3.運動要因による3次元視


3.1 オプティック・フローにもとづく観察者の移動距離知覚

 観察者がどの位の距離を移動したかの手がかりとしては、前庭器官からの情報、歩行時の自己受容感覚情報があるが、さらに、観察者の移動によって生み出されるオプティック・フローも、手がかりとして有効である。これまでの研究によれば、オプティック・フローは、歩行者がまっすぐ前を向いているかについての知覚(Warren & Hannon, 1990)、歩行速度の調整(Prokop, Schubert & Berger, 1997)、あるいは事物との接触までの時間の見積もり(Tresilian, 1999)に有効であることが示されている。

 そこで、オプティック・フローの速度と歩行者の移動距離との間に有効な関係があるかが確かめられた(Frenz et al.(8))。実験条件のオプティック・フローとして、テクスチャで構成された地面(テクスチャ勾配、刺激の大きさ変化、運動視差、運動による刺激要素の軌道変化の手がかりが存在)ドットで構成された地面(テクスチャ勾配、運動視差、運動による刺激要素の軌道変化の各手がかりが存在)、縮減されたドット数(運動視差のみが存在)で構成された地面、そして霧に囲まれたようにドット(運動視差、運動による刺激要素の軌道変化の手がかりが存在)を配置したものを作成し、移動距離知覚に関係する手がかりが操作された。実験は、はじめに先行条件としてのオプティック・フローを提示し、次いで後行条件としてのオプティック・フローを提示する。先行条件と後行条件のオプティック・フローは、4種類の実験条件の中から同種の組み合わせの場合とそれらが異なる組み合わせの場合とが設定された。先行条件として提示するオプティック・フローは、速度(2m/s)、時間(2s)、視点の高さ(2.6m)が一定である。観察者は先行条件としてスクリーンに投影されたオプティック・フローを観察し、次に、後行のオプティック・フローを観察し、先行条件のオプティック・フローに較べて後行条件のオプティック・フローの方が、より長い距離を移動したように知覚されたかが尋ねられた。実験は、実験条件のオプティック・フローの移動速度、移動時間、そして、観察者の視点(地面からの視点までの高さ)、観察者の視野範囲、俯角の各要因を変えて行われ、奥行手がかりの効果が吟味された。その結果、観察者は、運動視差のみが手がかりである条件を含めて、すべての実験条件で自己が前方に移動しているように知覚できた。また、観察者の視点の高さ、観察者の視野範囲、俯角の各要因を変えることによってオプティック・フローから知覚できる速度情報を変化させたところ、観察者の移動距離知覚は、観察者が知覚した移動速度に依存して変化することが示された。このことから、観察者がどのくらい移動したかの見積もりは、観察者が周囲からのオプティック・フローにもとづき、自身の移動速度をどの程度と見積もるかによって規定されている。


3.2 奥行方向への運動要因と両眼視差による奥行定位との関係

 奥行方向への運動要因が両眼視差による奥行定位を変位させるかが、Edwards & Badcock (5)によって検討された。実験は、図9に示されたように、ランダム・ドットで構成されたオプティック・フローを奥行方向に運動させて行われた。両眼視差は、5′、10′、15′の3段階に変化させ、交差、非交差で提示された。運動方向は、観察者に向かってくる方向(FW条件)、観察者から遠ざかる方向(BW条件)が設定された。被験者は、はじめに、FW条件(BW条件)を観察、次いで直ちにBW条件(FW条件)を観察した後、後者の条件に比較し前者の方が運動対象がより手前に視えるかいなかの判断が求められた。その結果、FW条件の方が、BW条件に比較して、いっそう手前に運動対象が知覚されることが示され、奥行方向への運動要因が両眼視差による奥行定位を変位させることが明らかにされた。この結果は、運動要因の処理過程(モジュール)と両眼視差の処理過程(モジュール)との間に相互作用が存在することを示唆する。


3.3 視覚野(VI)における相対的運動に対するニューロンの応答反応

 同一パターン内にある複数の対象の相対的運動の検出は、運動視差、あるいは運動に誘導されて出現する図−地分離にとって重要である。そこで、アカゲザルの視覚野(VI)の単一ニューロンの相対的運動に対する応答特性がしらべられた(Cao & Schiller())。

相対的運動は、図10に示したように、ランダム・ドットで構成されたパターンの中の地と図(矩形で表示)のドットの運動速度(運動方向は同一)を違えることで提示された。このとき、図(矩形)は円(受容野を示す)で示された中心に向かって移動する。

 実験の結果、測定したニューロンのうち、70%のものは単一絶対的速度条件より相対的速度条件に強く応答すること、またニューロンの応答特性には3種類あり、その1は、V型応答特性を示すもので、図と地の速度が等価の時に応答が小さく、それらの相対的速度差が大きいときに強く応答する。その2、は逆V型応答特性を示すもので、図と地の速度が等価の時に応答が強く、それらの相対的速度が小さくなるとしだいに弱く応答する。その3は、図と地の相対的速度差が増大するに比例して応答も強くなる型である。これらのニューロンは、図と地の分離、そして運動速度の不連続の検出に重要であると考えられる。


3.4. 3次元方向に運動する対象の方向知覚

 Harris & Dean(10)は、3次元方向に運動する対象の方向に関する知覚がどの程度正確に行われるかについて実験的に検討した。対象は両眼視差だけを用いて提示され、観察者は液晶シャッター眼鏡を装着して観察者した。運動対象の方向は、図11に示されたように、観察者に向かって正面、右方向、左方向(β)である。観察者は、運動する対象の方向を図に描くように、さらに回転するポインターを調整して再現するように求められた。その結果、対象の運動方向は正確に知覚されず、方向角度(β)の過大視が起きることが示された。この結果から、3次元方向に運動する対象の方向知覚は、両眼視差だけでは十分ではないことが示唆されている。