができるという。図2は、このモデルを用いてのダ・ヴィンチ ステレオグラム立体視成立過程のシミュレーションである。V1のBinocular Boundariesでは、左右ステレオグラムの矩形の垂直輪郭線が検出され、比較的小さい視差を示す領域に書き込まれる(各行の5つの領域は左側から視差が小さい順に配列されている。ただし、中央の領域は注視点距離を表す)。また細い棒刺激の右側の輪郭線は矩形の右側の輪郭線と対応づけられて比較的大きい視差領域に書き込まれる。また、細い棒刺激の左側の輪郭線は、両眼で対応を持たないので、V2のInitial Binocular Boundariesのすべての視差領域に視線と対応づけられて書き込まれる。V2のFinal Boundariesでは、垂直輪郭線は両眼視差フィルターを通すことによって誤った対応は抑制され正しい対応のみが残される。最後に、V4surfaceにおいて、矩形と細い棒が検出され、それぞれが示す視差領域の位置に書き込まれる。この場合には矩形が観察者の手前に、細い棒がその後ろに定位して知覚される。

 このモデルは、視覚心理学的問題から神経生理学的問題まで広範囲に説明できる可能性を持つと考えられる。

2.2 視差対応のない条件での認知的補完による立体復元

 いま、対象が観察者の正中腺上に存在し、かつ観察者の両眼間距離よりもその大きさが小さい場合には、その対象によって左眼では背景面の右半分の視野が、右眼では背景面の左半分の視野が遮蔽されてしまう。それにもかかわらず、観察者には背景面がすべて見える。あたかも、対象が透明になったような見え方が生起する。この問題をはじめて指摘したのは、レオナルド・ダ・ヴィンチであり、ダ・ヴィンチ・パラドックスと呼ばれる。これは視覚上の単眼遮蔽に関わる問題を指摘する。

 Nakayama & Shimojo(1990)は、各眼に対応しない領域がある場合で、それらが観察者の前方の対象によって生じる遮蔽された領域を示す場合には、両眼立体視システムは、遮蔽によるこの種の左右で対応しない領域からの情報を立体、輪郭、表面の再現に利用していることを明らかにした。さらにGillam & Nakayama1999)は、図3に示したように、観察者の前方に、あたかもある長方形が存在し、それによって各眼に生じる遮蔽領域をもつ一種のステレオグラムを作成し両眼立体視すると、このステレオグラムには、遮蔽する対象である長方形が実際には存在せず、また視差対応が全くないにもかかわらず、仮想の白色長方形(phantom surface)が出現することを示した。この結果は、両眼立体視システムが1対1対応を持たないステレオグラムでも立体視が可能なこと、また実際には存在しない対象を出現させる視覚的補完作用があることを示す。

Bacon & Mamassian(2)は、同様に、一対一の視差対応をもたないステレオグラムで認知的補完によって立体視が生じることを示した。実験に使用したステレオグラムは、図4に示したように、ランダムドットの背景、その手前に楔形の角度をもつ矩形、さらに手前には格子状の遮蔽対象が置かれている。図中(a)では、楔形の角度をもつ立体矩形には視差、またこの矩形と遮蔽格子の間にも視差がつけられている。このステレオグラムを両眼立体視すると、(c)に示されたような背景面、楔型角度をもつ矩形、そして遮蔽格子がそれぞれ立体的に配置されて出現する。一方、(b)では、遮蔽格子の横格子は、中央で互い違いにずらすことによって、楔形角度をもつ矩形の視差を遮蔽し、一対一の視差対応を完全に妨害している。したがって、矩形の角度(楔形角度が凹か凸か)を担う視差は存在しない。これを立体視すると、矩形の角度を示す部分に一対一の視差対応が妨害されているのに、楔型の角度を示す視差を交差から非交差に変化すると、それに対応した立体角度が出現することが明らかにされた。しかし、楔形の矩形と遮蔽格子との位置関係を逆転し、楔形の矩形が遮蔽格子の前に出現する視差に設定すると、楔形の矩形は正しく知覚されないことも明らかにされた。これらの結果から、人間の両眼立体システムは、単眼的奥行情報にもとづいて、実際には左右眼で対応する視差部分が存在しない部分の形状を認知的内挿によって補完できることを示す。

一方、Ono, et al. (16)は、ダ・ヴィンチが設定した事態で、もし奥行距離が異なる2つの不透明な対象が観察者の正中線上の方向に存在する場合には、遠くに位置する対象は近くに位置する対象を透明にしないと見えないことになるので、これら2つの対象は同一の方向には知覚されないはずであると考えた(ダ・ヴィンチの拘束条件)。これを実験的に検討するために、図5に示されたような実験事態を考案した、図中、Aでは、遠、近に位置する2つの対象とさらにそれらの前にある遮蔽対象が両眼立体視条件で提示され、さらに、遮蔽対象の左右端からわずかに離れた位置に垂直線分が単眼視で(両眼視差をつけないで)それぞれ提示された。観察者は、近くにある対象もしくは遠くに位置した対象を注視しながら、中央に提示した比較線分を左、もしくは右に移動し、単眼視線分と方向が一致するように調整する。Bでは、同様に、観察者は近くに位置した対象もしくは遠くに位置した対象を注視しながら、遮蔽対象の左あるいは右端が比較線分と視えの方向が一致するように調整する。実験の結果、(1)遠・近に位置する2つの対象間の距離が大きい場合には、非注視対象は二重にしかもボケて見えること、したがって、視覚システムは近くに位置する対象を二重にしかも透明に知覚させることよって、もしくは遠くに位置する対象を二重にしかも重なり合うように知覚させることによってダ・ヴィンチの拘束条件を解決していること、(2)遠・近に位置する2つの対象間の距離が小さい場合には、非注視対象の視かけの方向を転位させ、しかもその一部を見えないように抑制することによってダ・ヴィンチの拘束条件を解決していることが、それぞれ明らかにされた。


2.3. 手の届く範囲にある対象の奥行手がかりとしての両眼視差と運動視差

手の届く範囲にある対象を実際に手に取る場合には、主として両眼視差と運動視差が奥行手がかりとして利用される。Watt & Bradshaw(19)は、対象をバーチャル・リアリティ空間内に提示し、観察者には液晶シャター眼鏡を装着して立体視させ、バーチャル・リアリティ空間内の対象を手で取るように求めた。奥行手がかりとしては、両眼視差単独条件、運動視差単独条件、両眼視差と運動視差が共に利用可能な条件がそれぞれ設定された。また、対象を手で掴む場合に、初めから終わりまで観察者の手、対象がともに観察できる視覚−運動フィードバック条件と、観察者の手、および対象を除去して視覚―運動フィードバックに利用できない条件とが設定された。後者の条件では、観察者は、初めに観察した対象までの距離にのみ基づいて手のばし反応を行わなければならない。奥行距離知覚の指標としては、手のばし反応の時の観察者の手首の速度(これは距離に比例して変化する)を、対象の大きさ知覚の指標としては、手のばし反応の時の親指と人差し指の間のギャップ(これも対象の大きさに比例して変化する)を、それぞれ利用した。実験の結果、(1)両眼視差単独条件では、対象の奥行と大きさは正常に知覚されこと、(2)運動視差単独条件では、対象までの奥行知覚は正常であるが、対象の大きさ知覚は正常ではないこと、(3)両眼視差と運動視差が共に利用できる条件では、両眼視差単独条件と同様に対象の奥行と大きさは正常に知覚されるものの、それ以上に加算されるプラスの効果は示されないことなどが明らかにされた。これらの結果から、両眼視差と運動視差は奥行手がかりとして、ほぼ同等の手がかり効果を持つが、対象の大きさ知覚に関しては両眼視差が強い手がかり効果を持っている。


2.4 両眼立体視異常の程度と、両眼視差と運動視差の両要因による立体視の程度との相関

 両眼立体視異常(stereoanomalous)は、約30%のものに生じ、この場合、交差視差、あるいは非交差視差のどちらかによる立体視ができない。また、両眼立体視能力を完全に欠いている者(stereoblind)は約3%と報告されている(Richards, 1970 1971)。Ee()は、両眼視差で提示した刺激に運動を付加すると両眼立体視異常者でも、立体を正しく知覚できるかを検討した。実験は、図6に示されたように、奥行方向(Z軸上)にそって不規則に配置された46本の棒状刺激でそれぞれに両眼視差をつけて提示される。棒状刺激群によって提示された奥行距離は、提示面の前後50cmずつ100cmである。また、各棒状刺激には、運動視差がつけられ、それらは両眼視差で規定された奥行と一致するように速度勾配をもって左右に反転しながら運動する。奥行距離は、棒状刺激群の最前列に提示された測定用に提示した矩形枠を上方向に広げ、その上下の幅を調整させることで再現された。被験者は30人で、すべてにステレオアノマリ・テストを実施し、ステレオアノマリの程度を評点をつけて評価した。

その結果、ステレオアノマリの程度と運動要因と両眼視差で提示された立体視の程度との間には強い相関があり、ステレオアノマリの程度が高いと立体視が悪くなることが示された。ステレオアノマリの高い者は運動視差を追加しても、立体視は向上しないことが明らかにされた。


2.5 窓問題とプルフリッチ効果

 プルフリッチ効果とは、左右水平方向に運動する振り子を片眼にのみデンスティ・フィルターをかけて観察すると、振り子が奥行方向に回転して視える現象を言う。これは、片眼にデンスティ・フィルターをかけるため、刺激が視覚領に到達する速度が遅延し、結果として両眼間に擬似的な両眼視差が生まれるためと説明される。プルフリッチ効果が最大となるのは、振り子の運動方向が水平の場合で、それが垂直の場合には非常に弱い。この効果は、刺激の運動方向に特異的であるといえる。

 プルフリッチ効果では、両眼視差検出過程と運動方向検出過程は、相互に関連し合っているのであろうか。それとも、それぞれが独立して処理されているのであろうか。運動方向は、窓を通して観察すると、その運動方向が曖昧になることが知られている。そこで、図7の左図に示されたように、円形の窓のなかに1本の斜線を提示し、例えば、それを斜め左方向に運動させると、斜線の視かけの運動方向は、水平、斜め、垂直の3方向のいずれかで、多義的となる。仮に右眼にデンシティ・フィルターを装着して観察すると、図の右図に示されたように、左右眼間に両眼視差が生じる。

 Ito(13)は、このような窓を通して斜線を運動させ、その視かけの運動方向とプルフリッチ効果の出現程度との関係をしらべた。視かけの運動方向は、斜線とは別に窓内に提示した垂直、水平、斜め方向(片眼にのみ提示)に運動するランダムドットで判定させ、またプルフリッチ効果の奥行は、同様に、窓内に水平方向、5段階の奥行で提示した5個の小さな対象のいずれに一致するかで判定させた。その結果、物理的には同一の運動方向をもつ斜線でも、知覚的には水平、垂直、斜め方向に視えるが、しかし、この視えの方向とプルフリッチ効果とは全く関連しないことが示された。このことから、プルフリッチ効果は、運動方向の処理過程とは独立に生起し、両眼間に生じる擬似的視差でのみ規定されている。


2.6 注意過程と両眼立体視残効

 前注意過程は、両眼視差や運動視差からの立体視過程と同様に視覚情報処理過程の低次過程と位置づけられている。しかし、高次過程である注意過程が運動残効を変えるとの結果が報告され、高次過程から低次過程へのフィードバックが示唆されている(Chaudhuri 1990)。

 そこで、両眼立体視残効が高次注意過程の挿入で変容を受けるかが検討された(Rose, et al.(17))。検査ステレオグラム(図8のa)と順応ステレオグラム(図8のb)は、RDS図形である。30秒間の順応後に検査ステレオグラムが提示され、残効持続時間が測定される。

高次注意過程の挿入は、凝視点(図中のX)に2つの数字と10個のアルファベッドを不規則な順序で提示し、数字が提示されたらキーボタンを押すことで行われた。また数字あるいは文字の提示の速度は、2段階に設定され、課題の困難度が操作された。

 実験の結果、残効の持続時間は高次注意過程を挿入すると、有意に減少すること、この減少は、注意過程が難しいほど大きくなることが示された。これらの結果から、両眼立体視過程においても、高次注意過程から低次の視覚情報処理過程へのフィードバックの存在が支持されている。


2.7 両眼立体視で提示された凹面に対する統合失調症患者の知覚特性

 人間の顔など熟知した対象を両眼立体視で凹面提示(hollow mask)しても、視覚システムは凸面に反転させて知覚する傾向を持つ(Gregory 1998)。ところが、統合失調症患者の場合には、この種の反転が抑制される傾向が高い。Schneider et al. (18)は、統合失調症と診断された患者18名(平均年齢38.45歳)に対して、熟知対象が凹面表示されるように両眼立体視で提示し、それが凹面、凸面のいずれに視えるかを判断させた。その結果、健常者、鬱病患者と比較し、統合失調症患者は凹面の反転視が優位に抑制されることが示された。視覚システムは、熟知した対象が凹面で提示されていても、過去経験や知識などによる概念が駆動し、日常経験とは異なるデータ駆動型による情報処理を修正すると考えられている。統合失調症患者で熟知対象の凹面表示が修正されないことは、概念駆動型による知覚が働きにくくなっていることを示唆する。