その他の立体視研究

図―地分離の神経生理学的モデル
 パターン認知を可能にするためには、視覚システムは視野内に散在する多くの刺激から図と地を分離して対象と背景面とに分けなければならない。このような図-地分離については、ゲシタルト学派がゲシタルトの知覚法則を立て、図になりやすさの条件(グルーピング)を明らかにしてきた。しかしこの知覚法則には、刺激提示から図―地分離が生起するまでの時間過程が欠けていることが指摘されていたが、これを検証するための手段がみつからなかった。Herzogたちの研究グループは、バックワード・マスキング(後続刺激が先行刺激に影響をあたえること)の手法を利用すると、この問題が解決することを提示した(Hermens & Herzog 2007)。そこでは、知覚体制化とバックワード・マスキング間の関係が論じられ、そして実験的に検証されていた。バックワード・マスキング実験は、43のような実験パラダイムで実施された。はじめに上段のvernier型刺激パターンを20ms以内で時間提示して消去し、次いで下段のパターンを20から320msの範囲で提示する。このような実験条件で観察すると、上段のパターンが前面に輝いて背面の縦縞パターンを遮蔽するように視える(shine-through effect)という。Francis(5)は、このshine-through effectを、3D-LAMINART理論(Grossberg 1997Grossberg & Howe 2003)を用いての説明を試みた。まず、3D-LAMINART理論では、44に示したような視覚情報処理過程を経て図―地を識別する。ここでは、2つの相補的関係にある回路、すなわち特徴輪郭システム回路(feature contour system)と境界輪郭システム(boundary contour system)が仮定される。前者は「外側膝状体(LGN)―第2視覚領の単眼視による面の検出―第4視覚野の両眼視による面の検出」に到る回路で、対象の面情報の検出に関わる。後者は、「外側膝状体―第1視覚領の単眼視による面の検出―第2視覚領の単眼視による面検出―第4視覚野の両眼視による面の検出」に到る回路で、方向をもった輝度によるエッジと左右眼のエッジにもとづく視差検出に関わる。視差検出では、適切な視差がない場合には注視面を選択するようにバイアスがかかる。このモデルは、両眼視差検出、ダ・ヴィンチ・ステレオオプシス、テクスチャの3次元効果などのシミュレーションに成功している(Grossberg & Howe 2003, Cao & Grossberg 2005, Grossberg et al. 2007)
 Francis(5)は、バックワード・マスキングで生起する「shine-through」効果を3D− LAMINART理論にもとづいてシミュレーションした。45は、そのシミュレーション過程を示し、上方の横軸の矢印はシミュレーション処理経過時間を、また最下段は「LGN / V1 Monocular回路」で左・右のイメージ枠はいずれか1方の視野での処理結果をそれぞれ示す。2段目から最上段までは視覚処理回路を示し、各処理時間内の左右のイメージ枠の左側は処理後の前景パターンを、右側は処理後の注視パターンをそれぞれ示す。また、図中白色あるいは黒色は反応が強いことを、灰色は弱いことを示す(Francis 2009)。3D− LAMINART理論は、注視している対象に関わる回路(注視回路)およびその対象が配されている前景に関わる回路(前景回路)の間での抑制を仮定している。もし、バックワードマスキングの手続きがとられてターゲット刺激の後にマスク刺激が提示されると、両者を処理する回路の間で相互に抑制が生起し、はじめにターゲット刺激がマスク刺激を抑制し、次いでマスク刺激がターゲット刺激を抑制する。ターゲット刺激にvernier型パターンを、マスク刺激に縦格子パターンを用いた場合、vernier型パターンが縦格子型パターンを抑制するために、縦格子型パターンからのvernier型パターンへの抑制が弱くなり、結果として、vernier型パターンの反応が強くなり(123ms時の「V2 Layer 2/3 Binocular」回路)、知覚現象として「Shine-throug」効果が生起する(123ms時の「V Binocular Surface」回路)。
 Francis は、この3DLAMINARTモデルにもとづくと、視差検出過程、そして視差検出での誤対応(false correspondence)の消去過程もシミュレーションできることを例示している。

知覚現象学的研究と神経生理学的研究の相互貢献
 Spillmann(23)は、知覚現象学的研究と神経生理学的研究とが相互に貢献し、視覚科学の知見を高めてきたことを、2に示したように、これまでの主要な研究をサーベイすることで明らかにした。表2には、知覚現象学的に明らかにされた事実が視覚領のどこで担われているかが簡潔にまとめられている。これによると、意識現象である知覚は、視覚領で担われて発現することが良く理解されるし、知覚現象学的研究と神経生理学的研究とが相互に連携し、相互に先導し合い、そして相互に補完しあっている。