2. 運動要因による立体視

2.1 運動視差速度は眼球運動速度によって加算されるか?

  鋏状パターン間に運動速度差(帯状パターン前額平行面での横方向への運動)があった場合には、その間に奥行視が生じるが、頭部運動あるいはモニター運動が随伴しない場合には出現する奥行が反転したり運動が顕著に感じられたりして不安定であることが知られている。しかし網膜以外の手がかりが同時に存在する場合にはこの種の不安定が消える(Nawrot 2003a,2003b, Ono et al.1986)。一方、運動視差は対象の相対的な運動速度で規定されるので、出現する奥行方向は網膜上の相対的な速度差で決まるとする主張もある(Braunstein & Andersen 1981, Braunstein & Tittle 1988)。   
  そこで、Mitsudo & Ono(20)は網膜上の運動パターンの速度に眼球運動による速度を加えた条件で出現する奥行方向を測定することを試みた。実験事態は、20A-aに示したように、4個の隣接する帯パターンからなり、それらの帯は左方向に一定の速度で運動するが、ただしそれらの運動速度は互い違いで相違する。運動パターンの中央には眼球追跡点が設定され、図のA-bに示されたように、運動パターンとは逆方向に運動する。運動パターン速度(5,7.5,10/deg s-1)と眼球運動追跡速度(0,4.8,12,16,20/deg s-1)はそれぞれ独立に変化する。予測としては、図B-aに示したように、運動パターンに眼球運動追跡速度が加算されれば、眼球運動速度の増加に伴い出現する奥行方向は変化するが、このような加算がなければ、図B-bのように、運動パターン速度で一義的に視えの奥行方向は規定される。観察者には眼球運動追跡点を追従しながら運動パターンを観察し、どの帯が手前に出現しているかを報告させた。
  実験の結果、予測通り、眼球運動追跡速度が増大するに伴い手前に出現する帯の出現率がガウス曲線を描いて減じることが示された。これらの結果から、運動視差による視えの奥行出現方向は,網膜パターンの運動速度と眼球運動追跡速度の加算速度で規定されていると考えられる。

2.2 大きな視野で方向や速度を変化した場合の光学流動パターンの検出

  網膜上での光学流動パターン(オプティックフロー)は、観察者自身の運動および視環境の3次元構造を知覚する有力な手がかりである。光学流動パターンは、放射状パターン(奥行方向に対象あるいは観察者が運動した場合の視線方向に拡散あるいは収縮する流動パターン)、平行パターン(対象あるいは観察者の前額に平行な運動による流動パターン)、および螺旋パターン(対象あるいは観察者が回転した際に生じる流動パターン)に大別される。日常では、流動パターンはこれら3種類の流動パターンの複合として網膜上には投影される。Edwards & Ibbotson(7)は、大きな視野(82 deg 直径)内で、21に示したような6種類の流動パターンを作成し、流動パターン内のフローの方向と速度の検出の程度を測定した。流動パターンは、次の6種類である。図a、図b、図cはドットの等速運動によって形成される流動パターン、図dでは速度勾配をもって拡散する流動パターン、図eでは図dのパターンとは逆方向の速度勾配で拡散する流動パターン、そして図fでは速度勾配が不規則に変化する流動パターンである。実験では、これら6種類の流動パターンの識別の程度としてドット数を指標とした閾値を測定することで実施された。
  その結果、大きな視野でも収縮する放射流動パターン(図b)に感受性が高いこと、しかし3種類の速度勾配条件では流動パターンの検出に差は生じないことが示されている。