3次元視研究の動向のまとめ

 2009年に報告された3次元視研究を総覧し、その研究の進展に資した主な研究をあらためて紹介しつつ、研究の動向をまとめる。

              両眼立体視研究
 この研究分野では、「2種類の視差処理過程」および「両眼立体視における単眼視の役割」についてのレビューが報告されたほかに、次のような研究が両眼立体視の処理過程についての知見を増やした。
2種類の視差処理過程
 これまでに蓄積されてきた視差処理過程に関する研究がWilcox & Allison(28)によって概括された上で、2種類の視差処理過程、すなわち細かな視差処理過程では相対的立体距離を量的に処理していること、また粗い視差処理過程では立体出現方向のみを処理していることを示した。さらに両眼立体視での一次的過程(等輝度で規定される刺激の処理過程)では融合範囲内で立体視が成立し観察時間が長いほど相対的立体距離の識別は向上するが、一方、二次的過程(輝度コントラストで規定される刺激の処理過程)では融合閾値を超えた領域で立体視が成立することを示した。そして、これらの関係を総合して、量的相対奥行距離が可能な領域(Patent Stereopsis)から二重視である対象の立体方向のみが視える質的立体視(Qualitative Stereopsis)へと両眼視差の増大に伴って変化する視差処理過程をモデル化している(図1)。
両眼立体視における単眼視要因の役割
 Harris(9)らは、これまでの両眼立体視における単眼視要因の役割についての研究を概括し、両眼立体視における単眼視的役割を、観察者と対象の奥行位置関係および単眼視役割を誘導するそれらの要因の形状に基づいて3種類のタイプに分類した。
 その1は、前面にある特定の大きさの遮蔽物とその遮蔽越しにある後面の背景から成立した3Dシーンで、左右眼には視差対応の無い完全に異なる領域から構成されているタイプである。「篩い越し奥行効果(Sieve effect)」は、このタイプの典型である。その2は、前面にある矩形の遮蔽物とその背景面に位置する棒状の対象が配置された空間、あるいは矩形状に開いた窓から視える背景面とその横手前方向にある棒状の対象が配置された空間から成立した3Dシーンで、左右眼の中央には矩形がそれぞれ配置されるが単眼視要因である棒状刺激は片眼のみに配置されるタイプである。これはダ・ヴィンチ・ステレオ視に代表され、また「単眼視ギャップの奥行効果(monocular gap effect)」もこれに含まれる。その3は、背景面の前方に棒状の遮蔽物が浮かび上がる3Dシーンで棒状刺激が単眼視要因となっている。ここでの単眼視要因の特徴は、両眼融合可能な前面と同色あるいは同一のテクスチャを単眼視要因として配置することによってカモフラージュ効果が誘導されてファントムな対象が出現する点にある。
 両眼立体視における単眼視要因の問題では、両眼視差が存在しなくても単眼視要因のみで立体視が可能か否かにある。Harrisらは、過去の研究をレビューして検討し、両眼立体視において単眼視要因の研究は、両眼視差立体視、視野闘争そして遮蔽物幾何学(occlusion geometry)に関連し、両眼立体視理論を構築するために重要であると結論している。
3次元面の立体伝播効果(propagation effect)
 凹あるいは凸に特定できない多義的な3次元面の奥行の処理過程には、曖昧なところがない一義的な刺激特徴をもつ領域の影響を受け、明瞭な3次元面が知覚させる機能があることが知られている。これらの知覚現象として、ステレオキャプチャ(stereo capture)、視差の補間(disparity interpolation)、面の統合(補間、補完 surface integrationsurface interpolation surface completion)が報告されている。
 Georgeson et al.(7)は、両眼立体視で出現する3次元誘導面から2次元のパターンあるいはテクスチャへの立体的な伝播が誘導される実験結果を踏まえて、図6のような伝播モデルを提唱した。このモデルでは、まず誘導領域の視差が水平方向の輪郭線に沿って伝播される。次いで2次元形状であるテスト領域に立体面を構成するが、このとき、誘導領域の立体形状がそのまま伝播されるのではなく、テスト領域の陰影、ドット密度、線分などの要因が立体面の形状構成に影響を与える。ここでは視差伝播は局所的な視差処理過程で生起していると考えられている。
窓問題条件での視差検出
 両眼立体視の視差検出では、観察者の網膜上の水平軸の左右眼視差が基本となる。非交差視差条件では対象は注視面より遠くに、交差視差条件では近くに定位されて視える。すなわち、交差あるいは非交差視差は、左眼の局所的網膜像が右眼の対応する網膜像の左あるいは右にあるかで決定される。しかし、窓問題に示されたように視差を構成する要素が刺激に対して平行である場合には、視差の方向が計算論的には一義的に決定できない。この場合にも、視差に内在する方向性が立体形状の奥行方向と奥行量を決めると仮定されている(これを検証するためには、1次元刺激(視差方向が一義的ではない刺激)と参照枠刺激(方向が一義的に特定できる刺激)とを独立に操作し、視差量と出現する立体量との関係をしらべる必要がある。Farell, et al.(3)は、1次元刺激のステレオグラム条件でも従来のように水平方向の視差が立体量を決定するかを検討し、2つの刺激が奥行に関して主観的に等価となる視差量は、2つの刺激の角度差に依存してサイン波形状変化することを明らかにした。これらの結果から、方向が一義的に決定できない刺激パターンの両眼視差は、それが交差あるいは非交差のいずれでも、ある固定した視差量をもつもうひとつの刺激パターンの前方に視えるかあるいは後方に視えるかを決定できないが、しかし、それは2つの刺激パターンの方向成分の差で決定されると思われる。
 両眼視野闘争における眼球間抑制仮説と類似特徴抑制仮説
 両眼視野闘争が視覚路のどこで生起しているかの説明仮説には、眼球間抑制仮説と類似特徴抑制仮説がある。前者では片眼の視覚路が交互に抑制されるために、後者では眼球経路に関係なく視野闘争に用いられた刺激パターンの形状類似度が高いほど、視野闘争に対して強い抑制をかけるために、生起すると考える。Freeman & Li(6)は、両仮説の妥当性を検証し、誘導刺激とテスト刺激の類似性に関係なく、ドミナントな眼球側の検出感度が高くなること、また眼球間で刺激の不一致がなければ視野闘争は出現しないことを明らかにし、眼球間抑制仮説の妥当性を示した。
空間伝搬による両眼間抑制における刺激特性の効果
 両眼視野闘争事態で抑制を受けた方の眼では、明るさコントラストに対する感受性が低下し、したがって反応時間が増大するが、さらにこの両眼間抑制は、単に抑制をもたらす刺激に関わる局所的な過程ではなく、その刺激から離れた位置にも影響する空間的伝搬効果があることも明らかにされている。Nichols & Wilson(17)は、この空間的伝搬効果が抑制する刺激の輝度特性で変わるかどうかについて実験した結果、(1)空間伝搬による両眼間の抑制効果が強い条件は、抑制刺激が垂直方向提示で、かつ直交するターゲット刺激が垂直方向(vertical grating)より水平方向の空間周波数パターン(horizontal grating)をもつ場合で、これには抑制刺激の輝度は無関係であること、(2)抑制効果は、2つの抑制刺激の距離感覚が大きくなるとリニアに減少すること、(3)抑制効果は、ターゲット刺激が直交している場合(0度)に最大となり、回転角度が大きくなるにつれて急激に減少すること、(4)抑制刺激が垂直でターゲット刺激が平行な条件の方が、抑制刺激が平行でターゲット刺激が垂直な条件より抑制時間は長いこと、 (5)ターゲット刺激と抑制刺激との間にギャップが挿入されると抑制効果は急激に低下すること、などを明らかにした。これらの結果は、刺激の持つ特性が左右眼で共通しない部分の両眼視融合を選択的に妨害していることを示す。
両眼間マスキング(Dichoptic masking)とこれに継続する視野闘争の生起過程
 左右眼のそれぞれに形状の異なる刺激を提示すると、いずれかの眼への刺激が抑制されて視えなくなり、その後でこんどは左右眼交互に刺激が出現と消失を反復するようになる。前者の知覚現象は、一方の刺激による他方の刺激のマスキング(dichoptic masking)と考えられ、後者は視野闘争と呼ばれる。これら2つの現象は相互に関係していて、たとえば、両眼間マスキングはマスク刺激に順応させておくと減少するし、一方、視野闘争はマスク刺激への順応を生起させる。Baker & Graf(1)は、両眼間マスキングとそれに続く視野闘争がどのように関連するかを実験的に検討し、(1)閾値は、マスク刺激とターゲット刺激間の方向差が0に近づくにしたがって上昇すること、(2)同様に、各眼での知覚持続時間はマスク刺激とターゲット刺激間の方向差が小さいほど長く、方向差が大きいほど短くなることを明らかにした。これらの結果は、両眼間マスキングと視野闘争には初期の視覚野で単眼視を担うニューロン間での両眼間抑制過程が共通に関係していることを示す。
両眼対応と知覚的充鎮(perceptual filling-in)
 知覚的充鎮とは、明瞭に知覚できる比較的小さな対象がその周囲の強い刺激などの影響を受けて知覚的に充鎮され視えなくなる現象で、ターゲット刺激の大きさ、網膜位置の偏心度、周辺刺激の大きさによって影響される。ターゲット刺激が抑制され知覚的に消失していても、視覚システムは消失した刺激に対して何らの処理をしていないわけではない。Takase et al.(24)は、視野闘争によって片眼刺激が抑制されている過程で何が生起しているかを、この知覚的充鎮を利用し、ターゲット刺激の周囲に提示した刺激(ダイナミック・テクスチャ)による知覚的充鎮によって最初のターゲット刺激が消失してから第2のターゲット刺激が再出現するまでの時間を指標として検討した結果、再出現時間は第2ターゲット刺激が非対応ステレオグラム条件の場合に長くなるが、それが対応ステレオグラム条件ではもっとも短くなることを明らかにした。左右の眼球間の対応/非対応情報は知覚的充鎮後のターゲット刺激の再出現に影響すること、また左右の眼球間の対応/非対応情報はそれが対応しているほど再出現が速くなることから、視覚システムは知覚的充鎮によってターゲット刺激が知覚的に消失していても、左右眼の対応/非対応情報を処理していると考えられる。
両眼立体視での対象の視方向のキャプチャ(capture of binocular visual direction)
 両眼立体視での対象の視方向のキャプチャとは、ランダム・ドット・ステレオグラムの片眼の中心位置に単眼視的短線分を提示し両眼立体視させ、次いでその線分と一緒にステレオグラムを移動させて観察すると、短線分の網膜投影位置はステレオグラムと共に移動しているにも関わらずに位置を変えずに同一方向に視える知覚現象をいう。この両眼立体視による方向キャプチャ現象は、対象の方向知覚に関するWells-Heringの法則(対象の視方向は網膜位置(local sign)と視空間での両眼位置で決定)を否定している。Hariharan-Vilupuru & Bedell(8)は、対象の視方向のキャプチャが、それらの背景となる奥行の深さによって変わるか否かを検討し、(1)標準刺激とテスト刺激間の距離が狭い場合(1.1度)、対象の視方向は水平視差とともに変化すること、(2)水平視差量が同一の場合、対象の視方向は標準刺激とテスト刺激間の距離に依存して変わること、(3) 標準刺激とテスト刺激間の距離が狭い場合(1.1度)、対象の視方向は垂直視差には影響を受けないこと、(4)垂直視差が影響するのは標準刺激とテスト刺激間の距離によること、(5) 対象の視方向の奥行によるキャプチャにはキクロピアン眼の視方向のアンバランスが関係していること、などを明らかにした。 これらのことから、対象の奥行による視方向のキャプチャには水平方向の視差が関係するとともに、キクロピアン眼での視方向すなわち網膜位置情報(local sign)も関係することが示唆されている。

運動要因による立体視

この研究分野では、次のような研究が運動要因による立体視の処理過程についての知見を増やした。
運動視差による立体視での「対象の角速度要因」と「頭部運動の角速度要因」の比の法則の効果
 観察者が奥行距離fにある対象を注視(F)したままで眼球を左右方向に角度αで運動させると、網膜上では眼球運動とは反対方向に網膜像の運動が生起する。視覚システムは、この網膜像の運動と網膜外要因である眼球運動の両方の情報から相対的奥行距離(d/f)を復元する。眼球追従運動は眼球の回転角度をα、網膜上での対象像の運動を角度θとすると、運動視差が生起する場合、αとθは連続的に変化し、それらは微分係数「dθ/dt」、「dα/dt」でそれぞれ表される。これらの微分係数の比が次式のように相対的奥行距離「d/f」を規定する。Nawrot & Stroyan(16)によると、運動視差による相対的奥行距離は網膜像速度要因単独では規定できないが、「『網膜運動速度』対『眼球追従速度』の比の原理(M/PL)」ではそれを規定できるという。この「『網膜運動速度』対『眼球追従速度』の比の原理(M/PL)」が運動視差による立体視の程度を正確に記述できるか、あるいは網膜像の運動速度要因のみでそれが可能かを検証するために、網膜像速度(dθ/dt)と眼球運動速度(dα/dt)を操作し、これら2つの仮説の予測値と実験値とが比較された。その結果、「『網膜運動速度』対『眼球追従速度』の比の原理(M/PL)」による予測値は実験から得られた運動視差による奥行出現程度および奥行出現方向と良く一致することが確かめられた。このことから、視覚システムは運動視差立体視において網膜像速度要因のみではなく、眼球運動速度要因もそれに対応させて機能させていると考えられる。
運動による奥行視での網膜外手がかりの効果
 観察者が奥行方向に移動する対象(接近あるいは後退)を眼球追従して視る場合には、その対象を網膜の中心窩に常に定位することで網膜像変化を極力小さくしているために網膜像変化の手がかりは作用せず、したがって対象の奥行定位は眼球運動追従に関わる網膜外手がかりによってなされると考えられてきた。一方で、対象が奥行方向に移動した場合に生起する左右眼の反対方向への眼球運動は、奥行定位の手がかりとしてほとんど機能しないとされている。Welchman et al. (29)は、網膜外手がかりである眼球運動単独で有効な奥行手がかりとして機能するかを実験的に検討した。実験では、眼球追従条件と眼球静止条件が設定され、刺激はステレオグラムで作成された。眼球追従条件ではターゲット刺激の奥行方向への運動を眼球追従させ、その後で背景刺激を除去することによって網膜像外手がかりと網膜像内てがかりを分離した。眼球静止条件では観察者にはターゲット刺激を追従しないように指示することによって網膜外手がかりを除去する。観察者には両条件ともに運動するターゲット刺激の奥行方向(観察者に前進あるいは後退して視えるか)についてターゲット刺激速度を変えて刺激提示のはじめから背景刺激消失後まで判断させた。その結果、眼球追従条件の場合でターゲット刺激が背景刺激と共に運動している条件では、ターゲット刺激の奥行方向に関する前進/後退の判断はチャンスレベル以下であったが、しかし背景刺激が消失後の運動するターゲットの奥行方向の判断は正確になされた。これは、ターゲット刺激と背景刺激が一緒に移動する条件では網膜上の刺激の大きさがその奥行距離を変えても不変に操作されているので網膜像の大きさと左右眼に生起する両眼視差とは奥行手がかりに関して抗争的(コンフリクト)となるために、そして背景を消失させるとこの抗争が減衰するために、生起したと考えられる。また、眼球静止条件でも、背景消失後の運動するターゲットの奥行方向判断はチャンスレベル以上にあることも示された。結局、網膜外手がかりである眼球運動要因は、対象の奥行運動の方向性の知覚において単独で有効な奥行手がかりとして機能している。
オプティク・フローと単眼奥行手がかり
 網膜上で生起するオプティク・フローには、観察者の移動および対象の移動が関係するので観察者はそのオプティク・フローを解析して、そのフローを構成するどの要素が観察者あるいは対象もしくは両方の移動によって生起しているかを知る必要がある(オプティク・フロー解析仮説optic flow-parsing hypothesis)。もし、オプティク・フローから観察者の移動のフロー部分を差し引くことができれば、残りのオプティク・フローは対象の移動によるものと考えられるし、また観察しているシーンが安定していれば、その位置におけるオプティク・フローは観察者の移動によって生起していると推測される。オプティク・フローを解析のためには両眼視差情報が重要であることはすでに確認されている 。しかし、両眼視差が十分な奥行手がかりではない事態で絵画的奥行手がかりが加わったときのオプティク・フロー解析の精度は確かめられていない。Warren & Rushton(27)は、このような事態でのオプティク・フロー解析を検証するためにオプティク・フローの提示条件を奥行手がかりである、両眼視差、運動視差、相対的大きさ、パースペクティブ、オクルージョン要因を操作した。実験の結果、観察者の動きをもっともよく解析できるのは両眼視差条件であり、 運動視差のみの条件はもっともそれが悪いこと、また絵画的奥行手がかりを追加するとその成績が向上することが示された。このことから、オプティク・フローの解析から観察者自身の動きを抽出するためには、両眼視差と絵画的要因の両方が必要である。
運動視差立体視の発達
 乳児は、両眼視差、運動視差、絵画的要因などの奥行手がかりを利用して3次元形状、奥行距離などを知覚する。Nawrot & Mayo(15)は、運動視差立体視の開始年齢を「馴化−脱馴化法」を用いてしらべた。対象乳児は829週齢の10名である。馴化手続では、ランダム・ドットで構成されたパターンがサイン波形の凹凸を出現させるように、ドットの速度を変えることでシフトして提示した。このとき、刺激パターン全体のシフトとドットのシフトが同一の場合には、注視点が右方向にシフトするので明瞭な凸が、それらが反対方向の場合には明瞭な凹が出現する。ただし、注視点のシフトが無い場合には、奥行出現の方向があいまいとなる。脱馴化手続では、凹凸出現方向が馴化手続とは逆転する条件、および凹凸が出現しない平面条件とが設定された。馴化と脱馴化での反応指標としては、注視時間を用いた。実験の結果、16週齢になると明確に脱馴化が示され、この時期までには運動視差立体視が可能になると考えられる。

奥行手がかりの統合

この研究分野では、奥行手がかりの最適な統合、奥行手がかりないと奥行手がかり間の統合などについての研究が進展した。
奥行手がかりの最適な結合
 複数の奥行手がかりが観察するシーン内に存在する場合には、視覚システムは個々の手がかりの奥行効果を評価し、次いでそれらの評価値に重みを付けて加算し、最終的にシーンの奥行値を算定すると考えられている。この手がかり統合過程では、ノイズによる小さな変動を考慮する必要がある。これまでの研究によれば、奥行手がかりに関する分散は個々の手がかり内で生起している。また、このような分散が重み付けの段階で生起するならば、分散の重み付けの結果として知覚された奥行傾斜面の分散値は個々の奥行手がかりで評価された奥行傾斜値間の差に比例して増大するので、両奥行手がかりが同一の奥行方向を示している場合にはこの分散値は小さく、両奥行手がかりが抗争している場合には大きくなると予測できる。したがって、個々の奥行手がかりが同一の奥行方向を示している場合には、知覚された奥行傾斜は正確な値となる。そこで、Muller et al.(14)は、2つの奥行手がかりが同一の奥行傾斜面を指示する事態(奥行手がかり同一条件)とそれらが異なる奥行傾斜面を指示する事態(奥行手がかり抗争条件)とを設定し、個々の奥行手がかりの分散の加算値が両条件で同等となるか、あるいは奥行手がかり抗争条件の方が大きくなるかを検討した。実験の結果、奥行手がかり抗争条件での分散値は奥行手がかり同一条件のそれと等価になることが示された。これまでの研究によれば、奥行手がかりは、それらが指示する奥行が抗争していると知覚されない限り、最適に加算されることが示されてきた。しかし、今回の結果は、知覚的抗争が明瞭に知覚されているにもかかわらず、複数の奥行手がかりの一方が除去されずに最適な奥行値を得るために加算されていることを示唆している。
奥行手がかり内と奥行手がかり間の統合
 3次元形状の復元は、「各奥行手がかりモジュールから出力された形状値の加算的総和(shape by cue xcue-dependent)」によるとする考え方と、「各奥行手がかり効果を相互作用させた上で得られる形状値(shape by cue combinationcue-invariant)」によるとする考え方とがあり、それぞれを支持する研究が報告されている。Van der Kooji & te Pas(26)は、3次元形状の復元では、「各奥行手がかりモジュールから出力された形状値の加算的総和 (cue-dependent)」モデルに追加して、「各奥行手がかり効果を相互作用させた上で得られる形状値 (cue-invariant))」のモデルによる機能も加わるかについて実験的に検討した。実験では、形のコントラスト(形状対比)と同化現象(形状同化)が利用された。形状対比は輝度、運動視差、あるいは両眼視差など奥行手がかりが異なる2つの対象間で生起するが知られているが、もしテスト刺激と誘導刺激の形状のための奥行手がかりの両方の効果の相互作用を経て統合されて形状値が得られていれば(cue-invariant)、これらの奥行手がかりが同一あるいは相異しているかに関わらずに、誘導刺激はこの種の対比を生起させると考えられる。一方、この対比が誘導刺激の奥行手がかりとは独立に生起しているならば、テスト刺激と誘導刺激の奥行手がかりがそれぞれ違っていても、誘導刺激は形状対比を起こさないと考えられる。実験の結果、テスト刺激が両眼視差で誘導刺激も両眼視差の場合には形状対比の生起を、一方、テスト刺激が両眼視差で誘導刺激が運動視差の場合には形状同化が起きていることが、それぞれ示された。しかし、テスト刺激が運動視差の場合には、誘導刺激が同一あるいは相異の両条件で有意な差は得られなかった。このことから、テスト刺激が両眼視差で成立している場合、形状対比は「対象内同一奥行手がかり」条件で、形状同化は「対象間相異奥行手がかり」条件で生起し、その結果、「各奥行手がかりモジュールから出力された形状値の加算的総和 (cue-dependent)」モデルに加えて「各奥行手がかり効果を相互作用させた上で得られる形状値 (cue-invariant))」モデルの両方が奥行手がかりの統合過程で機能していると考えられる。

絵画的要因による立体視

2次元画像から3次元立体形状の復元のためのコンピュータ・モデル
 Li, et al.(12)は、2次元画像から3次元立体形状復元のためのコンピュータ・モデルを作成した。このモデルでは、形状復元のための次ぎのような3通りの拘束条件が設定された。(1)シンメトリ(対称性) (2)平面性(planarity) (3)最大簡潔性(maximum compactness)と最小表面積(minimum surface)。このモデルの特徴は、奥行手がかりを一切利用していないことであり、また立体の復元計算にあたっては最大簡潔性と最小表面積との間でもっとも最適な値を得ることにある。このモデルに基づいてランダムに発生させた抽象的な3次元形状の2次元像から3次元形状を復元し、それを実対象のアスペクト比(対象の長辺と短辺の比)および人間の観察によって得られた実対象のアスペクト比と比較したところ、良く一致することが示された。このことから、このことから、最大簡潔性と最小表面積の拘束条件は3次元形状の復元に効果的であると考えられる。
テクスチャ、運動視差、両眼視差の各手がかりによる奥行傾斜知覚におよぼす加齢効果  Norman et al.(18)は、奥行方向への傾斜面(水平軸)の知覚が加齢によって劣化するかをしらべた結果、(1)高齢者群の物理的傾斜角度に対する知覚された傾斜角度の成績は、角度調整法および量推定法とも青年者群と同等であること、(2)ただ、知覚した傾斜角度の正確度は青年者の方が高いこと、(3)測定回数を反復すると、高齢者群の方が測定値は変動すること、(4)両眼視差あるいは運動視差を用いての傾斜角度条件でも、両群ともシミュレートした傾斜角度に伴う知覚した傾斜角度は実物対象刺激条件より過小視されるものの、両群間では差は生じないこと、などを明らかにした。これらのことから、高齢者群は、テクスチャ、両眼視差、運動視差による傾斜面を正確に知覚可能である。
オクルージョン錯視と両眼立体視による奥行距離との関係
 オクルージョン錯視とは、遮蔽された対象が過大視される知覚現象を言う。この錯視の説明仮説として、部分的補填拡充仮説(partial modal completion hypothesis)と視えの奥行距離仮説(apparent distance hypothesis)がある。Palmer & Schloss(21)は、この両仮説のいずれが妥当かを検討した結果、両眼立体視条件での遮蔽対象の大きさは、奥行距離を大きく取ると過大視されたが、しかしその視えの奥行距離は知覚的大きさの増大に対応しては大きくならなかった。この結果は、オクルージョン錯視の説明仮説として部分的補填拡充仮説を支持する。

その他の3次元視研究

図―地分離の神経生理学的モデル
 3D-LAMINART理論では、視覚情報処理過程を経て図―地を識別する。ここでは、2つの相補的関係にある回路、すなわち特徴輪郭システム回路(feature contour system)と境界輪郭システム(boundary contour system)が仮定される。前者は「外側膝状体(LGN)―第2視覚領の単眼視による面の検出―第4視覚野の両眼視による面の検出」に到る回路で、対象の面情報の検出に関わる。後者は、「外側膝状体―第1視覚領の単眼視による面の検出―第2視覚領の単眼視による面検出―第4視覚野の両眼視による面の検出」に到る回路で、方向をもった輝度によるエッジと左右眼のエッジにもとづく視差検出に関わる。視差検出では、適切な視差がない場合には注視面を選択するようにバイアスがかかる。このモデルは、両眼視差検出、ダ・ヴィンチ・ステレオオプシス、テクスチャの3次元効果などのシミュレーションに成功しているが、Francis(5)は、バックワード・マスキングで生起する図図−地分離の知覚現象の発端であると考えられる「shine-through」効果を3D− LAMINART理論にもとづいてシミュレーションした。LAMINART理論は、注視している対象に関わる回路(注視回路)およびその対象が配されている前景に関わる回路(前景回路)の間での抑制を仮定している。もし、バックワードマスキングの手続きがとられてターゲット刺激の後にマスク刺激が提示されると、両者を処理する回路の間で相互に抑制が生起し、はじめにターゲット刺激がマスク刺激を抑制し、次いでマスク刺激がターゲット刺激を抑制する。ターゲット刺激にvernier型パターンを、マスク刺激に縦格子パターンを用いた場合、vernier型パターンが縦格子型パターンを抑制するために、縦格子型パターンからのvernier型パターンへの抑制が弱くなり、結果として、vernier型パターンの反応が強くなり(123ms時の「V2 Layer 2/3 Binocular」回路)、知覚現象として「Shine-throug」効果が生起する(123ms時の「V Binocular Surface」回路)、ことが示された。Francis は、この3DLAMINARTモデルにもとづくと、視差検出過程、そして視差検出での誤対応(false correspondence)の消去過程もシミュレーションできることを例示している。
知覚現象学的研究と神経生理学的研究の相互貢献
 Spillmann(23)は、知覚現象学的研究と神経生理学的研究とが相互に貢献し、視覚科学の知見を高めてきたことを、これまでの主要な研究をサーベイすることで明らかにした。表2には、知覚現象学的に明らかにされた事実が視覚領のどこで担われているかが簡潔にまとめられている。これによると、意識現象である知覚は、視覚領で担われて発現することが良く理解されるし、知覚現象学的研究と神経生理学的研究とが相互に連携し、相互に先導し合い、そして相互に補完しあっている。