4.絵画的要因による3次元視

4.1. 奥行傾斜面と湾曲面の知覚のための積層皮質モデル(Laminar cortical model)

  奥行傾斜面の知覚に関わる神経生理的領域は、外線状皮質にある。マカクのV2領域には両眼視差に応答する細胞(Thmomas et al. 2002)、両眼視差のエッジに応答する細胞(von der heydt et al. 2000)、角度に対する応答細胞(Pasupathy & Connor 1999)、境界にある縁が2つの図形領域のどちらに属するかについて応答する細胞(Zhou, et al. 2000)、図−地関係に対する応答細胞(Bakin et al. 2000)が見つかっている。さらに、奥行傾斜面の境界に対する応答細胞はV4領域(Hinkle & Connor 2001)に、湾曲面に対しするものもV4、IT, 頭頂皮質の各領域(Pasupathy & Connor 2001, Janssen et al. 2000, Taira, et al. 2000)に存在する。
 奥行傾斜面の知覚に関する精神物理的研究では、両眼視差によって生成した奥行傾斜面上のターゲットは前注意的に検出されることから、視覚システムでの両眼視差が重要な手がかりであること(Holliday & Braddick 1991, He & Nakayama 1995, Nakayama & Silverman 1986)、また、3次元の視覚的残効は、順応刺激とした視差量に対応して変化すること(Ryan & Gillam 1993, Lee 1999)も見いだされた。さらに、知覚的群化(グルーピング)では、奥行や立体がどのように構成されているかで群化の原理が異なることが示された(Nakayama & Shimojo 1992)。
 これらの神経生理学的そして精神物理的研究の成果を踏まえ、Grossberg & Swminathan(8)は、奥行傾斜面や湾曲面を検出するための神経生理学的モデルである積層皮質モデル(Laminar cortical model)を提唱した。図11(a)に示されたように、このモデルでは、入力された刺激は外側膝状体(LGN)のオン中心、オフ中心受容野で処理を受ける。次いで、刺激内の角度と線分によってV1の2/3A領域で角度細胞(angle cell)と線分共有両極細胞(collinear bipolar cell)が活性化される。角度細胞と線分共有両極細胞とはV1の2/3A領域内の水平方向の広範囲の層で相互に影響を与え合う。共有両極細胞は両眼視差勾配細胞を活性化し、V1の角度細胞はV2の角度細胞を活性化する。角度細胞と両眼視差勾配細胞とはV2の2/3A領域内の水平方向の層の広範囲で相互に影響を与え合う。両眼視差勾配細胞のグループは、刺激の位置と視差にもとづき刺激パターンの境界を形成する。この刺激パターンの境界はV4領域で行われる充填作用(filling-in)の限界を決めるための一種の障壁となる。V4での充填作用の情報は外側膝状体から受ける。このモデルを神経生理学的構造に当てはめると図(b)のようになる。図中、D1,D2,D3は種々な奥行量を表し、白い円と三角は興奮を黒い円と三角は抑制を示す。
 このモデルは、(1)刺激パターン内で共有される線分と角度を検出できること、(2)奥行傾斜面刺激の角度と両眼視差勾配からパターンの3次元境界を形成できること、(3)充填効果が生起して面が形成できること、などを説明する。このモデルをネッカーの立方体知覚に当てはめると、その奥行反転がどのようにして生起するかも説明できるという。
 これは神経生理学的根拠にもとづく実体モデルであり、奥行に関する他の知覚現象をどの程度まで説明できるか、今後の展開に関心を払いたい。

4.2. 絵画的要因間の加算効果

 絵画的要因間の加算効果については、図12に示されたように、4通りの加算方式が考えられる。その1は、「蓋然的加算効果」で、各絵画的要因はそれぞれがノイズの影響を受けるものの、独立したモジュールで処理される。したがって、ひとつの絵画的要因は他の絵画的要因の検出に全く影響を与えないので、加算的効果は生じない。その2は「理想的加算効果」で、各絵画的要因はそれぞれが単独で手がかり効果を持つと共に、加算された手がかり効果も持つ。ここでは、2つの絵画要因があれば加算効果をもち、どちらかの要因のみがあっても、手がかり効果は失われない。その3は、「線形加算効果」で、各絵画的要因は単独では手がかり効果をもたず、各要因が加算されてはじめて手がかり効果が生じる。その4は、同様に「線形加算効果」であるが、ノイズは各要因の処理過程で掛かるのではなく、加算が行われた後に掛かる。Meese & Holmes(17)は、どの種類の加算方式が妥当かを図13に示されたようなパターンで実験的に検討した。ここでは、水平方向の勾配要因、大きさの勾配要因、そして明るさの勾配要因が操作されている。図中(A)では、勾配要因が効力を持たないように操作されている。(B)では大きさ勾配が、(C)では水平方向の勾配が,(D)では明るさ勾配が、それぞれ(A)のパターンを基に増強されている。測定は、信号検出理論の2刺激時間間隔強制選択法(two-interval forced-chioce,2IFC)で行われ、一方の刺激は常に手がかり効力のない刺激を提示し、他方の刺激には手がかり効果を増強した刺激を提示した。その結果、(1)大きさ勾配要因が明るさコントラスト勾配要因と組み合わされた場合には、奥行方向の勾配変化が広範囲であっても「理想的加算効果」が示されること、(2)大きさ勾配要因と線遠近的要因が組み合わされた場合には、奥行方向の勾配が中程度の時にのみ加算的効果が示され、奥行方向の勾配要因が小あるいは大の場合には加算効果は消失すること、(3)一方の刺激が奥行手がかりを含んでいない場合、あるいは奥行手がかりが抗争的条件にあるときは、加算効果は消失すること、などが明らかにされた。
 これらの結果を踏まえて、図14に示されたような2通りの包括的な奥行手がかり加算モデルが提示された。このモデルAでは、S1の回路のみが閉じていると「蓋然的加算効果」(図のAに該当)が生起し、S1とS2の回路が閉じていると「理想的加算効果」(図のBに該当)が生起し、S2の回路のみが閉じていると「線形加算効果」(図のCに該当)が生起する。一方モデルBは、「理想的加算効果」の変形モデルであり、それとの違いは、ノイズの加わる位置が出力後に移されたこと、また加算後の出力後にもノイズが付加されたことである。
 この研究は、絵画的要因間に加算的効果が存在すること、さらに各絵画的要因は独立したモジュール構造を持つと共に加算回路も併設されていることを示唆している。
 また、奥行手がかりの加算効果が奥行順序の判断の正確度と速度に関係するかが検討された(Mather & Smith(15))。奥行手がかりは明るさコントラスト、オクルージョンそして輪郭線のボケとし、テスト図形として、図15にあるように、これらの要因が単独、2要因の組み合わせ、3要因の組み合わせの各条件で、重なりをもつ3枚のプレートに視えるように刺激パターンが作成された。実験では、被験者は3枚のプレートのなかで上位にあるように視えるプレートにカーソルを置いてクリックし、次いで下位にあるように視えるものにカーソルを動かしてクリックするように求められ、さらにこれを可能な限り速く応答するように求められた。その結果、視覚的な重なり順序の判断の正確度は複数の手がかりが組み合わされた条件で高いが、オクルージョン単独条件は他の条件に比較して劣っていた。また、重なり判断のための反応の速さの差は、最初に反応するまでの潜時に表れ、単独手がかり条件(1.41 s)に較べて3種類の手がかりが組み合わされた条件(0.84 s)の方が短いことが示された。このことから、各奥行手がかりは単独モジュールで処理され、それらが手がかりごとに重みづけられて加算され、最終的な奥行・立体効果を生み出すと考えられる。

4.3. 色彩要因による立体効果

 色彩要因の立体効果が実験的に確かめられた(Guibal & Dresp(9))。それによると、(1)色彩(赤)の明るさのコントラストは無色の明るさコントラストと同様な凸の立体効果を持つこと、(2)色彩の明るさのコントラストを大きくすると立体効果は高まり、立体に気づくまでの潜時を短くすること、(3)色彩の明るさのコントラストが弱くても、それにオクルージョン要因が加わると強い凸の立体効果が生起すること、(4)明るさコントラストを固定した場合、明るい背景下の赤色は、オクルージョン、重なり、視野の配置のいずれかの奥行手がかり要因と組み合わされ場合、緑色や白色の場合よりも強い凸の立体効果をもつこと、(5)背景が暗い場合には、重なりと組み合わされた赤色の場合より、オクルージョンと組み合わされた緑色や白色の方が強い凸の立体効果が現れること、などが見いだされた。このことから、色彩要因は単独で立体効果をもたず、明るさコントラストとオクルージョン、重なり、視野の配置要員など他の奥行手がかりと組み合わされた場合にのみ立体効果をもつと考えられる。

4.4. テクスチャの傾き効果

 絵画的要因のなかでもテクスチャ要因は効果的な奥行印象を生起させる。テクスチャパターンには、図16に示されたように、様々な種類があり、それらがどれも同等の奥行効果を持つかは不明である。そこでRosas, et al.(22)、9種類のテクスチャパターン(規則的ドット配列、5ピクセル逸脱ドット配列、10ピクセル逸脱ドット配列、円形不規則配列、亀甲配列、格子配列、1/fノイズ配列、パーリンノイズ配列、豹模様配列)を用いて、26°、37°、53°そして66°の奥行方向の傾き(数値が小さいほど前額に平行な面となる)をもつ面を作成し、その視覚的傾きを測定した。測定は、同種のテクスチャで構成された2通りの奥行傾き面を継時的に提示し、どちらの刺激の傾きが大きいかを強制的に選択する2刺激強制選択で行われた。その結果、(1)すべての種類のテクスチャにおいて、奥行傾き角度が大きくなると傾きは正確に知覚できるようになること、(2)奥行の傾きが前額に平行な傾き面の場合には、テクスチャの種類によって視覚的傾き判断に差が生じること、(3)円形不規則配列がもっとも奥行効果が強く、ノイズパターンがもっとも弱いことなどが見いだされている。

4.5.  形態盲患者の平面画像の立体視

 形態盲患者の平面画像の立体視が報告されている(Turnbull, et al.(24))。患者は19歳で、交通事故で頭部損傷と脊髄損傷を調査の3年前に負った。この患者には言語障害は見られないし、視野も正常の範囲を持っている。また、短期記憶とワーキングメモリは正常であるが、数分前のものを記憶できない。さらに、形態知覚については、声を手がかりにすると家族を識別できるが、眼では家族の顔を認識できない。立体知覚について詳細に調べてみると、外界を線画で描くことはほぼ正常にできる。立体図形の心的回転テスト(メンタルローテーション)も回転軸がZ軸で、回転が前額に平行であれば問題はない。しかし、平面画像から立体を知覚することはできない。たとえば、図17のような立体図形に2点を描き、いずれの点が手前にあるように視えるかをテストすると、正しく応えることはできなかった。また、Y軸を中心とした奥行方向の心的回転で立体図形を同一と判断すること、不可能な立体図形(ペンローズの3角形)が描かれているかどうかを判断することも、それぞれ難しいことが示された。さらに、遠近法的錯視であるミューラー・リエル錯視、ポンゾー錯視を見せても、錯視が生起していないことがわかった。これらのことから、この形態盲患者には、2次元画像から3次元知覚を得ることに対する障害が起きていると考えられる。

4.6. 形の恒常性におよぼす対象の大きさと形状

大きさの恒常性とは異なり、両眼視差要因のみで作成された条件では形の恒常性は生起しにくい。これは、両眼視差の場合、観察距離が正しく知覚されないためと指摘されている(Johnston 1991)。また、対象の大きさは観察距離の知覚に影響し、このことが形の恒常性の成立に関与するとも考えられる(Collett et al 1991)。そこで、両眼視差で形状を作成し、その大きさを変化させた場合、形の恒常性がどのように成立するかが検討された(Champion et al. (4))。対象刺激は、ランダム・ドットで作成された直方体、三角柱(横長のくさび形状)、半円の円柱(横長のシリンダー形状)で、観察者に対して横長に提示された。それらの大きさは、横方向の長さを固定し(6.07°)、高さを0.72°から5.73°の範囲で5段階に変えられた。3種類の刺激対象の奥行は、両眼視差を操作して0から17′の範囲で7通りに変えられた。観察者には、視覚的奥行の判断を対象の高さの半分との比較で「長い」か「短い」か、を求めた。実験の結果、対象が小さい場合には、対象の高さに対する視えの奥行比は、1以下を示し、逆に対象が大きい場合には、それは1以上を示した。この傾向は、シリンダーとくさび形状で顕著に示され、直方体では示されなかった。直方体の場合には、個人差が顕著に出現した。これらの結果は、形の恒常性が成立しないことを示す。