1.両眼立体視

1.1 両眼間の眼球のねじれで生じる水平視差の立体視(Cycofusion)

 図1A(a)あるいは()のパターンを(e)に指示された方法、すなわち頭部を水平に保ち、正中線上観察距離30cm程度にあるパターンを上方30度あるいは下方60度に眼球を動かすように視線をシフトすると、平面描画図形が立体的に視えてくる(正視では立体視は生じない)。図A(a)の場合には提灯のように凸状に、図(b)では下方の円盤が上方の円盤の手前に、それぞれ出現する。一方、図A(c)(d)の点線輪郭図形では、この種の立体視は生起しない。この種の立体視はキクロ視差(Cyclodisparity)が生起することによって生じる。図1(B)-aには、図1(A)-aを観察したときに生じるキクロ視差をステレオグラムで表している(この種の立体視ではステレオグラムは使用しない)。図1(B)-bには、このキクロ視差を生起させる左右眼の水平回転が示されている(灰色表示は右眼、黒色表示は左眼)。網膜上の子午線上に固定されるエピポーラ線と刺激の水平方向の湾曲線との対応は水平方向の矢印線で、また交差と非交差視差は右・左方向の小矢印で表示されている。同様に、図1(B)-cdは図1(A)-bの刺激を観察したときのキクロ視差を示す。
  Mitsudo(19)は、この種の立体視が生起する可能性として、(1)エピポーラ線の方向が、両眼間に眼球のねじれが起きても、網膜に関して正確に固定されているために両眼間で視差対応がとられるため、(2)両眼間に眼球のねじれが起きないけれども、網膜上のエピポーラ線が回転してしまうために両眼間で視差対応がとられるため、(3)(2)(3)の中間説、が考えられる。
  これらの仮説を検証するために、実験1では、図1(A-a)(A-b)について、視線の角度を下方向に変化(020405060度)させて、その時に生起する視えの奥行量を別に提示した比較刺激(半円の弧と弦間の距離または2本線分間距離を調整)で調整させて測定した。その結果、視線角度が50度から60度にかけて視えの奥行量は急激に増大した。実験2では、図1-Cに示したようなテスト図形が用いられた。これらの提灯型パターンは0(a)90(b)180(c)と前額平行面で回転してある。同様に視えの視線を下方向に55度、上方向に35度シフトさせて奥行量を測定した結果、刺激パターンが0度と180度条件では視えの奥行量は顕著に出現したが、90度条件では出現しなかった。実験3では、図1-D に示したように、左右眼のねじれの程度を測定するためにノニウス線を各眼に別々に提示し、このノニウス線を指標として左右眼球間のねじれの程度を測った後でテスト刺激の視えの奥行量を測定した。テスト刺激には実線と点線で描いたものを提示、視線方向を020405060度に変化させた。被験者にはノニウス線が水平方向に1直線になるようにキー操作で調整させてから視えの奥行量の測定を求めた。
  その結果、ノニウス線での調整値にもとづいて算出されたキクロ視差量と視えの奥行量はリニアな対応をとることが示された。
 これらの結果から、キクロ融合による立体視は、エピポーラ線の方向が両眼間に眼球のねじれが起きても網膜の子午線上に正確に固定されて両眼間で視差対応がとられるために生起すると考えられる。

1.2 両眼視差と「剛体性をもつ運動要因」の間の奥行出現順序に関する相互関係

  視覚システムは、両眼視差、運動視差、陰影、テクスチャ、オクルージョン、幾何学的構造、輪郭などのモジュール構造をとる奥行手がかり要因から3次元形状を復元することができる。このような2次元網膜上の奥行手がかりから3次元形状の復元することは逆光学問題となるので、拘束条件を設定しなければ一義的な解を得ることはできない。この拘束条件としては、両眼視差からの復元における対象面の滑らかさの拘束(Grimson 1981)、運動要因の復元における剛体性の拘束(Ullman 1984)、陰影からの復元におけるランベルティアン拘束(Horn 1975)などが挙げられている。3次元形状におけるこのような拘束条件は、たとえば、両眼視差と運動要因の2つの奥行手がかりが同時に働いている場合にも、剛体性の拘束条件は有効であると計算論的には考えられる。
  Di Luca et al.(6)は、両眼視差と運動要因という2つの奥行手がかりから3次元形状を復元する場合に剛体性の拘束条件が働いていることを実験的に検証した。実験事態は、図2-Aに示したように、1個の「プローブ」と1個の「フランカー」刺激を奥行位置を違えて提示、またその周囲に「コンテクストドット」を提示する。「コンテクストドット」は円筒形状(シリンダー形状)の剛体性をもって視えるようにY軸を中心として運動させる(図2-B)。この場合、コンテクストドットにプローブを含めフランカーを含めない条件(プローブコンテクスト条件)とフランカーを含めプローブを含めない条件(フランカーコンテクスト条件)を設定する。もし、形状復元で剛体性の拘束が働いていれば、プローブコンテクスト条件のプローブはコンテクストドットに規定された奥行位置に、視かけ上、定位され、またフランカーは知覚的動揺として剛体性の中に取り込まれると予測される(図2C-aの左側)。また、フランカーコンテクスト条件では、プローブは知覚的動揺として修正を受け形状の剛耐を維持するように変容を受ける(図2C-aの右側)。上記の事態は、フランカーがプローブの手前に提示された場合を想定しているが、図2C-bはフランカーがプローブの背後に提示した場合の予測を示している。フランカーは常に静止し、固定した両眼視差で提示される。プローブは、その両眼視差と運動速度との比が常に一定になるように変えられる。コンテクストドットの角速度は16度である。実験では、この4通りの実験事態でフランカーに対するプローブの視かけの奥行位置の判断が求められた。
  その結果、プローブコンテクスト条件でフランカーが手前にある事態とプローブコンテクスト条件でフランカーが背後にある条件では「視差―運動値」が共変化しても、プローブの視かけの奥行位置はフランカーと常に同等だった。一方、フランカーコンテクスト条件ではプローブは、「視差―運動値」が共変化するとフランカーの手前にあるいは背後に,視かけ上、位置されることが示された。さらに、コンテクストドットの剛体性を除去するためにランダムに回転させた条件、あるいはコンテクストドットそのものを除去した条件では、プローブのフランカーに対する奥行位置の判断の正確さが減じることが示された。
  これらの結果から、両眼視差と運動要因とがともに線形の関係を保ちながら3次元形状の復元に際しては剛体性の拘束を受けることが示唆される。

1.3  時間的周波数にチューニングするステレオチャンネル

  両眼立体視における両眼視差は空間周波数と時間周波数特性を持つ複数のチャンネルによって検出される。これは、種々な空間周波数パターンおよび空間周波数に時間的変化を導入したパターンに対するコントラスト閾値と両眼視差閾値(両眼立体視力あるいはDminで表示)を測定することによって確かめられている。これまでの研究によれば、コントラストと視差閾値との関係は非線形をとり、両眼立体視力は視差が閾値以上であればコントラストの立方根に比例し、コントラストがある値以上ではそれは定常状態になる(Legge & Gu 1989, Cormack et al 1991)。さらに、コントラストと視差閾値との関係は、種々のコントラスト特性をもつパターンの「時間的−空間的」周波数に依存して変化する(Lee et al.2003)。これらの研究をまとめると、低空間周波数で高時間的周波数条件の場合、視差閾値は、コントラストが0.1まで増大すると減少するが、この値を越すと視差閾値は定常状態をとる。一方、高空間周波数パターンの場合、視差閾値はすべてのコントラスト範囲にわたって時間周波数特性とは関係なく減少する。しかし、パターンの時間的−空間的的周波数条件での視差とコントラスト感度あるいは視差閾値とコントラストとの関係は確定されていなく、論争がある。
  そこで、Lee et al.(17)は、種々の時間的および空間的周波数パターン条件での視差とコントラスト感度との関係を測定した。実験では、図3に示されたサイン波形の縞パターンが使用された(両眼融合時に知覚されるパターンを図示)。4つの縞パターンがあるが、対角線にあるパターンは同一のコントラスト、視差、運動速度条件で提示される。コントラスト感度は、対角線上にある2つのパターンを対として相互に比較させ測定される。視差(フェーズ視差)は0.360.651.32.65.26.513264065104130分で、空間周波数は0.230.943.757.5 c/degで、そして時間変数は0.15, 0.4, 1.5, 4, 10, 20Hz でそれぞれ変化させた。測定では、注視点を設定して固視させるとともに、眼球運動もモニターした。
  測定の結果、(1)コントラスト感度は、視差の増大に伴って変化し、ある視差値をピークとして低下すること、(2) 視差の増大に伴うコントラスト感度の最大値は空間周波数に応じて変わること(低空間周波数ほど視差の最大値は高くなる)、(3)時間的変化要因の増大に伴うコントラスト感度は10Hz までは一定、これ以降は低下、またこの変化は低空間周波(0.23,0.94,3.75c/deg)ほど感度は高いこと、などが明らかにされた。
  これらの結果から、空間周波数と時間周波数に対する両眼視差の検出感度をシミュレートしたグラフを図4に示す。縦軸は視差反応値(単位は任意)、横軸は空間周波数(左図、パラメータは視差)もしくは視差(右図,パラメータは空間周波数)である。空間周波数および時間周波数にチューニングする両眼視差チャンネルは、ここではそれぞれ6本あるいは7本あることが示唆されている。

1.4 両眼視差をもたないステレオグラムの立体視−stereoscopic sliver-
  左右眼の正中線の前方に遮蔽物(オクルージョン)がある場合には、その遮蔽物が対象を隠すので左右の網膜像間で対応を持たない部分が生じるが、対応を欠く部分は補われて立体視が生起する。これは、ダ・ヴィンチ ステレオプシスと呼ばれる。このように,左右眼の視線上にある対象が遮蔽となって後方の対象物を遮ることによって生起する両眼間の視差非対応は、日常的に生ずるので、視覚システムはこのような問題を適切に処理するしくみをもっていると予想される。
  Sachtler & Gillam(24)は、左右間で両眼視差を持たないが両眼立体視すると立体が出現する新奇なステレオグラムを報告した。そのステレオグラムは、図5に示したものである。ステレオグラムのそれぞれは黒い長方形から構成され、片方の中央にのみ紡錘形の白いスリットが描かれている(図a)。これを両眼立体視すると、白色の紡錘状の裂け目を境にしてその近傍の左右の面が奥行方向に歪んで知覚されるという(図b)。このような立体視が生起するのは、左眼では膨らみのある裂け目を通して背景を見通すことができるが、右眼では裂け目のエッジによって遮蔽され背後を見通すことができないので、視覚システムはこの裂け目に奥行方向への傾きを誘導することで視覚的解決を図るためと考えられる。彼らは、この新奇なステレオグラム条件とこの白い紡錘形に両眼視差を付した通常のステレオグラム条件とで、両眼立体視過程以外の要因が入らないようにステレオグラムの提示時間を短く(17,33,67,133,267,533,1067ms)操作し、この紡錘の奥行傾斜の見かけの傾きの出現方向の正確度をしらべた。
  その結果、両ステレオグラム条件ともすべての提示時間でそれが同等になることを確かめた。この新奇なステレオグラムによる立体視が通常の両眼視差を付したものと同等であることは、両者の情報処理過程が同一、あるいは一部を共有していることを示唆しよう。

1.5 両眼視差をもたない両眼立体視―「篩い立体効果(Sieve effect)」−

  図6-Aを両眼立体視すると、8個の穴の開いた紙面が手前に浮き出し、その穴を通して黒い面が背景として視える。これは「篩い立体効果(Sieve effect)」とHoward(1995)によって名づけられたもので、左右のステレオグラムペアの間には両眼視差はなく、その代わりに左右パターンを構成する要素の明るさコントラストを逆転して作成されている。このステレオグラムでは視野闘争が出現するが、同時に明瞭な立体視も生起する。Howardによれば、この「篩い立体効果」に影響する要因は、視野闘争が生起する領域の大きさ、明るさコントラストの程度、そして奥行反転を起こさせるパターンを構成する要素図形の大きさであるという。このことは、「篩い立体効果」は明瞭な視野闘争が起きるときにもっとも強く生起すると示唆する。
  そこで、Matsumiya,et al.(18)は、図6B-(a)に示したステレオグラムで、視野闘争の生起するパターン内の要素図形の大きさ(B-a)、その明るさコントラスト(B-b)、そしてそれらの個々の要素図形の縁の太さをそれぞれ変化させ、両眼立体視したときの前面と後面間の視えの相対的奥行の程度を測定(ランダム・ドットの背景内の9個の矩形の視差を操作しそれらが手前に視える面と同等の奥行になるまで調整)するとともに、視野闘争の反転頻度を測定(視野闘争が生起し、白/黒パターンから黒/白パターンに反転したらボタンを押す)した。
  実験の結果、要素図形の大きさ(B-a)、その明るさコントラスト(B-b)、要素図形の縁の太さを変化させたときの視えの相対的奥行がもっとも大きくなる条件と、視野闘争の反転頻度がもっとも高くなる条件が一致し、視えの相対的奥行と反転頻度との間には正の相関があることが示された。さらに、この「篩い立体効果」には輻輳角が影響するので、輻輳角に伴う視えの相対的奥行効果の変化をしらべるとともに、視野闘争の反転頻度との関連をみた。図7-(a)にあるように、「篩い立体効果」図形では、手前に出現する面上の穴を通して背面の白-黒の面が見える刺激構造となっているので両眼視差が無くても立体視が生じるが、この場合手前にある面に対する輻輳角が視えの相対的奥行量に関係する。図7-(b)に示したように、輻輳角が小さくなると(観察距離が遠くなると)視えの相対的奥行量は増大する。輻輳角を17.9度、9度、4.5度の3通り(観察距離204080cmに対応)に操作して実験した結果、輻輳角の増大に伴い視えの相対的奥行は小さくなるとともに、視野闘争頻度も低くなることが示された。輻輳角を変化した場合にも、視えの相対的奥行量と反転頻度との間には強い相関が示された。
 これらの結果から、「篩い立体効果」は視野闘争と強い関連があることが確認されている。

1.6 ダヴィンチ・ステレオグラムの解法

  ダヴィンチ・ステレオグラムの解法のための新たなニューラルモデルが、Asse & Qian(1)によって提唱された。このモデルでは、第1段階で第1視覚野(V1)における視差エネルギーモデル(Ohzawa et al. 1990)によって視差が計算され、第2段階で第2視覚野(V2)における「視差―境界―選択的ユニット(disparity-boundary-selective unit)」で視差が引き続いて計算される。第1段階では、眼優位性コラム構造にもとづき水平に何段にもわたって帯状にスライスされた左・右眼からの刺激パターンが左右交互に合成される。このとき、視差がなければ合成イメージには縦方向にズレが生じないが、視差があればズレが生起する。このズレすなわち垂直方向の輝度分布は、空間周波数で検出される。つまり、粗い(低)空間周波数チャンネル(受容野が大きい)から密な(高)空間周波数チャンネルへと次々と適用(「粗―密アルゴリズム(coarse-to fine algorism)」)し、それらのチャンネルで示されるもっとも高い応答特性を視差として特定する。第2段階では、V1で検出した視差はV2で加算され統合される。
  図8-Aには、ダヴィンチ・ステレオグラムの立体視を想定したV1からV2への処理回路が示されている。左眼の視差(2ピクセル)を検出したV12個のセルと右眼の視差(0ピクセル)を検出したV12個のセルからの入力は、ともにV2のセルに伝えられる(a)。左眼からの2ピクセルの視差は、ここではダヴィンチ・ステレオグラムでの対応視差を表す。図(b)は、刺激パターンから生じる視差、それを検出するV1セル、そしてV1セルからV2セルへのフィードフォワードの連結を示す。V1で検出された視差にもとづいて、V2セルではイメージの各位置における右眼と左眼の間でのあらゆる視差の組み合わせが生成される。この視差の組み合わせにもとづいて、奥行の境界、あるいは視差が無く単眼のみの領域が決定される。V2の受容野が−8から+8まで1ステップ(ピクセル単位)で視差変化する場合を想定すると、81個の可能な視差の組み合わせがある。V2セルの反応分布はX軸に左眼から検出された視差を、Y軸に右眼からの検出視差をとった2次元の座標で表すことができる(8-B))。この2次元の座標軸には一定の画像位置におけるすべてのV2セルの反応が示される。これらのセルのピーク反応は「Y=X斜線」の上部、下部あるいは斜線上のいずれかで生じる。セルの反応のピークが「Y=X斜線」の下部にあれば、左眼のみに単眼領域が、「Y=X斜線」上にあれば両眼に視差領域が、そして「Y=X斜線」の下部にあれば右眼のみに単眼領域があることが分かる。どちらかの眼にのみ単眼領域があることがわかれば、このときの視差には、これまでのダヴィンチ・ステレオ視の研究成果(Julesz1971,Shimojo & Nakayama1990)である「奥行面は遠くに位置している」というルールをあてて視差決定をする。
  このニューラルモデルの検証実験が、Panumの極限ステレオグラム(Panum’s limiting case)、単眼にのみ提示する刺激が両眼立体視に有効/非有効がある場合のケース(Nakayama & Shimojo 1990)、ダヴィンチ・ステレオグラムで実施された。その結果、このモデルは、(1)ダヴィンチ・ステレオグラムの両眼立体視では、Gillam et al.(2003)が示唆するように二重の視差対応が起きていること、かつ単眼のみに提示する刺激を二重対応を回避するものに替える(小縦棒刺激から小円盤)と、出現する奥行量が視差0からの距離に依存しなくなること、(2)ダヴィンチ・ステレオグラムの両眼立体視が有効な条件と有効でない条件があるケース(Nakayama & Shimojo 1990)については、有効でないケースでも立体視が可能になること、などを支持した。
  このモデルは、V2セルの比較的単純な神経生理学的しくみを想定すればダヴィンチ・ステレオ視が説明できることを示すとともに、ダヴィンチ・ステレオ視の刺激パターンが「矩形と小縦棒」刺激に限定されずに広く起きることを予測している。

1.7 実景のなかでの両眼間ハーフオクルージョンの立体視効果

 両眼間ハーフオクルージョンとは、図9-A に示したように、左右眼への網膜像がオクルージョンによって相違することを指す。図9で示されたシリンダーの右側面には白いストリップが描かれているが、このストリップは右眼の網膜像にしか投影されないために、両眼間でハーフオクルージョンが生じる。このようなハーフオクルージョンは日常の実景でも頻繁に生起し、先に紹介したダ・ヴィンチ ステレオスシスの場合と同様に、両眼立体視システムはこの手がかりを精確な立体視成立に生かしていると考えられる。
  Wilcox & Lakra(30)は、これまでの両眼間ハーフオクルージョンに関する研究は、手がかりを両眼視差に限定したステレオグラムでのみ実施され、パースペクティブ、テクスチャ勾配、陰影、重なりなどが除去されていることを指摘した。そこで、さまざまな奥行手がかりが存在している実景のなかで、両眼間ハーフオクルージョンが立体視、とくに相対的奥行の視かけの順序を決める際にどのような役割をもつかをしらべた。実験は、図9-Bに示したようなステレオグラムで実施された。図の上段のステレオグラムにはハーフオクルージョンが導入してあるが、下段のそれにはハーフオクルージョンは導入されていない。ハーフオクルージョンが存在しない場合にはその領域を背景のテクスチャで埋めてある。陰影は対象であるボックスの右に付し、また木目調のボックスは観察者に対して右側が奥になるように配置してボックスと木目にパースペクティブが付してある。交差視差では右端と中央のステレオグラムを立体視すると、手前にボックスの置かれた面、ボックスそして背景というように奥行順序が正しく出現し、また左端と中央のステレオグラムではその奥行順序が手前に背景、次いでボックスそしてボックスの置いてある面というように奥行方向が逆転するように設定してある。非交差では左端と中央のステレオグラムでは奥行順序が正しく出現するが、右端と中央のステレオグラムでは出現する奥行方向が逆転するように設定している。実験条件は、したがって、ハーフオクルージョンの有無および出現する奥行方向が順方向と逆方向の4条件である。
  それぞれの条件で立体視が出現するまでの反応時間を測定したところ、ハーフオクルージョンが存在しかつ奥行出現方向が正しい条件でのみ、さらにはハーフオクルージョンの大きさがもっとも適切な場合にのみ有意に立体出現時間が短いことが示された。一方、ハーフオクルージョンを付す対象の面のテクスチャが乏しい場合(統制条件)には、このような差は示されなかった。
  これらのことから、ハーフオクルージョンはテクスチャ勾配、パースペクティブ、陰影、重なりなど有力な奥行手がかりが存在する場合に、手がかりとしての効力を持つと考えられる。

1.8 奥行傾斜面(垂直軸中心の傾斜)の知覚を増幅させる前額平行面の効果

  垂直軸を中心としたステレオスコピックな奥行傾斜面は過小視されるが、その奥行傾斜面の近傍(上、下、周囲)に前額平行面を付加すると奥行傾斜面の知覚は増幅され、また融合潜時は縮小することが報告されている(Gillam,et al.1984,1988, van Ee & Erkelens 1996, Pierce & Howard 1997)。このような知覚的増幅は、前額平行面が知覚的参照枠組の効果をもつためと説明される(van Ee & Erkelens 1996, Pierce & Howard 1997,van Ee et al.1999, Alison & Howard 2000, Lie & Schor 2005)。この仮説はさらに発展され、両眼視差で構成される視差勾配のなかに空間的変化もしくは不連続があるので、奥行傾斜を構成する視差が小さくても知覚的増幅が起きるためと考えられた(Howard & Rogers 2002)
  この仮説に対してGillam et al.(1988)は、11-Aに示したような刺激配置でこの種の知覚的増幅が生起するかを試したところ、図A-aのような前額平行面と奥行傾斜面が同一の垂直軸上にある配置(ツイスト条件)では知覚的増幅が生起するのに対して、図A-bのような2つの面が左右で隣接する場合(ヒンジ条件)には、それが生起しないことを示し、知覚的参照枠組仮説を否定した。そしてGillam et al(1988)は、ツイスト条件でのみ知覚的増幅が生起するのは、2つの面の境界の間に生じる相対的視差の差異(両眼間に存在する絶対的な視差ではなく、片眼内での2つの視差点の差を相対的視差とよぶ)によるためと主張した。ツイスト条件では2つの面の境界に相対的視差の変化(勾配)が存在するが、ヒンジ条件ではそれは存在しない。
  この仮説を検証するために、Gillam et al.(9)は、次のような3つの実験を試みた。実験1では、図11-Bに示したようなツイスト(a)とヒンジ条件(b)が設定された。ツイスト条件では前額平行面が上あるいは下のいずれかに配置される場合と上下両方に配置される場合とが、またヒンジ条件では前額平行面が左あるいは右のいずれかに配置される場合と両側に配置される場合とが設定された。奥行傾斜面は片方のステレオグラムの矩形を拡大(5%と8%、これらは観察距離が87cmの場合に傾き33度と45度に対応)することで導入された(前額平行面は左右のステレオグラムで同一)。実験は、奥行傾斜面の視えの傾斜度を別に設定した比較刺激の回転によるマッチングで測定した。その結果、前額平行面の配置条件や傾き(拡大)条件の如何に関わらず、ツイスト条件では予測された奥行傾斜以上の視えの傾きが出現したが、ヒンジ条件では前額平行面が存在しない対照条件と同様にほとんど傾きが出現しなかった。これは、前額平行面が参照枠組となってこの種の知覚的増幅をもたらすとする説を否定する。
  実験2では、ヒンジ条件をツイスト条件に近似させた刺激配置で視えの奥行傾斜が測定された。図11-C(a)にはヒンジ条件が、C(b)にはツイスト条件が示されている。このような条件では、前額平行面と奥行傾斜の境界にある相対的視差の変化は両条件とも同一となる。視えの傾斜を前額平行面と奥行傾斜面(観察距離87cm28度と42度)の両方で測定した結果、ヒンジ条件でもツイスト条件と同様な奥行傾斜面の知覚的増幅が確認された。ただ、ツイスト条件の知覚的増幅はヒンジ条件の約2倍となった。また、ツイスト条件での前額平行面は奥行傾斜面の傾きとは逆方向に約20度程度傾斜して知覚されること(ネガティブ奥行コントラスト効果)、ヒンジ条件では奥行傾斜面と同方向に約6度程度傾斜して知覚されること(ポジティブ奥行コントラスト効果)がそれぞれ示された。ツイスト条件とヒンジ条件の両方で奥行傾斜の知覚的増幅と傾斜対比効果が示されたことは、これらの効果が知覚的参照枠組によらないこと、また相対的視差変化によっても生起しないことを示した。
  そこで、ヒンジ条件配置で生起する知覚的奥行傾斜効果が予想された(11-D)。図D-(a)では、両側の奥行傾斜面の傾斜度が過小視されるが、中央にある前額平行面の断端と傾斜面の断端との間に形成される不連続な相対的視差によって奥行は実際よりは近接して知覚される。言い換えれば、中央の面は前方あるいは後方に知覚的にシフトされる。このように不連続な相対的視差による視えの奥行シフトと両側の奥行傾斜面の傾斜度の過小評価が組み合わされた結果、中央の面が両側の奥行傾斜面と同方向への傾斜を誘導すると仮定された。図D-(b)には、ネガティブ奥行コントラスト効果が両側にある奥行傾斜面と中央の前額平行面との間の相対的視差が、不連続ではなく勾配をもって連続した場合が想定されている。
  実験3では上記の仮説D-(a)を検証するために、実験2の刺激配置で中央の面を奥行傾斜面(観察距離87cm23度と40度)とし、左・右・両側(ヒンジ条件)あるいは上・下・上下(ツイスト条件)の各面を前額平行として、中央の傾斜面の視えの奥行傾斜および左・右・両側あるいは上・下・上下の各前額平行面の視えの奥行傾斜を測定した。その結果、(1)中央の前額平行面の視えの奥行傾斜ではヒンジとツイスト両条件で強い知覚的増幅が生起すること、(2)前額平行面の視えの奥行傾斜はツイスト条件では奥行傾斜面と逆方向への傾斜が出現(ネガティブ奥行コントラスト効果)するが、ヒンジ条件では前額平行面の視えの奥行傾斜は奥行傾斜面と同方向にわずかに出現すること(ポジティブ奥行コントラスト効果)、(3)奥行傾斜面の視えの傾斜度から前額平行面の視えの傾斜度を差し引いた相対的奥行傾斜度をみると、ツイスト条件の知覚的増幅効果の方がヒンジ条件より強いこと、などがそれぞれ示された。
  これらの3通りの実験から、ツイストとヒンジ条件における奥行に関する知覚的増幅は、前額平行面と奥行傾斜面の間に形成される相対的視差の不連続、あるいは勾配が生じることで生起していると結論される。

1.9 対象の形状と大きさ判断と垂直視差の役割

  これまでの研究によれば、垂直視差は水平視差(位置視差)を補完し、対象の奥行絶対距離(Rogers & Bradshaw 1995)、対象の大きさ(Bradshaw et al. 1996)、傾き(Backus et al.1999)そして湾曲(Rogers & Bradshaw 1995)の知覚を規定している。垂直視差が水平視差と異なる点は、垂直視差が有効なためには対象が大きな視角をとる必要がある(Rogers & Bradshaw 1993)。それというのも、垂直視差は中心から周辺へと広がるにつれて(およそ45度に到るまで)増大する。Bradshaw et al. (1996)の研究によると、垂直視差は対象の視角が22度前後のときにのみ有効という結果を報告している。垂直視差は視野中に広く分布していないと奥行手がかりとしての有効性が示されない。これは、直径が8cmの対象を40cm離れたところから観察するとき、その視角はおおよそ11度となるので、垂直視差は働かないが、もしその周囲に視角が22度程度のものが配置されていれば、この垂直視差は機能することを意味する。ここに2通りの仮説が考えられる。その1は、垂直視差は当該の対象が視角22度以上でなければ有効に機能しないとするもの(局所説)、その2は当該の対象が視角22度以下でも、その周囲のものが視角22度以上ならば当該の対象の3次元特性の知覚に機能するとするもの(大局説)である(Garding et al. 1995)
  そこで、O’kane & Hibbard(22)は、大きな背景面内に置かれた小さな対象の形状と大きさ知覚に、その背景面の垂直視差を変化させたら影響が生じるかをみることで後者の仮説を実験的に検証した。実験はランダムドットステレオグラムを用い、中央に楕円体を、および周囲に背景面を提示した。楕円体までの奥行距離は200,325,450mm3段階に変化させ、また背景面のドットの垂直視差は奥行距離160mmもしくは無限になるように設定された。被験者には、手に持たせたテニスボールと大きさと形状が一致するように楕円体の高さと奥行きを変えることで求めた。
  実験の結果、垂直視差が近距離を指し示すときには、楕円体の奥行と大きさは無限距離条件より顕著に過大視された。この結果から、垂直視差はターゲットとした対象の視角が小さい場合でも、垂直視差で規定された背景面が大きければ、当該対象の形状と大きさ知覚に影響をもつことが明らかにされている。

1.10 両眼立体視過程と知覚の体制化との関係

  シンメトリーパターンと反復パターンの知覚の体制化の仕方には違いがある。Baylis & Driver(1995,2001)によると、同一の対象の一部を構成するシンメトリーパターンは、同様な反復パターンに較べて探索しやすいが、異なった対象の一部を構成する反復パターンは逆に同様なシンメトリーパターンより探索しやすくなることを報告した。しかし、Baylisらが使用したパターンでは、図12-Aに示したように、シンメトリーパターンの輪郭線は対象の凹あるいは凸に一致しているが、反復パターンのそれは一致していない。12A(a)は、輪郭線に対する水平補助線の内向き効果によって凹/凸をもつシンメトリーパターンに体制化、(b)の反復パターンには補助線が外向きのために凹/凸の体制化はない。(c)はシンメトリーパターンではあるが補助線が外向きのために凹/凸の体制化は生起しないが、(d)は補助線が内向きのために反復パターンであるが凹/凸の体制化が起きる。パターンが奥行に関して同一面にあるか否かが知覚の体制化に影響することを、シンメトリーパターンと反復パターンを垂直に等分し、それぞれを奥行に関して隣接させる条件と分離させる条件で知覚体制化のしやすさがしらべられた(Corbalis & Roldan 1974)。その結果、シンメトリーパターンは奥行分離が無い条件では反復パターンに較べて顕著に探索が容易であったが、奥行分離があるとそれは減じることがわかった。
  Treder & van der Helm(27)は、このような奥行分離をステレオグラムで導入し、シンメトリーパターンと反復パターンの知覚体制化の違いをしらべた。図12(B-a)には、ステレオグラムを両眼視したときの3面の奥行分離の状態(観察者の手前からターゲット面「1」、ターゲット面「2」そしてノイズ面)が、図12(B-b)には実験に使用したステレオグラムがそれぞれ示されている。ステレオグラムはランダムドットから構成され、ターゲット面に表示されるパターンの違いから「逆条件」(ステレオグラムの各ペアをランダムに2等分し、その2等分したものの左半分をターゲット面「1」に右半分をターゲット面「2」に提示、また残りの左半分をターゲット面2に右半分をターゲット面「1」に提示)、「左右条件」(パターンの半分を奥行の異なるターゲット面「1」と「2」にそれぞれ分離して提示)および「正調条件」(パターンが左右ペアで一致させてひとつの奥行面に提示)とを設定した。これらの条件はシンメトリーパターンと反復パターンでそれぞれ作成された。実験では被験者に提示したパターンがシンメトリーあるいは反復のいずれであるかを求めた。
  その結果、シンメトリーと反復のいずれのパターンにおいても、パターンの認知は「逆条件」の方が「左右条件」の方より、多く損なわれること、さらに「左右条件」では反復パターンの方がシンメトリーパターンより、パターン認知が正しいことが示された。これは、パターンのもつ規則性(シンメトリー性・反復性)とパターンの奥行との間に認知が成立するまでの間、相互作用があることを示唆する。
  これらの結果から、何らかの変形を受けたときパターンがどのようにして正しく認知されるか、その過程についてTreder & van der Hemは次のように考察した。一般に、パターンのシンメトリー性は刺激の回転に対して,反復性は大きさ変化に対してそれぞれ頑健である。図12-(C)(a)にはパターンの反復性がひとつのまとまりとしてブロックを作って変形する仕方を、(b)には同様にシンメトリー性のブロックによる変形の仕方を示す。この方式ではシンメトリー性と反復性のパターン間には、変形に対して共に頑健であることを示す。一方、(c)には、ブロックを作って変形に対応する反復パターンの仕方が、(d)にはホログラフィーの考え方による変形に対する対応の仕方がそれぞれ示されている。ホログラムでは光の電場の振幅や波長の情報だけでなくそれに位相の情報が加わるが、このようなホログラフィーの考え方を導入すると、パターンを構成する要素が一対一に対応して位相を維持するので、刺激要素が奥行面を異に配置されてもパターンの全体性を維持するのに頑健となるが、反復性パターンは同一奥行面でブロックを作るので異なる奥行面に刺激要素が配置されると、その頑健性は失われる。このように、パターン認知過程と3次元視過程とは視覚処理過程のなかで相互に関連していると考えられる。

1.11 両眼立体視過程と視野闘争過程

  空間周波数チャンネルのうち、ある周波数は視野闘争を起こすが、同時に他の周波数は両眼立体視を可能にさせる(Julesz & Miller 1975)。しかし、ある範囲内の空間周波数をマスキングとして追加すると、視野闘争が起きるが立体視は起きなくなる。Blake,et al. (1991)は、これを追試して、立体視が視野闘争と同時に生起するか否かはマスキング刺激のノイズコントラストによって決まることを示した。ノイズコントラストが低い場合には立体視のみが、それが中程度では立体視と視野闘争が、そしてそれが高い場合には、視野闘争のみが生起することがわかった。一方、ステレオグラムのそれぞれのペアに視野闘争をもたらす単眼刺激を重ねても立体視が起きるか否かについては未確定である。
  Buckthought & Wilson(4)は、両眼立体視過程において視野闘争がどのような役割を果たすのかを確かめるために、図13のようなステレオグラムを考案して実験を試みた。13-Aのステレオグラムは、サイン波形で描かれた垂直縞パターン(垂直縞パターンに対する斜方向縞パターンの比率を0.25から4までの間で変化)と斜方向縞パターンの重ね合わせからできているが、左ペアの斜方向縞パターン(2,4,8cpd)の方向は右45度、右ペアのそれは左45度に変えてある(融合すると左右の縞パターンは直交する)。実験では、左・右ペアでの「優位性出現」の持続時間および左右ペアの重なって視える(「重なり出現」)際の持続時間が60秒間の観察時間内で測定された。
  その結果、「優位性出現」と「重なり出現」のそれぞれにおける全持続時間は両方共に、垂直縞パターンに対する斜方向縞パターンの比率が1のときに最大となる逆U型の変化を示した。この結果は、視野闘争が起きにくいときに、「重なり出現」が起きていることを示す。そこで、立体視と視野闘争の相互関係が、図13-Bでしらべられた。視野闘争と立体視を生じさせるステレオグラム(plaid)には視差が導入された。視差の導入は方向視差(±2度、orientation disparity ,Tilt)、空間周波数差による視差(±3%、spatial frequency difference ,Slant)、および上半分と下半分で奥行差が出るように視差設定(±1.88分、top-bottom phase offset, Phase offset)によったので、両眼立体視すると、X軸での傾斜、Y軸での傾斜、そして上半分と下半分間での奥行差がそれぞれ出現して視える。立体視量は、別のステレオグラム(depth match stimulus)を用意して、その視差を連続的に変えることによって調整させて測定する。
  その結果、垂直縞パターンに対する斜方向縞パターンの比率が1より大きいときには立体視量と優位性出現はともに多くなり、逆にその比率が1より小さいときには立体視量と優位性出現時間はともに小さくなることが示された。
  これらの結果から、両眼立体視の空間周波数が視野闘争のそれより大きいときには、両眼立体視過程と視野闘争過程が共存するが、しかしそれらが同一の空間周波数の場合には相互に干渉することが明らかにされている。

1.12 視野闘争における排他的抑制をもたらす刺激特性

 視野闘争とは、各眼に異なる刺激を提示した場合、両眼融合が起きずに各眼の刺激の優位性が交代する知覚現象をいう。この視野闘争では、他眼の知覚優位が排他的に生起し別眼の知覚を完全に抑制する場合を排他的抑制(exclusive dominance)という。視野闘争を起こす刺激特性には、色、明るさ強度、明るさコントラスト、刺激の方向などがある(Brouwer & van E 2006, Hupe & Rubin 2003, van Ee et al.2002)。とくに各眼に提示する明るさコントラストが減じれば、排他的抑制も減じる(Liu et al. 1992)。両眼立体視と視野闘争との関係については、2チャンネル理論と二重応答理論とが提唱され、検証実験が繰り返されている。前者の考え方では、両眼視融合と視野闘争は別々のチャンネルで処理されていると仮定、後者の考え方では、同一のしくみのなかに両眼視融合モードと視野闘争モードがあると仮定する。前者によれば、視野の同一位置で両眼視融合と視野闘争とは同時に起こるが、後者によればそれは同時には生起しないことになる。現在までの検証実験の結果では、二重応答理論が支持されている。一方、視野闘争自体を説明する仮説として、(1)視野闘争における排他的抑制は、これを生起する刺激特性の低次の神経生理的な空間における刺激間の距離特性によって規定されている(刺激特性依存説)、あるいは(2)排他的抑制は、視覚処理過程の高次のレベルで外界の有り体についての可能性の程度によって規定されている(高次過程説)、の2説が大別される。これらの仮説を総合すると、両眼融合下と非両眼融合下の視野闘争は、同一のメカニズムで分担されていると考えられる。
  Knapen et al.(16)は刺激特性依存仮説を検証するために、14に示した視野闘争図形を用いて刺激の距離特性を変化したときの排他的抑制の頻度と持続時間を測定した。この格子状の刺激パターンでは、両眼視融合のためにパターンの中心に注視点が設定され、また両眼融合が起きれば緑と赤の格子の間に奥行が出現する。格子の色を両方とも黄色から「赤と緑」の分離が生じるまで8段階に変え、また格子の奥行差は格子に両眼間で最大0.15分になるまで4段階で操作する。両眼視下での闘争は、格子パターンを19Hzでフリッカーさせる条件(フリッカー条件)、およびフリッカーに両眼間に提示しているパターンを各眼330msで交代させることを加えた条件(「フリッカー+スイッチ条件」)によって、それぞれ生起させた。実験では、パターンの格子間に設定した奥行差と色相差によって排他的抑制が、単眼視野闘争と両眼視野闘争条件下でどのように生起するかが測定された。パターンをフリッカーせずに連続提示条件も設定されている。したがって、実験条件は単眼視野闘争、両眼連続提示視野闘争、両眼フリッカー視野闘争および「両眼フリッカー+スイッチ視野闘争」の4条件である。両眼間のパターンのスイッチ条件では、パターンに依存する視野闘争か、あるいは各眼に依存する視野闘争かを決定できる。もし、パターンに依存する視野闘争が起きていれば、各眼で刺激を入れ替えても視野闘争は変わりなく生起し続けるが、各眼に依存して視野闘争がおきていれば視野闘争は影響を受けることになる。
  実験の結果、(1)パターン間で色相差と奥行差が大きくなると、すべての条件で排他的視野闘争が強くなること、(2)「フリッカー+スイッチ条件」と単眼視野闘争条件では排他的抑制の仕方の相関が高いこと、(3) 両眼視野闘争でのパターン連続提示条件とフリッカー条件では視野闘争の生起の仕方は相関が高いこと、などが示された。
  これらの結果は、視野闘争における排他的抑制は、刺激特性間の距離が増大すると大きくなること、両眼間闘争ではなく刺激間闘争が生起していること、さらに色相差と奥行差はそれぞれ独立に排他的抑制に関係していることを明らかにし、結論として刺激特性依存説を支持している。

1.13 片眼に限定した刺激による両眼立体視

  片眼に限定した刺激(両眼視差の存在しない事態)でも、立体視が可能なことKaye(1978)は報告している。Wilcox,et al.(31)は、この結果の検証実験を試みた。実験では、配色の背景に提示した1個の白色の棒刺激(60×8.5minの大きさで)のステレオグラムが使用され、両眼にステレオグラムを提示する条件とステレオグラムの片ペアのみを片眼に提示する条件(片眼提示条件)とが設定された。両眼視差は注視点からの距離で操作された(0、7、60100120分)。手続きは、ノニウスラインを提示し、次いでステレオグラムが両眼もしくは片眼に提示された(132ms)。片眼提示の場合、ステレオグラムの片ペアが提示されない眼には白色棒刺激が存在しない灰色の背景のみが提示された。
  白色棒刺激が注視面より手前か後ろかの判断を求めた実験の結果、片眼提示条件でも70から80%の正答が得られた。これはKaye(1978)の結果を裏付けた。そこでさらに、片眼条件提示の場合に、ステレオグラムの片ペアを提示しない眼にパッチを装着して同様な奥行判断を求めたところ、正しい奥行判断は得られなかった。この結果を説明するために、Wilcoxらは2つの仮説、すなわち両眼間の対応は入力眼の刺激位置と非刺激入力眼での背景輝度の中心(図心)の間でとられるとする説(15-A)、および両眼間の対応は入力眼の刺激位置と非入力眼の中心窩を通る視線の間でとられるとする説(図15-B)を立てた。図(A)の上段の左図に示されたように、右眼にステレオグラムの片ペアが提示されしかも右眼の注視点が視野の中心より左方向にシフトして提示した場合(実線で表示)、前者の仮説によれば左眼の視線は刺激の中心点を通る位置を維持する(灰色矢印線で表示)ので、左・右眼の輻輳角は非対称的となる。この場合、出現する奥行は、左眼の視線と右眼に提示されるステレオペアの刺激位置との交点(白色円もしくは灰色円)の位置にくると予測できる。以下、視線が右方向にシフトした場合(図の右側上段)あるいはステレオペアが左眼に提示された場合(下段)も同様に考えられる。一方、図(B )の上段の左図に示されたように、ステレオペアが提示されない左眼の中心窩を通る視線とステレオペアの提示眼である右眼との間で対応がとられる場合には、左右眼の間に輻輳角が形成されるので、出現する奥行は左眼の中心窩を通る視線と右眼に提示されるステレオペアの刺激位置との交点(白色円もしくは灰色円)の位置にくると予測できる。図(A)と(B)からも明らかなように、刺激の注視面に対する出現方向の分布は、前者と後者の仮説では逆方向となる。実験の結果、後者の仮説が支持された。さらに、後者の仮説によれば、注視点が横方向に大きくとった場合には、左右眼で構成する輻輳角がとれなくなるので、奥行は出現しなくなると予測されるが、これも確認された。
  これらの結果から、片眼への単独の刺激による立体視は、非入力眼の中心窩を通る視線に対して粗いレベルの一種の視差対応がとられるためと考えられる。

1.14 競合する視差によって駆動する輻輳作用(winner-take-all mechanism

  交差視差は、眼球運動の水平成分では輻輳を、非交差視差は開散を駆動する。また、眼球運動の垂直成分ではステレオグラムの右ペアの視差が大きければ右の眼球運動が強く、左ペアのそれが大きければ左眼の眼球運動が強くなる(Busettini et al. 2001, Masson et al.2002,Yang,et al.2003)。サルを対象にしてMST野の両側を切除した研究および単一ニューロンの活動を測定した研究によれば、視差に駆動される眼球運動はMST野が関係し、その大きさ、方向、時間変化を決めている (Takemura,et,al.2002a, Takemura,et,al.2002bTakemura et al.2001)。このように、眼球運動は両眼に提示される刺激属性に依存して変化する。
  最近、両眼に提示する刺激の明るさコントラストに2倍の差を設定して眼球運動を測定したところ、高いコントラスト側の眼球運動が反対側の眼球運動も完全に支配(winner-take-all)すること、言い換えれば低いコントラスト側の眼球運動は完全に抑制されることが明らかにされた(Sheliga et al. 2006)。これは、両眼間の眼球運動で相互抑制のしくみが働いていると考えられる。そこで、両眼間で視差の強度が異なる場合にも、同様な眼球運動が起きるかについてしらべられた(Sheliga et al. (25))。実験で使用されたステレオグラムは、17にあるように、サイン波形の縞パターンである。図のステレオグラムの左右ペアでは、空間周波数を35(左列では右眼3f、左眼5f)もしくは37(右列右眼3f、左眼7f)に設定して複合させるとともに、視差も、左右ペア間でそれぞれフェーズ視差(1/4周期)を設定する。また、それぞれが1/4周期差をもつ2種類の空間周波数が示す垂直視差を左右眼で同一あるいは反対に設定し競合させる。例えば、左眼に固視ズレ(hyper disparity)をもつ3fの空間周波数パターンが右眼に固視ズレをもつ5fのパターン、あるいはその逆になるように組み合わせる(Lh3f+RH5fあるいはLh5f+RH3fと表示)。このとき、左右ペア間の明るさコントラストに強弱(右眼:左眼:1:8,1:4,1:2,1:1.14,1:1,1.4:1,2:1,8:1)を付す。対照条件としては、左右ペアのいずれかに単独の空間周波数を提示してフェーズ視差を付し、一方の明るさコントラストを強める(7,14,23,40,58%)。この条件では左右眼で視差の競合は存在しない。眼球運動はサーチコイル法(コイルを巻いたコンタクトレンズを装着させ、磁界の中で眼球軸の運度方向を検出)によって水平と垂直方向について測定する。実験の結果、(1)視差抗争がある条件でステレオグラムの片ペアのコントラスト比が平均2.2以上になると、垂直方向への眼球運動は、コントラストの高い側が主導して生起し、コントラストが弱い方の眼球運動はまったく生じない(winner-take-all)こと、(2) 時間経過に伴う眼球運動は、すべて、非線形の変化をすること、(3)視差抗争がある条件でステレオグラムの片ペアのコントラスト比が平均4.5以上にならないと、コントラストの高い側が主導した水平方向への眼球運動は生起しないこと、(4)視差抗争が無い条件でもステレオペア間にコントラストの差があると、それが強い側への優先的な眼球運動が生起すること、などが示された。
  これらの結果に示されたような眼球運動の“winner-take-all”は、視差処理過程にある他眼に対する抑制のしくみに基づくと考えられ、結果として刺激強度の強い対象に両眼輻輳しやすくしていると考えられる。

1.15 キクロピアン錯視(cyclopean illusion)

 キクロピアン錯視とは、視対象とその視線に関わる錯視をいう。両眼視している場合、視対象は両眼間の中央に想定されるキクロピアンの視線上に位置して視える。しかし、18-Aに示したように、片眼(図の場合は左眼)が遮蔽された事態では、視対象は右方向にシフトして視える錯視が生起する(近対象条件を図の(a)に、遠対象条件を(b)に図示)。この錯視は強固なものであるが、しかし視対象を残像刺激にした条件、あるいは5Hz でストロボ提示にした条件では、このキクロピアン錯視が生起しないことが報告された(Enright 1988)
  この結果は、視対象の視方向が頭部中心を基点として絶対的方向で決められるのではなく、相対的方向でも決められている可能性を示した。そこで、Ono,et al.(21)は、Enrightの研究を踏襲し、視対象を残像にした条件、視対象をストロボ提示した条件、そして視対象の背景をランダムドットにした条件で検証を試みた。実験は、図18-Bにあるように、遠対象(近対象)を110cmに位置させ、また移動できるトラッキング刺激(ロッドの先にLEDをつけたもので20から60cmで移動可能)を設置した。実験手続きは、フラッシュガンを用いてあらかじめ残像を右眼に形成しておき、その後、トラッキング刺激のLEDを追従するように教示する。このとき、左眼の前には遮蔽物を置き、遠対象を視えなくする(トラッキング刺激は両眼で観察可能)。残像は、網膜の中心に形成する場合と網膜の周辺に形成する場合の2条件を設定する。これは、前者の場合に残像はトラッキング刺激上に形成されるので、残像はいつも両眼の視線の交点にあるため視対象は奥行方向(前後方向)に移動して視える。一方、後者の場合には、残像はトラッキング刺激の少し上を通過して背後のスクリーンに投影されるので、キクロピアン錯視が生起すると予想される。被験者には、残像が網膜の中心にある条件では視対象(残像)の視えの奥行距離と大きさ(トラッキング刺激のもっとも近い位置と遠い位置で報告)を、残像が網膜の周辺にある場合には横方向への視対象の運動をセンチメートルを単位としてそれぞれ報告させた。
  その結果、残像が網膜の中心に形成された場合には、残像は常にトラッキング刺激の移動に伴って右眼の視線にそって動いたが、残像が網膜の周辺に形成された場合には、残像は常にトラッキング刺激の移動に伴って横方向に移動することが示された。また、視対象(510204080cmの観察距離に配置)をストロボ提示しながら、トラッキング刺激を追従させ(この場合、視対象は左眼には視えないように左眼を遮蔽する)、横方向への対象の移動があるかどうかを報告させたところ、すべての被験者はストロボ提示条件でもキクロピアン錯視を報告した。さらに、実験装置の背景にスクリーンも配置し、縦縞、横縞、ランダムドットおよび黒色の各パターンを提示し、トラッキング刺激を追従する条件、ならびに遠対象−近対象(トラッキング刺激のもっとも近い位置)を交互に注視する条件(この場合両対象は静止刺激)とでキクロピアン錯視が生起するかどうかを単眼視(片眼にアイパッチを装着)と両眼視で検証したところ、背景パターンが何であっても、またトラッキング刺激条件あるいは遠−近対象交互注視条件でも、両眼視であればキクロピアン錯視は生起することが示された。ただ、縦縞とランダムパターンが背景にある場合には、キクロピアン錯視量は減少した。この場合、背景刺激が顕著な目印として視対象を留置するように働いたためと考えられる。
  これらの結果から、視覚システムが視対象を両眼間の中央に想定されるキクロピアンの視線上に位置して視えることによって生起することが確認されている。

1.16 斜視あるいは屈析異常による弱視児童の両眼立体視力と運動視との関連

  生得的な斜視あるいは両眼間の光学的屈析異常があると、視覚能力の発達が阻害されて弱視になりやすい。この場合、弱視眼のみではなく健常眼での運動視力の発達も悪い影響を受ける(Ho & Giaschi 2006, Ho et al. 2005, Simmers et al. 2003, 2006)
  Ho & Giaschi(13)は、今回、高レベル運動処理過程(high-level motion processing)においても、屈析異常弱視と斜視弱視間に差があるかについてしらべた。運動視処理過程には、低レベル処理過程と高レベル処理過程とがある。前者は低空間周波数に同調する運動検出器の受容野で、後者は高空間周波数に同調して作用する刺激の特徴検出器の受容野で、それぞれ担われている。もしドット密度が減少あるいはドットサイズが大きくなると、低レベル運動処理過程から高レベル運動処理過程にスイッチされる(Sato 1998)。最大運動距離閾(Dmax、ランダムドット・キネマトグラムの運動方向が識別できるための最大の刺激運動距離を指標として統計的に算出する閾値)は、低空間周波数の運動検出器の受容野の大きさを超えるまではドット密度が小さくなるとあるいはドットサイズが大きくなると、それぞれ増大する(Smith & Ledgeway 2001)。このDmaxの増大は、ランダムドット・キネマトグラムに高空間周波数帯域を除去するフィルターをかけ、低レベル運動処理過程を縮減しても維持される。これは高レベル運動処理過程によって運動が検出されているためと考えられる。Ho & Giaschiは、12名の7歳齢から8歳齢(6名の斜視、6名の弱視)と対照群である健常児を対象に、キネマトグラムに対するDmaxを求めた。弱視児童では、実験前に、両眼融合の程度、二重視の程度、優位眼の程度が評価された。実験条件として、ドット密度とドットサイズを変化させ(条件1:ドット密度5%、ドットサイズ20分、条件2:ドット密度0.5%、ドットサイズ20分、条件3:ドット密度5%、ドットサイズ1度)、またSOA53ms160ms)を設定した。また、キネマトグラムに高空間周波数フィルターをかけて1.5cpd以下を除去した条件も追加した。
  実験の結果、Dmaxを指標とするとき、弱視児童のそれは健常児童より大きいこと、しかし斜視と弱視条件には差がないこと、さらに両眼立体視力が悪いとDmaxは大きいことが示された。Dmaxと両眼立体視との関係は、高空間周波数条件でより強く生起した。
  これらの結果から、運動視には両眼立体視過程の発達が密接に関係していると考えられる。

1.17 ステレオ立体像と顔の認知

  ある角度からの顔画像を識別するとき、異なった角度からの顔画像の識別は悪くなる。これは顔画像の神経生理的な表現が視点依存型であるためと説明される(Hayward 2003, Tarr & Cheng 2003)。しかし、この説には日常で人間が利用しているステレオ立体像の役割が考慮されていない。そこで、Burke, et al.(5)は、実在人物から視点の異なるステレオ画像(045,90度)を作成し、正面から作成したステレオ顔画像に対する顔識別の正確度をしらべた。その結果、ステレオ画像による顔判断の正確度は、視点に依存しないことが示された。
  このことから、ステレオ画像にもとづく顔など複雑な対象の識別は、視点依存によるのではなく、視点の一般化によって行われると考えられる。

1.18 RDS立体視能力の知覚学習

  知覚学習とは、学習(トレーニング、フィードバック有)や練習(エクアサイズ、フィードバック無)によって知覚的パフォーマンスが向上することをいう。ランダムドット・ステレオグラム(RDS)の立体視でも、その反復練習によって立体視までの潜時が減少することが知られている。両眼立体視で知覚学習が起きるのは、視差検出が適正でないため両眼間の視差対応に誤りやノイズが起きること、あるいはステレオグラム事態に視差対応に関してノイズがあるために視差検出の強度が弱いこと、もしくは視差対応の過程で生じるノイズ自体を軽減できないこと、などのためであり、RDS立体視能力の知覚学習はこれらの原因が改善されるからと考えられる。Gantz et al.(8)は、両眼立体視での知覚学習で何が学習されるのかをつきとめるために次のような実験を試みた。学習過程では被験者に、上下に提示された2つのRDS(上のRDSは視差ゼロ、下のRDSには視差が付与)を両眼視し、上のRDSに対して下のRDSに出現する奥行が前あるいは後ろかを判断させる。判断の正誤は被験者にフィードバックされ、正しい判断基準に到達したら視差が段階的に縮小されて、次のステレオグラムの学習に進み、これを反復練習(個人によって異なるが6600から11200回)する。両眼立体視力のテストは、左右のステレオペアのドット間の非対応度を変化(0、20406080%)したRDSで学習の前・後で実施した。
  その結果、すべての被験者で奥行出現検出のための視差閾値は減少すること(ある被験者は1.055から0.194分へと減少)、またステレオペアの非対応度を変えたステレオグラムでの学習後の閾値は、学習前のそれと比較して優位に減少すること、さらにこれらの学習効果は学習後6ヶ月経過しても持続することなどが明らかにされた。
  これらの結果は、ステレオペアの対応が妨害されても立体視の閾値は干渉を受けないことを示す。つまり、ステレオ立体視における学習は、ステレオペア間の非対応に関する耐性のしくみを変えるのではなく、視差検出の精度を高めていると考えられる。

1.19 プリズム装着飼育による正視と遠視への影響

  乳児期の斜視は正常な両眼視力を妨げる(Ingram et al.2003)Whatham & Judge(29)は、8週齢の5頭のマーモセットの片眼にプリズム(15PDあるいは30PD)28日間装着して人工的な斜視を導入し、その影響をプリズム脱着後273日間にわたってしらべた。人工的な斜視を徹底するために、プリズムは112時間の装着中3時間ごとに回転(プリズム底辺を上・下・横の3方向)させられた。プリズム装着の前・中・後に、両眼の協応(注視時に片眼の視線の逸脱がないか)、利眼(小さな穴を通しての観察時にどちら側の眼を使うか)、眼球の光学的構造の測定(角膜の厚さ+前房、レンズの厚さ、ガラス体の奥行、屈折異常、角膜の弾力)、視覚誘発電位(VEP)を測定した。
  その結果、(1)非装着眼の利眼は装着中から出現し脱着後も7月間継続すること、(2)VEPを指標としての空間周波数コントラストの感受性は装着眼で劣っていて、これはプリズム装着による弱視に対応していること、(3)装着眼に近視あるいは遠視が装着終了時には生起していたが、脱着後には減少すること、などが示された。
  これらの結果から、プリズム装着による両眼視の妨害は近視や弱視などをもたらして正視眼の発達に影響を与えるが、遠視(hyperopia)を誘導はしないと考えられる。