4.1. 言語障害(意味障害)患者を対象とした視覚と触覚の交差感覚的マッチング

 視覚と触覚間の交差感覚的マッチングを調べたEaston et al.(1997)の研究によると、2次元図形のマッチングの場合には、テストマッチング前に2次元視覚対象を提示した方が2次元触覚図形(ピンの振動あるいは凸状の線で提示)を提示した場合よりもテストでの形状マッチング(初めに提示した図形とのマッチング)の成績は、テスト図形が視覚的あるいは触覚的のいずれの場合でも良いが、しかし3次元図形のマッチングの場合には、テスト図形と先行提示図形との感覚モダリティが一致した場合の方が形状マッチングの成績は良好であることが示された。これは、視覚と触覚とは対象の形状についての情報を相互に伝えていること、さらに両感覚は形状に関する情報を共有していることを示した。
 このことは、視覚処理と触覚処理の脳内部位が、fMRIでしらべると、共に外線条野(extrastriate)であること、さらに外側後頭側回複合領域(Lateral Occipito-Temporal Complex)も両感覚間の交差的処理に関与する(James, et al.2002)ことからも裏付けられた。
 このように、視覚と触覚は対象の形状に関する情報を共有するが、しかしそれは、視る方向に依存する視点依存型で表現されたものか、あるいは視点不変型のものかは不明である。触覚での形状探査は全方向的に行われるが、視覚による探査では視点依存型でなされる。
 Forti & Humphreys (6)は、視覚と触覚の感覚間交差的処理が行われる場合、両感覚の形状マッチングに用いられる対象形状の脳内表現形がどのようなものかを、意味障害を持つ患者を対象にしてしらべた。被験者は84歳の女性で、80歳の時に左側頭部の弁蓋を含む下位部分に卒中発作を起こし行動障害、言語発音障害、書字障害をもつにいたった。とくに、意味障害は、台所道具などに分類される対象について顕著に出現し、庖丁、鍋などの対象を理解することができなくなっていた。しかし、被験者は視覚と触覚の感覚交差的形状マッチングを行うことが可能であった。そこで、ハサミ、ワインの栓抜き、コショウビンなどを刺激対象とし、初めに触覚提示し、次いで視覚提示で先行触覚提示した対象との形状マッチングを被験者に求めた。この際、同一視点条件と非同一視点条件が設定された。前者では、観察者から見た対象の視点が触覚と視覚の両提示で同一にされ、後者では、視点が相違していた。両感覚の提示に際して相違する視点が導入された場合には、先行する触覚提示では熟知した視点とは異なる視点で提示し、テストである視覚提示では熟知した視点で提示した(図19)。実験では、はじめに触覚対象の片側を固定し、触覚探査で探査方向が変わらないように配慮して手で触って形状を覚え、次いで直ちに複数の対象が視覚提示され、形状マッチングが求められた。実験に使用された刺激は、日常使用する実物対象、日常使用する実物のプラスティクモデル(パイプ、腕時計、髭剃りなど)、そしてレゴで作成された抽象的模型である。実験の結果、(1)交差的感覚条件での形状マッチングは、被験者が対象である日常の道具の意味を理解できなくても可能であること、(2) 同一視点条件では、実物対象とプラステック模型の両条件の方がレゴの抽象的模型条件より形状マッチングの成績が良好であること、(3)しかし、非視点同一条件では、形状マッチングの成績は不良であること、(4)テスト条件の実物対象の代わりにその線画を用いても、成績は変化せず良好であるが、プラステックモデルを線画に代えると、成績は悪くなることが明らかにされた。 
 このことから、視覚と触覚の交差感覚的形状マッチングにおいては、対象についての共通の脳内表現が用いられ、しかもその脳内表現は視点同一型の視覚的なものであると考えられる。

4.2. 「視野境界の拡大(boundary extension)」の効果

 「視野境界の拡大」の効果とは、窓枠などで遮蔽され、それ以上は見ることができない視野の境界を、見かけ上、拡大し、実際は遮蔽されて見えない対象まで知覚していることを指す。Intraub & Richardson(1989)は、一組の写真を連続提示した後で、写真にあった対象を正確に再生描画させたところ、被験者は写真の周辺枠の外にあって実際には撮影されていない対象を補充して記憶していることを明らかにした。これは、視覚システムが視野の周辺枠を拡大し、実際には見えない部分まで知覚する傾向があることを示すと考えられた。
 「視野境界の拡大」の効果については、記憶のスキーマの拡大、知覚のスキーマの拡大、対象の補完、奥行の縮小と視野の拡大に伴う標準化の生起などから、種々に説明が試みられた。記憶のスキーマの拡大とは、記憶表象が記憶過程で対象の大きさや対象までの奥行距離を知覚的な原型に近似させるように変容させることを指す。知覚のスキーマの拡大とは、対象を見た際に、視野境界の外にある遮蔽された対象がどのようなものかを視覚システムが提供する働きをいう。対象補完とは、視野境界が何かを遮蔽する場合、その遮蔽された対象の形状などの一部を視覚システムが補完することをいう。奥行の縮小と視野の拡大に伴う標準化の生起とは、知覚している光景が拡大し奥行距離が縮小された場合、視覚システムが標準的な大きさと奥行を持つ光景に修正し、その結果、隠された部分も知覚されることを指す。
 「視野境界の拡大」の効果が、写真を観察したときの特異現象ではなく、視覚システムが空間的光景を見る際の一般的な知覚的特性であれば、写真を拡大するような光景の拡大や光景内の対象の大きさの変化とは無関係に生起すると考えられるし、また、単眼視観察では両眼視観察に較べて奥行印象が弱まるために、逆に「視野境界の拡大」の効果は強まるとも考えられる。そこで、Bertamini et al.(1)は、「視野境界の拡大」の効果に影響する光景の拡大、対象の大きさ、光景の文脈、両眼視観察の各要因について実験的に検討した。実験では、図20にあるように、3つの室内写真(寝室1、寝室2、事務室)を連続的に提示し、最後にテスト刺激として先に提示したものの中からどれか1種類を提示する。室内写真は光景の拡大率、光景の奥行程度、対象の大きさ、対象の位置等が変えられ、またステレオグラム条件も導入された。被験者には、被験者が標準的な大きさと奥行をもつ光景であると自ら主観的に考える基準に対して、テスト刺激が近いかあるいは遠いかを5段階尺度で評定させた。その結果、光景の奥行程度が縮小(奥行200cm)、光景が拡大(拡大率176%)、されると、対象の大きさの拡大は「視野境界の拡大」の効果をもつこと、しかしステレオグラム条件では効果が現れないことが明らかにされた。
 このことから、「視野境界の拡大」の効果は、境界の枠外にある対象についての情報を提供する何らかのスキーマの働きによっていると考えられる。

4.3. 3次元空間における空間ギャップの補完

 視覚システムは、実空間を知覚する場合、視野の境界あるいは遮蔽物などのために対象の一部に間隙(ギャップ)が生じるが、それを補完して対象を完結させる。これまで、2次元画像上の対象の知覚的ギャップがどのように補完されるかが研究されてきた。しかし、実空間が3次元世界であることを考えると、そのような知覚的補完は3次元の空間上で行われていると考えるべきであろうとKellmann, et al.(11)は主張する。そして、3次元関係づけ理論(theory of 3-D relatability)を提唱した。それによると、視覚システムは、あるエッジと他のエッジとの間にギャップがあっても、そのエッジは3次元空間内で方向と位置とが一致すれば、他のエッジに連結すると仮定される。例えば、図21を見てみよう。3次元的関連性のある左欄のステレオグラムでは、ステレオグラムの左右の刺激パターンの上面と下面との間に構成される見かけの面と輪郭に関連性が付けてあるが、一方、右欄のそれらには関連性は付けられていない。これらのステレオグラムを立体視すると、関連性を付けられたステレオグラムでは、知覚された上下の面の間に輻輳的あるいは平行的な連結が生起するが、関連性のないステレオグラムでは、上下の面の間にギャップが生じる。3次元関係づけ理論を実証する多くの例が挙げられ、その有効性が検討されている。

 

 

 4.3次元視空間の知覚