7.その他の3次元視研究

知覚のための視覚系(vision-for-perception)と運動のための視覚系(vision-for-action)

 視覚伝達経路には、解剖学的にみて腹側視覚経路と背側視覚経路がある。この2つの経路ではどのような情報が伝達されるかについて論争がある。Aglioti et al.(1995)によると、エビングハウス-ティチナー大きさ対比錯視の錯視量を視覚条件と触覚条件で、視覚条件では錯視が生起するが、親指と人差し指とで円盤を摘んで大きさ判断する触覚条件(tactile)では錯視は生起しなかったという。この結果を踏まえて、Milner and Goodale (1995)は、腹側視覚経路を知覚のための視覚系、背側視覚経路を運動のための視覚系として区別し、それぞれ独立した知覚モジュールと考えた(two visual system hypothesis(TVSH)。そして、前者は対象が何かの情報(what径路)を、後者は対象の位置や運動の情報(where 径路)を、それぞれ処理するとした。
 Schenk et al.(34)は、この問題に関する研究をレビューし、(1)精神物理的測定法による触覚の錯視が必ずしも明確に生起しないこと、(2)神経生理学的研究は、独立した2系統の視覚システムでは説明できない事実を示していることなどから、2系統視覚システム仮説が必ずしも妥当ではないと論評している。
 これに対して、Westwood & Goodale(47)は、2系統視覚システム仮説をレビューし、それを支持できる根拠を示した。その根拠の第1に、後頭野の腹側視覚径路の損傷による失認症のある女性患者(D.F.)を対象にした研究、第2は知覚と運動に関わる精神物理的研究である。患者D.F.を対象にした第1の根拠についての研究では、ある患者は木製のカードを渡され、それをさまざまな方向に提示されたスロット(細長い差し入れ口)に入れることを求められた時、そのカードをスロットの方向に合うように手で回して正しく挿入することができたという(Goodale et al.1991, Milner et al.1991)。この患者はスロットの方向を視覚では正しく報告することができなかった。これに示されたように、患者(D.F.)は対象の方向の他に、その形状、大きさを親指と人差し指の間隔で表すことができることがわかった。しかし、患者(D.F.)は、対象の主軸がT字形のように2方向ある場合、対象と背景の輝度間に差のない2次輝度コントラスト条件の場合、対象が行動の直前に除去された場合(対象の位置や方向の記憶による行動を求める場合)、あるいは単眼視下のように奥行距離手がかりが制限された場合には、成績が極端に低下した(Goodale et al.1994, Dijkerman et al.1996)。これらの結果は、意識された知覚によらずに触運動を導く背側視覚径路が存在することを支持する。そして、この視覚径路では、背景と対象間の輝度コントラストに差がある条件、現在対象が見えている条件、対象までの絶対奥行距離手がかりが存在する場合、そして対象への行動が直接なされる条件で働くと考えられる。
 健常者を対象とし精神物理的方法による第2の根拠についての研究では、Aglioti et al.(1995)が大きさ対比について視覚条件のみと触覚条件のみでそれぞれ別個に測定し、触覚条件では大きさ対比が生起しないことを報告して以来、この結果の検証が数多く行われてきた。とくに、視覚的な幾何学的錯視効果を触覚によって測定する方法の妥当性と信頼性について検討された。通常は、幾何学的錯視を視覚観察させた後、その錯視効果を視覚を遮断して人差し指と中指で再現して評価させる方法(Manual estimate)、あるいは視覚を遮断し人差し指と中指でターゲット刺激(標準刺激)を摘ませて評価させる方法(Grip aperture)とがある。Franz(2003)は、エビングハウス-ティチナー大きさ対比錯視を視覚的調整法、Grip aperture法、Manual estimate法でそれぞれ測定し、そのデータにWeber比にもとづいて修正し比較した結果(物理的大きさに対する評価値の勾配が測定方法で異なるので、それを標準化する手続き)、触覚による方法でも有意に錯視効果があることが示された。これは、2系統視覚システム仮説を否定する。しかし、Ganel et al.(2008)は、触覚による大きさ測定では、視覚のそれとは異なり、Weber比が成立しないことを示した。これは、Grip aperture法、Manual estimate法で得られたデータをWeber比に基づいて修正することが妥当ではないことを示した。さらに、ポンゾー錯視を視覚的調整法、Grip aperture法、Manual estimate法でそれぞれ測定したところ、触覚による測定では錯視効果は生起しなかった。
 一方、健常者を対象とし視覚に導かれた2本指による摘み反応(視覚が遮断されない条件)と記憶に導かれた同様な反応(行動の直前で視覚が遮断される条件)を比較すると、視覚による対象の表象が必要なのは後者であることが示された(Westwood et al.2000)。これは、患者D.F.が、行動の直前で対象が遮蔽されて見えなくなると行動が阻害されることに対応する。これらの結果は、ターゲットからの視覚情報に基づいて行動を起動するまでに何らかの変化を加える場合、その行動が起動される直前まではその変化は始まらないことを示す。もし、行動を起動するときに視覚が遮断され対象が見えないときには、運動制御システムは貯蔵された対象の視覚表象(最初に腹側視覚径路で処理されたもの)にアクセスして行動すると考えられる。
 以上みてきたように、神経生理学的研究および精神物理的研究は2系統視覚径路仮説を支持している。しかし、これをさらに堅固なものにするためには、健常者を対象とした視覚に導かれた触覚行動の研究をさらに検証する必要がある。

屈折左右不同視をもつ者の視覚欠陥

 空間視や両眼立体視能力の発達障害をもたらす弱視は、斜視や屈折左右不同、あるいはそれらの重複障害を発達早期にもっていることが多い。斜視と屈折左右不同は弱視の原因となるし、また、それらは弱視の結果としても生じる。屈折左右不同とこれに随伴する焦点のぼけやオクルージョン異常は、特定の視覚障害をもたらすと考えられる。
 そこで、Levi, et al.(16)は、弱視とそれに随伴する視覚障害である視力、明るさ対比、そして立体視力との関係をしらべた。被験者は屈折左右不同視84名、左右同等の屈折異常視27名、斜視をもつ弱視101名で、年齢は8歳から40歳にわたった。これらの被験者では健常眼の方は正常な視覚能力をもっていた。調査では異常眼の方の視力(LogMAR acuity test)、明るさコントラスト閾値、両眼立体視力(Circles test)がしらべられた。
 その結果、(1)斜視をもたない屈折左右不同視では不同視が高いほど視力は顕著に低下するが、明るさコントラスト閾値には影響しないこと、(2)両眼を比較して遠視と近視の両方をもつものはその程度が大きいほど視力の低下も大きく、しかも近視より遠視の方が強い方が弱視の危険性が倍加すること、(3)左右眼の屈折のアンバランスをもち、かつ斜視の者は、斜視をもたない者に較べると視覚能力が劣り、とくに視力では2.5倍の差があること、(4)左右眼の屈性異常が同等の者は、屈折異常の程度(左右同等)が高くても視力や明るさコントラスト閾値には影響しないこと、(5)左右の屈折異常が4ディオプターの範囲にあれば、両眼立体視をある程度維持し、また両眼立体視力は異常眼の視力と相関があること、などが明らかにされている。

健常者の触覚閾(大きさ、表面積、重さ)の測定

 Kahrimanovic. et al.(13)は、対象の大きさ、面の広さ(面積)、および重さに関して触覚による閾値を健常者を閉眼させて測定した。この際に、対象の重さについての情報がある条件と無い条件とを設定した。対象は球、立方体、三角錐(4面体)とし、重さの情報が無い条件での大きさ(体積)と面の広さの閾値測定ではポールの上に載せてある対象(標準刺激)を手で把捉し、次いで別の対象(比較刺激)を同一の手で把捉して、大きさあるいは表面積についての違いを判断させた。また重さの情報がある条件での大きさ(体積)と面の広さの閾値測定では、はじめに手の平に対象(標準刺激)を載せ、次いで別の対象(比較刺激)を載せて、重さの違いを判断させた。3種類の対象の大きさは、12 cm33.5 cm32条件に設定された。
 測定の結果、(1)3.5 cm3条件での3種類の対象の形状判断についてのWeber比は0.16であり、12 cm3条件のそれは0.13で有意に大きいこと、(2)3.5 cm3条件での球、立方体、三角錐の形状判断についてのWeber比は0.1330.160.19で、3角錐のWeber比は有意に大きいこと、(3)12 cm3条件では形状判断についてのWeber比に有意差はないこと、(4)3.5 cm3条件の3種類の対象についての重さ判断のWeber比は0.3512 cm3条件のそれは0.18で、両条件間には有意差があること、(5)3種類の形状間の重さ判断のWeber比には有意差が無いこと、(6)対象の大きさ判断についてのWeber比は、重さの情報がある条件と無い条件で有意差はないこと、などが明らかにされた。

複数の指による触覚検出における即座知覚(subitizing)の特性

 即座知覚(subitizing)とは、検出する対象を逐次的に確認して知覚するのではなく、即座に把握できる知覚(認知)特性を言う。例えば、羊の数をひとつひとつ確かめて何匹かを知るのではなく、いっぺんに把握できるような場合である。Plaisier & Smeets(28)は、複数の指の触覚による対象知覚にも、この即座知覚特性があるかをしらべた。実験事態は、50に示されている。そのひとつは8本の指に対応する指ボードが用意され、そのうちのいくつかに凸状の短い水平線が貼り付けられている(図のa)。被験者はその個数を検出して可能な限り速く報告する、もうひとつは、8本の指に対応する指ボードには高低差があり、そのいくつかは指でタッチすることができない(図のb)。被験者はタッチできた個数を報告する。
 実験の結果、8本の指を指ボードに接触させ凸水平線を検出する課題での反応時間は、検出課題が5個まではリニアに増大し、それ以降はリニアに減少することが示された。これは、逐次検出(シリアル検出)が行われていることを示唆する。一方、8本の指のうち指ボードにタッチしていない指がある条件での反応時間は、3個と4個の間に段差があり、4個目から5個目までは急激に増大することが示された。これは、3個目までは即座知覚(パラレル検出)が、そして4個目から5個目までは逐次検出が行われていることを示唆する。ハプティク知覚においての即座知覚は、各指に対象が接する条件でのみ生じると考えられる。

健常者と視覚障害者の触覚能力の比較

 視覚障害者を対象にして、触覚閾と触覚による形状弁別力がNorman & Bartholomew(23)によってしらべられた。触覚閾テストでは、2本の凹線(溝)を水平あるいは垂直に人差し指に提示する方法が、また触覚による形状弁別力(ハプティク知覚)テストは、ピーマンの立体プラスチックモデルを対にして継時的に手に提示し、その異同を判断させる方法が用いられた。視覚障害者は先天盲、早期後天盲(14歳齢以前)、後期後天盲(14歳齢以後)で、健常者も年齢、性別が視覚障害者と同等となるように被験者毎にマッチングされた。
 実験の結果、視覚障害者は2つの触覚課題で健常者より有意に優れていること、しかし触覚による形状弁別力では早期と後期の後天盲群は優れているが、先天盲者群は健常者と同等であることが示された。これらのことから、視覚障害は触覚能力を増大させるが、触覚による形状弁別では、発達早期の視覚経験が一定の役割を果たしていると考えられる。

ものとしての顔の認知と倒立させた顔の認知

 人間の顔と一般の対象物との間には、知覚・認知において基本的な相違がある。それは、顔を倒立させると、極端にその識別が阻害されることである。つまり、顔の認知はホーリスティクに遂行され、また顔の特徴間の空間的な配置関係は一般対象物より重要な意味をもつ(Farah, et al. 1998; Ge, et al.2006; Tanaka & Sengco, 1997; Yin, 1969)。倒立させた対象は、一般的に、ホーリスティクな情報や空間情報を正確に符号化することを妨げ、これらの情報に依存する程度の大きい顔認知を悪くすると考えられている(Freire, et al. 2000; Kemp, et al. 1990; Leder & Bruce, 2000; Rossion & Gauthier,2002; Searcy & Bartlett, 1996)。そこで、Schwaninger,et al.(2003)は顔の全体の認知と顔の特徴間の距離の弁別を正立と倒立条件で比較した結果、顔の特徴間の距離弁別では倒立による阻害効果は生起しないことをみつけた。これは、顔の全体を認知する過程と顔の特徴間の距離を弁別する過程とは基本的に異なることを示す。つまり、顔の特徴間距離の弁別は、2点間の中点を求めるプロセスに類似すると考えられる。
 そこで、Pallett & MacLeod(27)は、顔の特徴間距離弁別が対象の分析的な過程で遂行されているならば、顔の正立と倒立条件で差が生じないことを実験的に確かめた。顔パターンは、51-aに示すように、眼球間の中点に関して水平方向に伸縮させて変形した。このような顔変形パターンを標準刺激とし、これらを正立、倒立、そしてネガ-ポジ反転させた正立の3種類が用意された。実験は標準刺激と比較刺激(伸縮させた51個の顔パターン)を提示し、全系列法で標準と比較の両刺激が「等しい」あるいは「異なる」の反応を求め、差異に気づくための境目の値(JND)を算定した。
 その結果、正立、倒立、ネガ-ポジ正立条件間のJNDには有意差は生起しなかった。これは、この種の弁別課題はホーリスティッな過程ではなく分析的な過程で処理されていることが確かめられた。

バーチャルに提示した3次元対象の認知に関わる活動的・非活動的探索要因

 3次元対象の形状認知においては、観察者自身が活動的に探索して対象の形状を学習した場合の方が消極的、非活動的に探索した場合に比較して、対象の形状を記憶している成績が良い (Harman et al.,1999;James et al., 2001;Liu et al. 2007)
 そこで、Meijer & Van der Lubbe(20)は、バーチャルに提示した3次元対象の形状認知において、観察者の積極的活動的探索による学習条件と消極的非活動的探索による学習条件とで、どちらの条件の方が形状認知の記憶が優れているかをしらべた。実験のために、52に示したバーチャル3次元対象が48個作成された。これらはジオンに類似したパーツから作成され、上段は簡単な形状(3種類のパーツから構成)を、下段は複雑な形状(5種類のパーツから構成)を示す。実験は、学習課程とテスト課程から成り、学習過程では積極的探索条件と消極的探索条件とが設けられた。学習課程では48個のバーチャル3次元対象からランダムに12個選択して学習させ、テスト課程では新たなバーチャル3次元対象を加えて192個を提示し、可能な限り素早く先に学習した対象か否かを判断させた。積極的探索条件では、被験者はマウスを用いてディスプレー上の対象を自由に動かして観察するが、消極的探索条件では積極的探索条件の観察者が動かすディスプレー上の対象を何もしないで観察する。したがって、両条件の観察者は同じ動きをする対象を観察することになるので、両条件で差が出れば、それは積極的探索か否かの差となる。
 実験の結果、積極的探索条件の記憶成績は有意に消極的探索条件より優れていた。この結果は、テスト課題でバーチャル3次元対象の一部を隠しても積極的探索条件の優位な成績は変わらず、さらに積極的探索学習課題で注視を操作した条件(バーチャル3次元対象の面のいくつかにドットを描き、そのドット数をカウントさせることで注視作用を操作)と注視を操作しない条件間でも差は生じなかった。これらのことから、3次元対象の形状認知課題では観察者の積極的探索それ自体が形状認知を促進することが明らかにされている。積極的探索が形状認知の何に働きかけて有利になるのかが今後の課題となる。

3次元対象のハプティクによる知覚

 実物対象を手で触れ(ハプティク)ただけでも、それが何であるかを知ることは容易である。Lawson & Bracken(15)は、このことが可能なのは実物対象が3次元情報を多くもっているためと考えた。そこで、この3次元情報を操作し縮減すれば、ハプティクによる対象知覚は損なわれるかをしらべた。実物対象(ドルフィン、イス、手、ハンマー、ボトルなど18種類)のプラスティックモデルを作成し、このとき立体情報を5段階に操作した。3次元情報は、完全な条件、歪めて圧縮した条件、半分に圧縮した条件、平面形状条件、型抜き条件(53)であり、この順で対象の3次元情報は縮減された。実験では被験者に両手もしくは指1本もしくはプローブ(2本のペン)で自由に対象に触れ、それが何であるかを物の名称で報告させた。
 実験の結果、両手条件と指条件共に対象の3次元情報が増えるにつれ、ハプティクによる対象知覚のエラーは減少し、また反応時間も短くなった。2本のペン使用によるハプティク知覚は初心者では困難なこと、しかしこの課題に精通した被験者は3次元情報が乏しき条件でも対象知覚が可能であった。ハプティクによる対象知覚では、対象の3次元情報が重要であることが示されている。

心的回転における回転軸の選択

 心的回転(mental rotation)では、3種類の回転軸が選択可能である。その1は対象を貫く固有な軸で、対象を左右対称に分割する軸あるいは対象の主軸をさす。その2は、環境軸で重力方向を基本とし、床面、壁面、天井面から構成されるXYZ軸である。その3は観察者に固有な軸で、観察者の眼球、頭部、身体位置によって決められる軸である。54には、心的回転で取り得る可能な回転軸が示されている。Asakura & Inui(1)は、心的回転ではどの軸が用いられるかを実験的に検討した。ペアとなる円盤の左はターゲット、右はテスト刺激である。2つのペアとなる円盤のテスト刺激は同一なので、テスト刺激とターゲットを関連づける回転軸は複数あり、その1つは対象に固有な軸、もう一つは環境内に形成される軸(垂直あるいは水平)である。実験では、テスト刺激(円盤)はtilt45°、slant54.7°に固定して提示し、ターゲット刺激(円盤)を垂直軸(y軸)に関して回転させた条件(垂直条件、15°ステップで15°から120°の範囲で8種類の円盤を用意)、同様に水平軸(x軸)に関して回転させた条件(水平条件)を設定し、全部で16種類の円盤を用意した。被験者には、はじめにターゲットとテスト刺激を並べて提示し、テスト刺激をどの軸に関して回転させるとテスト刺激と一致するかをイメージさせ、次いでターゲット刺激上の磁針(磁針形状)をマウスで操作して、イメージした回転と一致するようにその磁針を調整させた。
 実験の結果、被験者が操作した回転角度と実験者が設定した回転角度との差を分析したところ、イメージした回転軸としては、垂直条件では垂直軸が選択されたが、水平条件では対象固有軸が選択された。これは、視覚システムが対象の回転軸をイメージする場合、重力要因に規定された身体と環境の枠組みに強く依存していることを示唆する。