絵画的要因による立体視

2次元画像から3次元立体形状の復元のためのコンピュータ・モデル
 Li, et al.(12)は、2次元画像から3次元立体形状復元のためのコンピュータ・モデルを作成した。このモデルでは、形状復元のための次ぎのような3通りの拘束条件が設定された。(1)シンメトリ(対称性)で、これは対象の鏡像的な対称性を意味し、実対象と復元された3次元立体とが相互に鏡に映じたような関係をもつことを指す。(2)平面性(planarity)で、これは対象の輪郭線で囲まれた領域は平面をとることを意味する。(3)最大簡潔性(maximum compactness)と最小表面積(minimum surface)で、簡潔性はV2 / S(ここでVは対象の体積、Sは対象の表面積)で表される。最小表面積は対象を構成する面の総面積である。簡潔性を最大にすることは対象の表面積を一定の時に対象の体積を最大にすることであり、対象の表面積を最小にすることは、その体積が一定の時に対象の表面積を最小にすることである。表面積を最小にすることは対象の厚みを最小にすることでもある。このモデルの特徴は、奥行手がかりを一切利用していないことであり、また立体の復元計算にあたっては最大簡潔性と最小表面積との間でもっとも最適な値を得ることにある。
 実際の復元手順は、はじめに実対象の2次元鏡映対称像を計算し、複数の輪郭線から面を復元することから始められる。これらの復元過程は38の通りである。図中、ABの各点は2次元の実対象の対称をなす点a,bであり、A’B’の各点は2次元の復元像上のそれらに対応する点である。復元に際しては、A’点はB点から計算され、a’a3次元回転して計算される。CD、およびEF点は実対象の他の対称をなす点cd とefであり、復元上のC’D’ E’F’に対応する点である。丸印は各対称点を結んで得られる線分(ABCDEF)の中点を示し、実対象のそれらの中点(abcdef)と対応する。Vetter & Poggio(2002)のアルゴリズムに依拠して、これら4点たとえば2次元の実対象像上のABDF点、およびこれらの対応する2次元の復元像上の4A’B’D’F’から対称性をもつ3次元の形状のひとつのパラメータを決定することができる。2次元の復元像上の4A’B’D’F’は、2次元の実対象像上のBACE4点から計算される。結局、形状は3次元形状上の3対の対称をもつ点a,bc,de,fによって作成される2次元の実対象像上の6ABCDEFにもとづいて復元される。実像上の点Aとその対応点である復元像上の点A’2次元の変形を解消するために用いられる。そして他の実像上の3BDFとその対応点B’D’F’はマトリックスの回転のために使われる。6abcdef3次元形状上では同一平面には存在していない。

次ぎに、3次元形状における最大簡潔性は次の式で計算される。

C(O) = V(O)2 / V(O)3 C:簡潔性、V:体積、S:表面積、O:形状)

簡潔性は所与の面積で形状Oの体積を最大にするか、あるいは所与の体積で形状の表面積を最小にすることで求められる。
 最後に、最大簡潔性と最小表面積は、試行錯誤の結果、次のように結合した場合に最適な解が得られる。

V(O) / S(O)3

これは、V2 / V3(最大簡潔性)と1/S3(最小表面積)の幾何平均である。
 このモデルに基づいてランダムに発生させた抽象的な3次元形状の2次元像から3次元形状を復元し、それを実対象のアスペクト比(対象の長辺と短辺の比)および人間の観察によって得られた実対象のアスペクト比と比較したところ、良く一致することが示された。このことから、このことから、最大簡潔性と最小表面積の拘束条件は3次元形状の復元に効果的であると考えられる。

大きさ判断に及ぼす絵画的奥行手がかりの効果
 Farran et al.(4)は、どの程度の絵画的奥行手がかりが大きさ判断に影響をおよぼすか、その奥行手がかり量をしらべた。実験は、39に示したように、奥行手がかりをひとつの手がかりから3つの手がかり条件まで増やして行われた。図中、Aは奥行手がかりの無い条件、Bは視野内高低差(height in the visual field)の奥行手がかりのある条件、Cは視野内高低差とパースペクティブの2条件のある条件、Dは視野内高低差、パースペクティブとテクスチャのある条件を示す。対象には刺激は3角形あるいは四角形を2個提示し、それらの網膜像大きさが10段階に変えられた(11.251.331.51.6722.5345)。被験者には、2つの対象の大きさが同一あるいは相違して視えるかを判断させた。
 実験では2つの刺激対象が同一あるいは相違の判断を求めているので、大きさが相違しているという判断の生起する閾値(75%レベル)が求められた。その結果、奥行手がかりが無い条件でのその閾値は刺激対象の網膜像での大きさ比で示すと、1.25倍であり、視野内高低差条件では1.36倍、視野内高低差とパースペクティブ条件では1.79倍、視野内高低差、パースペクティブとテクスチャのある条件では、1.82倍となった。この結果は、2つの対象の大きさの異同判断が、絵画的奥行手がかり量によって影響を受けることを示し、視野内高低差のみの手がかり条件ではその効果は小さいが、視野内高低差とパースペクティブ条件ではその効果は強くなる。しかし、視野内高低差、パースペクティブとテクスチャの3重条件では、2重条件とほぼ同等の効果しかもたないことを示した。また、2つの対象の大きさ比が4倍、5倍になると、奥行手がかり効果は大きさ判断に影響しなくなることも明らかにしている。

テクスチャ、運動視差、両眼視差の各手がかりによる奥行傾斜知覚におよぼす加齢効果  3次元視におよぼす加齢効果については、両眼視差(Norman, et al. 2006Norman, Dawson, & Butler 2000)、運動(Andersen & Atchley 1995 Norman et al. 2004Norman et al. 2000)、陰影(Norman, et al. 2006Norman & Wiesemann 2007)などの手がかりについてしらべられ、その結果、高齢者は知覚の質は変わらないものの、その量的側面では劣化していることが明らかにされている。
 今回、Norman et al.(18)は、奥行方向への傾斜面(水平軸)の知覚が加齢によって劣化するかをしらべた。実験に使用した刺激は、御影石、小石、大理石、小円の各模様をテクスチャとして表面に施した面刺激(40)である。これらの刺激は、面の傾斜角を物理的に4段階(20355065)に設定され、視野を制限してテクスチャ面のみを被験者には観察させた。対象面の角度測定は、手のひら大の大きさの角度調整器を用い、知覚された傾斜角度と同等になるように調整させる方法によった。傾斜角度の測定には、量推定法も加えた。実物刺激条件のほかに、両眼視差あるいは運動視差を用いて同等の傾斜角度をもつ対象面を作成し、同様に知覚された傾斜角度を測定する条件も加えた。被験者は、6178歳齢の高齢者群36名、統制群として平均年齢19.8歳齢の青年者群24名であった。観察は単眼視で実施した。
 実験の結果、(1)高齢者群の物理的傾斜角度に対する知覚された傾斜角度の成績は、角度調整法および量推定法とも青年者群と同等であること、(2)ただ、知覚した傾斜角度の正確度は青年者の方が高いこと、(3)測定回数を反復すると、高齢者群の方が測定値は変動すること、(4)両眼視差あるいは運動視差を用いての傾斜角度条件でも、両群ともシミュレートした傾斜角度に伴う知覚した傾斜角度は実物対象刺激条件より過小視されるものの、両群間では差は生じないこと、などが明らかにされた。これらのことから、高齢者群は、テクスチャ、両眼視差、運動視差による傾斜面を正確に知覚可能である。

月の錯視におよぼす水平線の高さ、パースペクティブ、重なり、背景輝度の各要因の効果
 Jones & Wilson(11)は、月の錯視が奥行手がかりである水平線の高さ、線遠近法(リニアパースペクティブ)、重なり、背景輝度要因によってどのような影響を受けるかをしらべた。実験は、41に示したように、各手がかり要因単独もしくは複数の要因によって作成した絵画的パターンをスクリーンに投影し、テスト刺激である月の大きさのマッチングを、別に用意した尺度刺激(大きさの異なる円)で求めた。図中A は水平線の高さ要因のみによる刺激条件、Bは灰色背景下のパースペクティブのみによる刺激条件、C は黒色背景下での重なり要因のみによる刺激条件、Dは水平線の高さ、パースペクティブ、重なりの3要因による刺激条件をそれぞれ例示している。実験条件の全体は、(1)水平線要因、(2) リニアパースペクティブ、(3)重なり、(4)水平線+リニアパースペクティブ、(5)水平線+重なり、(6) リニアパースペクティブ+重なり、(7)水平線+リニアパースペクティブ+重なり、の7通りであった。実験の結果、月の錯視は大きくなる条件は、(1)水平線の際に月が位置された場合、(2)奥行手がかり数の多い場合、(3)背景輝度が暗い場合、であった。とくに、リニアパースペクティブ+重なり要因は月の錯視を生起させるが、水平線の高さは影響しないことが明らかにされた。さらに、月の錯視が起きている条件では、月までの視えの距離は遠くなることも示された。これらの結果は、2D条件でも月の錯視が効果的に生起することを明瞭に示している。

オクルージョン錯視と両眼立体視による奥行距離との関係
 オクルージョン錯視とは、遮蔽された対象が過大視される知覚現象を言う(Kaniza 1979)42Aには、遮蔽された対象が遮蔽されていない同一の大きさの対象と比較して大きく視えることが例示されいる。この錯視の説明仮説として、部分的補填拡充仮説(partial modal completion hypothesis)と視えの奥行距離仮説(apparent distance hypothesis)が提唱されている。前者では、遮蔽された対象の隠された部分が遮蔽している対象のエッジに沿って充鎮するような形と大きさを完成するしくみが視覚システムにあるために、この種の錯視が起きると説明する(Palmer et al. 2007)。この説では、実際に遮蔽されている領域は、視かけ上、小さく遮蔽されていると知覚しているために、形と大きさを復元するときに過大視されることを前提とする。後者では、オクルージョン錯視は知覚的大きさと知覚的奥行距離との関係で生起すると説明する。この考え方の背景として、「大きさ−距離不変仮説」が前提となる。「大きさ−距離不変仮説」は、対象までの知覚的奥行距離と対象の知覚的大きさとは比例関係にあり、視かけの奥行距離が大きければ対象の大きさも大きく知覚される。
 Palmer & Schloss(21)は、この両仮説のいずれが妥当かを次のような実験で検討した。実験は、図42Bに示したように、遮蔽対象が遮蔽物の手前あるいは背後に視えるように視差を設定し、知覚的大きさと奥行距離とを測定した。知覚的大きさは調整法で、視えの奥行距離は5段階評定法によった。遮蔽対象と遮蔽物の奥行距離は3段階にそれぞれ変えられた。
 実験の結果、両眼立体視条件での遮蔽対象の大きさは、奥行距離を大きく取ると過大視されたが、しかしその視えの奥行距離は知覚的大きさの増大に対応しては大きくならなかった。この結果は、オクルージョン錯視の説明仮説として部分的補填拡充仮説を支持する。