6.3次元視の発生と発達

6.1.人間の視覚機能の発達

過去25年間の視覚機能の発達のレビュー

 Braddick & Atkinson(4)は、過去25年間の視覚機能の発達をレビューしている。それによると、次のようである。(1)乳児の視覚中枢機能については、対象の方向、運動方向、両眼視差、注視時の皮質下での眼球運動のコントロール、そして視線運動性眼振を通して研究され、皮質下に対する皮質の優位性が発達に伴いしだいに増大していくことを見いだした。(2)外線条皮質では、ハイパー視力、テクスチャの分擬、グローバルな形状知覚そして運動コヒーレンス(ドットなどが同じ方向にまとまって動くように知覚)の研究を通して知覚の統合過程の発達が研究された。この研究領域では、背側と腹側の視覚径路での処理過程もしらべられ、これら2つの視覚径路の発達が同期していないこと、およびこれらの過程でのそれぞれの脆弱性が先天的あるいは後天的な視覚障害の原因となることが示唆されている。(3)小児科領域の神経学と眼科学の研究が進展し、とくに乳児の現在顕れている視覚障害ばかりでなく将来起きるであろう視覚と認知の障害も予測できるようになった。また、初期の白内障に対する適切な治療は視覚障害を軽減するとともに、視覚システムの可塑性と限界を実証した。(4)新しいイメージング法や眼球追跡法の開発により、乳児期以降の視覚発達の研究がこれから進展すると期待される。

6.2.乳児を対象とした研究

方向検出の発達

 1週齢の乳児は、たとえば45度と135度の方向差をを識別可能(Atkinson, et al1988; Slater, et al. 1988)であるし、 4ヶ月齢の乳児は10度の方向差(Bornstein,et al.1986)を識別可能である。さらに、VEP(visually evoked Potential)を指標にすると、3ヶ月齢乳児はおよそ1度の方向差が識別できる(Manny 1992)。
 Baker,et al.(2)は、3ヶ月齢乳児の刺激の方向識別能力をVEPを用いて測定した。刺激パターンは空間周波数パターンで、
テスト刺激(counterphase3.14Hzで反転)とマスク刺激(counterphase5.27Hzで反転)をオーバーラップさせるが、テスト刺激は垂直格子パターンで固定し、マスク刺激は空間周波数パターンを設定した方向で回転させて提示した。測定の結果、加算された周波数のコンポネントの大きさは、テスト刺激とマスク刺激間の相対的な方向差に依存して変化することが示された。この結果は同一の条件で実施された成人のものと同等であったし、またVEPによる方向検出帯域も3ヶ月齢乳児のそれは成人とほぼ同等であった。これは、刺激の方向に対するニューロンの検出は、3ヶ月齢乳児で成人とほぼ同等に発達していることを示唆する。

6.3.加齢効果

3次元の形状面の触運動知覚(haptic perception)と加齢効果

 Norman et al.(24)は、触運動による3次元形状知覚が加齢とともにどのように変化するかをしらべた。被験者は64歳齢から84歳齢(平均71.6歳)の者10名、および27歳齢から18歳齢(平均22.9歳)の者10名であった。3次元形状刺激は、図49-Aに示すように、球、シリンダー、サドル、楕円曲率をもつもので凹と凸型を用意した。形状指標-1.0から1.0の範囲で設定し、-1.01.0は半球の曲率、-0.5と+0.5はシリンダーの曲率、0はサドル、00.5の範囲はいろいろな曲率のサドル、0.5と1の範囲はいろいろな曲率の楕円とした。曲率の設定では曲率が大きい条件(2m-1)と小さい条件(0.5m-1)を設けた。3次元形状刺激物には、手のひら大の大きさのもの(直径20cm)と人差し指大の大きさのもの(直径5cm)を用意し、被験者は大きい刺激条件では手のひら全体を動かして、あるいは小さい刺激条件では人差し指のみを動かして、形状を知覚し、その曲率をパソコン上で再現させた。
実験の結果、3次元形状の曲率が変化しても触運動によって正確に知覚できること、高齢者群と若年者群間には差がないこと、手のひら全体の触運動と人差し指の触運動条件間にも差がないことなどが示された。この結果から、高齢者群は触覚の識別能力は若年者群より劣るが、触運動知覚能力には衰えは生じていないことがわかる。