9.おわりに

 本年度報告した両眼立体視に関する研究で得られた成果をまとめて列挙すると、次のようである。(1)両眼立体視と3次元形状知覚の両方を説明できる神経生理的階層モデルが提唱され、このモデルでは、左右眼からの情報は、外側膝状体、V1、V2、V4の各視覚領で段階的に処理される。(2)人間の両眼立体システムは、単眼的奥行情報にもとづいて、実際には左右眼で対応する視差部分が存在しない部分の形状を認知的内挿によって補完できる。(3)ダ・ヴィンチ・パラドックス問題において奥行距離が異なる2つの不透明な対象が観察者の正中線上の方向に存在する場合には、視覚システムは遠くに位置する対象は近くに位置する対象を透明にするか、もしくはこれら2つの対象を同一の方向に知覚しないようにすることで、この問題の知覚的解決をしている。(4)バーチャル・リアリティ空間内における対象の大きさ知覚、対象までの距離知覚では、両眼視差と運動視差は奥行手がかりとして、ほぼ同等の手がかり効果を持つが、対象の大きさ知覚に関しては両眼視差が強い手がかり効果を持っている。(5)ステレオアノマリの程度と、運動要因と両眼視差で提示された立体視の程度との間には強い相関があり、ステレオアノマリの高い者は運動視差を追加しても、立体視は向上しない。(6)両眼立体視残効の持続時間は高次注意過程を挿入すると有意に減少すること、この減少は、注意過程が難しいほど大きくなることが示されたことから、両眼立体視過程においても、高次注意過程から低次の視覚情報処理過程へのフィードバックの存在が支持される。
 運動要因による立体視問題では、次のことが明らかにされた。(1)観察者の移動距離知覚とオプティック・フローとの関係は、周囲からのオプティック・フローの変化と自身の移動速度によって規定される。(2)奥行方向への運動要因が両眼視差による奥行定位を変位させることが明らかにされ、運動要因の処理過程(モジュール)と両眼視差の処理過程(モジュール)との間に相互作用が存在することが示唆された。(3)アカゲザルの視覚野(VI)における相対的運動に対するニューロンの応答反応の測定から、70%のニューロンは絶対的速度条件より相対的速度条件に強く応答し、しかも、その応答特性には3種類あり、その1は、V型応答特性を示すもので、図と地の速度が等価の時に応答が小さく、それらの相対的速度差が大きいときに強く応答する。その2、は逆V型応答特性を示すもので、図と地の速度が等価の時に応答が強く、それらの相対的速度が小さくなるとしだいに弱く応答する。その3は、図と地の相対的速度差が増大するに比例して応答も強くなる型である。
 この他に、左右反転眼鏡着用実験の結果は、両眼視差の処理過程が変容するばかりではなく、視えの絶対的奥行距離を規定する諸手がかりの優位順序が変化することを示した。これは、諸手がかり間の相互作用の存在を示唆するので、手がかりの強い統合モデルを支持する。また、バーチャル・リアリティ(VR)で構成された3次元空間、3次元ビデオカメラによる3次元空間、および現実空間の3種類の空間の絶対的奥行距離知覚が測定され、相互に比較され、屋内と屋外の現実空間のベキ指数は、0.95と1.01を示したが、VR空間とビデオカメラによる空間のベキ指数は0.53から0.80の範囲に落ちることが示された。