運動要因による立体視

オプティク・フローの3次元視
前庭感覚とオプティク・フロー知覚
 視覚システムは、人間が移動中では、視覚情報のとともに聴覚、触運動感覚、そして前庭感覚などと協同して環境の変化を知覚する。そこで、Edwards, et al.(5)は、オプティク・フローと前庭感覚との関係をしらべた。実験では、視覚情報と前庭感覚とが生態光学的に一致する条件と不一致となる条件とを設定し、オプティク・フローの奥行情報に対する感度を測定した。一致条件では、観察者の前進移動にともなって放射状に拡大するオプティク・フローを提示し、不一致条件では、観察者の後退移動にともなって放射状に拡大するオプティク・フローを提示した。
 実験の結果、観察者の移動とオプティク・フローとが生態光学的に一致した条件では、観察者はオプティク・フローからの運動に随伴した奥行感度が、不一致条件より高いことが示された。人間の視覚システムには視覚情報と前庭感覚情報の相乗効果を生み出すしくみが備わっていると考えられる。

速度勾配をもつ円運動刺激の奥行効果
  速度勾配をもつ一群のドットは奥行印象を生じさせる。Ito(11)は、視線を中心に円運動するドットに速度勾配をつけて運動させると奥行印象が生じることを示した。この奥行印象は、ドットを拡大あるいは螺旋状に運動させた条件と同等の奥行効果があるが、しかし横方向の速度差をもつ運動視差による奥行印象ほどではないことを明らかにした。この結果から、円運動による奥行は「拡大-縮小」、螺旋運動と同じしくみによるものであるが、横方向の運動視差とは異なるものと考えられる。

自己運動知覚
網膜の刺激運動方向とベクション
 Seno & Sato(2009)は、片眼の右もしくは左眼球の鼻側網膜あるいはこめかみ側網膜に運動刺激を鼻側からこめかみ側、あるいはこめかみ側から鼻側に動かすと、鼻側網膜にこめかみ側から鼻側への運動刺激がベクションをもっとも強く生起させることを示した。つまり、最適なベクションを起こす網膜の領域と運動方向があり、このような最適なベクションを起こす条件を最適ベクション条件(oputimum motion)と呼んだ(図14)。一方、収縮する運動刺激は拡大するそれよりもより強いベクションを起こすことが知られている。Seno, et al(25)は、そこで、拡大するよりも収縮する運動刺激によってより強いベクションが生起するのは、最適ベクション条件(鼻側網膜でのこめかみ側から鼻側への運動)によると考えた。これを検証するために、最適ベクション条件を含まない収縮運動刺激事態、および最適ベクション条件を含まない拡大運動刺激事態を設定した。上記の仮説によれば、最適ベクション条件を含まない収縮運動刺激事態のベクション強度は通常の収縮運動刺激事態より弱くなるが、一方、最適ベクション条件を含む拡大運動刺激事態でのベクション強度は、通常の拡大運動刺激事態あるいは最適ベクション条件を含まない収縮運動刺激事態に比較して大きくなると予測される。この仮説の要点は、ベクションの強度は拡大あるいは収縮する運動刺激の方向によるのではなく、最適ベクション条件が存在するか否かにある。
 実験は、運動刺激の方向(収縮と拡大)、それの投影する左右眼の網膜領域(こめかみ側と鼻側)および運動刺激の提示視野(右視野と左視野)を独立に操作して実施された。図15に示したように、注視点がある場合、右視野の注視点からこめかみ側刺激(拡大運動)は右眼の鼻側網膜に、左視野の注視点からこめかみ側刺激(拡大運動)は左眼の鼻側にそれぞれ投影される(視野-網膜一致条件)。しかし右視野の注視点から鼻側刺激が右眼の鼻側網膜に、左視野の注視点からこめかみ側刺激は左眼の鼻側に投影されない(視野-網膜不一致条件)。実験では、視野-網膜の一致、不一致両条件を設定して実施された。
 実験の結果、最適ベクション条件をもつ収縮運動事態で最大のベクションが、収縮運動事態でも最適ベクションを伴わない場合は弱いベクションが、拡大運動事態でも最適ベクションを伴う場合は強いベクションが、最適ベクションを伴わない場合には弱いベクションが、それそれ生起した。この結果から、網膜の鼻側領域での収縮運動刺激の処理過程には、こめかみ側領域と異なる処理過程があると考えられる。