3次元視研究で得られた知見(2010)

両眼立体視研究で得られた知見
視野闘争

(1) 視野闘争上で抑制下にある刺激対象自体の明るさコントラストを増・減した場合に、知覚者はそれを検出できるかを確かめたところ、両眼間の抑制過程は入力値である明るさコントラストの増・減と出力値である明るさコントラスト増・減閾値の対比(gain)にもとづいて、明るさコントラストの変化に対する閾値を決定していた。すなわち、明るさコントラストが強い場合には深い両眼間抑制が生起し、それが弱い場合には浅い抑制が生起した。この結果は、知覚意識には存在しない対象でも、視覚経路の神経生理過程では存在することを示し、視覚情報処理を受けていることを示す。

(2) 視野闘争を開始させる刺激特性は抑制された刺激側の刺激全体あるいは部分的な明るさコントラストの増強、運動速度の増大、あるいは空間周波数の低下などである。そこで、抑制された側の突出した刺激特性が、観察者がそれに気づかなくても、視野交替を始動させるか否かについて検討された。その結果、視野闘争での視野交替は眼球間の刺激差によって生起し、しかもこの視野交替の契機となるものは抑制された側の突出した刺激要素であった。眼球間で交互に抑制が生起すると仮定するこれまでの視野闘争理論では、抑制された側へのプローブ刺激は抑制を等しく受けるので、左右眼の刺激特性は視野交替に影響しないと考えられてきた。しかし、今回の結果は抑制された側での抑制は等質ではなく、眼球間抑制が一定に状態にあるときにも抑制された刺激内の突出した刺激特性によって眼球内抑制の状態を変化させ、それが視野交替に影響することを示す。

(3) 視野の境界に生じる輪郭(Boundary Contour)が視野闘争の抑止あるいは促進に与える影響を、とくに、刺激面のパターンの左右眼の不一致をみるのではなく、パターンの境界に生じる輪郭の左右眼の不一致が視野闘争に与える影響をみた。その結果、周囲と中央の格子パターン間のフェーズを増大させて境界領域を強化することによる中心と周囲の刺激間の相互作用は、境界輪郭と同等の影響を視野闘争においてもつことが示された。

(4) MBC(Monocular Boundary Contour)タイプの視野闘争では、周辺刺激の全体的な輪郭特性に加えて、その中心刺激に局所的な形状特徴がある側の刺激が選択され、他の側の刺激は抑制される。一方、各眼に同一の輪郭効果をもつBBC(Binocular Boundary Contourタイプの視野闘争では、各眼に与えられた輪郭から形状の内部構造を形成しなければならない。したがって、MBCタイプの視野闘争では、両眼間での局所的な知覚的抗争の結果、局所的な刺激特徴を持つ側の刺激が優性となり、視野闘争でドミナントとなると考えられる。

(5)抑止された刺激パターンが刺激類似性を共有している場合、抑止からの知覚的復活の促進が刺激類似性を共有しない刺激パターンより単眼内および両眼間の視野闘争の両方で出現する。また、抑止された刺激パターンが刺激類似性を共有する場合、抑止から解放されても抑止を継続して受け続ける。刺激イメージ間闘争において刺激類似性が抑止を促進したり、抑止を解除したりしていることを示唆する。

(6) 縦方向に並べた3つのドットを左から右方向に運動させ、点線で示した枠内(実際には点線は提示されない)に入ったら消失させると、点線で示した矩形が主観的にドットをオクルードして矩形が主観的に奥行出現する。たとえば、右眼の刺激が消失し、続いて左眼の刺激が消失すると、観察者には3つのドット刺激が主観的な矩形面にオクルードされて視える。視覚システムは両眼間の刺激消失時間に最大320 msのギャップがあっても、その不一致を主観的オクルード面を存在させることで知覚的に解決する。

両眼視差の処理過程
(1) 時間的に変化する視差に特異的に反応するニューロン群から構成された神経生理学的なモデル(Changing Disparity Energy Model)が提唱された。このモデルは2段階から構成され、第1段階はDisparity Energy Modelにもとづく過程、第2段階はMotion Energy Modelにもとづく過程である。このモデルのシミュレーション実験では、ステレオモーションにおけるDRDSの速度閾値(ステレオモーションが識別できる境目の値)はRDSより高い結果となり、これは精神物理学的実験結果(Brooks & Stone 2004)と一致した。これは、ステレオモーションにおいては時間的に変化する両眼視差だけではなく、両眼間の速度差を加えた両方の手がかりが利用されていることを示す。

(2) 中心/周辺受容野構造をもつニューロンは周辺に提示した両眼視差によって中心に提示する運動対象の視かけの速度を調整すること、また加齢に伴ってMT野にあるこの種のニューロンの活動性が低下することが明らかにされた。

(3) ローカル・ステレオグラム(フィギュラル・ステレオグラム)とグローバル・ステレオグラム(RDS)の両眼立体視の処理が同一の過程で成されていることが、ローカル・ステレオグラムとグローバル・ステレオグラム間で知覚学習の転移が生起することから確かめられた。

運動要因による立体視研究で得られた知見
オプティク・フローの3次元視
(1) 視覚情報と前庭感覚とが生態光学的に一致する条件と不一致となる条件とを設定し、オプティク・フローの奥行情報に対する感度を測定した結果、観察者の移動とオプティク・フローとが生態光学的に一致した条件では、観察者はオプティク・フローからの運動に随伴した奥行感度が、不一致条件より高いことが示された。人間の視覚システムには視覚情報と前庭感覚情報の相乗効果を生み出すしくみが備わっている。

自己運動知覚
(1) 片眼の右もしくは左眼球の鼻側網膜あるいはこめかみ側網膜に運動刺激を鼻側からこめかみ側、あるいはこめかみ側から鼻側に動かすと、鼻側網膜にこめかみ側から鼻側への運動刺激がベクションをもっとも強く生起させる、つまり、最適なベクションを起こす網膜の領域と運動方向がある。これは、網膜の鼻側領域での収縮運動刺激の処理過程には、こめかみ側領域と異なる処理過程が関係していることを示す。

絵画的要因による立体視研究で得られた知見
絵画的要因による3次元形状の復元
(1)真実性(veridicality)、複雑性(complexity)、相称性(symmetry)そして容積性(volume)に基づく復元モデルが提唱された。3次元形状のコンピュータによる復元モデルには次の4つの拘束条件が必要。(1)3次元のための相称性の最大化、(2)輪郭による平面化の最大化、(3)3次元のための簡潔性の最大化、(4)表面の面積の最小化。これらの4つの拘束条件から、3次元形状の容積(3次元のための簡潔性の最大化に依拠)、面(表面の面積の最小化に依拠)、輪郭(3次元のための相称性の最大化、輪郭による平面化の最大化に依拠)の復元が可能となる。容積、面そして輪郭は、トポロジーにおける組合せマップ(combinatorial map)の基礎となり、組合せマップには、どのような容積(3次元対象)が3次元空間を満たすか、どのような2次元「面」がこれらの容積と関連するか、どのような1次元「輪郭」がこれらの「面」に関連するか、が記述される。このモデルでは、2次元形状から3次元形状が「奥行(depth)」、「面(surface)」そして「学習(learning)」の情報が用いられないで復元される。

(2) ユークリッドモデルとローカル・アフィンモデルの欠陥を改めた新しい一般的モデルである内在的拘束モデル(Intrinsic Constraint model)が提案された。ユークリッドモデルによれば、奥行、スラント、面の曲率の知覚測定値は相互に一致すると予測するが、一方、内在性拘束モデルでは、奥行、スラント、面の曲率を局所的なアフィンマップに基づいてそれぞれを評価する。そして、それらの評価値の信号対ノイズ比は奥行、スラント、面の曲率の知覚値を規定する。

(3) 対象の3次元形状をどのように知覚するかを分析するとき、対象を構成する屈曲数の最少規則(minima of curvature)が重要である。最少規則は3次元凹状パターンを形成する諸側面と一致するが、3次元凸状パターンの最少規則とは補完的関係にあるものの、一致しない。最少規則は3次元凸状パターンとその2次元パターンにともに適用できるが、3次元凹状パターンとその2次元パターンには当てはまらない。3次元凹状パターンは、それを構成する部分輪郭面が3次元凸状パターンよりは多いので、その構造を知覚的に分析した後でないと見えてこない。

絵画的要因の3次元視効果
(1)リバースペクティブ(逆遠近法)の知覚的コンフリクトの理論的解析によると、観察者がリバースパースペクティブに視ているものは、視覚システムがパースペクティブと運動視差の変形にもとづいて作り出すもので、そこで作り出されるものは日常生活でもっとも起こりそうなシーンとなる。ここでは、この種の知覚的コンフリクトを解決するために過去経験などの高次処理過程は働いていない。

(2) 知覚的消去・出現現象とは、ドットで構成された背景刺激を回転など運動させて持続観察させると、静止ターゲット刺激が消失と出現を繰り返すことをいうが、単眼的奥行手がかり(単眼的奥行手がかりとして、重なり要因(interposition)、ターゲット刺激の凹凸形状要因、water color illusion)が知覚的消去・出現現象に与える効果が実験的に検討された。実験の結果、すべての単眼的奥行手がかりで知覚的消失と出現が生起したが、奥行手がかりが凹感覚を生起させている場合の方が凸感覚よりも、知覚的消失と出現が長く生起した。これは、背景とターゲット刺激間に生じた知覚的奥行によって誘導されたと考えられる。

平面画像の認知過程
(1)錯視的輪郭(主観的輪郭を含む)とオクルージョンの両方を検出できるコンピュータモデルが提唱された。このモデルでは、2つの図形の重なりの領域には、オクルードされた図形の輪郭がオクルードした図形の背後に創発され(非感性的補完、amodal completion)、同様に主観的輪郭の場合にも図形間に仮想的輪郭が創発される(感性的補完、modal completion)と考えて、錯視的輪郭とオクルージョンは同一のしくみによっていると仮定する(identity hypothsis)。このモデルでは、まず、2つの図形間のエッジの関連づけ(relatability)が計算され、次ぎに輪郭線の補間の過程がくる。このモデルを2本線分が交差したオクルージョン図形、カニザタイプの主観的輪郭図形、その変形主観的輪郭図形でシミュレーション実験した結果、オクルージョン領域を示す錯視的輪郭、あるいは主観的輪郭を検出できることが実証された。

複数の奥行手がかりの統合の研究で得られた知見
複数の奥行手がかりの統合
(1)両眼視差変化による輻輳の奥行手がかりと刺激対象の拡大による奥行手がかりがコンフリクト事態にある場合の絶対奥行距離知覚がしらべられた。その結果、絶対両眼視差にもとづく輻輳は、それがルーミング変化と奥行に関して一致している場合には奥行運動の識別(接近あるいは後退)における奥行手がかりとして有効であるが、しかし、絶対両眼視差と大きさ変化とが奥行に関してコンフリクトにある場合にはルーミング変化の方が奥行手がかりの有効性は強くなった。このことから、輻輳要因は、奥行運動の奥行手がかりとして有効である。

(2)
実風景を低・高空間周波数チャンネルでそれぞれ濾過(filtering)し、刺激提示持続時間(0 < Tn msec)を最初の実験では3段階(33100250 msec)、次の実験では5段階(506783100 msec)に操作してシーン内のターゲットの検出の正確度をしらべた。その結果、「低+高空間周波数濾過条件」の検出確率は100 msecの刺激提示持続時間の場合、確率的加重モデルによる検出確率(低空間周波数条件の正確度と高空間周波数の正確度を加算した値の平方根)より高くなること、しかし刺激提示持続時間が83 msec以下ではその検出確率は高くはならなかった。つまり、空間周波数チャンネル情報の統合による対象の知覚は、シーンイメージが提示されてから83から100 msecの間でなされると考えられる。また、低空間周波数チャンネル情報の方が高空間周波数チャンネル情報より刺激提示時間に伴う検出確率が高いことが示された。これは、粗いレベルの情報処理過程が細密なそれよりも速く処理されることを意味する。これらの結果から、シーンでのターゲットの検出は、低空間周波数チャンネル情報処理から高空間周波数チャンネル情報処理へと進みながらは、少なくとも100 msec以内で統合されて成されると考えられる。

視空間知覚の研究で得られた知見
絶対的奥行距離と相対的奥行距離の知覚
(1)暗空間内にあるひとつの対象に参照枠(もうひとつの対象あるいは視覚的枠組み)を導入すると、絶対奥行距離知覚は正確になる(Brenner & van Damme, 1999; Coello & Magne, 2000; Foley, 1977)。これを説明する仮説として、”stable reference”仮説 、“better precision” 仮説、“peak disparity” 仮説、”limiting factor” 仮説がある。実験的吟味の結果、()対象までの指さし距離は参照枠の奥行提示位置が固定された場合と可変の場合とで差がないことから、”stable reference”仮説は支持されない。()参照枠の奥行定位効果は球体指差し事態より立方体指差し事態で小さくなることから“better precision” 仮説は支持されない(立方体は正確に奥行定位されてしまうので、参照枠が提示されても奥行定位は改善の余地がない)。() 参照枠が指差し対象より近方にある場合と遠方にある場合で奥行定位距離は変わらないことから“peak disparity” 仮説も支持されない。()指さし対象までの奥行距離定位が正確になるのは、第2の対象である参照枠が指差し対象より遠方に定位された場合のみであることから、”limiting factor” 仮説は支持される。結局、2つの対象のみが暗室空間に存在する場合の近方の絶対奥行距離知覚は、両眼に形成される遠方の対象についての輻輳角が一定の奥行距離以上にはならないので、2つの対象間の相対視差によって決められると考えられる。

視空間特性
(1)対象への注意が観察者中心表象か、対象中心表象かを確かめる実験の結果、注意の移動が同一の奥行距離内の場合、2次元的距離が変わっても注意の広がりに対するコストは等価なこと、遠い位置から近い位置への注意のシフトは、その逆方向に比較して速いことから、注意が対象中心ではなく観察者中心座標で表象されている。

その他の研究で得られた知見
(1) 主観的輪郭図形を検出できるコンピュータモデル(Differentiation–Integration for Surface Completion modelDISCモデル)が提案された。このモデルの基本的構想は、(1)刺激パターンの明るさ比と奥行差から初期輝度マップと奥行マップを作成し、(2)識別された奥行から輝度マップを修正するというものである。このDISCモデルのアルゴリズムの特徴は、初期輝度マップのもっとも輝度の高い値をアンカーとする最高値ルール(highest value rule)を適用し、ホワイトからグレイまでのスケールを決めることである。また、奥行マップではエリアルール(area rule)が適用され、もっとも広い面積の領域にアンカーして、この領域を背景面とする。最終的には奥行マップで背景と比較してより高い奥行値をもつ領域は輝度値によって修正され、「図」として再現される。主観的輪郭のコンピュータモデルとしては、このDISCモデルはシミュレーションによる再現性が高い。

(2) 図―地領域の境界にあってそのいずれに属するかあいまいな輪郭(エッジ)を、群化要因がいずれに属するかを決定できるかについて実験した結果、運動するドットをもつために図―地分擬に対してバイアスのある領域が、バイアスのない隣接する領域をともに群化することが示された。これは群化がその領域の図―地分擬にまで影響を与えることを示唆する。

(3)2種類の視覚手がかり(空間周波数と刺激の提示方向)を操作して視覚的な目立たせ(visual saliency)の程度を変化し、その際に出現する「図―地」分擬の程度とERPとの対応を分析した結果、()空間周波数と刺激提示方向を組み合わせた条件では、図と地の分擬が相乗的に促進されること、() 空間周波数と刺激提示方向の手がかりは単独でも図と地の分擬に効果があること、()このプロセスは、後頭部P2からのERGの波形のネガティブな最大振幅が200ms遅延して出現することで確認できること、()200ms近辺のERPのこの変化は、物理的な手がかり強度ではなく、視覚的目立たせによって出現していること、などが示された。これらのことから、「図―地」分擬を出現させる手がかりは相互に作用し合っていて、その効果は「図―地」分擬に関わる手がかりの物理的強度とはリニアに対応していないことが明らかにされている。