2.両眼立体視

2.1. 粗い視差と細かい視差の間の相互作用

 ランダム・ドット・ステレオグラム(RDS)の対応問題を解決するためのMarr & Poggio(1979)によって提唱された計算モデルは次のような手順による。まず、両眼に投影された像は、視差の粗−密に基づく空間周波数に同期したチャンネルを通して分析され、両眼間で対応が検出される。この時、視差の粗−密に従い、粗い視差同士、細かい視差同士で対応が検出されるが、はじめに粗い視差が検出され、これが眼球輻輳運動を制御して次に細かな視差の検出を誘導する。両眼視差検出システムは、粗い視差から細かな視差を反復して検出し、最終的にもっとも細かな視差をして検出過程を終える。
 粗い視差から細かな視差へと対応問題を解決して視差検出がおこなわれるとするこのモデルは、マスキング法(Campbell & Kulikovski 1966, Glennerster & Parker 1997, Julesz & Miller 1975, Prince et al. 1998, Shiori et al. 1994, Wilson et al. 1983, Yang & Blake1991)、順応法(Blakemore & Campbell   1969, Regan & Beverley 1983 1985, Regan 1982)、閾下刺激法(Graham & Robson 1987)で検討され、広く受け入れられている。一方、「粗−密」視差間の相互作用については、いまだ明らかにされていない。Gheorghiu & Erkelens(5)は、刺激提示の時間を操作してサステインド型とトランジェント型の刺激に対する両眼立体視反応がどのように変わるかをしらべた。実験では、図1に示されたように、ダイナミック・ランダム・ドット・ステレオグラム(DRS)を反復して提示する条件(サステインド条件)と、1回のみ提示する条件(トランジェント条件)とで、四角形が立体視されて検出できるかどうかがしらべられた。
 サステインド条件では、最初に左右のステレオペアで対応のあるステレオグラムが提示された後、(1)左右のペアで明るさコントラストが反対となるアンチコラレートステレオグラム(anticorrelated stereogram)を提示する条件、(2)左右のペアで対応を持たないステレオグラムを提示する条件が設定された。ステレオグラムの粗−密は、ドット(実際は小さな矩形)の大きさを24,12,6 arcminの3段階に変化させ、前刺激と後刺激間の関係を(1)両刺激とも等価、(2)前刺激が粗ステレオグラム、後刺激が密ステレオグアム、(3)前刺激が密ステレオグラム、後刺激が粗ステレオグラムの条件を設定した。この時、粗ステレオグラムには24 minarcのドットから構成されたものを、密ステレオグラムには12 minarcと6 miniarcのドットで構成されたものを使用した。前刺激が提示され次いで後刺激が提示されて終了するまでの時間は、14〜168 msの範囲で14 msステップで12段階に変化した。トランジェント条件は、前刺激に続く後刺激の提示は1回のみとする以外は、サステインド条件と同等に設定された。
 立体閾値の測定は、後刺激提示後の四角形がステレオグラムの右/左のいずれにあるかの判断を被験者に求めることで行われた。その結果、立体視のためのステレオグラムの左右ペア間の対応の検出には、(1)サステインド条件の時間特性とパターンの粗/密とは無関係であること、(2)サステインド条件で関係するのは、前刺激と後刺激間のパターンの粗−密の相対的な差であること、(3)トランジェント条件の時間特性とパターンの粗/密条件とは互いに無関係であること、(4)トランジェント条件で関係するのは前刺激と後刺激間のパターンの粗−密の相対的な差であること、(5)トランジェント条件での視差検出の抑制はコラレート・ステレオグラムとアンチコラレート・ステレオグラムの提示順序に規定されること、(5)眼球運動はステレオグラムパターンの粗い条件から細かな条件への視差検出に関係しないこと、 (6)粗いステレオグラムの検出過程は細かなステレオグラムの検出過程を強力に抑制するが、細かなステレオグラムの検出過程は粗いステレオグラムの検出過程を抑制する力は弱いこと、などが明らかにされた。
 これらの結果から、粗い視差と密な視差の検出は眼球運動に規定されて処理されるのではなく、高次視覚中枢での視差検出のための粗−密処理システムによっていることが示唆されている。

2.2. 形状復元における両眼視差と運動視差の相互作用

 両眼視差にもとづいて形状を復元する場合、対象までの観察距離、眼球間距離などの手がかりが必要とされ、また、運動要因にもとづく形状復元でも眼球の回転、観察者の運動についての手がかりが必要とされる。しかし、両眼視差と運動視差とが同時に利用できる条件では、この両要因だけで形状の復元が可能となる(Richards 1985)。一方、両眼視差と運動視差の両方から得られた視覚的観察距離の手がかりは、形状復元には何らの影響を与えないことも報告された(Brenner & van Damme 1999, Brenner & Landy 1999)。
  Champion et al. (2)は、両眼視差と運動視差の両要因による形状の立体視とこの条件から運動視差要因を除いた条件での形状の立体視を反復提示した場合の両要因の相互作用について検討した。実験は、楕円をシミュレートして提示し、X軸に関して回転させて提示した。楕円のX軸とY軸は等価に設定、Z軸(奥行)を他の軸に対して長、短、等価に変化させた。楕円のテクスチャとしては小さな三角形を貼り付けた。この三角形は楕円が球の場合には正三角形とし、楕円の場合には長軸にあわせて三角形の一辺の長さを伸張させてそれぞれ提示した。実験では、楕円の視えの幅(長軸)と奥行とをマウスの操作で視賭上、球に復元する方法で形状知覚の正確度を測定した。楕円は両眼視差と運動視差とで作られているが、観察では運動する楕円と静止した楕円とが交互に提示された。楕円の提示距離は40 cmと80 cmとし、実験ではランダムに提示された。結果の予測としては、運動する楕円の観察後、静止した楕円を観察した場合、その楕円の提示距離が異なる条件に比較して運動する楕円と同一距離条件の方が形状復元は正確に行われると考えられた。しかし、実験結果はこの予測を支持しなかった。このことから、両眼視差と運動視差が同時に提示されても後続する刺激に運動視差が伴わないと、両要因の相互作用による効果は生起しないことが確認されている。

2.3. 両眼視差による対応検出と運動における立体視の対応検出での相互作用

両眼視差立体視が可能になるためにはステレオグラムの左右ペア間の対応問題を解決する必要がある。同様に運動視における立体視でも、運動を検出するためには時系列上で、ある時刻の運動要素とその後の運動要素の位置変化を検出する必要がある。とくに、運動視差立体視では、この対応問題を解決が求められる。両眼視差と運動視差とが密接に関連していることは、両眼視差と運動視差からの奥行情報が統合されてひとつの立体視が成立することからも明らかにされた(Bradshaw & Rogers l996, Cornilleau-Peres & Droulez l993, Hibbard & Bradshaw 2002, Johnston, et al.l994, Landy, et al. l995, Richards l985)。また、運動刺激への順応はテスト刺激とした奥行方向に回転する多義的な3次元形状の知覚に影響すること(Nawrot & Blake l989,l99la, l99lb)、さらに運動残効は両眼視差量に規定されて出現することなど((Anstis & Harris l974,  Verstraten, et al. 1994)が示され、いずれも両眼立体視と運動視との相互作用を支持した。
 しかしながら、両眼視差の対応問題と運動視での立体視における対応問題が、視覚処理過程のどの段階で生起するかは、すなわち、両眼視差と運動視の対応が、それぞれ独立した過程で最初に処理され、その後で統合されるのか、あるいは最初から統合されて対応問題が処理されるのかいまだに不明である。Muller et al. (18)は、運動視と両眼立体視における対応がどの程度強固に結合しているかをノイズを妨害刺激として操作することで実験的にしらべた。刺激は、ランダム・ピクセル・パターンとし、それを2台のディスプレーを通し、ハーフミラーを挟んで融合させて提示された。ノイズパターンは、刺激パターンに重ねて提示された。実験条件は、左右眼への刺激が対応をもつ条件と対応をもたない条件が設定された。両眼視実験では、左右への刺激には視差は導入されず、また刺激は運動条件と静止条件とで提示された。さらに、対応する刺激要素を制限するために矩形の観察窓が設けられ、その大きさと縦横比が変えられた。被験者は、この観察窓を通して左右眼に別々に提示される運動あるいは静止パターンを観察し、運動パターンでは運動が知覚できるかについて、両眼視差パターンではそれらに対応があるかについて判断した。刺激提示は、2つの刺激を継時的に提示し、どちらかの刺激を強制的に選択する2刺激強制選択法で行われた。運動視と両眼視差での対応問題を比較するために、刺激の平均輝度、運動速度、両眼視差(ゼロ視差)など時間的、空間的条件は、運動視実験と両眼視差実験とで同等に設定された。
 実験の結果、(1)ノイズを加えると、両眼視差対応の方が運動視での対応より強い影響を受けること、(2)、面積を固定したまま観察窓の形状(縦横比の変化)を運動方向に対する長さを短くするように変えると、運動視での対応の検出は減少するのに対して両眼視差での対応検出は低下しないこと、(3)両眼視差と運動視での対応検出閾値がそれぞれ等価になる刺激条件を選び、両条件で両眼視差と運動視の対応検出力を比較すると、運動視の刺激条件は両眼視差の対応を促進するのに対して、両眼視差刺激条件は運動視での対応を促進しなかった。これらの結果から、視覚システムは、まず運動視のための対応を検出し、次いでその対応情報を両眼視差検出に役立てていると推測される。

2.4. ダ・ヴィンチ ステレオプシスの条件

 ダ・ヴィンチ ステレオプシスとは、両眼で光景を見るとき、近方にある対象が遠方の対象の一部を遮蔽するように片眼に投影され(単眼オクルージョン条件)、このときに両眼間に対応しない部分が生じても両眼立体視が成立することをさす。Cook & Gillam(6)は、ダ・ヴィンチ ステレオプシスには、単眼オクルージョンの他に、カモフラージュ・オクルージョンがあると考えた。これは、近方の対象の色彩が遠方の対象の一部の色彩と同一な場合に、片眼に投影された遠方の領域の色彩は近方のそれと共有しあって融け合い、結果として一種のカモフラージュが生起し、両眼間で対応しない部分が生じることを言う。
 図2は、カモフラージュ・オクルージョンのステレオグラムである。図中(a)のステレオグラムを両眼立体視すると、左右のステレオグラムで対応しない部分があるにもかかわらず、観察者の前方手前にスクリーンが視え、そのスクリーンの穴を通して背後にターゲットが出現するように視える。観察の結果、手前にあるスクリーンの穴を通して背後の対象が視える進入角度(intrusion angle)を大きくすると、対象までの奥行も深くなることが示された。ただ、ステレオグラムは遠方の対象が鼻側に見える条件とこめかみ側に見える条件が作成されたが、少数の被験者は、一方の条件のステレオグラムしか立体視が出現しないことも明らかにされた。これらの結果から、カモフラージュ型のダ・ヴィンチ・ステレオグラムで両眼立体視が可能となるのは、図3に示されたように、ステレオグラムのパターンのT型の不連続部分が蔽−遮蔽関係として解釈されるためとCookらは説明する。平面図形の場合(A)、T接合構造を持つ部分は蔽−遮蔽関係を持つ部分として解釈されるので立体的に知覚される。同様に、ステレオグラムの立体視の場合(B)にも、右眼と左眼の網膜像からT型に類似した構造、キクロピアンT接合構造が生起し、これが蔽−遮蔽関係にあるものとして解釈される。この仮説は、カモフラージュ型のステレオプシスを認知的推理で説明するもので、興味深い。今後の検証が必要とされる。

2.5. 窓枠で視野制限した事態での両眼視差対応

 ステレオグラムの左右のペア間にある両眼視差対応が複数ある場合、視覚システムはどのような解決を図るのであろうか。図4に示したようなステレオグラム(黒色線は片方のステレオペアを、灰色線は他方のそれを示す)を両眼立体視すると、中央の斜線分が左右の窓枠の手前あるいは背後に立体出現する。このような窓枠で視野制限した事態での視差対応は、次のように4通りある。(1)水平対応:観察者の水平方向で視差対応が図られる(図中1で表示)、(2)左右ステレオペアの線分間の垂直方向で視差対応が図られる(図中2で表示)、(3)左右のステレオペアの線分の先端で視差対応が図られる(図中3で表示)、(4)窓枠の主方向で視差対応が図られる(図中4で表示)。視覚システムがどのような視差対応方略をとるかで立体出現時の奥行量が異なる。そこで、van Dam & van Ee (25)は、立体出現時の奥行量を別に提示したプローブ刺激の視差量とのマッチングで測定した。測定では、窓枠の主方向を左右で0°20°45°90°の8段階に変化し、窓枠も左右各1本の平行線分、左右で一対の格子縞パターン、および窓枠のない条件をそれぞれ設定した。格子縞窓枠では水平視差と垂直視差とで奥行が明瞭に規定されたが、平行線分窓枠では水平視差のみで奥行が規定された。実験の結果、測定された斜線分の奥行量は、窓枠のない条件では、左右ペアの斜線分の先端で視差対応がとられること、しかし格子縞窓枠条件では、斜線分の視差対応は水平対応が取られること、さらに格子窓枠が垂直方向から離れた条件および平行線分窓枠では斜線分の先端間で視差対応がとられていることをそれぞれ示した。これらの結果は、窓枠の奥行が視差で明瞭に規定されている場合には窓枠内の視差対応は水平方向に取られるが、その奥行があいまいな場合には、窓枠内の斜線と窓枠の縁との交差が左右ペアの斜線の対応の方向を規定することを示している。

2.6. 両眼視差と輝度要因間の手がかり相互作用

 立体を復元するための手がかりには、両眼視差、運動視差、眼筋要因、絵画的要因があるが、これらは単独で手がかりとして機能すると同時に、手がかり間で相互に影響を与え合う。奥行手がかり間の相互作用については、これまで、両眼視差と運動視差間、両眼視差、パースペクティブとテクスチャ間、両眼視差と陰影間で明らかにされている(Rogers & Graham 1979, 1982, Bradshaw & Rogers 1996, Cumming et al.1993, Johnstone et al.1993, Bulthoff & Mallot 1988, Todd et al. 1997, Doorshot et al. 2001, Tittle, et al.1998)。
 Wright & Ledgeway(30)は、両眼視差と陰影要因間の手がかり相互作用について実験的に検討した。刺激パターンは、図5にあるようなサイン波形状の空間周波数(0.2あるいは0.4c/degで、両眼視差と陰影がパターンの凹凸に関して同方向あるいは異方向の奥行を提示するように作成された(視差は同方向、異方向条件とも同一奥行方向を指示する)。実験では、信号検出理論の測定に準拠し、陰影が両眼視差と同方向の奥行をもつパターン、および陰影が両眼視差と異方向の奥行をもつパターンの2条件で、両眼視差検出閾値が2刺激強制選択法で求められた。その結果、視差検出閾値の低下は、予想に反して、陰影と視差が異方向条件で生起した。一方で、陰影と視差とが同方向条件と異方向条件とで、立体視出現時の立体感を評価させると、同方向条件での立体感は極めて高いことも示された。これらの結果から、両眼視差は陰影要因によって影響を受けず、立体形状を正確に伝達する独立した処理構造をもつと示唆される。