おわりに

本年度の3次元視研究で得られた知見を研究分野別にまとめると以下のようになる。
両眼立体視研究の分野
(1)RDS両眼立体視が初見時に成立するためには、左右の刺激対がパヌムの融合範囲内にあることが必要となるが、立体視が成立し、形状をもった奥行面が出現すれば、左右対の視差がパヌムの融合範囲を超えても両眼融合は維持され、立体視も持続する(Lee & Dobbins[17])と考えられる。
(2) ダ・ヴィンチ ステレオスシスにおいては、遮蔽物が存在するために左右で対応を持たない対象を規定する要因として絵画的要因が考えられる。Makino & Yano[18]は両端の垂直線分は左右で対応しているが、中央の垂直線分は対応を持たないステレオグラムを立体視させたところ、中央の垂直線分が奥行定位されるためには、「遮蔽を補完する主観的エッジ (subjective occluding edge)」(図中、黒色矩形で表示)が仮定され、しかもその奥行位置は左右の垂直線分の長さ、および明るさという絵画的要因で一義的に決まることを示している。
(3)左右の対応づけがドットの密度(23,89,178,676 dots/deg)、左右ドット間の非対応度(090%の間で10%ステップで変化)、空間周波数(0.22,0.44,0.88 cpd)をそれぞれ変化させた場合にどのように変わるかが、スタティックとダイナミックステレオグラムを用いてPalmisano et al.[19]によってしらべた。その結果、立体の検出は、ドットの密度が23676 dots/deg2 の範囲、空間周波数が0.880.22cpdの範囲、(スタティク条件では、空間周波数の増幅を0.5 arcminまで増大、ドットの持続時間がスタティク条件で1.6secまで、ダイナミック条件で80msまで減少、でそれぞれ可能なことが示された。立体の検出が最高に高まる条件は、ドットの持続時間が80ms、ドット密度が23 dots/deg2 、空間周波数が0.88 cpdの条件の場合であった。立体の検出の可否は、これらの要因の相互作用で決められていると考えられる。両眼立体視における立体の検出は、視差検出を可能にする要因と視差検出を困難にするノイズ要因とのトレードオフで決定されていると考えられる。
(4) Buckthought & Stelman[28]は、ステレオグラムの左右パターンの外枠の位置による視差と枠内の刺激による視差を設定したステレオグラムにおいてそれぞれで出現する奥行差の弁別閾値を測定し、枠組み固定条件ではステレオグラムの奥行弁別は小さい視差に限定され、また、それは空間周波数で変化すること、一方、枠組みシフト条件では奥行弁別は大きな視差でも可能となり、同時に高・低空間周波数でも閾値に差が生じないこと、さらに枠組み固定条件では、枠組みの輪郭が明瞭に視える条件のステレオグラムの方が枠組みの輪郭がぼやけている条件より奥行弁別は高いことが示されたことから、視差検出の初期の過程で複雑細胞の受容野は、両眼の同一位置をカバーしているが同時に各眼にみられるフェーズの差を検出し、しかも検出できる視差は空間周波数の半サイクル分に限定され、これを越える視差については検出不能となると考えた。視差検出の初期過程ではステレオグラムの左右対の位置による視差と左右のステレオグラムの枠内フェーズによる視差の両方が用いられてることが示唆される。
(5) 視覚システムは、一般に、網膜への刺激要素を統合して知覚を成立させるが、この場合に刺激要素あるいは刺激形状に曖昧な部分を含んでいると、最終的な処理段階では生態光学的配列に背反しないように知覚を成立させる。Hou et al.[10]は、ステレオグラムに於いて垂直上線分と垂直下線分の視差を操作し、垂直上・下線分が水平帯線分で遮蔽されている場合には、その刺激構造から垂直上・下線分は1本の線分に連続させる知覚的な力が働くために、奥行弁別力は妨害されるかいなかを試した結果、垂直上・下線分が形状状態から上下に連続して知覚した方が簡潔な場合には、その要因が両眼立体視での奥行弁別力を妨害することを示している。
(6) 新しい両眼提示刺激による立体視(sequential monocular decamouflage)Brooks & Gillam[2]発見されている。
 左右眼には、左側から右側にむけて移動する垂直線分が提示されるが、その際に仮想的に配置された矩形の背後を通る時には、その中心部分は遮蔽され両端のみが提示される。つまり、観察者には正中面上に矩形が配置され、その背後を1本の垂直線分が移動するのを観察するといった状況にある。したがって、移動する垂直線分は矩形によって遮蔽されるが、その遮蔽開始の位置、遮蔽終了の位置は左右眼で異なる。左右眼に提示される刺激を連続的に観察すると、輪郭を持たず背景に溶け込んでいる矩形が垂直線の移動に伴って浮かび上がってくる。この際に、左右眼に提示される垂直線分の遮蔽開始と終了位置の差が、擬似的に矩形の視差を生み出す。これは、左右眼への連続的提示による垂直線分の「非遮蔽−遮蔽−遮蔽解除」の条件差(sequential monocular decamouflage)がステレオグラムによる立体視と同等の立体視を生起させると考えられる。
(7)両眼立体視の神経生理的基礎については次の知見が加えられた。
(7-1)第1次手がかり(first order cue)は、輝度差や色度差によって対象の輪郭が伝えられることを指す。第2次手がかりは、パターンの明るさ比(コントラスト)の変化によって対象の輪郭が伝えられることをいい、例えばサイン波形状の低空間周波数のコントラストをもつ高空間周波数パターン(contrast envelop)がこれにあたる。Tanaka & Ohzawa[21]は、ネコの18野の単一ニューロンの活動電位を両眼立体視条件で測定した。ステレオ刺激は空間周波数パターンで、輝度情報のある第1次手がかりで構成されたもの、および輝度情報のない第2次手がかりで構成されたものの2種類である。これらの刺激は各眼に別々に提示された。測定では、まず輝度をもつ空間周波数パターンを単眼提示し、反応するニューロンを特定し、その後、輝度情報のないパターンを単眼提示し、同様にニューロンが反応するかを確かめられた。次いで、輝度情報のあるパターン、輝度情報のないパターン、片眼に輝度情報のあるパターン、他眼に輝度情報のないパターンの混合パターン条件でニューロンの活動電位が測定された。その結果、ネコの18野のニューロンは輝度情報のあるパターン、輝度情報のないパターン、そして混合パターンの3条件すべてで、視差特異性反応をし、その反応曲線は類似していた。
(7-2)視差対応問題とV1の受容野
 Howe & Livingstone[11]は、アカゲザル2頭を対象として、2本の細長い赤あるいは青の棒刺激を、被験体には青赤の色フィルターを装着させて、各眼に分離して提示し、この棒状刺激をそれぞれ別々に視線にそって奥行移動させた際のV1領域の単一細胞スパイク反応を記録した。その結果、棒状刺激の端部分が受容野のなかに入っている時にのみ強いスパイクが出現し、棒状刺激が受容野の外にまで出ている場合、あるいは一方の端部分のみが受容野のなかにある場合には、スパイク反応が小さかったことから、視差対応の第1段階では各眼からの刺激の端部分が受容内に揃った時に対応付けがなされ、第2段階では片眼の端部分と他眼の他の部分との視差対応が行われるとし、この第2段階はV1ではなく、これ以降の視覚領で行われると考えられている。
(7-3)両眼立体視とMT
 Uka & DeAngelis[25]は、MT野が細かい視差(fine disparity)の検出にも関係しているかをアカゲザルのMT野に電極を埋め込むと共に、眼球運動計測のために眼球にサーチコイルを埋め込んでしらべた結果、「細かな視差」条件では、これに関係すると特定された多くのニューロンに妨害電流を与えても、弁別能力は阻害されなかったのに対して、「粗い視差」条件では立体視が阻害されること、また、「細かな視差」条件と刺激パターンが類似し、しかも粗い視差を設定した条件では、多くのニューロンが活性化されることも示された。このことから、MT野は細かな視差、つまり相対的な視差の検出を担わず、粗い視差の検出のみを担うと考えられる。

運動要因の立体視
  大きさと奥行距離知覚は、網膜像の大きさを初期手がかりとし、それに奥行距離知覚に関係する奥行手がかりの諸要因が関与して成立する。これまでは、大きさ知覚に与える奥行手がかりの単独効果をしらべる研究が多かったが、Tozawa & Oyama [22]は運動視差とパースペクティブ要因の単独の効果と統合の効果とをしらべた。その結果、大きさの評価では、運動視差要因の方がパースペクティブ要因より奥行手がかり効果が高いこと、奥行距離評価では、運動要因とパースペクティブ要因とは同等の奥行手がかり効果をもつこと、大きさ評価には水平線が大きな手がかり効果をもつが奥行距離評価にはもたないこと、大きさ評価には水平線と相対的高さの組み合わせたパースペクティブ要因で手がかり効果が高いが、奥行距離評価では絶対的高さと相対的高さの相互作用による手がかり効果の影響を受けることが明らかとなり、視覚システムは大きさ知覚と奥行距離知覚を分離して処理し、その際に働く奥行手がかりはそれぞれの知覚で異なっていることを示唆した。このことは、「大きさ−距離不変仮説」も支持する。

絵画的要因による立体視
(1)視覚情報は、空間に関する位置情報を処理する背側の処理系と対象の認知に関わる腹側の処理系の2系統によっていて、背側の処理系は、空間内での高速で正確な行動に関係し、腹側の処理系は視覚表象を作るなど遅速な認知機能に関係するが、Bruggeman et al.[3]は、背側の処理系と腹側の処理系の存在を、「エームズの窓」を刺激として実験した結果、単眼視条件では、行動的方法による窓枠の方向と奥行の知覚は精神物理的方法によるものよりも過小視されること、両眼視条件の行動的方法では、視えの方向は正確に成されたが、視えの奥行距離には錯覚が生じること、そして両眼視条件の精神物理的方法では、窓枠の視えの奥行は行動的方法のそれよりも大きく、単眼視条件のそれよりは小さいことが示された。これらの結果は、視覚システムは大きく分けて2つの処理系、すなわち空間内での高速で正確な行動に関係した背側の処理系と視覚表象の生起や形状の認知に関係した腹側の処理系から成り立つことを支持する。
(2)Yonas & Granrud[26]は、陰影要因の奥行効果を5月齢(43人)と7月齢乳児(42人)でしらべた結果、5月齢乳児では選好反応に差が生じなかったが、7月齢乳児では単眼視条件の場合、陰影付き対象に対する選好は59%、両眼視条件ではそれが50%にとどまった。両眼視条件では両眼視差が働くので、テスト対象が2次元の描画であることがわかってしまう。このことから、陰影要因は、5月齢乳児では無効であるが、7月齢乳児では奥行手がかりとして有効と考えられる。
 2次元描画した立方体が3次元形状として知覚できるのは、その描画部分の特性、とくにコーナー部分がY構造、T構造、矢状構造を持つためと考えられている。Bertin & Bhatt[27]は、3月齢乳児が2次元描画された3次元形状図形を識別できるかを確かめた結果、線形Y構造と陰影構造をもつ図形には知覚的なポップアウトが生起したが、陰影のない線形Y構造のみから作成された3次元形状図形にはポップアウトが示されなかった。 このことから、3月齢乳児は、線形Y構造が陰影によって強化されている場合に3次元形状をもつ図形として知覚できると考えられる。
(3) Fagot et al[6]は、バブーンのオクルージョンの知覚能力をしらべた結果、4頭のバブーンは奥行の背景を持つオクルージョン刺激を有意に選択した。2次元図形で構成されたパターンに描かれたオクルージョンを知覚できる能力は、アカゲザル、チンパンジー、マウス、ハトでも確認されている。このように多くの動物にこの種の能力があるのは、動物が前面で隠され一部しか見えない状況下でもえさを見つけられるように生物目的に沿うように獲得したためと考えられている。