絵画的要因による立体視

1. 線遠近法要因と両眼観察による奥行要因の処理過程

 視覚情報は、空間に関する位置情報を処理する背側の処理系と対象の認知に関わる腹側の処理系に2系統によっていて、背側の処理系は、空間内での高速で正確な行動に関係し、腹側の処理系は視覚表象を作りなど遅速な認知機能に関係する(Goodale & Milner 1992)
  これに関連して、Aglioti et al.(1995)は、エビングハウス錯視の錯視量について、視かけの大きさを比較刺激と標準刺激を設定して測定する精神物理的方法と錯視量を指の広さであらわす行動的方法とで測定したところ、行動的方法では錯視が生起しないことを報告した。
 Bruggeman et al.[3]は、背側の処理系と腹側の処理系の存在を、再度、検証するために、エームズの窓を刺激として、その台形窓の視かけの回転角度と奥行の程度を精神物理的方法と行動的方法とでしらべた。エームズの窓は、大きな窓枠と上下に3個の小さな窓枠をもつもので、これを前額平行から45度回転した視点で描かれているため、線遠近的情報(パースペクティブ)によって前額に平行に置いても、奥行方向に回転した窓に視える。行動的方法での測定は、窓枠の左端と右端の視えの位置を左と右手の人差し指で机上の指定された場所に指し示すやり方で行われた。窓枠は一定の速度で、10°(反時計回転)、0°(前額平行)、10°(時計回転)の3段階で回転し、観察者は、この回転に合わせて窓枠の両端の視えの位置を指示した。精神物理的方法による測定は、別に設置したロッドを窓枠の視かけ回転角度に合わせて調整させるやり方で行った。実験は、単眼視と両眼視の両条件で実施された。単眼視条件での奥行手がかりは線遠近的要因であり、両眼視条件のそれは、線遠近的要因、両眼視差、両眼輻輳要因である。
 実験の結果、単眼視条件では、行動的方法による窓枠の方向と奥行の知覚は精神物理的方法によるものよりも小さかった。これは、知覚課題では行動課題より、線遠近的要因に依存した処理が行われていることを指す。両眼視条件の行動的方法では、視えの方向は正確に成されたが、視えの奥行距離には錯覚が生じていた。これは、両眼視差、両眼輻輳の奥行手がかり要因があるにもかかわらず、線遠近的要因が利いていることを示す。両眼視条件の精神物理的方法では、窓枠の視えの奥行は行動的方法のそれよりも大きく、単眼視条件のそれよりは小さかった。
 これらの結果から、視覚システムは大きく分けて2つの処理系、すなわち空間内での高速で正確な行動に関係した背側の処理系と視覚表象の生起や形状の認知に関係した腹側の処理系から成り立つことが支持された。

2. 陰影要因の発達

 絵画的要因には、線遠近法、重なり、相対的大きさ、熟知的大きさ、線分交差、輪郭面の遮蔽などがある。これまでの研究によると、5月齢の乳児には、これらの要因を奥行手がかりとすることはできないが、7月齢乳児ではこれらの要因から奥行を視ることができると報告されている(Arterberry, et al.1991, Yonas, et al. 1978, Yonas, et al. 1986, Granrud & Yonas 1984, Yonas & Arterberry 1994, Granrud et al. 1985, Yonas, et al 1982, Yonas, et al.1985, Sen et al.2001)
  Yonas & Granrud[26]は、陰影要因の奥行効果を5月齢(43人)と7月齢乳児(42人)でしらべた。方法は、壁面に掛かっている長細い2個の同形のおもちゃの描画で、一方には陰影を付して壁から浮き上がっているように描いてある。実験では、並列した対象のいずれに乳児が手伸ばし反応をするかが、単眼視条件と、両眼視条件で試された。
  その結果、5月齢乳児では選好反応に差が生じなかったが、7月齢乳児では単眼視条件の場合、陰影付き対象に対する選好は59%、両眼視条件ではそれが50%にとどまった。両眼視条件では両眼視差が働くので、テスト対象が2次元の描画であることがわかってしまう。このことから、陰影要因は、5月齢乳児では無効であるが、7月齢乳児では奥行手がかりとして有効と考えられる。
 2次元描画した立方体が3次元形状として知覚できるのは、その描画部分の特性、とくにコーナー部分がY構造、T構造、矢状構造を持つためと考えられている。とくに、このような構造的特性は、コンピュータ・ヴィジョンでの形状認知を考える上で重要な手がかりを与える。この種の絵画的要因が発達上、いつごろから有効となるかについては多くの研究が成されてきたが、それらを通覧すると、おおよそ7月齢乳児はY構造要因から3次元形状を知覚できるとされた(Kavsek 1999, Kavsek2001)
 Bertin & Bhatt[27]は、実験方法を工夫して3月齢乳児が2次元描画された3次元形状図形を識別できるかを確かめた。15に示したように、実験刺激はY構造と陰影で描画された直方体であり、それらが縦横4列に同方向を向いて配置された(左図)が、右図のそれはひとつの直方体のみ別方向を向いて配置された(右図)。右図を観察すると、方向の異なる図形が容易にポップアウトする。実験は馴致法で実施した。まず、馴致試行では、3月齢乳児に左図のパターンを左と右に配置したパターンを反復提示し馴致させ、乳児が視線を刺激から2秒の間、視線をはずすまでの馴致時間を測定した。次いでテスト試行では、左図と右図のパターンを左右に並べて提示し、視線をはずすまでの時間を測定した。新奇図形に対しては馴致までの時間が長くなると予想される。
  実験の結果、線形Y構造と陰影構造をもつ図形についてはポップアウトが生起し馴致までの時間が優位に長くなることが示されたが、陰影のない線形Y構造のみから作成された3次元形状図形にはポップアウトが示されなかった。また、対照刺激として用いられた線形Y構造を持たない2次元形状図形にも3月齢乳児は反応しなかった。
 このことから、3月齢乳児は、線形Y構造が陰影によって強化されている場合に3次元形状をもつ図形として知覚できると考えられる。


3. 
バブーン(ヒヒ)についてのオクルージョンの知覚能力

 Fagot et al[6]は、バブーンのオクルージョンの知覚能力をしらべた。予備訓練としては、16(a)に示した図形を対にして提示し、正円のある刺激(正刺激)を選択したら報酬を与えた。テスト試行では、図16(b)のいずれかを対にして提示し、その選択率をしらべた。テスト刺激には、正円が覆われてオクルージョン関係にある刺激と、その関係が切断されているものとを、さらに正円の背景には、線遠近法による奥行が描かれたものと、この背景パターンを取り除いたものとをそれぞれ用意した。
 実験の結果、4頭のバブーンは奥行の背景を持つオクルージョン刺激を有意に選択した。2次元図形で構成されたパターンに描かれたオクルージョンを知覚できる能力は、アカゲザル、チンパンジー、マウス、ハトでも確認されている。このように多くの動物にこの種の能力があるのは、動物が前面で隠され一部しか見えない状況下でも餌を見つけられるように生物目的に沿うように獲得したもためと考えられる。