本年度の研究成果を両眼立体視、運動要因による奥行視、絵画的要因による立体視、
3次元視空間の各領域ごとにまとめて考察してみよう。
 両眼立体視の領域では、まず、両眼視差の処理に関わる脳部位の特定に関わる研究で、とくにfMRIを用いた成果が進展してきた。fMRIは人間を対象として、実際に対象を観察させながら、それに関係する脳部位が特定できるという長所があるため、近年、多用されている。微小電極法では、動物のみが対象となるので、人間に関するデータは直接には得られない。そこで、微小電極法による研究と人間を対象としたfMRIによる成果との照合を行い、知覚現象を担う脳部位の精密な特定が試みられるようになった。
 まず、ランダム・ドット・ステレオグラムを観察中の脳部位がfMRIで特定された(Naganuma et al.(13))。その結果、(1)形状出現の奥行方向、形状の左右への傾き方向は頭頂部が関与すること、(2)両眼立体視は階層的に処理され、とくに右半球の頭頂部間溝(intraparietal sulcus)の背側が関係すること、(3)3Dの形状処理は後頭部の視覚領と後頭部の側頭溝の周辺が重要な部位であることなどが明らかにされた。右半球の頭頂部間溝(intraparietal sulcus)の背側が両眼立体視の機能と関係することは、他の研究(Nishida, et al.2001, Negawa, et al.2002, Tsao,et al. 2003)でも確認されていて興味深い。
 同様に、両眼視差とパースペクティブ要因とで3D形状を作成し、立体形状知覚判断時の脳部位がfMRIで測定された(Welchman et al. (21))。その結果、外線状皮質(extrastriate areas,hMT+/V5,latereal occipital complex)は2つの奥行要因が協同して3D形状判断時に活性化されることが示された。この部分は、運動視、運動にもとづく立体視が関連する部位であることから、手がかりを組み合わせて3D判断する場合には、より上位の部位が関係すると考えられる。
 両眼視差立体視に関係する脳部位の特定は、マカク類の単一ニューロンの研究から人間のfMRIによる研究まで、広範囲に行われてきた。単一ニューロンの研究結果を分析したNeri(14)によれば、両眼視差は、第1視覚野での処理を受けた後、ひとつは腹側の視覚野に伝達され、視差融合に関係した輻輳運動を誘導し、粗い視差の検出を行う。また、背側に伝達された情報では、対象の形状表面の詳細な構造の検出と3次元光景内の対象の配置を検出すると考えられる。人間を対象としfMRIによる研究成果も、この処理過程モデルを支持する。このモデルは、両眼視差の脳内の処理過程についての指針となろう。
 立体視は両眼視差にもとづくのが基本であるが、眼球間遅延を設けてもプルフリッチ現象(Pulfrich)やマッハ・ドボラック現象(Mach-Dvorak)にみられるように可能である。神経生理学的方法によると、ネコの有線野の複雑細胞型のニューロンの活動は各眼への両眼視差(BSD)および視差と同等の効果を持つ入力遅延(LTD)の両方で活性することが確認されている。そこで、両眼視差と眼球間遅延による立体視とが同一の脳部位で処理されているかが精神物理学的方法で検討された(Sakai, et al.(18))。視えの奥行と運動方向を規定する要因を眼球間遅延のみに設定した実験条件下で観察者は、2つの矩形のどちらが手前にあり、矩形の運動方向が左か右かをすべての遅延時間で正確に知覚判断できた。この結果は、眼球間遅延要因という一義的には奥行と運動方向を規定できないものが、初期視覚処理過程で時間と空間の両方で統合されて符号化され、伝達されることを示し、神経生理的方法によるV1領域の結果とも良く照合する。
 視差検出は、通常、左右眼に同時に提示されたステレオグラムで行われるが、左右眼に入力遅延を設定しても可能となる。この遅延は50ms程度までは両眼立体視を可能とさせる(Howard & Rogers 2002)。ステレオグラムを左右眼で遅延提示した場合にも両眼立体視が可能なのは、視覚システムが左右眼からの入力遅延に対して一定程度の許容能力を持つことと、左右眼からの刺激の対応が時間をかけて統合する過程が存在するためと考えられる。Gheorghiu & Erkelens(7)は、DRDSを用い、ステレオグラムの提示時間を変化させて、両眼立体視の成立の可否をしらべた。その結果、両眼立体視は左右眼の同時入力にもとづくことが基本で、左右眼の入力遅延による立体視はこの同時入力の一定の範囲内で可能となること、また両眼立体視は各眼での明るさ検出に関わる時間特性に限定され、明るさを検出する時間が必要なことが明らかにされた。このことから、DRDSでの両眼立体視は、左右眼に入力された刺激にもとづいてそれぞれの明るさが独立に処理され検出された後で、それら2つの単眼的入力が相互に照合されて時間的に統合されることによって可能となることが示唆されている。
 両眼立体視での形状を規定する要因は、RDSでの立体視が単眼的形状要因にまったく依存しないことから、両眼視差であると考えられている。しかし、RDSは刺激量の観点から考察するとき、単眼的形状刺激や実景刺激に比較すると、その刺激量は小さく、刺激自体に構造性が乏しい。したがって、RDS立体視は両眼立体視過程の全体を明らかにしていないとも考えられる。単眼的形状処理過程(ゲシタルト要因を含む)と両眼視差処理過程との関係をしらべるためには、両過程を抗争的条件においてどちらの過程が優勢かを検討する方法がある。Pizlo et al.(17)は、両眼視差過程と運動視過程とを抗争させ、その時の視え方をしらべた。ステレオグラムの左図形のみを左右に16度連続的に振って提示し、両眼視差のみが形状を規定しているならば、凹状の立方体が奥行方向に運動して知覚される刺激条件で両眼立体視させた結果、ステレオグラムを構成する刺激が堅固な形状構造性を持つ場合には、両眼視差の示す形状が抑制され、刺激の構造特性が知覚的形状を規定することが示されている
 両眼視差対応問題を一義的に解決するために視覚システムは、刺激特徴の類似性、距離近接、視差近接、エピポーラ線の対応を拘束条件としているのではないかと提唱されている。計算論では、両眼視差対応は不良問題なので一義的な解を得ることはできないため、対応問題を解くためのいくつかの拘束条件が必要となる。対応問題については、これまで多くの研究が行われてきたが、人間の視覚システムは計算論の前提とする拘束条件を必ずしも採用していないと考えられている。そこで、Goutcher & Mamassian(8)は、距離近接と視差近接の拘束条件の中でどちらの条件が優位となるかを距離近接と視差近接の各拘束条件を別々に操作して検討した。そこでは、視差近接の拘束条件が妨害されれば前後に透明な面が出現し、距離近接の拘束条件が妨害されれば単一の面が出現すると予想された。その結果は、距離近接より視差近接の拘束条件の方が優位に機能することが明らかにされている
 垂直視差は、両眼の網膜像の横方向(緯度)と縦方向(経度)の位置の差をいう。緯度成分は距離(r)の増大に伴って大きく減少するが、観察距離(0.5mもしくは5m)が代わっても、その傾向は変化しない。一方、経度成分は、距離(r)が変化しても一定となり変化を示さないが、観察距離が変わるとその値が大きくなる。すなわち、垂直視差の緯度成分は距離要因(r)でのみ変化するのに対して、経度成分は輻輳距離でのみ変化する。水平視差検出に垂直視差の果たす役割について検討された(Duke & Howard(5))。実験では、水平視差で提示した垂直軸に関する湾曲面の知覚が、観察距離を変えた場合に垂直視差の有無で変わるか否かが試された。もし垂直視差が水平視差の見積もりに何らの影響を与えなければ、湾曲面はHering-Hillebrandの法則(垂直視差が働かない場合には近距離は凸面に、遠距離は凹面に知覚)に従って知覚され、垂直視差が働けば湾曲面は垂直視差で規定されるとそれぞれ予想される。その結果、結局、垂直視差は対象となる面までの距離を直接規定していること、これは輻輳角の見積もりを通しては行われていないことが明らかにされている。
 このように、本年度、両眼立体視の領域では、両眼視差処理過程を担う脳部位の特定、両眼視差と眼球間遅延による立体視との関係、両眼視差処理の時間的要因、視差要因と形状規定の関係、視差対応における距離近接と視差近接、垂直視差の役割等について堅調な成果が得られた。
 次ぎに運動要因による奥行視の領域では、本年度は研究成果が乏しい。これは運動視差に関する研究が、ほぼ、尽くされた結果であろう。ただ、運動視差による奥行視での奥行安定性、奥行量および随伴運動印象との関係が検討された(Ono & Ujike(15))。運動視差による奥行視は、奥行位置の異なる2つの対象が観察者の頭部運動に随伴して生じるそれらの対象の網膜上の角速度差に起因する。この際、頭部運動に随伴して対象が網膜上を移動するので視かけの運動印象も生起するが、安定した奥行印象も生起する。実験の結果、運動印象が伴わない安定した奥行印象の生起する領域帯、安定した奥行印象が生じるが奥行量は減じる領域帯、運動印象が伴うが奥行印象も生起する領域帯、奥行印象はなく運動印象のみの領域帯が存在し、これらの領域帯は頭部運動速度と運動視差量で規定されていることが明らかにされている。
 絵画的要因による立体視の領域での研究も本年は少なかった。ただ、児童の3次元形状の構造的表象を描画能力の発達から分析した興味ある研究が報告された。児童の描画の発達をしらべた研究によると、自分が知っているものを描画する段階から自分が観察しているものを特定の視点から描画する段階への移行が起きること、その移行時期は4歳から7歳であることが明らかにされている。この結果は、「対象中心的記述 対 観察者中心記述」(Williats, 1985)、「内容依存記述 対 構造依存記述」(Chen, 1985)といった枠組みでの説明が試みられてきた。これらの説明に共通することは、外界についての児童の表象(知識)が描画に影響を与えると考える点である。児童の示すいろいろな描画の間違いが、児童の内的な構造的表象に基づくか否かが4歳から6歳児を対象にして分析された(Picard & Durand(16))。その結果、児童が自分の構造的表象にもとづいて描画の間違いをするよりは、対象を見る上での最適な視点に関して間違いを冒していること、描画の発達は児童の構造的表象にもとづいて描画する段階から、提示された対象を見る視点に忠実に描画できる段階へと移行するわけではないこと、したがって児童は描画に際しては描画対象とその構造的表象との両方の影響を受けながら構造的表象は柔軟に変容することなどが明らかにされている。
 最後に、3次元視空間の研究領域では、空間ギャップの補完という基本的問題についての理論が提起された。視覚システムは、実空間を知覚する場合、視野の境界あるいは遮蔽物などのために対象の一部に間隙(ギャップ)が生じるが、それを補完して対象を完結させる。Kellman(11)は、これまでの関連する研究を総覧し、3次元関係づけ理論(theory of 3-D relatability)を提唱した。その考え方によると、視覚システムは、あるエッジと他のエッジとの間にギャップがあっても、そのエッジは3次元空間内で方向と位置とが一致すれば、他のエッジに連結すると仮定される。これを実証するいくつかのステレオグラムを紹介し、理論の有効性が検討された。これまでは、空間ギャップの問題は2次元画像でゲシタルト原理などから主に説明されてきたが、今後、実光景のコンピュータによる分析などを想定すると、この理論の発展が期待される。

 5.おわりに