運動要因による立体視

内斜視者の眼球運動と運動視差の奥行視
 運動視差が働いているとき網膜上の対象の運動方向は、対象が観察者の注視点を基準として前あるいは後ろのいずれに定位されて知覚されるかは、一義的に決まらない。最近、対象を追従する遅い眼球運動が運動視差の奥行視に大きな役割を果たしていることが報告された(Naji & Freeman 2004, Nawrot 2003, Nawrot & Joyce, 2006)。網膜上の対象の運動方向によって対象が注視点のどちら側にあるかを示すことができないならば、網膜以外の手がかりによって対象の遠・近が決められるというわけである。観察者が頭部を左右に動かして運動視差をつくるとき、眼球は対象を網膜の中心に位置し続けるように補償的に運動するが、この補償的眼球運動は前庭器官の反応と視覚的追従運動の合成となり、頭部運動と対象までの観察距離に依存して変化する。網膜上の運動方向は、網膜外の手がかりとともに運動視差事態における対象の遠・近を決めていると考えられる。もし頭部を運動させたとき、対象が観察者の頭部運動と同方向に動いて視えれば、対象は注視点より遠くにあることになる。一方、注視点より近方にある対象の視かけの運動方向は観察者のそれとは反対になる。
  Nawrot et al.(12)は、内斜視者が頭部を運動させた際の眼球運動の動きの範囲を14に示した。図の上段には健常眼である右眼を遮蔽した場合の内斜視をもつ左眼の運動範囲を示す。この場合、頭部運動が左方向では内斜視眼は健常眼と同等の眼球運動をするが、頭部が右方向に動いた場合には内斜視眼の運動は狭まると予測され、運動視差の生起が十分ではないと考えられる。図の下段には、内斜視が右眼の場合を同様に示している。
 そこで、7人の内斜視者を被験者に運動視差による奥行視閾値を測定すると共に、その際の眼球運動をモニターした。運動視差は、観察者が顔を顎台に載せ左右に振るときに出現するディスプレー上の波形パターンで提示した。内斜視者には健常眼を含めて常に片眼を遮蔽し、提示された波形パターンの凹凸を報告させて、運動視差による奥行閾値が求められた。
 その結果、内斜視眼が正常な範囲内の運動を出現させることが可能な場合には運動視差による奥行閾値は正常眼のそれと同等であったが、そうでない場合には奥行閾値は有意に大きくなることが示された。
 このことから、眼球運動が正常でない場合には運動視差の出現も正常ではなくなることが示され、運動視差による奥行視には網膜以外の情報が重要な手がかりとして組み込まれていると考えられる。