2.運動要因による3次元視

2.1.運動による3次元形状の復元

運動要因によって出現させた形状知覚におよぼす運動速度、発達年齢そして弱視の影響

 ニューロ・イメージングによる研究、および人間の心理的・精神的障害を対象とした研究から、形状知覚は腹側径路が、運動知覚は背側径路がそれぞれ関与し、また運動要因による形状知覚はこれらの両方の径路が関与していることが明らかにされている(Hotson & Anand, 1999; Malach et al., 1995; Orban et al., 1995; Schoenfeld et al., 2003;Blanke et al., 2007; Regan et al., 1992)。運動視は2から4週齢で可能となり、就学年齢である7歳齢で成人のレベルに達する。運動に規定された形状知覚は、形状を知覚できる最小の速度閾値でしらべると7歳齢までに、また形状知覚を可能にする運動要因の共起度の最小閾値(coherent threshold、運動要因によって形状が共起する境目の値)でしらべると10あるいは15歳齢までに可能となる。Hayward et al.(12)は、運動に規定された形状知覚の発達的経過を、形状を出現させる要因の運動速度との関係でしらべ、さらに弱視にみられる運動に規定された形状知覚の障害がどのようにして生じるかを実験的にしらべた。健常被験者は4-6歳齢22名、7-10歳齢15名、11-17歳齢15名、18-31歳齢16名、弱視被験者(健常眼に対するオクルージョン治療をうけ、弱視眼もほぼ正常な視力を回復している者)は12名で7-25歳齢であった。運動要因に規定された形状(長方形)は、23に示したように、点線で囲まれた枠内のドットは常に同方向に、その枠の直近の外のドットは枠内のそれとは反対方向に、そしてこれ以外の周囲のドットはランダムな方向に運動させることで提示した。ドットの速度を、「遅い」、「中程度」、「速い」の3段階(0.10.95.0 deg/s)に操作、また長方形の枠内のドットの運動方向を垂直あるいは水平方向とした。これを被験者には単眼視観察させ、長方形の方向が水平あるいは垂直のいずれに視えるかを答えさせた。
 実験の結果、(1)ドット速度と発達年齢間には有意な相互作用があり、とくにドット速度が遅い場合には成人のレベルの運動に規定された形状知覚に到達するには7歳齢であるが、しかし中程度および高速度のドット速度では年齢間にほとんど差はないこと、(2)弱視被験者はドット速度が遅い条件で運動要因による形状知覚が弱視眼ならびに健常眼である他眼ともに困難であること(これは両眼視能力にも障害を持つこと示す)、などが示された。これらのことから、運動要因による形状知覚の発達にはドットの運動速度が関与し、ドット速度が速い場合には4歳齢以前に、遅い場合には6歳以降に運動要因による形状知覚が可能となること、また、弱視者の場合ドット速度が遅い条件での運動要因による形状知覚能力は4から6歳齢の健常児と同等であることが、明らかにされている。さらに、片眼弱視の主たる治療は、健常眼を遮蔽し、弱視眼の視力を回復させることであるが、正常視力を回復しても運動による形状知覚の障害は残存していると考えられる。

2.2.運動要因の手がかり効果

運動視差と両眼視差の手がかり相互作用を超えた遠距離における相対的奥行距離知覚

 Gillam et al.(9)は、鉄道の暗いトンネル内でLED光源を1対提示し、その間の視えの相対的奥行距離を評定させた。最も近いLEDは観察者から40mの位置に固定し、もう一つのLED248mまで遠ざけて提示した。観察条件は、観察者静止・両眼視条件、観察者静止・単眼視条件、観察者運動・両眼視条件および観察者運動・両眼視条件を設定した。両眼視条件では、両眼視差と運動視差が利用可能であったが、ただ観察距離が長いので両眼視差と運動視差は有効範囲外である。
 実験の結果、観察者運動条件では、ほぼ正確な相対的奥行距離の評定がなされた。次に正確な評定は観察者静止・両眼視条件、そして観察者運動・単眼視条件となり、観察者静止・単眼視条件では正確な見積もりはできなかった。相対的な奥行距離知覚が正確になされた条件は、近距離に提示したLEDまでトンネル地面と壁面が視える事態であった。これらの結果から、相当程度長い奥行距離条件下でも、両眼視差と運動視差は奥行手がかりとして有効であることが示されている。

2.3. 運動視差の処理過程

ステレオブラインド者の運動による立体視における単眼・両眼観察

 単眼より両眼で観察した方が簡単な視覚課題の成績は良くなることが知られている。これは、片眼より両眼での観察の方が各眼でターゲットを探索する確率を加重できる(probability summation)ためと考えられている(Andrews,1967; Blake & Fox, 1973)。しかし、このような両眼観察による有利は、複雑な視覚課題、より長い観察課題、強い明るさコントラスト課題では失われる(Frisén & Lindblom 1988, Bearse & Freeman 1994, Banton & Levi 1991, Legge 1984)。各眼の視力は正常だが両眼立体視力を欠く者も、両眼観察の方が短時間露出事態での閾値近辺のフラッシュ検出において有利である(Westendorf et al. 1978)
 van Mierlo et al.(42)は、各眼の視力は正常だが両眼立体視力を欠く者(ステレオブラインド)を対象として、運動による奥行視(motion in depth)の知覚が単眼より両眼観察の方が成績が向上するかについてしらべた。実験では、左右眼で水平方向の位置が異なるランダム・ドットを運動させて水平軸を中心に回転するシリンダーを出現させた。この場合、左右眼に提示したダイナミック・ランダム・ドットが視差対応をもつ条件(コラレート条件)、ダイナミック・ランダム・ドットの左右眼での視差対応を除いた非対応条件(非コラレート条件)、密度を倍増し片眼にのみ提示した単眼条件、そして左右眼に両眼視差を付けるがドットの運動を除去した静止条件の4条件を設定した。ただし、非コラレート条件では、円筒形の前面と後面の分離をドットの左右方向の運動速度に差をつけることで生成しているために、両眼視差は存在しないものの運動による奥行手がかりは存在した。観察は液晶シャッター眼鏡を通して行われ、各条件下でシミュレートして出現させたシリンダーの前面のドットの運動方向(上あるいは下)を被験者に答えさせた。被験者はステレオフライテストでステレオブラインドと判定された者3名(各眼の通常視力は正常)と健常眼者7名であった。
 実験の結果、ステレオブラインド者は両眼観察事態であるコラレート条件と非コラレート条件でシリンダー前面のドットの運動方向をほぼ正しく知覚できたが、しかし両眼視差のみの静止条件では完全に判断が不能なことが示された(健常眼者は逆に完全に可能であった)。これは、ステレオブラインド者は両眼立体視力を欠いていること、しかし両眼観察では運動要因による奥行視が可能であることを意味した。単眼観察条件では、ステレオブラインド者1名および健常者2名がチャンスレベル以上で正答できた。
 そこで、ステレオブラインド者が両眼に起因する何らかの手がかりを利用しているかをしらべるために、まず、非コラレート条件で左右眼に提示するドット速度に違いを導入(運動速度差条件)し、同期的あるいは非同期的に変化させて提示(非同期条件)した。ドット速度を左右で非同期に変化させると左右のドットの対応が阻害できる。次にシリンダーの各ドットにサイン波形の左右方向へのシフト(1cmの幅で0.4Hzでオシレート)を導入することで、シリンダーを左右方向に移動させた(トランスレーション条件)。イメージ内のあるひとつのドットが左方向にシフトすれば、それは前面に属すると推定できるが、シリンダー全体を横方向に動かせば、この推定を阻害できる。さらに、回転するシリンダーを連続的に伸張もしくは圧縮(伸張・圧縮条件)させた。ここでは、ドットの一連のシフトを検出しにくくさせることができる。観察は単眼および両眼で実施した。
 実験の結果、運動速度差条件、トランスレーション条件、伸張・圧縮条件ともに、正答率が低下するものの、単眼観察そして両眼観察の両方でチャンスレベル以上の正答が得られた。とくに、両眼観察での同期条件は非同期条件より成績は劣った。
 以上のことから、ステレオブラインド者は運動の奥行視によってシミュレートされたシリンダーの回転方向の知覚的判断では単眼観察より両眼観察の方が優れていた。これは、左右眼に提示されたドットの対応、速度など左右差を検出しているのではなく、それらを単眼独自に検出し統合させて知覚判断していると考えられる。