両眼立体視

粗い視差処理と細かい視差処理
 両眼視融合閾値を超える大きな視差(相対視差)での立体視の可否については、これまで多くの研究がなされ、その結果、二重視が生じていても安定した立体が生起していることが確かめられてきた。これは、大きな視差(粗い視差)と小さな視差(細かな視差)のそれぞれに対応する処理過程が存在することを示す。
 Wilcox & Allison(28)は、2種類の視差処理過程に関する研究をレビューし、細かな視差処理過程では相対的立体距離を量的に処理し、粗い視差処理過程では立体出現方向のみを処理していることを示し、さらに両眼立体視での一次的過程(等輝度で規定される刺激の処理過程)では融合範囲内で立体視が成立し観察時間が長いほど相対的立体距離の識別は向上するが、一方、二次的過程(輝度コントラストで規定される刺激の処理過程)では融合閾値を超えた領域で立体視が成立することを示した。これらの関係を総合して示したものが、1である。図1では、横軸に両眼視差が、縦軸に立体視出現の程度がそれぞれ示され、量的相対奥行距離が可能な領域(Patent Stereopsis)から二重視であるものの立体方向のみが視える質的立体視(Qualitative Stereopsis)へと両眼視差の増大に伴って変化する状況が示されている。
 このレビューでは、両眼視差過程は2種類の処理過程があり、それぞれ異なる機能を担うことを明らかにしている。

両眼立体視における単眼的要因の役割
 両眼立体視に必須の成立要因は両眼視差であるが、左右のステレオグラムペア間に両眼視差要因が存在しないのに両眼融合が生起し立体視を成立させることができるステレオグラムが、近年、多く報告されている。図2(a)は、図2(b)に示した中央と右端のペアを交差視差で両眼視融合した際に生起する3Dシーンで、手前の遮蔽物(オクルーダー)であるフェンス越しに背景が奥行配置されて視える。このステレオグラムペアでは背景領域は左右で対応がとられていない。ただ、中央と左端のペアを交差視差で視ると奥行出現は不安定になる。これは、現実にある3次元シーンと一致しないからである。このステレオグラムに示されたように、このステレオペアでは手前のフェンスが遮蔽物となり、背景の領域は左右眼で対応をとることができない。Harris & Wilcox(9)は、両眼立体視における単眼的要因を、左右眼では視差対応がないが、融合視すると、遮蔽物が奥行配置された立体シーン(3Dシーン)で生起するステレオグラム内の対応のない領域と考えた。
 Harrisらは、これまでの研究を概括し、両眼立体視における単眼的役割を、観察者と対象の奥行位置関係および単眼的役割を誘導するそれらの要因の形状に基づいて3種類のタイプに分類した。
 その1は、前面にある特定の大きさの遮蔽物とその遮蔽越しにある後面の背景から成立した3Dシーンで、左右眼には視差対応の無い完全に異なる領域から構成されているタイプである。図2に示されたものがその典型であり、ここでは前面の遮蔽物が適切な広さの格子となっているために、その背面の光景は両眼間で対応をもっていない。これは自然界では稀な場合にしか生起しないが、前面と後面の間には安定した視えの奥行が生起する。ここでの単眼視要因は左右眼に提示される視差対応のない刺激で、これが前面に配置された遮蔽物のために背景面となることにある。この種のステレオグラムを両眼融合させると視野闘争が生起するが、それにも関わらず安定した立体視が生じる点は興味深い。「篩い越し奥行効果(Sieve effect)」は、このタイプの典型である。このタイプの両眼立体視研究を通して両眼立体視、視野闘争、そして単眼視要因からの立体視が絡んだメカニズムを解き明かすことができよう。このタイプに属する代表的な研究には、Howard(1995)Forte, Peirce, & Lennie(2002)Tsai & Victor(2000)がある。
 その2は、前面にある矩形の遮蔽物とその背景面に位置する棒状の対象が配置された空間、あるいは矩形状に開いた窓から視える背景面とその横手前方向にある棒状の対象が配置された空間から成立した3Dシーンで、左右眼の中央には矩形がそれぞれ配置されるが単眼的要因である棒状刺激は片眼のみに配置されるタイプである。これはダ・ヴィンチ・ステレオ視に代表され、また「単眼視ギャップの奥行効果(monocular gap effect)」もこれに含まれる。前面にある矩形の遮蔽物とその背景面に位置する棒状の対象が配置された空間が自然界に実在するシーンに一致するので安定した立体視が成立する。ここでの単眼視要因は両眼視融合可能な前面もしくは背景面に随伴している点が特徴である。そのために、両眼視差立体視メカニズムが単眼視要因を取り込み、矛盾のない3Dシーンをどのようにして成立させるかが問題となる。このタイプに属する代表的な研究には、Julesz(1971)Nakayama & Shimojo (1990)Shimojo & Nakayama(1990)がある。
 その3は、背景面の前方に棒状の遮蔽物が浮かび上がる3Dシーンで、図3に示したように棒状刺激が単眼視要因となっている(図3a )。図3(b)の中央と右側ペアを交差視差、あるいは中央と左側ペアを非交差視差で観察すると、棒状刺激が背景面の前方に出現する。ここでは、灰色の細い棒状刺激が左眼に対して互いに同色のためにカモフラージュされ、灰色背景面を遮蔽する。ここでの単眼視要因の特徴は、両眼融合可能な前面と同色あるいは同一のテクスチャを単眼視要因として配置することによってカモフラージュ効果が誘導されてファントムな対象が出現する点にある。このタイプは自然界では稀である。このタイプに属する代表的な研究にはHoward & Rogers(2002)Kaye(1978)がある。
 両眼立体視における単眼視要因の問題では、両眼視差が存在しなくても単眼視要因のみで立体視が可能か否かにある。Harrisらは、(1)単眼視要因は立体視成立を促進するか、(2)単眼視要因による立体視を可能にさせる最少刺激は何か、(3)単眼視要因による立体視では前面の対象が遮蔽物とならねばならないという制約条件が必要か、(4)単眼視要因は両眼視差メカニズムによって処理されうるのか、(5)単眼視要因による両眼立体視を可能にする単独で独立したメカニズムがあるのか、(6)単眼視要因による立体視と視野闘争との関係、(7)ファントム・ステレオ視(phantom stereopsis左右ペアで対応する図形が存在しないのにある形状面が浮かび上がるファントム・ステレオ視。図4参照)(8)単眼視要因によって出現した面が遮蔽性をもつのではなく透過性(monocular transparency)をもつことがあるか、(9)intrusion stereogram(単眼視要因によって前面に出現した面が対象自体を浸潤するように視えるステレオグラム)による形状面への浸潤現象が起きるか、(10)単眼視要因によって出現する遮蔽面と傾斜面との関係、(11)単眼視要因による立体視のモデル、について過去の研究をレビューして検討した。
 その結果、両眼立体視において単眼視要因の研究は、両眼視差立体視、視野闘争そして遮蔽物幾何学(occlusion geometry)に関連し、両眼立体視理論を構築するために重要である。

3次元面の立体伝播効果(propagation effect)
 凹あるいは凸に特定できない多義的な3次元面の奥行の処理過程では、曖昧なところがない一義的な刺激特徴をもつ領域の影響を受け、明瞭な3次元面が知覚できることが知られている。これらの知覚現象として、ステレオキャプチャ(stereo capture)、視差の補間(disparity interpolation)、面の統合(補間、補完 surface integrationsurface interpolation surface completion)が報告されている。ステレオキャプチャとは、視差の対応が多義的な場合、視差対応が一義的な領域の影響を受ける現象である((Kham & Blake 2000, Ramachandran 1986, Wu, Zhou, Qi & Wang 1998)。視差の補間とは、面を構成する刺激が疎らであったり単眼視要因であったりする場合、視差対応が一義的な領域の影響を受けて立体視が出現する現象である(Mitchison & McKee 1987b, Yang & Blake 1995)。面の統合・補間・補完とは、面の一部が欠損していたり遮蔽されていたりする場合、視差対応が一義的な領域の影響を受けて立体視が出現する現象する現象である(Yin, Kellman & Shipley 2000, Wilcox 1999  Wilcox  & Duke 2005, Rubin 2001, Yin, Kellman & Shipley 1997)。これらの知覚現象は、視覚システムには面の情報の一部が多義的、あるいは欠損していても、それらを捕獲、補間あるいは統合して3次元面を知覚できる苦悩があることを示す。
 Georgeson et al.(7)は、両眼立体視で出現する3次元誘導面から2次元のパターンあるいはテクスチャへの立体的な伝播が誘導されるかをしらべた実験では、ガウス型のノイズをかけたテクスチャから構成したステレオグラムで両眼立体視すると横波型のひとつの凹形状が出現する誘導領域(図5A)の中央付近に水平縞パターンによるテスト領域 (図5B)、あるいは同様に2次元の垂直縞パターンのテスト領域(図5C)をもつ各ステレオグラムで、立体伝播効果が誘導されるかを確かめた。テスト領域の2次元のテクスチャには、水平縞パターン、垂直縞パターン、水平と垂直混合パターン、コサイン波形パターン、矩形波パターンおよび線分パターンが用いられ、それらには1次元(1-D)あるいは2次元(2-D)のガウス型ノイズをかけて、両眼あるいは片眼に提示された。誘導される立体面の視えの深さは、前額平行に傾斜した2次元の円盤状刺激8種類を同時に提示し、凹状の傾斜面の視えの角度とマッチングさせる方法で測定した。
 その結果、1次元のガウス型ノイズをかけた水平方向パターンでは、それらが両眼あるいは単眼提示のいずれにあっても顕著な立体伝播が誘導されたが、2次元ノイズおよび1次元ノイズ条件でも垂直方向パターンでは誘導効果はほとんど示されなかった。とくに誘導効果が高い条件は、テスト領域の水平パターンのエッジが誘導領域の波形の凹凸の頂と底に一致する場合だった。
 これらの結果にもとづいて、図6のような伝播モデルが提唱されている。まず、誘導領域の視差が水平方向の輪郭線に沿って伝播される。次いで2次元形状であるテスト領域に立体面を構成するが、このとき、誘導領域の立体形状がそのまま伝播されるのではなくテスト領域の陰影、ドット密度、線分などの要因が立体面の形状構成に影響を与える。視差伝播は局所的な視差処理過程で生起していると考えられる。

片眼斜視者の斜視眼のみによる両眼立体視(monocular fusion)
 Rychkova & Ninio(22)は、斜視眼側の1眼のみによる両眼視融合が可能となり、さらに両眼立体視も可能(monocular fusion)になるという不思議な事実を明らかにした。実験は恒常的ではないが斜視をもつ者を対象に実施された。図7に示したように、片眼斜視者の正常眼を遮蔽し、斜視眼のみに左右像が提示された。図7の上段は左あるいは右が輻輳斜視をもつ場合、下段は開散斜視をもつ場合をそれぞれ表示(F:中心窩、N:鼻側、T:こめかみ側への左・右像の投影位置をそれぞれ表示)し、また正常眼は遮蔽される(ナチュラルに開散もしくは輻輳している)。この場合、左右像のひとつは中心窩(fovea)に他の像は中心窩外(鼻側あるいはこめかみ側)の網膜に投影される。図8は、両眼立体視に使用されたステレオグラムである。健常者の両眼立体視では、(a)奥行傾斜垂直線分、(b)前額平行垂直線分、(c) 奥行傾斜水平線分、(d) 前額平行水平線分、(e)上側あるいは下側に置かれた円盤、(f)丸形ドーム、(g)中央が凹の丸形ドーム、(h)水平に置かれたシリンダー、(i)垂直に置かれたシリンダー、(j)水平に置かれた単眼視要因のある矩形、(k)垂直に置かれた単眼視要因のある矩形、(l) 水平に置かれた単眼視要因の無い矩形、(m) 垂直に置かれた単眼視要因の無い矩形、がそれぞれ成立する。
 30人の被験者の斜視単眼立体視(monocular fusion)の結果は、図8の各ステレオグラムの下部の数値に示されている。数値は分母が被験者数、分子が部分的にも立体視の出現した被験者数を示す。多くのステレオグラムで両眼融合が成立し、かつ立体視が出現した被験者が多いが、実際には、水平あるいは垂直線分の奥行傾斜ステレオグラムでは前額平行な線分が遠近をもって視えるとか、あるいは単眼視要因のないランダム・ステレオグラム(fghilm)では、健常者と同様な立体形状(ドーム・シリンダー)が正確に出現するのではなく、細部を欠いた凹み形状が出現するとかが報告された。両眼立体視も外向きより内向きに視差を設定した方が立体出現しやすく、奥行出現方向も背景の手前に定位されて出現する偏向があった。これらの被験者が眼科的な手術で斜視矯正された場合には、この種の斜視単眼立体視は消失した。
 ノーマルな両眼立体視の初期過程では各半球は2つの半球のそれぞれから視差情報を受容し、各半球はパラレルに機能している。そこでは、各半球は独立に視差情報を抽出し、さらに各半球での視差や立体情報を比較することで高度な情報を得ている。しかし、斜視眼単眼立体視では、非斜視眼の中心窩からの出力は、通常通りに両方の半球に送られるが、もう一方の斜視眼からの網膜の感受領域の情報は片半球にしか送られない。しかもこの出力は小細胞層とはほとんど連結していないと考えられる。開散型斜視の場合、網膜の感受領域の情報はこめかみ側にあるので、この情報は同側の半球に出力されが、一方、輻輳型斜視の場合、網膜の感受領域の情報は鼻側にあるので、この情報は反対側の半球に出力されると考えられる。健常者の場合、左半球は左眼網膜のこめかみ側からと右網膜の鼻側からの情報を受け、右半球は左眼の鼻側と右眼のこめかみ側からの情報を受け、両半球全体では4通りの情報を網膜から受ける。しかし開散あるいは輻輳型斜視いずれの場合にも、斜視眼からの網膜の感受領域の情報は片半球にしか送られないとすれば、両半球全体では3通りの情報しか受けないことになる。したがって、斜視者の場合には、両眼視差情報の一部が欠落しているので、斜眼立体視において結果に示されたような困難が生起すると考えられる。
 いずれにしても、斜視単眼立体視が成立することは、不完全な視差情報あるいは不完全な輻輳情報でも両眼立体視が成立する可能性があることを示し、両眼立体視過程を考察する上での重要な手がかりとなろう。

窓問題条件での視差検出
 両眼立体視の視差検出では、観察者の網膜上の水平軸の左右眼視差が基本となる。非交差視差条件では対象は注視面より遠くに、交差視差条件では近くに定位されて視える。すなわち、交差あるいは非交差視差は、左眼の局所的網膜像が右眼の対応する網膜像の左あるいは右にあるかで決定される。しかし、窓問題に示されたように視差を構成する要素が刺激に対して平行である場合には、視差の方向が計算論的には一義的に決定できない(Farell 1998Morgan & Castet 1997)。この場合にも、視差に内在する方向性が立体形状の奥行方向と奥行量を決めると仮定されている(Ito 2005van Dam & van Ee 2004van Ee & Schor 2000)。これを検証するためには、1次元刺激(視差方向が一義的ではない刺激)と参照枠刺激(方向が一義的に特定できる刺激)とを独立に操作し、視差量と出現する立体量との関係をしらべる必要がある。
 Farell, et al.(3)は、図9に示したような1次元刺激のステレオグラム条件でも従来のように水平方向の視差が立体量を決定するかを検討した。実験に使用したステレオグラムは、図9(A)に示したように、中心に縞状(グレーティング)パターン、およびその周辺に円環状の格子パターンから構成されている。実験開始時には、中心の縞状パターンでは視差がゼロ、また周辺に配置した格子(プレード)パターンではコントラスト・エンベロープ(包絡線)に対して相対的に非水平方向の一定量の交差視差が設定されている。また、図9(B)に示したように、プレードの視差は灰色の矢印で示され、その方向はφで表示、一方、縞状パターンは黒線で表示、その角度はθで示されている。実験では、φは0度、30度、60度の3条件とし、それぞれの条件でθを不規則に変化させて提示し、プレードと縞状パターンの奥行に関する主観的等価点(PSE)を縞状パターンの視差量を変化させて求めた。 
 Farellらは、このような実験事態での奥行マッチングは、プレードパターンと縞状パターンの方向差、|φ−θ|(projected disparity)で決まる、つまり2つの刺激構成要素の水平方向の視差量で予測できると仮定した。水平方向視差が奥行を決定するという従来の考え方に立った予測は10A,B)のように表される。図10(A,B)ではプレードの視差ベクトル(灰色矢印)が縞状パターン(黒の斜線)に重ねて表示され、その縞状パターンのLは左線分(黒の実線)、Rはその右線分(黒の波線で表示、2本の選択肢がある)をそれぞれ表している。プレードパターンが水平視差に設定されている場合(A)、奥行マッチングは縞状パターンの水平視差(黒色波線矢印)あるいはその縞状パターンに対して垂直方向の視差量(黒色実線矢印)がプレードの水平視差量と等価となる点で得られると予測される。ここでの3種類の視差ベクトルは水平方向成分(垂直灰色実線と破線で表示)に関しては同一である。プレードの視差が斜方向に設定されている場合(B)、縞状パターンの奥行マッチングのための視差量は(A)の場合と同様な考え方で、すなわち奥行マッチングは縞状パターンの水平視差(黒色波線矢印)あるいはその縞状パターンに対して垂直方向の視差量(黒色実線矢印)がプレードの水平視差量と等価となる点で決まる。一方、projected disparity仮説による予測は図10CDに示されている。縞状パターンが垂直方向(90度)に、プレードは斜方向視差(ここでは60度に設定)にそれぞれ設定(C)されている場合、これらは両方とも同一の水平方向視差をもつので、奥行マッチングの等価点は水平方向視差(灰色実線矢印)で決まる。縞状パターンが斜方向(45度)に設定(D)されている場合、その奥行マッチングの等価点はプレードの交差視差とは方向が逆方向の非交差視差(灰色実線矢印)で決まり、ここでは縞状パターンのRLに対して左方向を取ることになる。
 実験の結果、プレードの奥行と主観的に等価になる縞状パターンの視差量は、プレードと縞状パターンの角度差(|φ−θ|)の増大にともなってサイン波形状に増大することが示された。すなわち主観的に等価な視差量はプレードの視差量をDp とすると、近似的には

Dp sin(|φ−θ|)

で表された。すなわち、プレードと縞状パターンが奥行に関して等価になる点は、それぞれが反対方向の視差をもつ場合である(図10Dのケースに該当)。
 これらの結果から、方向が一義的に決定できない刺激パターンの両眼視差は、それが交差あるいは非交差のいずれでも、ある固定した視差量をもつもうひとつの刺激パターンの前方に視えるか、あるいは後方に視えるかを決定できない。しかし、それは2つの刺激パターンの方向成分の差で決定されえると、Farellたちは提唱する。

両眼立体視された対象の運動方向の知覚におよぼす眼球運動情報の影響
 対象の知覚位置は網膜上の対象の位置情報(retinotopic mapping)と眼球の筋肉による自己受容的位置情報(efference copy)とで決まると考えられてきた。これに対して、Backus et al.(1999)は、対象の方向は、理論的には、両眼視差情報のみで決定されると考えた。それによると、対象の方向(a)は次式で規定される(VSR:両眼における対象の垂直方向の大きさ比、μ:輻輳角度)。     
しかし、この理論式は実験的に検討されたが、反証データが報告され(Frisby 1984, Gillam  &  Lawergren 1983, Ogle 1950, Banks et al.2002,  Berends et al.2002)、いまだに実証されていない。一方、Liu et al.(2005)およびBerends et al.(2006)は、垂直視差と眼球運動情報とが相互に影響し、視えの奥行が再計算されることを報告した。 
 Ishii(10)は、網膜情報が眼球位置情報で抑制されることがあるか否かを実験的に検討した。実験は眼球からの位置情報を不安定にさせ、それが対象の位置の知覚に影響するかをみる方法で試みられた。その方法には、眼球を手で押さえるあるいは装置を用いて眼球を強制的に動かす等の方法があるが、ここでは事前に眼球を限界まで複数回運動させる方法が用いられた。このようにすると、眼球運動直後は視空間の安定が悪くなる。対象の位置の知覚のための刺激対象は、ランダム・ドット・ステレオグラムで、液晶シャッターを通して立体視させた。両眼立体視で出現する対象は視野の中心に提示される矩形面である。対象の提示方向は視差を変化させて操作した。その視差操作は水平視差、垂直視差、そして水平視差+垂直視差の3条件(−30度から30度まで15度ステップで変化、ただし対象は常に視野の中心に提示される)、また眼球運動は左上方運動、右上方運動の2条件とした。対象の視えの位置の測定は、左右上下に移動できるポインターを用い、対象が視える方向に調整させることで実施した(ポインターと操作する手は被験者には視えないように配慮)。
 実験の結果、対象の方向が水平視差と垂直視差両方で設定されている場合には、実験開始直前の過度な眼球運動によって対象の方向の知覚は影響されることが示された。これは、実験開始直前の眼球運動が両眼視差情報によって設定された対象の方向の知覚を変えること、すなわち、求心性の眼球情報が網膜情報を変容する可能性があることを示唆する。

キクロバージェンス(cyclovergence)による2次元面の立体視
 観察者が前額平行面に対して直角に注視する正視事態では水平方向視差の歪み(視差シア、disparity shear)は生起しない(11上段)が、前額平行面が水平方向軸に対して傾斜した事態では視差シア(水平方向の像の左右眼差)が生起する(図11中段)。この事態でも、Banks et al.(2001)によると、日常ではこの歪みを補正してカウンターバランスするキクロバージェンスが生起し、視差シアは解消される(11下段)
 Mitsudo(2007)は、キクロバージェンスによる補正が起きなければ、視差シアは解消されずに2次元面でも立体視が生起すると考えた。12の(C)に示したように、頭部を水平に保った条件で、正中線上観察距離30cm程度にある実線描画2次元パターン(12A)を上方30度あるいは下方60度方向に眼球を動かすように視線をシフトすると、平面描画図形が立体的に視えてくる(正視では立体視は生じない)こと、そしてこの種の立体視はキクロ視差量と視えの奥行量とがリニアな対応をとることを実験的に示し、これは、キクロ視差(Cyclodisparity)が生起することによって生じると報告した。
 Mitsudo et al.(13)はさらに、これを検証するために図12(A)(B)に示した2次元描画図形を注視線角度を変化(2,76.026.830.0度)させ、その時に生じる立体視の程度を別に用意した指標(C)で測定した。このとき眼球運動もモニターした。
 その結果、実線描画図形条件では立体視の程度とキクロバージェンス量とは対応するが、破線描画図形ではこの対応関係が生起しないことが示された。そこで、正視条件ではキクロバージェンスに対するカウンターバランスが必ず生起するために視差シアは誘導されないかをさらに検討した。そのために、はじめに視差シアをもつ実線描画ステレオグラムに視差シアを付けたランダム・ドット・ステレオグラムを重ね合わせたステレオグラム(13A)を作成し、順応(0から30秒間)させる。これは、キクロローテーションが存在しない条件で数秒間持続観察すると、キクロバージェンスが生起し視差シアを縮減することが知られているためである(Kertesz & Sullivan 1978)。次に、検査刺激である実線描画ステレオグラムを20から30秒間、提示し、出現する立体視の程度を測定する。テスト期間ではキクロバージェンスが減じると予測される。
 実験の結果、順応期間ではキクロバージェンスは誘導され、それを誘導するランダム・ドット・ステレオグラムが取り除かれたテスト期間ではキクロバージェンスは生起しなかった。また、テスト期間中の立体視の出現程度はキクロバージェンスの増大に伴って大きくなることも示された。これらのことから、キクロバージェンスには両眼立体視システムが関与すること、すなわち左右眼の各ステレオイメージにおけるキクロバージェンスを誘導する要素がはじめに検出され、その各眼から検出された要素が次に統合されてキクロバージェンスが生起すると考えられている。

両眼視野闘争における眼球間抑制仮説と類似特徴抑制仮説
 両眼視野闘争が視覚路のどこで生起しているかの説明仮説には、眼球間抑制仮説と類似特徴抑制仮説がある。前者では片眼の視覚路が交互に抑制されるためと考える。この仮説は、精神物理学的研究(Blake & Fox 1974Blake, Westendorf & Overton  1980  Chen  &  He  2004 Nguyen,  Freeman & Wenderoth 2001 Wales & Fox 1970)、磁気共鳴装置による研究(Tong & Engel2001)、そして神経生理学的研究とくに外側膝状体での眼球に固有なモジュールが視野闘争を担うと、それぞれ報告され、支持されている(Haynes, Deichmann  & Rees 2005Wunderlich, Schneider & Kastner 2005)。後者の仮説では、眼球経路に関係なく視野闘争に用いられた刺激パターンの特徴が視野闘争を生起させると考える。つまり、両眼に提示する刺激パターンの形状類似度が高いほど、視野闘争に対して強い抑制をかける(Logothetis, et al. 1996)。このことは、視野闘争を担う領域が初期視覚情報処理過程ではなく高次視覚情報処理過程で担われていることを示唆し、磁気共鳴装置を用いた研究 (Fang & He 2005 Tong, Nakayama, Vaughan, & Kanwisher 1998)、そして微小電極法(Leopold  &  Logothetis 1996 Sheinberg & Logothetis 1997Wilke, Logothetis & Leopold 2006)による第1次視覚野以降の領域についての研究でも支持されている。
 Freeman & Li(6)は、14に示したような実験パラダイムで、両仮説の妥当性を検証した。まず、左眼に放射模様リングパターンを、右眼に円形パターンとテストパターン(円形を複数箇所で崩したパターン)を提示する。この場合、眼球間抑制仮説によれば右眼がドミナント(円形パターン)の時に、誘導パターンとテストパターンの刺激特徴の類似度は高くてもテストパターンの検出感度は高くなる。次に、左眼に円形パターンを右眼に放射模様リングパターンとテストパターンを提示する。この場合、眼球間抑制仮説によれば右眼がドミナント(放射模様リングパターン)の時に、誘導パターンとテストパターンの刺激特徴の類似度は低くてもテストパターンの検出感度は高くなる。一方、刺激類似抑制仮説によると、どちらの眼がドミナントであっても、円形パターンがドミナントの場合の方がテストパターンとの類似度は高いので、その検出感度は高く、放射模様パターンの方が低くなる。つまり、眼球間抑制仮説は、誘導刺激のパターンがいずれであっても、ドミナントに視えている側の眼の検出感度が常に高くなる。一方、類似特徴抑制説によれば、テストパターンの刺激特徴が誘導刺激パターンと類似している場合の方が検出感度は高いので、誘導刺激パターンが円形パターン条件の場合にテストパターンの検出感度は常に高くなると予測される。実験では、テストパターンに付加された襞状の突起の方向を報告させる方法でテストパターンの検出感度を測定した。
 実験の結果、誘導刺激とテスト刺激の類似性に関係なく、ドミナントな眼球側の検出感度が高くなることが示され、眼球間抑制仮説が支持された。そこで、さらにこの結果を確認するために、眼球間で刺激の不一致がなければ視野闘争は出現しないことを、15のような実験パラダイムで確かめた。図中、A は、ランダム・ドットが左・右眼で逆方向に回転運動するように提示する条件、Bは、ランダム・ドットが左・右眼とも同方向に回転運動する条件、Cは時計回りと反時計回りに回転運動するランダム・ドットを両眼に提示する条件である。実験では、ドットの運動速度を変えて提示し、運動速度の変化に伴う視野闘争頻度が測定された。その結果、視野闘争が生起したのはA条件のみで、しかもランダム・ドットの速度が増大するにともなって視野闘争頻度も上昇した。また、各眼内での刺激不一致提示であるC条件では視野闘争は生起しなかった。これらの結果は、視野闘争を生起させる要因は、両眼間の局所的な刺激不一致であることを示し、眼球間抑制仮説を支持している。

両眼視野闘争における地面の優位性
 両眼視野闘争の説明仮説には、眼球間抑制説と類似特徴抑制説がある。前者は視野闘争を初期の視覚情報処理過程のなかで生起すると仮定するのに対して、後者は高次情報処理過程が関与すると仮定する。この二つの仮説に対して、さらに第三の仮説、「両眼立体視における3次元面構成のメカニズム説」とでもいうべき考え方が、Ono & He(2003,2006)によって提唱されている。それによれば、両眼立体視の処理過程では、左右眼で誤った対応点は抑制されるしくみがあるために、両眼視野闘争は生態的に誤った特徴を持つ形状ではこのしくみが作動してそれらを抑制し、また生態的に重要である知覚的特徴をもつ形状が入力されると、このしくみが作動して抑制が解除されると説明する。たとえば、逆さまの顔に対して正立した顔が優位に知覚されるし(Parker & Alais 2007)、また拡張する刺激(接近刺激)に対して収縮刺激(後退刺激)が優位になる(Engel 1956)
 Ozkan & Braunstein(20)は、この第三の仮説を、16に示したような実験パラダイムで検証した。両眼視野闘争のために、左眼には地面を連想させるパターンを、右眼には天井を連想させるパターンを提示し、どちらがドミナントになるかを、その頻度を測定した。
 その結果、地面を連想させるパターンが視野闘争において有意にドミナントになることが示された。そこで、これをさらに確証するために、17に示したような実験パラダイムで検討した。はじめに左/右眼に地面パターンあるいは天井パターンを提示し、次ぎに左/右眼へのパターンを交代して提示し、どちらかのパターンがドミナントになるまでの潜時を測定した。その結果、天井パターンがドミナントになるまでの潜時の方が有意に短いことが示された。これらの実験では、両眼視野闘争は生態的に劣位な刺激パターンが抑制されることで生起することが明らかにされている。

両眼視野闘争と単眼視野闘争の類似性
 18は、単眼視野闘争に使用する刺激パターンである。これには顔と家パターンが重ねられている。これを片眼あるいは両眼に提示すると、両眼視野闘争と同じように、ある時には顔が次には家パターンが交互に出現する。両眼視野闘争との相違点は、知覚的闘争がいくぶんあいまいでぼんやりし、消失が完全ではないこと、および知覚的交代頻度が遅いことなどである。しかし、単眼視野闘争と両眼視野闘争は2つの相異なるパターンが相互に一時的抑制を受けて出現と消失を反復する過程には共通性がある。
 O’Shea et al.(19)は、単眼視野闘争と両眼視野闘争ともに同一の複雑なパターン(18)でも生起することができるか、また両方の視野闘争ともに知覚有意なパターンの出現や出現持続時間、2通りの出現時間の分布(ガンマ分布)が類似しているか、さらに両方の視野闘争とも抑制が生起している過程では他の刺激に対する感受度が低下しているか、を実験的にしらべた。実験では図18に示したパターンを用い、単眼視野闘争条件では顔と家パターンを重複させた刺激を両眼に提示、また両眼視野闘争条件では顔パターンを片眼に家パターンを他眼に提示した。刺激パターンは多色と無色の2条件を、また刺激パターンは大きさを5段階(0.771.543.086.1612.32)に設定した。被験者には、一方の知覚形状が出現している間中あるキーを、別の知覚形状出現では他のキーを押し続けるように求めて反転率を測定した。視野闘争の反転率と反転時間率がガンマ分布に従うかをしらべるためには、矩形グレーティング刺激の一方を緑色、他方を赤色とし、それらが相互に直交する刺激パターンを作成し、それらを重ねた刺激パターンは両眼に、それらが別々の刺激パターンは片眼ずつに提示した。さらに、一方の知覚形状が抑制されているときの感受性をしらべるために、抑制時に矩形グレーティングをプローブとして提示し、その輝度コントラストを操作してプローブの閾値を測定した。
 実験の結果、(1) 単眼視野闘争の反転率は複雑な刺激パターンでも両眼視野闘争と同様であること、(2)それらの2つの視野闘争の反転率は刺激パターンの大きさが増大すると高くなること、(3)2つの視野闘争で一方の知覚形状が生起する時間分布はガンマ分布となり、したがって確率的に推移すること、(4)一方の知覚形状が抑制されているときのプローブの閾値は、2つの視野闘争ともに上昇を示したが、しかし単眼視野闘争時の方がその閾値上昇は両眼視野闘争と比較すると弱いこと、が明らかにされた。これらのことから、単眼視野闘争と両眼視野闘争は類似した知覚特性を共有し、図地反転などの知覚的多義性の解決に関わる高次の知覚過程が関与すると考えられる。

空間伝搬による両眼間抑制における刺激特性の効果
 左右眼に相異なる刺激パターンが提示されると視野闘争が起きるが、これは両眼間で抑制過程が働くためと考えられている。この両眼間抑制は、刺激の明るさコントラスト、空間周波数、輝度、そして利眼などの要因が関係する。抑制を受けた方の眼では、明るさコントラストに対する感受性が低下し、したがって反応時間が増大することが明らかにされている((Blake & Camisa 1979Fox & Check 1972 Hollins & Bailey 1981Norman, Norman,& Bilotta 2000Fox & Check 1966Collins & Blackwell 1974)。さらに、この両眼間抑制は、単に抑制をもたらす刺激に関わる局所的な過程ではなく、その刺激から離れた位置にも影響する空間的伝搬効果も明らかにされている(Blake, O’Shea & Mueller 1992 O’Shea, Sims, & Govan 1997)
 Nichols & Wilson(17)は、この空間的伝搬効果が抑制する刺激の輝度特性で変わるかどうかについて吟味した。19に示したように、ターゲット刺激の輝度特性として、一様な濃い灰色(背景輝度の半分で輝度17.5cd/2)、水平方向のサイン波形空間周波数パターン(2cpd)、垂直方向のサイン波形空間周波数パターン(2cpd)、ランダム・ドット・ノイズパターン(50%)を設定した。抑制刺激(suppressor)は、ランダム・ドットから構成された垂直方向の2線分で、両線分間隔を5段階(0.51、2、3、7度)に設定し、視野の正中線を挟んで等間隔に提示された。ターゲット刺激の提示方向も9段階(0、±22.5、±45、±67.5、±90)に変えられた。また、ターゲット刺激と抑制刺激の方向を直交(90度)に維持したままで全体を90度回転した条件も設定した(ターゲット刺激と抑制刺激にはともに空間周波数パターンを用い水平(horizontal grating)と垂直(vertical grating)2方向を設定、またターゲット刺激と抑制刺激の提示方向も水平と垂直の2方向を設定したので、20に示したように総計8条件となる)。さらに、ターゲット刺激に対する抑制領域をしらべるためにターゲット刺激と抑制刺激との間にギャップを挿入した。21に示したように、設定されたギャップは4段階(2本の抑制刺激の両方の内側から0.100.150.300.45deg)であった。刺激被験者には、抑制刺激が出現したらキーを、ターゲット刺激が出現したら別のキーを押すことを求めた。
 実験の結果、(1)空間伝搬による両眼間の抑制効果が強い条件は、抑制刺激が垂直方向提示で、かつ直交するターゲット刺激が垂直方向(vertical grating)より水平方向の空間周波数パターン(horizontal grating)をもつ場合で、これには抑制刺激の輝度は無関係であること、(2)抑制効果は、2つの抑制刺激の距離感覚が大きくなるとリニアに減少すること、(3)抑制効果は、ターゲット刺激が直交している場合(0度)に最大となり、回転角度が大きくなるにつれて急激に減少すること、(4)抑制刺激が垂直でターゲット刺激が平行な条件の方が、抑制刺激が平行でターゲット刺激が垂直な条件より抑制時間は長いこと、 (5)ターゲット刺激と抑制刺激との間にギャップが挿入されると抑制効果は急激に低下すること、などが明らかにされた。
 これらの結果は、刺激の持つ特性が左右眼で共通しない部分の両眼視融合を選択的に妨害していることを示す。

両眼間マスキング(Dichoptic masking)とこれに継続する視野闘争の生起過程
 左右眼のそれぞれに形状の異なる刺激を提示すると、いずれかの眼への刺激が抑制されて視えなくなり、その後でこんどは左右眼交互に刺激が出現と消失を反復するようになる。前者の知覚現象は、一方の刺激による他方の刺激のマスキング(dichoptic masking)と考えられ、後者は視野闘争と呼ばれる。これら2つの現象は相互に関係していて、たとえば、両眼間マスキングはマスク刺激に順応させておくと減少するし、一方、視野闘争はマスク刺激への順応を生起させる。
 Baker & Graf(1)は、両眼間マスキングとそれに続く視野闘争がどのように関連するかを実験的に検討した。実験に使用した刺激パターンは、22に示したように、方向の相異なるガボールパッチ(2 c/deg)で、これらは各眼に提示される。左右眼に提示するガポールパッチの方向差は30度から90度まで5度のステップで操作され、さらに両眼融合を回避するためにパッチのフェーズを注視点に対して180度相違させた。マスク刺激の輝度コントラストは0%と32%の2段階に設定した。被験者には、片眼に提示されるマスク刺激に対して他眼に提示されるターゲット刺激が知覚できるか否かを判断させ、ターゲット刺激の輝度コントラストを操作してターゲット刺激の閾値を測定する。閾値の測定は両刺激の方向差を変えて実施される。次いで、視野闘争条件に移行し、各眼での知覚持続時間が2分間測定される。
 実験の結果、(1)閾値は、マスク刺激とターゲット刺激間の方向差が0に近づくにしたがって上昇すること、(2)同様に、各眼での知覚持続時間はマスク刺激とターゲット刺激間の方向差が小さいほど長く、方向差が大きいほど短くなることが示された。これらの結果から、両眼間マスキングと視野闘争には初期の視覚野で単眼視を担うニューロン間での両眼間抑制過程が共通に関係していると考えられる。

両眼対応と知覚的充鎮(perceptual filling-in)
 知覚的充鎮とは、明瞭に知覚できる比較的小さな対象がその周囲の強い刺激などの影響を受けて知覚的に充鎮され視えなくなる現象という。たとえば、網膜上の盲点に投影された刺激は知覚できないが、周囲の刺激によって充鎮されるのでそこには知覚的空白は生じない。とくに、比較的小さな対象が周囲の動的に変化するテクスチャ(dynamic texture)の影響受け一時的に充鎮され知覚的に消失するが、また再出現する現象は、テクスチャ充鎮(texture filling-in)あるいは人工的盲点(artificial filling-in)と呼ばれる(De Weerd 2006 Komatsu 2006 Ramachandran & Gregory 1991)。知覚的充鎮は、ターゲット刺激の大きさ、網膜位置の偏心度、周辺刺激の大きさによって影響される。
 ターゲット刺激が抑制され知覚的に消失していても、視覚システムは消失した刺激に対して何らの処理をしていないわけではない。Weil et al.(2007)は、知覚的充鎮作用のために視えなくなった状況での神経生理的な反応は、それが視えているときより弱まるが、しかし刺激が提示されていない状況よりは活動的であることを示した。これは、ターゲット刺激が知覚的充鎮によって抑制されている過程で何が生起しているかを知るための手がかりを与える。
 Takase et al.(24)は、視野闘争によって片眼刺激が抑制されている過程で何が生起しているかを、この知覚的充鎮を利用して分析した。実験では、23の上段に示したように、知覚的充鎮前の第1ターゲット刺激として相互に直角交差する格子刺激(プレード)からなるステレオグラム(CW:時計回り、CCW:反時計回り)を、知覚的充鎮刺激としてはターゲット刺激の周囲にダイナミック・テクスチャ(20 Hz)を、最後に第2のターゲット刺激として左右で対応のある左右ステレオグラムあるいは対応のないステレオグラムのいずれかを提示する。実験手順は、はじめに第1ターゲット刺激であるプレードパターンを左右眼に提示、次いで充鎮刺激であるダイナミック・テクスチャを第1ターゲット刺激の周囲に提示してターゲットを充鎮させる。この間に知覚的充鎮によって第1ターゲット刺激が消失したら即座に第2ターゲット刺激を提示し、第1ターゲット刺激が消失してから第2ターゲット刺激が再出現するまでの時間を測定する。統制条件として、知覚的充鎮前・後の刺激提示でターゲット刺激を入れ替えない条件も設定した。
 実験の結果、知覚的充鎮によってターゲット刺激が消失してから再出現するまでの時間は、統制条件でもっとも長く、次に非対応ステレオグラム条件で長くなり、対応ステレオグラム条件ではもっとも短くなった。この結果から、左右の眼球間の対応/非対応情報は知覚的充鎮後のターゲット刺激の再出現に影響すること、また左右の眼球間の対応/非対応情報はそれが対応しているほど再出現が速くなることが明らかにされた。視覚システムは、知覚的充鎮によってターゲット刺激が知覚的に消失していても、左右眼の対応/非対応情報を処理していると考えられる。

両眼立体視での対象の視方向のキャプチャ(capture of binocular visual direction)
 両眼立体視での対象の視方向のキャプチャとは、ランダム・ドット・ステレオグラムの片眼の中心位置に単眼視的短線分を提示し両眼立体視させ、次いでその線分と一緒にステレオグラムを移動させて観察すると、短線分の網膜投影位置はステレオグラムと共に移動しているにも関わらずに位置を変えずに同一方向に視える知覚現象をいう。これは、RDSの網膜投影位置が変化してもその融合像は静止して知覚され、したがってその奥行方向への動きも知覚されないので、単眼視的に提示された短線分がRDSの奥行にキャプチャされているために生起すると、Erkelens & van Ee (1997a, 1997b)によって説明された。この両眼立体視による方向キャプチャ現象は、対象の方向知覚に関するWells-Heringの法則(対象の視方向は網膜位置(local sign)と視空間での両眼位置で決定)を否定している。Shimono & Wade(2002)も、単眼視的短線分2本をRDSの片眼に埋め込み、その線分間の奥行を違えて提示する条件で短線分の視方向をしらべたところ、両線分間の相対的な奥行差が約±5分までは、両線分の方向は物理的に異なっているにもかかわらず、それらの視方向は同一となることを示した。この結果も、対象の視方向がそれに近接する両眼視要因によって変えられることを示した。
 これらの研究を受けてHariharan-Vilupuru & Bedell(8)は、対象の視方向のキャプチャが、それらの背景となる奥行の深さによって変わるか否かを検討した。実験では、単眼視的線分を2本片眼のみに提示し、その背景となる奥行量を水平視差あるいは垂直視差を変化させ、奥行量の違いによってこの種のキャプチャがどのように変化するかをしらべた。24は、対象の視方向の奥行によるキャプチャ実験のためのランダム・ドット・ステレオグラムである。図24(a)は、垂直短線分(標準刺激)を左あるいは右ステレオグラムにのみ埋め込んだステレオグラムで上段のそれは奥行位置を注視点(十字形)に設定、また下段のそれでは短線分(テスト刺激)の網膜位置を変えないように設定した上で、ステレオグラムの水平視差(交差あるいは非交差)を変えることで奥行を7段階に(0±3.76±5.64±7.52、±15.04±22.56±30 min arc)操作した。図24(b)は、水平短線分(標準刺激)を左あるいは右ステレオグラムにのみ埋め込んだステレオグラムで左ステレオグラムの左側は注視点に奥行位置を設定、水平短線分(テスト刺激)の網膜位置を固定したまま右ステレオグラムの右側の垂直視差を5段階(0±3.76 ±7.52±11.28±15.04 min arc)に変化させた。標準刺激とテスト刺激間の距離も水平視差と垂直視差を操作(水平視差条件:0.81.93.3度、垂直視差条件:1.13.3度)して変えられた。被験者には、水平視差条件ではテスト刺激が標準刺激に対して右あるいは左に視えるかを、垂直視差条件では同様に上あるいは下に視えるかをそれぞれ判断させた。さらに、キクロピアン眼の位置も測定された。はじめに、注視点のためのノニウス刺激を左右眼に提示しそれらが垂直方向に一線となるように調整する。次に、RDSを提示し両眼融合させる。続いてブランク刺激提示後、交差視差2度のRDSを水平方向位置を7段階に変えて提示する。このとき被験者には、最初のRDSと比較して2番目に提示したRDSが奥行方向に動いたかどうかを判断させ、さらにそれが右方向あるいは左方向のいずれに動いたかを判断させた。被験者のキクロピアン眼の位置を計算するためには、各水平位置における視えの動きのPSEを用いた。
 実験の結果、(1)標準刺激とテスト刺激間の距離が狭い場合(1.1度)、対象の視方向は水平視差とともに変化すること、(2)水平視差量が同一の場合、対象の視方向は標準刺激とテスト刺激間の距離に依存して変わること、(3) 標準刺激とテスト刺激間の距離が狭い場合(1.1度)、対象の視方向は垂直視差には影響を受けないこと、(4)垂直視差が影響するのは標準刺激とテスト刺激間の距離によること、(5) 対象の視方向の奥行によるキャプチャにはキクロピアン眼の視方向のアンバランスが関係していること、などが明らかにされた。
 これらのことから、対象の奥行による視方向のキャプチャには水平方向の視差が関係するとともに、キクロピアン眼での視方向すなわち網膜位置情報(local sign)も関係することが示唆されている。

ランダム・ドット・ステレオグラム(RDS)の簡便な融合方法
 実体鏡を用いないでRDSを両眼融合させるには困難を伴う者がいる。これは、RDSのドットに焦点を合わせてしまい、交差あるいは非交差の融合が難しいためである。Cecchetto & Kramer(2)は、25 (a)ではRDSは不透明なために背後の注視点が見えないためにRDS面を注視してしまうが、(b)では透明なRDSを使用するのでRDSの背後の注視点を注視することが可能となり、非交差視差の融合を促進する。実験の結果、(b)条件では有意な非交差視差の融合が促進された。この観察法は、RDSばかりではなくオートステレオグラムでも有効なことが確かめられている。