6.おわりに

6.1. 両眼立体視問題

3次元視の今年度の動向をまとめると次のようになる。両眼立体視の研究分野での主要な研究課題は、視差の対応問題、視差からの立体の復元問題、視差の処理過程の問題、両眼視差と運動視差の相互作用の問題、両眼視差の検出のための神経生理学的過程の問題などである。
 視差の対応問題では、粗い視差から細かい視差へと対応が解決され、処理されていくことが、サステインド条件とトランジェント条件での比較を通して明らかにされた。視差の検出は、視差の粗−密に従い、粗い視差同士、細かい視差同士で対応が検出されるが、はじめに粗い視差が検出され、これが眼球輻輳運動を制御して次に細かな視差の検出を誘導する。両眼視差検出システムは、粗い視差から細かな視差を反復して検出し、最終的にもっとも細かな視差をして検出過程を終える。Gheorghiu & Erkelens(5)は、刺激提示の時間を操作してサステインド型とトランジェント型の刺激に対しての視差検出がどのように変わるかをしらべた結果、視差検出に関係する要因は、サステインド条件では前刺激と後刺激間のパターンの粗−密の相対的な差であること、 トランジェント条件では前刺激と後刺激間のパターンの粗−密の相対的な差であること、また、粗いステレオグラムの検出過程は細かなステレオグラムの検出過程を強力に抑制するが、細かなステレオグラムの検出過程は粗いステレオグラムの検出過程を抑制する力は弱いことなどを明らかにした。これらの結果から、粗い視差から細かな視差の検出は、高次視覚中枢での両眼立体視の粗−密処理システムによることが明らかにされている。
 視差からの立体復元問題の領域では、立体復元に与える両眼視差と運動視差の手がかりの相互作用の問題が検討された。Champion et al. (2)は、はじめに両眼視差と運動視差から作成された立体を提示し、次いで運動視差要因のみを除去した場合、この操作が立体形状の復元にどのような影響をあたえるか否かについて検討した。実験の結果、両眼視差と運動視差の両要因による立体復元は、後続する刺激に運動視差が伴わなくなると、両要因の相互作用効果は消失してしまうことが明らかにされた。両要因はそれぞれ単独な処理過程を持ち、両要因が同時に存在する場合にのみ加算的手がかり効果をもつと考えられる。
 しかし、両眼視差と運動視における対応問題が、視覚処理過程のどの段階で生起するかは、すなわち、両眼視差と運動視の対応が、それぞれ独立した過程で最初に処理され、その後で統合されるのか、あるいは最初から統合されて対応問題が処理されるのかは、いまだに不明である。Muller et al. (18)は、運動視と両眼立体視における対応がどの程度強固に結合しているかをノイズを操作することで実験的にしらべた結果、ノイズを加えると、両眼視差対応の方が運動視での対応より強い影響を受けること、また両眼視差と運動視のそれぞれで対応関係を検出する力を相互に比較すると、運動視の刺激条件は両眼視差の対応を促進するのに対して、両眼視差刺激条件は運動視での対応を促進しないことを明らかにした。これらの結果は、視覚システムは、まず運動視のための対応を検出し、次いでその対応情報を両眼視差検出に役立てていると示す。
 この他に、ダ・ヴィンチ・ステレオプシス問題、多義的視差の知覚的解決問題、両眼視差と輝度要因間の手がかり相互作用問題が検討されている。ダ・ヴィンチ・ステレオプシス問題では、単眼オクルージョン型の他にカモフラージュ・オクルージョン型があることを明らかにし、この型で両眼立体視が可能になるのは、ステレオグラムパターン内の不連続部分が蔽−遮蔽関係を持つと認知されることが示唆されている(Cook  & Gillam(6))。両眼視差と輝度要因間の手がかり相互作用問題では、陰影が両眼視差と同方向の奥行をもつパターン、および陰影が両眼視差と異方向の奥行をもつパターンの2条件で両眼視差検出閾値を求めた結果、視差検出閾値の低下は、陰影と視差が異方向条件で生起した。この結果から、両眼視差は陰影要因によって影響を受けず、立体形状を正確に伝達する独立した処理構造をもつことを示す(Wright & Ledgeway(30))。

6.2. 運動立体視問題

 運動立体視の研究領域では、フレーム間の刺激対応問題、運動視差からの立体復元問題、両眼視差など他の奥行手がかりとの相互作用問題、運動視の神経生理学的過程の問題などがある。
 運動視の刺激には、第一順位運動刺激と第二順位運動刺激とが区別される。第二順位運動刺激によって運動視差を誘導した場合にも、第一順位運動刺激と同等の奥行が出現するかが検討された(Ichikawa, et al. 2004(12))。その結果、奥行順序は運動視差が規定する順序に正しく視えていること、視えの奥行量は運動視差量に依存して変化しないこと、第二順位運動刺激の要素を操作して位置の視覚的追尾を困難にすると、奥行順序の判断ができなくなることが見いだされ、第二順位運動刺激で構成されたパターンの運動視差立体視は、第二順位運動刺激を構成する要素を視覚的に追尾することで成立するが、しかし運動視差量に対応した奥行視はできないことが明らかにされている。

 運動視は中枢での階層的処理を経て成立する。まず、V1野で狭い受容野にある検出器で対象の局所的な位置変化が検出され、次にもう少し広い受容野をもつMT野で大局的な運動が検出され、さらに広い受容野を形成するMST野では、観察者の自己運動や眼球運動によって生起したオプティク・フローを伴う複雑な運動を大局的に検出する。Price, et al. (21)は、運動視における残効であるファントム運動残効を利用して、運動視システムの階層構造を精神物理学的方法で実証した。ファントム運動残効量は弧の大きさに規定して変化せずに、観察者ごとに異なり、ある観察者は弧の大きさが増大すると従来型での運動残効は増大し、ファントム型でのそれは減少を示すのに対して、別の観察者ではこの関係が反対となることが見いだされた。これはファントム運動残効が局所的な運動視処理過程ではなく大局的な過程で処理されることを示唆し、運動視の階層的処理を支持する。
 人間の頭、顔、四肢の主要部分を点光源のみで表示し、それらの点光源全体を協調して人間が歩行運動するように動かすと、あたかも人間が歩行しているように知覚できることは、よく知られている。この事態で、点光源が奥行を示す手がかりが何も存在しない場合、人間は人型の点光源の動きから、それがどちらを向き、どの方向に歩行すると知覚するかがVanrie, et al. (27)によって明らかにされた。それによると、視覚システムは、接近あるいは後退のいずれかが曖昧なモーション・キャプチャ条件下では、観察者に接近する方略を第一にとっている。

6.3. 絵画的要因による立体視問題

 絵画的要因による立体視問題には、絵画的要因の単独の奥行手がかり効果、奥行手がかりの加算効果、絵画的手がかりの生得対習得、絵画的要因の神経生理学的過程などの問題がある。 Grossberg & Swminathan(8)は、これまでの神経生理学的そして精神物理的研究の成果を踏まえ、奥行傾斜面や湾曲面を検出するための神経生理学的モデルである積層皮質モデル(Laminar cortical model)を提唱した。このモデルは、(1)刺激パターン内で共有される線分と角度を検出できること、(2)奥行傾斜面刺激の角度と両眼視差勾配からパターンの3次元境界を形成できること、(3)充填効果が生起して面が形成できること、などを説明できる。このモデルで奥行に関する知覚現象をどの程度まで説明できるか、今後の展開に関心を払いたい。
 次ぎに、絵画的要因間の加算効果について、Meese & Holmes(17)は、実験結果を踏まえて、2通りの包括的な奥行手がかり加算モデルを提示した。モデルAでは、絵画的要因S1とS2が手がかりとして有効な場合、S1の回路が閉じていると「蓋然的加算効果」が生起し、S1とS2の回路が両方閉じていると「理想的加算効果」が生起し、S2の回路が閉じていると「線形加算効果」が生起する。モデルBは、「理想的加算効果」の変形モデルであり、それとの違いは、ノイズの加わる位置が出力後に移されたこと、また加算後の出力後にもノイズが付加されたことである。この研究は、絵画的要因間に加算的効果が存在すること、さらに各絵画的要因は独立したモジュール構造を持つと共に加算回路も併設されていることを示唆している。
 さらに、奥行手がかりの加算効果が奥行順序の判断の正確度と速度に関係するかが検討された(Mather & Smith(15))。奥行手がかりは明るさコントラスト、オクルージョンそして輪郭線のボケとし、これらの要因が単独、2要因の組み合わせ、3要因の組み合わせの各条件が設定され、各条件で重なりをもつ3枚のプレートに視えるように刺激パターンが作成された。実験の結果、視覚的な重なり順序の判断の正確度はすべての手がかり組み合わせ条件で高いが、オクルージョン単独条件は他の条件に比較して劣っていた。また、手がかりの組み合わせ条件による重なり判断のための反応速度の差は、最初に反応するまでの潜時に表れ、単独手がかり条件に較べて3つの手がかり組み合わせ条件の方が短いことが示された。このことから、各奥行手がかりは単独モジュールで処理され、それらがそれぞれ奥行手がかりごとに重みづけられて加算され、最終的な奥行・立体効果を生み出している。
 この他、色彩要因の立体効果、テクスチャの傾き効果、形態盲患者の平面画像の奥行視が研究されている。

6.4. 3次元視空間の問題

 3次元視空間に関わる研究問題としては、視覚的大きさと距離との関係、知覚恒常性問題、視空間の双曲特性、バーチャル・リアリティ空間と現実空間の比較などがある。
 視覚的大きさと距離との関係については、大きさ−距離不変仮説がFoley et al.(3)によって再検討され、新しいモデル(tangible model)が提唱された。このモデルの特徴は、物理的視角に代えて、いわば視覚的視角を用いていることにある。しかし、視覚的視角θの定数は測定値から直接求められるのではなく、実験式を実測値により近似させて求められるので、ここに、このモデルの問題が残ると考えられる。
 また、この視覚的大きさ−距離不変仮説は、凸面鏡に投影された対象の視覚的大きさと奥行距離からもHigashiyama & Shimono(11)によって検討された。測定実験の結果にもとづき、近刺激(proximal)のレベル(曲率と視角)、遠刺激(distal)のレベル(実際の大きさと実距離)、そして鏡像 (virtual)のレベル(鏡像の大きさと距離)のそれぞれで、視覚的大きさと視覚的距離との相関関係が分析された。その結果、視角は視覚的大きさと正の相関を、視覚的距離とは負の相関を、また曲率は視覚的大きさと正の相関をもつこと、さらに視覚的大きさと視覚的距離との間には正の相関があることが示された。これは、視覚的距離考慮モデル(taking-into-account model)を支持する。ただ、遠刺激のレベルの相関分析では、一部のデータは直接知覚モデル(direct perception model)を支持している。
 さらに、ガンツフェルトについての観察実験が報告された(Tsuji, et al.(23))とくに、赤色照射条件で30分間の連続観察が実施され、その間に生起するすべての知覚体験の報告が被験者に求められた。その結果から、ガンツフェルト知覚現象は、次のようなフェーズで進行することが明らかにされた。「堅固なものの知覚」−「視空間の面の歪み」−「対象性の喪失」−「何か漠然としたものの接近(何か障壁が形成されるような経験)」−「何か」漠然としたものの接触」−「外界との一体化(融合)」。これらのフェーズは、視覚は外の世界と自己の内界とが不可分に一体化した状態から、観察者のアクティブな行動によって外界と自己の内界とが分離し、最終的には外の世界の外在化が生起することを示唆する。
 この他の研究では、観察者に対する接近対象の移動軌跡の知覚、バーチャル・リアリティ空間での想定された観察位置と奥行絶対距離知覚、遮蔽物がある条件での対象までの奥行絶対距離知覚、自然空間における対象間を結ぶ方向の知覚判断などの問題が報告された。