奥行手がかりの統合

複数の奥行手がかりの統合
両眼視差変化による輻輳の奥行手がかりと刺激対象の拡大による奥行手がかりがコンフリクト事態にある場合の絶対奥行距離知覚
 両眼視差変化による輻輳の奥行手がかりによる絶対奥行距離知覚の有効性については、いまだ確定していない。刺激の明るさ要因と大きさ要因を厳密に統制した事態で、両眼視差変化による輻輳要因のみにもとづく絶対奥行距離は、個人差があるものの有効とする研究結果(Bingham & Pagano, 1998; Foley, 1977; Mon-Williams & Tresilian, 1999; Pagano & Bingham, 1998; Tresilian, Mon-Williams, & Kelly, 1999; Viguier, Clément, & Trotter, 2001) があるのに対して、この有効性を否定する結果((Erkelens & Collewijn, 1985; Regan, Erkelens, & Collewijn, 1986)も報告されている。
 Gonzalez, et al.(9)は、このような矛盾する結果が生じるのは奥行手がかり間のコンフリクトによって生じると考えた。もし、単一の刺激対象の両眼視差操作による絶対奥行距離変化が単独で提示されれば、それは奥行手がかりとして有効となるが、もし他の手がかり、とくに刺激対象の大きさを操作することによる絶対奥行距離変化とコンフリクト事態になれば、両眼視差要因は有効な奥行手がかりとならない、と考えた。そこで、両眼視差操作による輻輳の変化と刺激対象のパースペクティブ変化(ルーミング、looming)をそれぞれ、(1)単独で変化、(2)両要因が奥行に関して一致するように操作、あるいは(3)両要因が奥行に関してコンフリクトになるように操作して、奥行手がかりとしての有効性をしらべた。この事態では、絶対両眼視差単独、ルーミング変化単独、あるいはこれらの組み合わせによって刺激対象の奥行運動(motion in depth)が誘導されることになる。実験で使用した刺激パターンは図32に示した(A:ステレオスコープの視野全体に提示したランダム・テクスチャ・パターン、B:視野中央にドットを重ねたランダム・テクスチャ・パターン、C:円形の穴の背後に放射状に広がるパターン)。実験では、刺激対象の奥行運動印象(接近あるいは後退)を被験者に報告させるとともに輻輳運動を測定した。
 観察者の報告と輻輳運動の結果から、(1)絶対両眼視差にもとづく輻輳は、それがルーミング変化と奥行に関して一致している場合には奥行運動の識別(接近あるいは後退)における奥行手がかりとして有効であること、(2)しかし、絶対両眼視差と大きさ変化とが奥行に関してコンフリクトにある場合にも絶対両眼視差による輻輳運動も手がかりとして有効であるが、ルーミング変化の方が奥行手がかりの有効性は強くなる。このことから、輻輳要因は、奥行運動の奥行手がかりとして有効であることが確認されている。

空間周波数チャンネルの統合による実風景(ナチュラル・シーン)の認知
 実風景のなかのターゲット刺激の知覚は、およそ50 msec から100 msecという短時間で可能となる(Rousselet,et al. 20022004Grill-Spector & Kanwisher 2005)。このような高速のターゲット知覚を可能にさせているのは、複数の空間周波数チャンネルのパラレル処理にあると考えられる(Bar et al. 2006Oliva & Schyns 1997Schyns & Oliva 1994Wilson & Bergen 1979)。低空間周波数チャンネルはシーンイメージの粗いレベルの情報処理を、高空間周波数チャンネルは細密なレベルのそれを担う。そして複数の空間周波数チャンネルの統合は低空間周波数チャンネルから高空間周波数チャンネルへと行われる。つまり、低空間周波数チャンネルでの高速処理が行われ、次いでこれが高空間周波数チャンネルの処理を促進すると考えられる(Bar 2004Henderson & Hollingworth 1999)
  しかし、各空間周波数チャンネルの統合過程は明らかにされていない。そこで、Kihara & Takeda(13)は、図33に示したように、実風景を低・高空間周波数チャンネルでそれぞれ濾過(filtering)し、刺激提示持続時間(0 < Tn msec)を最初の実験では3段階(33100250 msec)、次の実験では5段階(506783100 msec)に操作してシーン内のターゲットの検出の正確度をしらべた。空間周波数チャンネルによる濾過は、フーリエ変換によって低空間周波数の場合は3.3 cycle/deg(低空間周波数濾過条件)、高空間周波数チャンネルの場合は5 cycle/deg(高空間周波数濾過条件)で実施した。また、低空間周波数濾過と高空間周波数チャンネル濾過によるイメージを混合した条件(低+高空間周波数濾過条件)を加えた。このような実験事態では、もし低空間周波数チャンネルと高空間周波数チャンネル過程が別々に処理され統合されることで対象が知覚されるならば、これらをあらかじめ混合した「低+高空間周波数濾過条件」の検出確率が高くなると予測される。しかし、低空間周波数チャンネルと高空間周波数チャンネル過程の統合がなければ、「低+高空間周波数濾過条件」の検出確率は他の条件と同等と予測される。実験の結果、「低+高空間周波数濾過条件」の検出確率は100 msecの刺激提示持続時間の場合、確率的加重モデルによる検出確率(低空間周波数条件の正確度と高空間周波数の正確度を加算した値の平方根)より高くなること、しかし刺激提示持続時間が83 msec以下ではその検出確率は高くはならなかった。つまり、空間周波数チャンネル情報の統合による対象の知覚は、シーンイメージが提示されてから83から100 msecの間でなされると考えられる。また、低空間周波数チャンネル情報の方が高空間周波数チャンネル情報より刺激提示時間に伴う検出確率が高いことが示された。これは、粗いレベルの情報処理過程が細密なそれよりも速く処理されることを意味する。  
  これらの結果から、シーンでのターゲットの検出は、低空間周波数チャンネル情報処理から高空間周波数チャンネル情報処理へと進みながらは、少なくとも100 msec以内で統合されて成されると考えられる。