絵画的要因による立体視
パースペクティブによる奥行構造と輻輳視点との関係
視空間が網膜に投影されると、その網膜像は線遠近法で構成される。図15に示したように、観察者が両眼輻輳の中心点(注視点)を移動させると、その投影像は図(a)から(d)に描いたように変化する。図(a)は最初に設定した投影事態、(b)は(a)をC点(観察者の眼球位置)へ横移動し場合の投影事態、(c)はCが投影面に対して直交するように移動した事態、(d)はCを投影面に対して直交するように遠ざけた事態、をそれぞれ示す(図中、C:投影の中心点(観察者の眼球位置)、Cr:立ち位置、P:SのΠへの投影点、Pr:PのΠへの垂直投影点、S:Π上の収束点、Γ:地面、Π:投影面、r:CとSを結ぶ投影光線、rr:rのΓ上への投影投影線)。投影の中心点Cを任意に移動させると投影点Pは投影面上を旋回し、さらにその延長線上にある収束点SはPを中心としてCの移動に伴って旋回したり、移動したりする。図16(a)は、別のシーン構造を示す。ここでは地面上に線分1が引かれている。その線分の投影面への投影線分は1‘となる。投影の中心(眼球位置)からの収束点Vは投影線分1‘を通る。(b)は投影の中心点Cを横方向に移動した場合のパースペクティブ関係を示す。
視空間を網膜へと投影した際の視点移動に伴うパースペクティブ構造の幾何光学的解析に基づくと、観察者が視空間を表現した2次元画像を注視するとき、知覚現象としては画家が扱うようなアルベルティの窓(世界が写された透明なガラスのようなスクリーンで、視空間の一部を覗き見る窓)を通して世界を視ることになる。このアルベルティの窓の中心は両眼輻輳の中心点(すなわち観察者の注視点)となるので、輻輳の中心点(注視点)の移動は、パースペクティブ構造をもつ投影像の中心を変えることと等価である。すなわち、観察者は新たな輻輳の中心点から幾何光学的に変形して再構成された3次元のシーンを視ることになる。このような両眼の輻輳の中心点の変化がパースペクティブ構造を変形し、その結果、観察者のシーン知覚に影響するという仮説(遠近-変形仮説、perspective-transformation hypothesis)がTodorovicè(21)によって提唱された。
一方これまでは、輻輳中心点補償仮説(vantage-point compensation hypothesis)が提起されていた。それによるとパースペティブにもとづく知覚は堅固であり、輻輳の中心点が移動しても、ちょうど「形の恒常性」において視点角度が変わっても形は変形しないように、シーンの中に視えるものに影響しないと考えられた(Hagen 1974, Shepard 1992, Yang and Kubovy 1999, Vishwanath et al
2005)。
そこで、Todorovicè(21)は、図17にあるような実験事態を作成してこれらの両仮説の検証を試みた。床面とそれに垂直な壁があり、その壁にはディズプレーが掛かっている。そのディスプレー上には、4列の平行な列柱、その床面には敷き詰められタイル、地平線を示す水平線が描かれ、収束点がディスプレーの上方に設定されている。被験者には3箇所の輻輳の中心点(VP1、VP2、VP3)に設置された顔面固定器に座し、その位置から真っ直ぐ中心に向かって仮想の線分を床面上4通りの列柱までそれぞれ延長させ、床面状に設けられた垂直なロッドを左右に動かし、ロッドと各列柱とが延長線上にあるように調整させた。
その結果、VP1の位置から知覚された4通りの列柱の壁面に対する角度の平均は98.7度、VP2のそれは50.4度、VP3のそれは30.6度となった。これは観察位置が右方向に移動すると、列柱に対する知覚された方向角度は、観察位置に比例して反時計回りに変化することを指している。これは、「遠近―変形仮説」を支持する。
図と地分擬における凹形状と凸形状の差異
図と地の分擬を規定する要因には、面積、明るさ、ゲシタルト要因などがあるが、その中に凹あるいは凸形状の要因がある。凹形状に比較して凸形状の方が注意を集めやすいので図となりやすく、一方、凹形状は地となりやすいとされる。
そこで、Bertamini & Lawson(1)は、図18にあるような図形をランダムドットステレオグラムで作成し、凹あるいは凸状に浮き出るように作成した。図AとBの右側は凸状図形、左側は凹状図形であるが、それぞれに交差あるいは非交差視差をつけ、両眼立体視すると、実際に両側の図形とも浮き出たり、沈み込んだりする。両眼立体視している被験者には、最初に浮き出た刺激が右あるいは左かを合図で知らせるように教示し、その反応時間が測定された。その結果、凸状図形の方が凹状図形より反応時間が速いことが示された。
交差あるいは非交差視差は等条件なので、この反応時間の差は「図」になりやすさの要因が関係していると考えられる。
連続したV字型アングル要因による輪郭と奥行
図19(A)を見ると、ちょうど紙を水平に折れ曲げたような奥行をもつパターンが知覚できる。このパターンは、主観的輪郭とは異なる。というのも、ここにはオクルージョンは存在していないし、蔽-疲弊の関係もない。Shapley & Maertens(18)は、図(B)に示したような刺激パターンのV字角度、V字線分の本数(密度)を変化させ、どの程度の奥行が視かけ上、生じるかをしらべた。
その結果、(1)V字斜線と水平線間の角度が増大するに伴って視えの奥行程度は増大し、とくに40度から60度近辺で急激に増大すること、(2)V字線分の密度が高くなると視えの奥行程度は増大し、とくに視角1度あたり2本のときに最大となることが明らかにされている。
陰影要因と隣接面接合要因による乳児の立体視
乳児(5から8月齢)を対象とし、絵画的要因である陰影と隣接面間の接合の手がかりを用いて2次元画像の3次元視が可能かをしらべた(Imura et al.(11))。隣接面間の接合要因とは、図20にあるように、短冊を折り曲げた形状の折り目部分(Y字形線分)の陰影を操作するもので、陰影を折れ目線分の境界で変えるものと、それを越えて変えるものである。前者の場合には成人では3次元視が可能であり、後者では2次元(平面的)にしか視えない。
実験は、「2次元図形-2次元図形」、「3次元図形-2次元図形」の組み合わせ刺激を連続して提示し、乳児がどちらの組み合わせ刺激を注視するかを観察した。その結果、7から8月歳児は、「2次元図形-2次元図形」条件より「3次元図形-2次元図形」を有意に長く注視すること、5から6月齢乳児ではこのような選好は生じないことが示された。
このことから、陰影と隣接面接合要因が絵画的な3次元手がかりとして働く発達的臨界期は6月齢と7月齢の間にあると考えられる。