視空間構造

絶対的奥行距離と相対的奥行距離の知覚
絶対奥行距離知覚の新しい両眼性手がかり
 日常の視空間内にある対象までの奥行距離(絶対奥行距離)の知覚では、両眼視差、運動視差、眼筋性要因、絵画的要因、認知的要因などの奥行手がかりが利用される。しかし、ひとつの対象のみが存在する暗空間では、奥行手がかりが眼筋性要因にのみ限定されるので、絶対奥行距離知覚は、遠い対象は過小視され、近くの対象は過大視されるようになり、観察者から一定の奥行距離位置に収斂される傾向をもつ(Foley, 1980; Gogel, 1961;Gogel & Tietz, 1973)。一方、暗空間内にあるひとつの対象に参照枠(もうひとつの対象あるいは視覚的枠組み)を導入すると、絶対奥行距離知覚は正確になる(Brenner & van Damme, 1999; Coello & Magne, 2000; Foley, 1977)。参照枠あるいは参照刺激が導入されると、絶対奥行距離が正確になることを説明する仮説として、”stable reference”仮説 、“better precision” 仮説、“peak disparity” 仮説、”limiting factor” 仮説がある。”stable reference” 仮説は、絶対奥行距離知覚は安定した知覚判断の枠組を提供する参照対象(常に固定した位置に提示)に基づくので奥行距離判断の正確度が増す、と説明する(Glennerster, et al. 2006)“better precision” 仮説は、対象までの絶対奥行距離判断は参照対象までの距離判断の後で両者間の相対的視差を利用して行われるので、その正確度が増す、と説明する。“peak disparity” 仮説は、2個の対象間の相対的な両眼視差の範囲は、それらの対象がともに近い場合には視差は大きく、逆にともに遠い場合には視差が小さくなることを考慮して絶対奥行距離判断がなされる、と説明する(Glennerster, et al. 1998)
  一方で、Sousa et al.(26)が提唱する”limiting factor” 仮説は、絶対奥行距離知覚の手がかりとして2個の対象間の相対的視差を利用するには、一定の限界があると考える。図34に示したように、両眼視差範囲を一定とするためには第1の対象の奥行距離が近ければ第2の対象の奥行距離も近づけなければならない(図1-a)し、第1の対象をより遠くに設定すれば第2の対象も比例して遠くに置かなければならない(図-b)。また、第2の対象の奥行位置が無限大に設定されると、両眼視差範囲を一定にとるためには第1の対象の奥行位置は、無限大に位置した対象との間の相対的視差に依存して、ある奥行距離に限定されるので、第1の対象はその位置で絶対奥行距離が判断される(図-c)。さらに、第1の対象の奥行位置が(c)条件より遠くに設定されると、第2の対象の輻輳は成立しなくなる。
 そこで、Sousa et al.()は、図35に示したような8種類の実験条件で両眼視差を用いたバーチャル・リアリティ空間を構成し、4つの仮説のいずれが正しいかを検討した。実験では、参照枠の有無、参照枠の提示奥行距離の固定と可変、および指先による指示対象(球体もしくは立方体)の3条件を操作した8種類の実験事態で実施された。球体は奥行位置が変わるとともにその視角を不規則に変化させたが、一方、立方体は奥行位置が変わるとともにその視角を比例して変化させた。被験者は、対象が知覚されたらダイオードを装着した人差し指(被験者には視えない)で対象にタッチするように求められ、また人差し指の位置は3次元で計測された。対象は球体と立方体で、単独もしくは両方が、空間(8×8×20 cm)内に提示され、いずれかが指さしの対象とされた。”stable reference”仮説によれば、参照枠の奥行位置が変わる事態より固定した事態の方が、対象に対する絶対奥行距離判断は正確となると予測される。“better precision” 仮説は、立方体を参照枠として球体を指示する場合と球体を参照枠とし立方体を指示する場合で絶対奥行判断の正確度が異なると予測する。なぜならば、立方体は奥行距離に比例して視角が変化するとともに輻輳角も比例して変化するが、球体は奥行距離に伴う視角変化が不規則なために、立方体を指示する場合には、単独提示あるいは球体が参照枠として提示されていても絶対奥行距離の判断の正確度に差はない。しかし球体を指示する場合には参照枠として提示される立方体がある場合と無い場合とでその正確度は異なる。“peak disparity” 仮説によると、対象と参照枠との間の奥行距離が変わる事態では、2つの対象間の奥行距離が小さい場合にはそれが大きい場合に比較して、被験者は2つの対象が遠くにあると判断すると予測する。最後に、”limiting factor” 仮説は、対象と参照枠との間の奥行距離が変わる事態では参照枠がひとつの対象より遠くにある場合にのみ被験者は2つの対象が遠くにあると判断し、その他の事態では参照枠が存在しない場合と同等の奥行距離判断を示すと予測する。
 実験の結果、次のことが明らかにされた。(1)対象までの指さし距離は参照枠の奥行提示位置が固定された場合と可変の場合とで差がないことから、”stable reference”仮説は支持されない。(2)参照枠の奥行定位効果は球体指差し事態より立方体指差し事態で小さくなることから“better precision” 仮説は支持されない(立方体は正確に奥行定位されてしまうので、参照枠が提示されても奥行定位は改善の余地がない)。(3) 参照枠が指差し対象より近方にある場合と遠方にある場合で奥行定位距離は変わらないことから“peak disparity” 仮説も支持されない。(4)指さし対象までの奥行距離定位が正確になるのは、第2の対象である参照枠が指差し対象より遠方に定位された場合のみであることから、”limiting factor” 仮説は支持される。結局、2つの対象のみが暗室空間に存在する場合の近方の絶対奥行距離知覚は、両眼に形成される遠方の対象についての輻輳角が一定の奥行距離以上にはならないので、2つの対象間の相対視差によって決められると考えられる。

長大奥行距離空間での相対的奥行距離知覚
 運動視差と両眼視差の奥行手がかりによる相対的奥行距離知覚が長大奥行空間でも有効かについて、Gillam,et al.(8)によってしらべられた。長大奥行空間には暗黒のトンネルが利用され、実験では観察距離40 mから288 mの範囲で2個の発光ダイオードが提示された。観察条件は、頭部運動条件での両眼視、頭部運動条件での単眼視、頭部静止条件での両眼視、頭部静止条件での単眼視とし、相対的奥行は量推定法で測定した。
その結果、もっとも正確に相対的奥行距離を推定できた条件は、頭部運動条件での両眼視、次は頭部静止条件での両眼視、そして頭部運動条件での単眼視の順となり、頭部静止条件での単眼視では有意な相対的奥行知覚は得られなかった。この結果から、運動視差と両眼視差はともに長大奥行空間でも有効な手がかりとして作用し、とくに運動視差は両眼視差の奥行精度を促進すると考えられる。

2個の対象の大きさ知覚におよぼすテクスチャ勾配の効果
 2個の対象の相対的大きさ知覚におよぼすテクスチャ勾配の効果については2つの仮説、すなわちリレーショナル仮説(relational)と距離計算仮説(distance calibration)がある。前者の仮説では、相対的大きさは2つの対象間に存在するテクスチャ要素の密度によって規定されるとし、後者の仮説では、テクスチャ勾配によって距離が規定できれば、相対的大きさは、視角と距離によって規定されるとする。そこで、Tozawa,J.(30)は、テクスチャの有・無、および標準刺激と比較刺激間の高さの差などを操作して実験した。実験では、標準刺激に対する比較刺激の相対的大きさと相対的距離を被験者に求めた。
 その結果、相対的大きさ判断はテクスチャ勾配によって強く規定されていること、しかし相対的距離は標準刺激と比較刺激の相対的高さ要因によって規定されていることが示された。相対的大きさと相対的距離を規定する手がかりが異なることは、距離計算仮説よりリレーショナル仮説を支持する。

視空間特性
水平垂直錯視のモデル
 水平-垂直錯視は垂直成分の過大視を起こす異方性成分、および水平線分を半等分した際に過小視を起こすバイアス成分から生起している。Mamassian & Montalembert(17)は、3種類のモデル、すなわち、錯視に関わる精神物理変数がそれぞれ独立しているとするモデル(精神物理変数独立モデル、Independent psychometric functions model)、測定の初期にノイズが影響するモデル(初期段階ノイズモデル、Early-noise model)、長さ判断がなされる測定の後期でノイズが影響するモデル(後期段階ノイズモデル、Late-noise model)を検討した。精神物理変数独立モデルは、水平成分、垂直成分の錯視は相互に独立して生起すると仮定する。初期段階ノイズモデルでは、水平線分と垂直線分の測定時にノイズによって正しい値が乱されること、そしてこのノイズはゼロ平均を中心にσの2乗の分散で表されることを仮定する。後期ノイズモデルは、水平線分や垂直線分のイメージに基づく段階でノイズが働くのではなく、長さ判断の直前の段階で判断の不確実性がノイズとして働くとし、水平線分と垂直線分の長さ比較の確実性に差があると考える。この3通りの仮説から演繹される水平線分と垂直線分の長さの主観的等価値(PSE)を表2に示す。表の左端列は水平-垂直錯視パターンとそれに類似したパターンを示す。表中の「a」値は異方性による垂直成分の過大視、「b」値は水平成分を等分にしたときの異方性による過小視、「c」値定数で垂直成分の長さ評価の際に生起する不確実度を示す。図36のグラフは、後期視覚処理過程でのノイズモデルによる水平-垂直錯視の予測値で、水平-垂直錯視とその類似パターンを4つのパラメータ(赤、緑、青、紫枠内に表示)として設定している。グラフの横軸はアスペクト比(垂直/水平比)、縦軸は予測値(垂直>水平)を示す
 この3通りのモデルの検証実験が実施され、被験者には水平線分と垂直線分のどちらが長いかを判断させた。 その結果、(1)L」パターンと「+」パターンでのPSEは等しいこと、(2) (「+」パターンのsd/(「L」パターンのsd)は大きく、「+」パターンの長さ判断は「L」パターンより難しいこと、(3)(横位置の「T」のsd/(縦位置の「T」のsd)は大きく、横位置の「T」パターンの長さ判断は縦位置の「T」より難しいこと、が示された。これらは後期段階ノイズモデルの予測を支持した。しかし、後期段階ノイズモデルの予測によれば、{(「L」パターンのPSE/(縦位置「T」のPSE)}および{(横位置「T」のPSE/(「L」パターンのPSE)}はともに「b」(水平方向の長さ判断のバイアス値)となるが、実験結果はこれを支持しなかった。ここで提示された後期段階ノイズモデルは、水平-垂直方向の異方性による長さ判断の歪みと水平方向線分をの長さ判断の歪みとを、それぞれ独立に操作できる利点がある。

奥行位置の異なる対象への注意の配分
 3次元視空間に置かれた対象を注視させ、次にそれより遠くにある対象へと注視を移動させると、反応時間が大きく、その逆の場合には小さくなる。これは、対象への注意が観察者中心座標で表象されていることを示す(Andersen, 1990; Andersen & Kramer,1993; Arnott & Shedden, 2000; Gawryszewski et al., 1987)。一方、同一の対象内での注視点の移動にかかるコストは、異なる対象間でのそれより小さいことも示され、これは注意が対象中心座標で表象されていることをを示唆する(Duncan, 1984; Egly et al., 1994)
  そこで、対象への注意が観察者中心表象か、対象中心表象かを確かめるための実験をReppa et al()が行った。実験パラダイムは、図37に示した。注意の配分を調整するために、窓枠状の2次元パターンをy軸(Experiment 1A)あるいはx軸(Experiment 1B)を中心として45°傾けて継時的に提示する。初めに、窓枠の4隅のいずれかに注視点(L状記号で表示)を付けて提示し、次に窓枠の4隅のいずれかに注視点(ターゲットとして白色の小四角形)を変えて提示する。最初の注視点と次の注視点の奥行関係が遠―近(Far-Near)あるいは近―遠で変えられる。その際、注視点の移動が同一の奥行距離の条件(Within-Olates Shifts)と異なる奥行距離の条件(BetweePlates Shifts)を設定し、さらに注視点の移動が同一の位置の場合(valid)と異なる位置の場合(invalid)を設定した。このような実験事態では、注意が2次元の対象の間で広がるのか、あるいは対象の近い位置から遠い位置へと3次元の広がりをもつのかを検証できる。もし、奥行が注意の符号化に組み込まれていれば、2次元の手がかり(1A条件)ではなく3次元的手がかり(1B条件)として設定された距離情報がターゲット認知に対する反応潜時を規定すると予測される。
 実験の結果、次のことが明らかにされた。(1)注意が2次元に設定された手がかり内にある場合(条件1A)、ターゲット認知のための反応潜時は窓枠状パターンが回転しても回転しなくても変化しなかった。これは注意の移動が同一の奥行距離内の場合、2次元的距離が変わっても注意の広がりに対するコストは等価なことを示す。(2)遠い位置から近い位置への注意のシフトは、その逆方向に比較して速いことから、注意が対象中心ではなく観察者中心座標で表象されていることを示唆する。