. 3次元視空間の知覚

5.1.対象までの視覚的絶対奥行距離と対象の視覚的大きさとの関係

 対象までの視覚的絶対奥行距離と対象の視覚的大きさとの関係は、従来、大きさ−距離関係の問題として検討されてきた。これまでは、次式でこの種の関係が規定されていた。

     S’= D’(S/D)-------------------(1)

ここで、S’は視覚的大きさ、D’は視覚的絶対距離、Sは対象の物理的大きさ、Dは対象までの物理的距離を示す。「S/D(θ)」は、対象の視角に比例して変化するので、S’はD’とθの関数となる。
 この式は、実測値に適合しないことがいくつかの研究で報告されている(Kaufman 1974, Foley 1968, 1972)。そこで、Foley et al.(3)は、(1)式から次のような式を導出した。

     S’ij = {(R’i) + (R’j) ? 2 R’i R’j cosθij}0.5---------(2)

ここで、S’ijは、図18Bの2点(I,J)間の視覚的大きさ、R’i とR’jは、対象Ri とRjの視覚的奥行絶対距離距離、θijは対象iとjの間の視角をそれぞれ示す。
 さらに、(2)式のなかのθを次に示すものに入れ替えた。

    θ ij = θij + Qθpij --------------(3)

ここで、QとPは定数を表す。(2)と(3)から次式が導かれる。

   S’ij = {(R’i) + (R’j) ? 2 R’i R’j cosθ“ij}0.5--------------(4)

また、R’は次式で求められる。

   R’i = Ri/(F + GRi) --------------(5)

ここで、FとGは定数である。
 (4)式の妥当性が実験的に検討された。実験は自然環境下、2個の対象(杭状の棒)までの視覚的奥行絶対距離及び2つの対象間の距離を、単眼視と両眼視条件を設定して言語報告(メートル単位で評価)で求めることによって行われた。その結果、(4)式と(5)式は測定値によく適合することが示された。
 このモデル(tangible model)の特徴は、物理的視角(θij)に代えてθ”ijを用いていることである。「θ”ij」は「θij」の値より大きく、いわば視覚的視角を意味する。しかし、θ”ijのQとPの定数は測定値から直接求めるのではなく、(2)式から求められる実験式を実測値により近似させるべく求められるので、ここに、このモデルの問題が残ると考えられる。

5.2. 凸面鏡に投影された対象の視覚的大きさと奥行距離

 Higashiyama & shimono(11)は、自動車のサイドミラーのような凸面鏡に投影された対象の視覚的大きさと視覚的奥行距離との関係を実験的にしらべた。凸面鏡の世界では、対象の鏡像の大きさは実距離が増大するに伴い急激に小さくなるのに対して、鏡像の距離(凸面鏡面から鏡像までの距離)は実距離が増大しても緩やかにしか縮小しない。一方、平面鏡の世界では、対象の鏡像の大きさは実距離が増大しても変化しないのに対して、鏡像の距離(凸面鏡面から鏡像までの距離)は実距離に正比例して増大する。実験1では、平面鏡と凸面鏡(大きさは直径25 cm、曲率は半径で0.65 mと1.0 mの2種類)に5種類の大きさの赤色の長方形(高さと横幅が10×15 cm、20×30 cm、30×45 cm、40×60 cm、58×72 cm)を鏡から10 mと20 mの距離から投影し、視覚的大きさと視えの奥行絶対距離をメートル尺の該当する目盛りを指さす方法でマッチィングさせて測定、さらに実験2では、平面鏡と凸面鏡(大きさは直径20 cm、曲率は半径で0.22 mと0.60 mの2種類)に6種類の大きさの赤色の三角形(高さと底辺が32×16 cm、48×24 cm、72×36 cm、40×60 cm、108×54 cm、162×81 cm)を投影し、その実距離を2.5 mから45 mまで増大して、視覚的大きさと視えの奥行絶対距離をメートル尺で報告させた。その結果、まず、凸面鏡条件での視覚的大きさは、平面鏡と同様に、対象までの実距離が45 mまで増大しても一定の大きさを保つことが示された。平面鏡の場合には、理論的にも視覚的大きさは一定となるので妥当であるが、凸面鏡の場合には実距離の増大に伴って急激に縮小されるので理論的予測に反している。次に、視覚的奥行絶対距離は、実距離に比例して直線的に増大するが、すべて過小視される。また曲率が大きい凸面鏡では、曲率が小さい鏡あるいは平面鏡に比較して過小視の程度が小さく、対象は遠くに定位されて視えた。さらに、大きさ−距離不変仮説に関しては、視覚的距離に対する視覚的大きさの比率は対象の視角のベキ関数になること、凸面鏡では平面鏡に比較してベキ指数値が小さいことが示された。
 これらの結果から、近刺激(proximal)のレベル(曲率と視角)、遠刺激(distal)のレベル(実際の大きさと実距離)、そして鏡像 (virtual)のレベル(鏡像の大きさと距離)のそれぞれで、視覚的大きさと視覚的距離との相関関係が分析された。その結果、視角は視覚的大きさと正の相関を、視覚的距離とは負の相関を、また曲率は視覚的大きさと正の相関をそれぞれもつこと、さらに視覚的大きさと視覚的距離との間には正の相関があることが示された。これは、視角は視覚的距離要因を考慮して後に視覚的大きさに変形処理されるとする視覚的距離考慮モデル(taking-into-account model, Epstein 1973)を支持する。ただ、遠刺激のレベルの相関分析では、実験1では視覚的大きさと視覚的距離との間に正の相関があったが、実験2では視覚的大きさと視覚的距離との間に正の相関がみられず、したがって実験2の結果のみ直接知覚モデル(視覚的大きさは視覚的距離要因を推論するのではなく、実際の大きさで規定されるとする、direct perception model, Gibson 1979)を支持する。凸面鏡像にもとづく知覚世界は、実世界に近似した世界が知覚されている。

5.3. 観察者に対する接近対象の移動軌跡の知覚

観察者に対して接近する対象がどの時点で観察者と衝突するかの見積もり知覚は、正確であることが確認されている(Gray & Regan 1998, Rushton & Wann 1999)。そこで、接近対象の移動軌跡についても観察者は正確に知覚しているかが検討された(Welchman, et al.(28))。実験は球を観察者に接近させ、その際の球の移動軌跡を報告させるものである。実験はバーチャル・リアリティ条件と、この条件を現実空間へと忠実に反映させた現実空間条件とで実施され、バーチャル・リアリティ条件では球はワイヤーフレームモデルで作成され、また両眼視差が奥行手がかりとして導入された。両条件とも球は、最初に観察者の正中線上に提示し、次いで観察者に対する移動角度を変えて提示された。観察者は球の移動後に、ポインターを回転させることで視えの移動角度を再現した。実験では、球の大きさ、観察者に対する移動軌跡の角度が操作された。その結果、バーチャル・リアリティ条件と現実空間条件とも対象の移動が正中線に近い場合には、視覚的移動角度は正中線方向に近寄るように逸脱することが示された。この結果は、球が移動した後で、その軌跡を再現して得られたものであり、対象が移動している最中でも対象の移動軌跡が逸脱しているかは不明である。キャッチボールにみられるように、人は正確にボールを捕捉することができるので、移動する対象の軌跡を逸脱して知覚しては、対象の捕捉は不可能であろう。

5.4. バーチャル・リアリティ空間での想定された観察位置と奥行絶対距離知覚

 バーチャル・リアリティ空間で対象までの奥行絶対距離を知覚する場合、観察者は自己の位置をバーチャル・リアリティ空間内のどこかに想定して置かなければならない。このとき、バーチャル・リアリティ空間は視覚的情報のみで構成されているので、バーチャル・リアリティ空間という「場」に観察者は強く依存することになる。「場」依存に関しては個人差が大きく、「場依存型」と「場独立型」とが知られている。「場依存型」は視覚的「場」を構成する視覚情報に強く規定されて垂直方向などの視覚的判断がなされるのに対して、「場独立型」は視覚以外の重力的手がかりや身体的手がかりなどにも規定されて視覚判断をする(Witkin 1959)。Vianin et al. (26)は、「場独立型」の観察者は「場依存型」の者より、自己の観察位置をバーチャル・リアリティ空間内に想定できないので、奥行絶対距離知覚が正確に行われないと予測した。実験では、撮影したカメラ位置を観察者の正中線から31°偏位させた実験シーンを提示し、その中の対象までの奥行絶対距離を距離等分法でマッチングさせた。この場合、正確な奥行絶対距離を知覚をするには、観察者の想定位置も31°偏位させたところに置く必要がある。実験の結果から、ロッドフレームテストで「場独立型」とされた者は、「場依存型」に比較して奥行絶対距離が正しく知覚されないことが示された。

5.5. 遮蔽物がある条件での対象までの奥行絶対距離知覚

地上の面を構成する規則的なテクスチャ勾配は、その面に置かれた対象までの奥行絶対距離の知覚を可能にする。He et al.(10)は、観察者の眼前に水平と奥行方向への広がりをもつ視覚的な面がどのような視覚処理を経て構成されるかについて、「連続的−面―統合化仮説(sequential-surface-integration hypothesis)」を提唱した。この仮説によれば、図19に示されたように、視覚的な広がりをもつ面は、まず、両眼視差、運動視差、眼筋的要因などの奥行手がかりを利用して2mから5mの範囲内の広がり面が形成される。その次に、この面を拠点(アンカー)にして、テクスチャ勾配の手がかりを用いて、これに隣接する広がり面に拡延しこの2つの面を統合する。このようにして、次々と広がり面の統合をはかり、眼前に水平と奥行方向に広がる面が形成される。この仮説によると、遠方に位置した対象と観察者の間にテクスチャの連続性を断ち切る遮蔽物があると、視覚的広がりが正しく形成できず、対象までの視覚的奥行絶対距離が不正確になると予想される。そこで、芝生が生えているグラウンド上、観察者から2mに遮蔽物(高さ0.51m、横幅1.65m、奥行0.54m)を配置し、対象物を4、5、6、7、8mに設定し、別に比較刺激を5、6、7mに提示してマッチング法によって視覚的奥行絶対距離が測定された。その結果、遮蔽物がある事態では、視覚的奥行絶対距離の有意な過小評価が示された。これは、「連続的−面―統合化仮説」を支持する。

5.6. 自然空間における対象間を結ぶ方向の知覚判断

自然空間に置かれた対象の奥行絶対距離(観察者と対象)、奥行相対距離(対象と対象)、奥行絶対方向(観察者と対象)、奥行相対方向(対象と対象)についての知覚判断は、その物理的な対応とは異なる。Kelly et al. (13)は、自然空間における奥行相対方向の知覚判断について測定した。実験は、観察者の前方にポストを放射状(正中線方向を0°とし、45°のステップで左側2段階、右側1段階)に、奥行5、10、15、20 mの各位置に設置して行われた。奥行相対方向の知覚判断は、16本のポストから2本を実験者が任意に指定し、その2本を結ぶ方向の延長に見える物体を報告させる方法と観察者の姿勢の向きを変えることで示させる方法とで行われた。同時に、2本のポスト間の視覚的な奥行相対距離、およびどちらかのポストまでの奥行絶対距離も報告させた。その結果、視覚的方向判断の逸脱が最も大きく生起するのは、2つのポスト間の奥行絶対距離比(観察者から各ポストまでの奥行距離の比)が0.75の場合であり、それがもっとも小さいのは、その距離比が1.3から1.5の条件であった。また、視覚的方向判断の逸脱が無くなるのは、距離比が1(2つのポストが観察者から等距離に位置)あるいは2から3の条件(2つのポストが観察者からの放射線状に位置する)であった。対象までの奥行絶対距離と相対距離の判断は、視覚的な奥行相対方向に影響しないことも示された。これらの結果は、奥行相対方向判断は奥行絶対距離と相対距離の各判断とは異なる処理過程と考えられる。

5.7. 自然空間における前額方向での奥行相対的距離知覚

観察者から奥行方向にある対象を眼で観察し、その後閉眼してそこまでの奥行距離を歩行で再現させた場合、それが20 m程度離れていても、正確に再現されることが報告されている(Loomis et al 1992, Rieser et al. 1990, Thompson 1983)。この場合、対象までの視覚的な奥行絶対距離は過小視され、それは10 mから20 mの範囲では50 %以上になる(Beusmans 1998, Loomis et al.1992, Norman et al.1996, Toye 1986, Wagner 1985)。そこで、奥行絶対距離ではなく奥行相対距離、とくに前額に平行な2つの対象間の視覚的距離と歩行再現距離とがしらべられた(Philbeck, et al. (20))。2つの対象間距離は、4 m、7 m、10mの3種類であり、観察者に対象間距離を観察させ、その後閉眼させ歩行でその距離を再現させた。併せて、視えの相対距離も言語報告させた。その結果、歩行再現距離は70 % 超の過大となるのに対して、視えの相対距離は幾分過小視されるものの正確であった。このことから、歩行再現距離の過大は、視覚情報が運動情報へと伝達される過程で起きていると示唆される。

5.8. 対象の形状知覚の歪みと奥行距離知覚との関係

 対象の形状知覚は、観察距離が近いところでは、実際の形状より奥行方向に拡張するように知覚される。これは、奥行手がかりが両眼視差立体視条件の場合にも、また運動視差立体視条件の場合にも生起する(Johnston 1991, Tittle et al. 1995, Norman & Todd 1993, Todd & Bressan 1990, Todd & Norman 1991)。それでは、対象の形状知覚の歪みが生起する場合、それでは対象までの奥行絶対距離知覚の歪みも生起しているのであろうか。 Bingham, et al. (1)は、バーチャルな球形を奥行距離を違えて提示し、形状知覚の歪みを測定した。対象までの提示距離は被験者の手の届く最大範囲の0.5から0.9 mの間で5段階に設定された。刺激対象はヘッド・マウント・ディスプレーに提示され、動的両眼立体視条件(観察者の頭部運動に伴い刺激対象が変化、両眼視差と運動視差有効)、動的単眼視条件(運動視差のみ有効)、静的両眼立体視条件(頭部静止条件、両眼視差のみ有効)で観察させた。対象の形状と奥行位置の測定は、バーチャルな鉄筆を動かして、対象として提示した球の前・後・左・右を触れさせる方法で行われた。測定では、バーチャルな鉄筆が測定中提示されない条件(非フィードバック条件)およびバーチャルな鉄筆で対象の各測定点に触れた後でそれをバーチャル空間に提示し、対象に正確に触れているかどうかを確認させる条件(フィードバック条件)を設定した。
 測定したデータは、TPS(thin plate spline)法で分析された。これは、まず、測定前の対象の標識を2次元の座標にプロットし、次いで標識の測定値を同様にプロットする。分析では、測定前の対象の標識を測定後の標識が一致する位置に座標の方眼線を変形させることで移動させる。このような座標の方眼の変形は、その変形が最小になるように行われる。分析の結果、3通りの奥行手がかり条件のすべてで座標の方眼線の変形は、フィードバック条件と非フィードバック条件との間で相違することが示された。この相違は、フィードバック条件では対象の位置知覚を改善するが、対象の形状知覚を変えないことにあらわれた。これらの結果から、対象の形状知覚と奥行絶対距離知覚は、それぞれが異なる過程で処理されていることを示唆する。

5.9.視覚障害と手がかり効果

 脳内出血、脳腫瘍などによって右脳が損傷を受けた患者は、いろいろな視覚障害が生じる。そのような障害のなかで、「線分の半等分テスト」(水平線分を半分に等分する)および両端に刺激があるのみで他は空白になっている「ギャップ半等分テスト」(水平に置かれた空白部分を半分に等分する)を実施すると、前者では、テストで見られた中点が右方向へ大きく逸脱してしまうが、しかし後者でのそれは逸脱するものの、小さい。この結果は、線分の半等分課題は大きさ知覚に、ギャップ半等分テスト課題は距離知覚に関係することから、この種の患者では大きさと距離知覚の分離が生起しているためと説明された。そこで、McIntosh et al (16)は、右脳に障害を持ち、かつ、「線分の半等分テスト」で逸脱を示す17名の患者に対して、「変形線分の半等分テスト」と「変形ギャップ半等分テスト」を実施した。「線分の半等分テスト」では、視覚的注意を引くために線分の各端に赤もしくは緑で彩色を施した。また「ギャップ半等分テスト」にも、各端の短線分を赤もしくは緑に彩色した。実験の結果、彩色条件では「線分の半等分テスト」および「ギャップ半等分テスト」とも、中点の右方向への逸脱は有意に減少した。このことから、線分半等分課題での逸脱がギャップ半等分課題よりも大きいという結果は、この種の患者が線分の全体を知覚することができないことによると考えられる。

5.10. ガンツフェルト条件で生起する知覚現象

ガンツフェルト(全体視野)とは、輪郭、テクスチャ、小刺激などをすべて除去した一様に照射された空間をいう。このような事態では、奥行の不明瞭な霧に囲まれたような視空間しか知覚できず、場合によっては明るさも感じられないブランクアウトが生じると報告されている。Tsuji, et al.(23)は、このようなガンツフェルト事態で生起する知覚現象について、照明の色を3種類(赤、緑、青)用いてしらべた。40人の被験者には、自身が知覚している色彩、明るさ、空間特性、身体感覚、運動感覚そして情動状態を報告させた。その結果、視えの明るさの低下、色彩の退色と鮮明さの低下が頻繁に報告されるとともに、「霧に囲まれている」、「視空間が重たい」、「外の世界が目の前に近づいた」などの表現で報告された。赤色照明条件では、他の色彩条件に比較して、筋肉の緊張、不快感、身体の前傾が報告された。ガンツフェルトをはじめて体験した被験者は、ガンツフェルトについての知識をもつ者および知識と経験をもつ者に比較して、身体や情動に関する反応を多く報告した。また、ガンツフェルト観察時の瞳孔反応が測定され、照明が明るい場合には、最初に瞳孔の縮小が起き、やがて正常の大きさに復帰するのに対して、照明が暗い場合は終始一定の大きさが維持された。さらに、赤色照射条件で30分間の連続観察が実施され、その間に生起するすべての知覚体験の報告が被験者に求められた。その結果から、ガンツフェルト知覚現象は、次のようなフェーズで進行することが明らかにされた。「堅固なものの知覚」−「視空間の面の歪み」−「対象性の喪失」−「何か漠然としたものの接近(何か障壁が形成されるような経験)」−「何か漠然としたものの接触」−「外界との一体化(融合)」。これらのフェーズは、視覚が外の世界と自己の内界とが不可分に一体化した状態から、観察者のアクティブな行動によって外界と自己の内界とが分離し、最終的には外の世界の外在化が生起することを示唆する。